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外伝・記されていなかった物語  作者: 雨天紅雨
■沢村まい、潦兎仔、砂野ゆう、斎賀あすか
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海上都市ヨルノクニ

 モノレールに揺られて、十六キロメートルの道のりを移動する。一体なんでこんなことになったのかと、疑問を抱くことはないが、まあ一通りの説明は必要だろう。

 日時は十一月十四日――あれから三ヶ月、外を歩くにはコートを羽織るくらいがちょうど良い季節になっている。(にわたずみ)兎仔(とこ)は野雨にある公立野雨西高等学校に編入したらしく、時折は仕事で呼び出されるようではあるが、退屈な学生生活というのを送っている。

 そのためか、暇を持て余しては沢村マイの家に遊びに来ては――遊ぶのは主に猫とだ――他愛もない話をして、帰っていく。そんな時間はマイも楽しみであるし、悪くはない。離しながら、お互いに距離感を掴もうとしている、そういう感じのものであって、お互いにそれほど接近することはなかった。

 暗黙の諒解――でもないけれど。

 そんな会話をするくらいの距離が、なんというか、丁度良いとも思えていた。

 しかし、十一月に入ってから、提案があったのだ。

「よー、まい。おい」

「いらっしゃい兎仔さん。なにどしたの」

 三ヶ月もすれば、堅苦しさもなくなったし、ごくごく自然体で会話をできるようにもなった。逆に、心情的にはもう、これゾッコンだろうと認めるほどではあるけれど、そこはそれ、自制というか、むしろこんな女性と一緒にいられるのを誇らしく思うというか。

「旅行いかね?」

「そりゃまた急だな」

「上司から、招待券を貰ったんだよ。んで、一緒にどうかってな」

 中に招き入れて、珈琲を淹れる流れがあって、マイは拡張現実(AR)の眼鏡をつけて作業をしたまま、話を続ける。

「お前だってべつに、外出できねーわけじゃないんだろ」

「本部に連絡入れれば、一ヶ月やそこら、アタックを中止するくらいはできるし、ほかの仕事は受けなきゃいいだけ、だからなあ。場所はどこ?」

「四国ギガフロート」

「へえ」

 ちらりと、肩越しに振り返ってから、苦笑を一つ。

「もしかして、ちょっと前にあった俺の仕事、耳に入れた?」

「んや、そこらは原則、ノータッチにしてる。なんかあったのか?」

「俺っつーより、友達のな。あっちに砂野(さの)って子がいて、その祖母が亡くなった際、本土にある〝遺産〟に関して、身内でゴタついたみたいでさ」

「あー、その話は聞いたな。つっても、元の鞘に戻すカタチで解決したってだけ。詳細、調べた方がいいか?」

「それは任せるけど、お家騒動だよなあ、これ。どういうわけか、ギガフロートにいる砂野って孫が、頼った野郎ってのが、俺の知り合いでさ。手を貸したんだよ……ま、知ってるとは思うけど、縁切りしてる俺の友達が、砂野だし」

「砂野ゆう、だろ。知ってる。つまり、お前を頼ったその野郎が、楠木(くすのき)明松(かがり)だ」

「あれ、兎仔さんの知り合い?」

「あー、まあ、あたしの〝仕事〟関連でな」

「うわマジかあいつ……ん? いや、出逢い方からして、そっち関連の方が当然なのか? でも軍関係者ってより、傭兵に近かったような……ま、いっか」

「いいのかー」

「うん。そういうわけだから、俺は賛成。行くよ、兎仔さんと旅行なら嬉しい限りだし」

「言ってろ」


 ――と。

 そんなやり取りがあって本日、海の上を一本しか通っていない、人身運搬用のモノレールに、二人で乗っているのであった。

 お互いに荷物は少ない。というより、兎仔はいつものよう手ぶらであるし、マイもノート型端末が入るバッグが一つだけだ。三冊ほど本も入っているけれど、それは手土産のようなものだし、大したものじゃない。

 対面に腰を下ろした兎仔と一緒になって外を見れば、景色は海が広がっているばかりだ。

「……こういう話、一応しとくけど」

「ん?」

「危機管理はどうしてんだ?」

「――ああ、いいよそういう話も。一応、野雨では最低限やってる。ベースだし、そもそも野雨で命を狙われるような危険は、ほぼ、ないと思ってる。俺としては、危機管理は軽くしてますよってアピールをしておけば大丈夫って感じで」

