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外伝・記されていなかった物語  作者: 雨天紅雨
■沢村まい、潦兎仔、砂野ゆう、斎賀あすか
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己の中の決定

 ぼんやりと目を覚ませば天井が見えて、のそりと布団を押しのけて上半身を起こした沢村マイは、右隣に誰もいないことを確認すると、ベッド脇に置いた携帯端末を一瞥して、〇七〇〇時を認識した。

 早いのか遅いのかで言えば、早い時間だ。普段でもこのくらいの時間に起床するのが生活パターンに組み込まれてはいるものの、旅行先ではもうちょっと寝ていても問題あるまい。けれど、一度目覚めれば起きた方が良いし、何よりも、隣にいた少女が既に起床しているのならば、だらだらと寝ている気持ちがわいてこなかった。

 躰が少しだるい――ふらふらと洗面所に顔を出せば、下着姿の(にわたずみ)兎仔(とこ)が歯を磨いていた。

「おはよ」

「んー」

 後ろを通って隣室に入って、自分も下着だけしか着ていないのに気づき、そのまま脱いでシャワーを浴びた。

 昨夜に何があったのかと、詳しく説明するまでもないが、マイは兎仔を抱いた。いや、抱いたのか抱かれたのかよくわからない展開が続いたものの、途中からは間違いなく主導権を握られて、一体いつまでやっていたのかと考えるがよく覚えておらず、気付いたらさっき目覚めたので、そりゃ躰もだるさを感じるだろう。

 ともかく、マイは幸せだった。きっと腹上死ってこういう状態で起きるんだろうなと考えれば、思わず苦笑が落ちた。馬鹿なことを考えている。

 躰を拭いて戻れば、口をゆすいだ兎仔がこちらの背中を軽く叩くようにして出ていく。なんだろうかとも思ったが、まあいいやとマイも歯を磨き、だいぶ頭が動き始めた頃、戻れば――どういうわけか、兎仔がベッドに腰を下ろして頭を抱えていた。もう着替えてある。

 ちょっと残念だと思いつつも、マイも着替えて伸びを一つ。まだ頭を抱えている兎仔の横を通り過ぎ、携帯端末を手にした。

 まだこの時間なら、外に出ても遊べないだろうし、とりあえず日課の情報チェックでも入れておこうと、折り畳み式の薄い板であるキーボードを取り出し、拡張現実(AR)の眼鏡をつけて、電源を入れた。

 不定期チェックにおけるエラーの排出を確認するが、動きなし。普段ならば自動のものではなく、自分でチェックを入れるが、旅行先ということもあって、別のチェックツールを起動させておく。そうやって一通り、自分が保有しているサーバなどの保全状況を確認してからようやく、外部の情報の入手へと向かう。簡単に言えばニュースサイトなどに目を通すわけだ。

 それが終われば、独自に集めている情報端末にアクセスし、目を通し――。

「ん?」

「あー」

 のしりと、背中から抱き着かれた。柔らかいなあと思いつつも。

「見る?」

「いんや」

「はいよ」

 特に目立った情報はなかったので、そのままヨルノクニ内部の情報確認を始めた。両手でキーボードを叩く速度が少し上がる。

「あー、あのなーまい」

「なにー」

「しばらく抱くの厳禁な」

「わかったー。同意なくがっつくような真似はしないよ。でもなんで?」

「他人があたしの躰に触れるなんて、今までほとんどなかったんだぞ。なんつーか、こう、ヤな感じ、わかるか?」

「あーわかるわかる。俺なんかもこう、軽く肩を叩かれる感じも慣れない」

「それがどうだ、昨夜はあのザマだ。――どころか、溺れちまいそうになった」

「え、あんだけ求めといて、溺れてなかったの?」

「……うるせー」

「ちなみに俺は溺れていましたヨ。ああは言ったけど、がっつくとかその前に、ちょっと怖いくらい嬉しかったから、いや本当に怖い……これ以上がありそうで」

 今回のこともそうだが、マイは今まで望まれてやることはあっても、自ら兎仔に触れることはしなかった。何故かと問われれば、そういう線引きがあったからだ。

 兎仔は、今までマイを試していた。どういう人物なのかを探っていたとも言えよう。けれど逆に、否、同時に――兎仔自身もまた、何かを確かめるよう、探るよう、自分を試していた部分がある。

