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外伝・記されていなかった物語  作者: 雨天紅雨
■沢村まい、潦兎仔、砂野ゆう、斎賀あすか
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海の上の知り合い

 今日は良い天気だ――なんて、朝は思っていたし、間違いなく今日は良い天気なのだが、楠木(くすのき)明松(かがり)にとっては、ようやく落ち着いた日でもあった。

 詳細は省くが、ヨルノクニにおける最高部署でもある統括室に入ってからというものの、旧態依然とした体制を一度怖い、とにかく仕事の効率化に勤しんだ。最初に労力を割くことで、のちの労力を軽くするなんてことは常識なのに、それを実践しないのだから間抜けという称号も相応しいだろう。

 そもそも、都市全域における把握をするのに、三名しかいないのだから、効率化など最初に着手すべきで、互いの連携を意識して仕事を減らすなんてのは初歩。名ばかりの統括室と言われても、反論を持たてないクソッタレばかりだ。

 ――と、悪態をつけるくらいには余裕ができたので、本当に久しぶりのオフを満喫しようと思いながらも、都市内巡回なんていう仕事にでかけるあたり、ワーカーホリックなのだろうけれど。

 大きく区分けされているが、各部門の建物がある周辺はビジネス街になっているので、ざっと見て回る程度で用事はない。遊園街は独立自治になっているので、口を挟むなら然るべき手段を取らなくてはならないので、必然的に見回りは繁華街が多くなる。明松にとっては馴染みの顔も多いが、それ以上に外からの客がまず立ち入る場所だ。


 ――なんてことを考えて、休憩中だろうなと、沢村マイは思う。


 付き合い自体は短いが、腕を請われた相手ならば客だ。明松の場合は客であり、基本的には友人の立ち位置なのだろう。お互いに酒場で仕事の愚痴を言い合う関係なので、ちょっと友人とは違うかもしれないが。

 一人、マイが喫煙所の隣を横切っても、すぐ気づかないのは当然と言えよう。けれど煙草を消して、こちらの背中を追おうとするのは、何かしら引っかかるものがあったからか。

 路地を右に曲がってすぐ、マイは立ち止まるが、追いついてきた明松はどういうわけか、マイの姿に気付かずに通り過ぎた。

 そして、三歩ほどでぴたりと止まる。マイからは見えないが、おそらく、驚きの表情が顔に浮かんでいるだろう。雑踏の中、人に混ざったその先に――(にわたずみ)兎仔(とこ)が、こちらを見ていたからだ。

 硬直は瞬間、そして、一歩を踏み出そうとしたタイミングをきっちりと見計らって。


「――明松!」


 打ち合わせ通り、指示通り、マイは声をかけた。

 どちらを優先する?

 見間違いの可能性がある以上、声をかけられた方を優先するはずだと言っていた通り、すぐに明松はこちらを振り返った。僅かに重心が落ちているが、マイはそこまで気付かない。鋭い視線に対して、片手を軽く上げると、すぐに明松は背後を振り返って誰もいないのを確認してから。

「……まい?」

「よっす」

 こちらに近づいてきた。

「今日こっちに到着したんだよ。つーか、さっきだな。実家がどこか聞いてなかったから、丁度良かった」

「一人か?」

「おいおい、俺が三人に見えるんなら、医者に行け。眼科か脳外科だ。オーケイ?」

「……」

 ふうと、足元に視線を落とした明松が吐息を落として肩の力を抜いた。

「事前に連絡くらい入れ――⁉」

「ま、こっちは二人なんだけどな」

 いつの間にか、マイの背後に回っていた兎仔が、すっと横に出るようにして姿を見せれば、今度こそ本当に驚きで明松の動きが止まった。小さく笑って兎仔を見れば、彼女は肩を竦めた。

「な? 調査や尾行が、男女一組で行われる理由、わかっただろ?」

「何もかも、想定通りでちょっと怖いって兎仔さん。なにこれ、セオリーなの?」

「まーな」

「ぐ、軍曹殿!」

「おう」

「――、あ、てめえ、まい? 情報改竄しただろ!」

「はは、わかるか」

「組織の上に送った招待券はこっちでも把握してるし、利用者にはゲスト用のレッドカード用意しとけって連絡をしたのは俺だ。こっちに連絡はねえし、――ってブラックじゃねえかおい!」