「おー、それは当たり。あの場所で馬鹿をやるヤツはいねーし、やる前に死ぬ」

「物騒な話だけど、そうなるよな。こういう外出の時も気を遣うくらいはするよ、あくまでも情報戦だけどね。つまり、俺を狙う人物がいたと仮定して、兎仔さんはそれをあぶり出そうと思ってる――と、そのくらいの読みは入れた。あ、これラルさんの教育」

「だろーな。半分当たりだし、そん時はあたしが対処するから安心しろ。旅行が台無しになるような気配はねーけど」

「それは嬉しいね。だからまあ、ギガフロート――正式には、海上都市ヨルノクニ。下調べはしたし、危険になる行動も把握はしてる。最悪、都市全域の電子網を停止させるくらいの仕込みは既にしてあるよ」

「あー、お前の場合、やっぱそっちの戦闘になるもんなー」

「実力主義だけど、こっちは準備の質が全てだから。現場でコードを組み立てるなんてもってのほか」

「緊急時には?」

「コードを〝組み替える〟だ」

「オーケイ、じゃあこういうのはどうだ。想像してみろ。一人でいた時に電話がかかってきた。逆探知を仕掛けながらも電話に出れば、相手からこんなことを言われる。――兎仔を殺されたくなけりゃ言うことをきけ」

「――ぶはっ」

 軽く目を閉じて想像していたら、思わず吹き出してしまったマイは、正面から睨まれる。

「おい」

「ごめん、ごめん。俺からの返事はこうだ――殺して屍体を見せろ。話はそれからだ」

「そりゃあたしへの信頼か?」

「信用だよ。そんな間抜けを晒すとも思えないし、電話をした相手が哀れで笑っちまった」

「実際にあたしの屍体とご対面したら?」

「責任を取って後を追うよ。のこのこと間抜けツラで現場に赴いてね」

「そこまでする必要はねーだろ」

「兎仔さんが間抜けをするつもりがないなら、そうしようか」

「一丁前に言いやがる」

「ありがとう」

「褒めてねーよ」

「じゃ、もし逆だったら?」

「あたしに電話連絡が来た時点でこうだ。〝問題は解決した〟ってな」

「――怖い人だ」

 あるいは、現場には既に兎仔が立ち会っている可能性もあったが、何も言わずにおいた。そのくらいの動きができなくては、生きてこれなかった。

 マイは隣の座席に置いた、やや大きめのケージに手を伸ばし、軽く叩く。中に入っているのは猫だ。

「〝忠犬(リッターハウンド)〟について、どこまで知ってる?」

「あー、まあ軽く。見えざる干渉(インヴィジブルハンド)の六番目の部隊で、三桁ナンバーの下に、四桁がいる。トップは、あー俺のおやっさんなんだけど」

「アキラ大佐だろ。――あたしが一人目だ」

「……ん? なんの話?」

「聞いてねーのか? 大佐が拾ったのは、お前らだけじゃない。最初にあたしを拾ってる」

「――前例って兎仔さんだったのか!」

「まーな。そういう意味でも〝縁〟が合ったんだよ……つっても、あんま気にするな。そこまで理解しろとは言わない。んで?」

「兎仔さんが属してるのは六〇一の直属って感じになるのかな。忠犬にとってはそこがメインだと思ってる。何しろ各地での〝仕事〟を見る限り――といっても、結果だけど、単独で任務を遂行する形式か。ほんとにあちこち行ってるよね」

「尻拭いが多いけどな」

「俺が知ってるのはそんくらい。以上も以下もないかな、深入りはしない主義だ」

「主義ねえ。あたしのことも?」

「仕事に関しては探りを入れてないし、知らないよ? 追跡まがいのこともしてない」

「その割には、初対面の時からなんつーか、ご執心だったよな」

「衝撃的だったから」

「それだ。一体、何がお前の琴線に触れた?」

「あー、最初は兎仔さんだから、と思った。調べれば、なんつーか流儀? みたいなのが見えてきたんだけど――忠犬も、兎仔さんも、頼ることはあっても任せることはしない」

「ああ、そこか。それもまた、あたしに言わせれば流儀であって主義だよ」

 そう、頼ってはいるのだ。

 衛星の画像を利用してくれていた時もそうだ。どういう顧客なのかを調べた時、マイはその確証を得た。

 兎仔は、自分の技術で衛星画像などダウンロードできた。その純然たる事実がありながらも、しかし、手間をかける時間を考慮して、マイのものを利用していた。つまり頼っていて――けれど、できないからと、マイに任せていたわけではない。