 迷いだ。

 何に迷っているのか、マイはわからないが、少なくとも兎仔は迷いをどうにかしようと、自分を試していた――のだけれど。

「わかった、悪い、もういい。いやわかってねーけど」

「ん?」

「あたしはまいが好きだぞ」

 驚きに振り向けば、そのまま唇を奪われた。

「ん……んあ、あー」

「わかってないけど?」

「いんだよもう、諦めた。いや開き直った。否定したってしょうがねーし、部下に見せられねーとか、どーでもいい。こうやってキスしただけでイきそうになるんだぞ? これで惚れてねーって、どうなんだよ……」

「いや俺に言われても。すげー嬉しいけど」

「わかってる。その感情はちゃんとあたしに伝わってるから」

 ああ、大丈夫だ。

 その気持ちも、今の口づけで理解できた。

 ――というか。

「昨夜の時点でもう、だいぶそんな感じだったけどな?」

「うるせー」

 後頭部に軽い頭突きがあったので、小さく笑ったマイは作業再開である。

「それを確かめたくて、今回の旅行?」

「ちょうど良かったからなー。これから上手くやろうぜ、まい。それを望んでる」

「だね。ずっと上手くやって行けたらと、いつも思ってるよ。いやほんと、兎仔さん可愛いからなあ」

「うっせーぞー……」

「――あれ? 来客かなこれは、朝からご苦労なことだ」

「誰だ?」

「情報で推測すれば、竜族のちびっ子」

「あーギョクか」

 ひょいと、背中から暖かい気配が離れる。ちょっと寂しいとは思いつつも、一瞥を投げて。

珠都(たまつ)だろ、名前は」

「あいつは竜族の王なんだよ、あんなガキでな。生き残りって言った方が正しいか。だからギョク」

「なーるほど」

「ルームサービスで飯頼むけど?」

「俺は珈琲と、軽く食べられるものね」

「朝はがっつり食った方がいいぞ。ついでに、お前はもうちょい体力つけろ」

「確かにそれも必要か。走り込みでもしようかなー」

 ヨルノクニの電子部門に仕込んだプログラムが、未だに動いていることに苦笑して、対応の遅さに対する苦情をメモ程度に書いておけば、すぐにルームサービスと共に、兎仔よりも小柄な少女が顔を見せた。

 厳密には覚えていないが、兎仔は一五〇センチもなかったはずだが――さすがにベッド傍で話すのはアレだったので、テラス側の席に二人は移動した。マイもそちらへ動く。

「よっす。そっちの、軍曹殿の知り合いか?」

「あたしの男だ。羨ましいかギョク」

「羨ましくはないけど、ちょっと驚いたぞ。私は珠都だ」

「知ってる。俺は沢村だ、まあよろしく」

「おう、わたしも聞いてるぞ。昨日、明松(かがり)がすげー嫌そうな顔してたからな!」

 それはマイが原因だろうか。むしろ、兎仔がいたからだと思うが。

 明松という男は、決して軍人ではない。訓練校は出ているが、それだけで、兎仔との繋がりは戦場での仕事の延長――らしい。その痕跡を追うほどマイも暇ではないので、そんなものかと頷いている。

「でもあれだな、沢村って一般人だろ? 変な感じだな」

「言われてるぞ、まい」

「どう考えても俺は一般人だと思うけどな」

「よく言うぜ」

「さっきから板叩いて、なにしてんだ?」

「飯食えよまい、飯」

「はいよ。今は、電子部門の仕事内容を洗って目的を――っと、苦情を受け取ってようやく、こっちの侵入に気付いたか。あははは、兎仔さん見る? これ見ない?」

「面白いのかそれ」

 まあねと、眼鏡を外して投影モードへ変えて、カーテンを閉めれば映像が出る。といっても、プログラムコードが常時羅列されるだけだ。

「サンドイッチ。いいね、これならたくさん食える」

「ギョクも抓んでいいぞ」

「ありがとな。っていうかこれ、何だ? わたし、まったくわからんぞ」

「威張るな馬鹿。まいは読めてんのか?」

「そりゃね。といっても、真剣に読み解くほど難しいものじゃない。コードそのものよりも、相手の行動や〝意志〟を読むのが最初――ってのが、俺のやり方。昔から、相手が何をしたいか、狙いは何か、そういった部分が結構、なんつーか、的確に読めるってラルさんに言われたんだけど、そんな感じ」