「電子部門の間抜けに言っとけよ」

「クソッ、ちょっと軍曹殿? まいの手を借りるなんて、一体どういうことです?」

「借りてねーよ、こいつが勝手にやっただけだ。あたしらは楽しく旅行しに来たんだよ。なあ?」

「デートだよ、デート。これは〝ついで〟だ。立ち話を続けるのか、明松。聞いた話じゃ、ここにゃ〝顔なじみ〟が多いんだろ?」

「……、あーもう、うち来い。軍曹殿もそれで構いませんか?」

「おーよ」

 こっちだと、先導する明松は、一度空を仰いでから頭を搔いた。

「あー……一応、確認な。仕事は?」

「俺が出張する仕事なんて、そうないだろ」

「あたしの仕事なら、最初からてめーに声をかけてる」

「諒解。つーか……今更だけど、相当な腕だな、まい。ヨルノクニは特別自治ってことで、そこらじゅうにA級のセキュリティ組んでるはずだぜ」

「知ってる」

 一般的にセキュリティソフトなどが販売されており、日常的に使われることは大前提になっているが、当然、これはいわば防御のためのものであって、攻撃のものではない。けれど、防御のために相手へと侵入する手段も電子戦では存在する。

 公式なものに関して、B級ライセンスを取得可能な〝技術者〟は、個人の防衛に限り、その手段を行使可能となっている。つまり、攻撃を仕掛けた相手を逆探しつつ、相手の端末に潜り込んで攻撃をするプログラムなどを削除するウイルスなどを、正式に作り、配備することが可能なのだ。

 簡単に言えば、アタックを仕掛けたのに、自分の端末内部をのぞき見され、攻撃をしかけている最中にフォーマットが始まり、気付いたらOSごと消されている、なんて現実を目の当たりにするのである。

 そして、A級ライセンスを取得できれば、許可を得た公式セキュリティに、それを組み込むことが可能になる。軍事機密、国家機密など、高いレベルのセキュリティは常に使われているし、どれもがA級取得者が手掛けており、このヨルノクニもその一つ――だが。

「つーか、俺としては当然の対応なんで見慣れてるよ」

「そりゃそうだよなあ……」

 そもそも、最下位にある男爵位を取得するのだとて、最低限、A級ライセンスを取得できていなければ、歯が立たない。ちなみのこのライセンスは、相手へのハッキングを正当化するためなので、それなりに制限もレベルも高い技術が要求される。いわば、相手のプライバシーに侵入することを〝許す〟ものなので、法律的にも限定せざるを得ないのだ。

「しばらくしたら、教えてやるから安心しなよ」

「そいつは俺の仕事じゃねえよ、知ったことか。痕跡を残すようなヘマを打つようにも思えないしな。しかも、今の電子部門の社長より、先代の方が腕はあった」

「霜月な。あれ一応、男爵位を持ってたこともある」

「そいつは初耳だ」

「おい明松、てめー腑抜けてんじゃねーよ。そいつが冗談じゃねーなら、体制を改めろ。あたしでも知ってるぞ」

「軍曹殿……お言葉ですが、自分は犬ではありません」

「うるせーばーか」

「ぐ、ぬ……おい、おいまい、なんとかしろ」

「無理だね。俺の専門は電子ネットワークだから」

「Damn it!」

 どうも、明松は兎仔に頭が上がらないようだ。

「滞在期間は?」

「数日。さすがに半月も滞在したいのなら、こっちにベースを構えないとな?」

「そりゃ俺に作れって催促か?」

「ゆうが裏道を捜してる」

「砂野か。あー……世話んなったし、前向きに検討するから、時間を寄越せと伝えてくれ」

「はいよ。……ん? どしたの兎仔さん」

「いやお前、本当に一般人なんだなと思ってただけだぞ」

「は? 軍曹殿、この野郎が一般人だと?」

「お前みたいな甘い間抜けと違って、染まるどころか、足を踏み入れてねーだろ。だいたい、あたしならこっそり作って事後承諾、その時点でもう拒否できねーよう追い詰めてる」

「軍曹殿はそうでしょうね!」

 というか。

「なあ明松」

「ああ?」

「お前、忠犬と接触しても兎仔さんの仕事とはかち合ってないだろ。あー、確かルゥイと北上さんだっけか、現場で一緒だったの」

「――おい、てめえ調べたのか」

「一つ、俺はVV-iP学園に通ってる。二つ、これでも教員に知り合いが多い。三つ、これは友人に対してちょっと言いにくいんだけど」

「痕跡を綺麗に消したつもりの間抜けがこう言う。〝なんでそれを知ってる?〟」

 足を止めた明松が、睨むように振り向き、ため息。

「お似合いだよ、あんたらは……」

 ありがとうと、笑いながらマイは肩を竦め、兎仔は何かを考えるように視線を空へと向けた。




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