 ちょっとした、それだけの差が大きいことを知ったのも、もう少し後になってのことで、そこから惹かれ始めたのだ。

「中尉殿――あたしの上官、その直属がどういう存在なのか、言っておく」

「うん」

「あたしらは犬だ。そういう誇りを持って働いてきた。今は予備役(よびえき)だが、あたしはまだ犬のまま。そして、たとえ組織自体が壊滅したところで――あたしらは、忠犬であることを、辞められない。いや、違うな。辞めたくはねーんだ。辞めたいと思えない」

「それだけの誇りがある?」

「そういうことだ。一応覚えておけ」

「諒解。俺にとっては電子戦しかないって感じだけどね」

「あたしだって似たようなもんだ。ま、好きでやってるのも同じだろ」

 そうして、ゆっくりとモノレールは停止した。

 ケージを手にして、もうちょっと我慢してくれと声をかけて降りれば、ロビーではすぐに受付がある。荷物検査はもう済ませているので、軽く手荷物だけをチェック。

「ようこそ、海上都市ヨルノクニへ。御影さん、中村さん」

 招待券を出せば、滞在(ヴィジター)パスを渡される。色は黒だ。

「紛失しないようにご注意下さい。滞在の間、お楽しみを」

 カードを受け取って抜ければ、外に出るまでに兎仔はちらりと背後を一瞥していた。

 やはり外は、それなりに寒い。猫がちょっと心配だった。

「あたしの知り合いがいる、待ち合わせだ。にゃんこを預けられる相手だぞ」

「諒解。猫サマが機嫌悪くならない相手ならいいけど」

「そこらは確認済みだ。つーか……あたしの招待券を見てからの手配か?」

「うん、モノレールの中でやっといた。簡単な情報改竄で、名前とパスのセキュリティレベルを高くしといただけだよ。最高のものは面倒だったから、その一個下。大抵の場所は入れるし、カードでツケもできる。あとで、明松(かがり)には一言伝えておくよ」

「文句は言わねーよ。ただ、改めて、んなことをあっさり可能にする技術があるなと、それを確認しただけだ。やるじゃねーか」

「ありがとう」

「んで、明松には行くって伝えたのか?」

「え? いや、仕事でもないし、何も。サプライズの方が面白いだろうと思って」

「はは、そいつはいい。ちゃんとわかってるじゃないか」

 さて、四国ギガフロートこと、海上都市ヨルノクニについて少し、説明が必要だろう。

 人の行き来はあるにせよ、住民権を得るのは難しい海の上の都市である。大きくは変わりがないにせよ、本土とは違うルールで動いている。

 一番上に統括室と呼ばれる部署があり、若い連中が全体を見ている。その下には企業として、たとえば司法部門、行政部門、経済部門などが存在しており、実質、その部門の社長が責任者としてそれぞれ都市を運営しているわけだ。

 ただ、そういった仕組みはあれど、観光客としては、それほど意識することはない。

 大きな一つの街として捉えれば、そう大差がないからだ。

「お、フライングボードがあるじゃねーか」

「九月くらいに導入されたんだよ。この都市には車がないから」

 そう――ここには、車が一切存在しない。大型荷物を運ぶリフトだとて、今しがた二人が通ってきた玄関口の横にある荷物置き場にしかなく、逆に言えば大きな建造物を作ることがまずないのだ。何故ならば、完成した都市の中に人が集まり、限定された敷地内で生活することを前提としているから。

 そのための制限、なのである。

 ちなみにフライングボードは、スノーボードのような形状になっており、二十センチほどだったか、地面から浮いて移動できる道具である。この都市内では自転車が非常に盛んではあるものの、徒歩移動でもそう苦労なく長距離を移動できるための整備が成されていた。それはマップを見れば一目瞭然ではあるが――まあ、選択や意識はそれぞれだろう。