「コードの隙間から感情くらいはわかるけどな。相当慌ててるだろ、これ」

「対処法含めて〝予想してなかった〟って言い訳だ」

「警察署の前で発砲して、危機感を煽ってやるのと同じだなそりゃ」

「軍曹殿は物騒だな!」

「んなこたねーよ。意地悪く〝ここに拳銃があります〟なんて、とぼけた顔で教えたりはしねーからな」

 つまり、ここに侵入されてると教えてやったマイが意地悪ということだ。

「あー、さすがにあたしもここまでの対応はできねーな」

「でも〝専門〟って前提で考えれば、レベルが低いよ」

「うちの百足(むかで)と比べてどーよ」

「どうだろ、最近のは知らない。以前、アイスがいた頃は交流も多少あったんだけど」

「――あのクソ女とも知り合いか」

「顔を合わせたことはないよ、少なくともあっちはな。あははは、サウンドオンリーに安心感を抱いてる時点で負けだ」

「すげーな沢村!」

「一般人に対してやるつもりはないけどな。それより、たまさんはどしたの? 用事でもあった?」

「いや、そうじゃないぞ。ただの挨拶だ」

「――へえ」

 投影していた窓を消し、口元を引きつらせるようマイは笑った。

「そんなに兎仔さんとの付き合いはないのか」

「え?」

「続けろ、まい」

「単純に、恐怖と遠慮だよ。つまり――忠犬の実力を間近に見たからこその恐怖。けれどそれは兎仔さんじゃないから、部下になるのかな。だから遠慮する、わからないから」

「何がわからないんだ?」

「どうして部下が兎仔さんに敬意を払うのか――ってところじゃない?」

「え? え?」

「たまさん、迂闊だったね。〝ただの〟を付け加えなけりゃ、それで良かったのに」

「まい、それラルより使えるぞ」

「返答に困るなあ、それ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。え? 洞察か? わたしなんか間違えたか?」

「間違えちゃいねーけど、間抜けヅラは晒したな」

「うわー……なんだこいつ。沢村、一般人なのか?」

「そうだよ、間違いない。何故って俺は兎仔さんが怖くない。土俵が違うからね」

「じゃ、同じ土俵の連中はどうなんだ? 最低でも三人はいるだろ」

 そう、間違いなく存在している。電子戦爵位、最高の位置にいる公爵三名が。

「あいつら人間じゃねえから」

 比較するもんじゃないと、笑い飛ばす。

「プログラムを走らせて、対応がきた瞬間、既にコードが書き換わってるとか、どんだけの反応速度だよって話。レスポンスが早すぎる。違うプログラムを上書きして走らせるならともかくね」

「お前だってできるだろーが」

「せいぜい三手ってのが今の俺だよ。つまり、こっちのプログラムに対する反応が発生した上で、そこから三手目を〝予測〟して〝読み〟を入れつつ、それに応じたプログラムを走らせることで、そういった現象と似たようなことをする――即応できたとしても、そもそも人間じゃコードの書き換え速度が、物理的に間に合わない」

「だから、人間じゃねーってか」

「俺の師匠はそう言ってたし、俺も認めてる」

 だがそれでも、敵わないのだと認めて諦めることは、許されていないが。

「む……難しい話だぞ」

「そろそろ電子戦も覚えろよギョク。落ち着きなく出歩いてるからそうなる」

「あれに没頭すると時間がいくらあっても足りないんだよなー」

「はは、言い訳どうも」

「うぬ……」

「つーか、お前に師匠なんているのか?」

「ああうん、基礎を重点的に教えてくれて、癖は真似をしなかったけど、今でもまだ世話になってる相手だな。公爵になる前に、どうにかしなきゃいけないんだけど……」

「調べるぞ?」

「どーぞ。俺の口からは言えないけど――言う方法も、あるにはある。兎仔さんが選ばないだろうけどね」

「言ってろ。つーわけでギョク、なんかあんなら先に言えよ」

「お、おう……いや、もういいぞ。わたしなんか泣きそう」

 がっくりと肩を落とした竜族の少女を見て、はて、なんでそうなったんだと、マイは首を傾げた。




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