 二人は、当然のように徒歩を選んだ。

「同僚っつーか、あたしの部下がなー、芹沢のテスターやってたんだよ。んで、面白がって数台くらい備品として購入して、犬同士でじゃれあってたもんだぜ」

「大雑把なスペックくらいは知ってるけど、遊べるもの?」

「安全装置も入ってるが、やり方次第ってやつだ。スポーツとしても面白いんだぞ、あれ。軽い戦闘にもなるし」

「――なんて物騒な。いや、らしいって言えば、らしいのか」

 時期もあるが、海上で遮蔽物も少ないため、風は建物を迂回するように吹き付ける。北西の風なので冷たいが、野雨ほどの強さは感じられなかった。

 歩いてしばらく、おそらく立地条件としては当然なのだろう、二人が到着したのは繁華街であった。屋台や飲食店が多く、お土産屋のようなものもあるが、どちらかといえば食事がメインか。

「……よし」

 ちらりと、女性ものの小さい時計に目を走らせた兎仔が頷いた。

「あれ、可愛らしい時計だね」

「似合ってねーか?」

「俺がプレゼントする必要がないと落胆してるよ」

「はは、言ってろ。このまま歩いて、そこのベンチに腰を落ち着けてから、三十秒くれ」

「諒解。お手並み拝見ってところだな」

「拝見できたら、あたしの腕が落ちてる証拠だなー」

 そりゃそうかと思ってベンチに腰を下ろし、猫の機嫌を窺ってみれば、小さく丸くなっていた。やっぱ寒いのかなと思えば、こちらを見る目に〝退屈〟の二文字が見えて、ついでに欠伸も一つされる。いつもの態度には苦笑が落ちた。

「おー」

 そしてすぐに、三十秒が経過して、どういうわけか背後から兎仔がやってきた。声に振り向けば、少女の後ろ首を掴むようにして引きずっている。

「……え、なに? これから宝探し(トレジャーハント)でも行くの、この子」

「呼び出した相手がわからないから、隠れて待っていて情報を掴もうとした間抜けが、逆に首根っこを掴まれた様子がこれだぞ」

「あはははは! ははははは! ひーっ、あははは!」

「わ、笑い過ぎっすよ!」

「いや笑うのは礼儀だろ、どう考えてもクソ間抜けどうも。初めましてチェシャ・ラッコルト」

「どもっす。……、……あれ? あのう、そっちは?」

「その帽子の中身は、どうやらカラみたいだな。今すぐ、腰のポーチにある道具に打診してみたらどう? この人は誰ですか――ってね。俺は優しいから、調べる時間をあげるよ?」

「あたしだって追い詰める仕事を受けてねーよ。まあいい、おいチェシャ」

「なんすか兎仔さん。私もう泣いて家に帰るっす」

「うるせー馬鹿。あたしだってコイツに情報戦なんか挑まないっつーの」

「え?」

「え、そうなの兎仔さん。俺たぶん負けるよ?」

「うるせーよ。チェシャ、しばらく滞在するから、その間、猫を預かれ」

「あー、やっぱこいつに預けるのね、諒解。チェシャさん、うちの猫サマ、よろしく頼むよ」

「え? え? なになになんなの、本当に泣くっすよ⁉ 猫預かればいいの⁉」

「なにをテンパってんだ……」

「はいこれ」

 ケージを手渡すと、驚いたように目を丸くした。

「――え? サマーサじゃん! うっわ久しぶりあんた生きていらっしゃたのデスね!」

「ああ、知り合いだったんだ」

「驚けよ」

「猫族なのは知ってたし、俺には二文字くらいしかわかんないってのも、事実だから」

「へえ。つーことで、いいなチェシャ」

「うん! 請け負ったっす!」

「挙手敬礼すんな、なってねーよ。背筋を伸ばせ、踵を揃えろ。――ああ胸をもうちょい張れ」

「ちっぱい言うな!」

「言ってねーよばーか」

 すぐにケージから出してやれば、黒猫はチェシャの肩に飛び乗る。そうして二人は、妙に嬉しそうな後ろ姿を見せて、路地を曲がって行った。

「調査済みか?」

「下調べはしたって言っただろ」

「……そういや、そうだったなー。んじゃま、遊びに行こうぜ。情報なんてのは、現地で見るのが一番だぞ」

「そうだね。俺は兎仔さんが隣にいるだけで楽しいけど?」

「安心しろ、あたしだって楽しいからな」

 それが本心なのかどうかは、わからない。けれど、その言葉を聞いて嬉しいと思ったのならば、マイにとっては充分なのである。




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