8. 秘書の上司
思えば、上層部にロクな人間はいないと、確信に近い偏見を私は持っています。
ゴマスリやお太鼓持ちが出世していくのは都市伝説ではなく厳然たる事実です。
あんなに無能な奴等を引き上げていくトップの見る目の無さは、本当に呆れる程です。
今まで働いてきた会社の中にも倒産してしまった会社や、トップ交代後に重大な不正が発覚した会社があります。内部事情を知っている身からすれば今更な内容ばかりで、今まで発覚しなかったことの方が不思議なのですが。
ここ数年、報道されている不正発覚の発端は、人材のアウトソーシングから来ていると私は確信しています。何故なら殆どの会社では、無能な正社員が選民意識丸出しで社内機密を非正規社員に漏らしているからです。彼等は歪んだ自己肯定感を誇示する為、自分は会社にとって重要な人物であるから極秘プロジェクトに関わっている、またはそういった情報を知る立場にあるとアピールする為に、かなり重要な計画を非正規社員の前で暴露してしまうのです。いくら非正規社員にも守秘義務があるとはいえ、気付いて下さいとばかりに大声で公表されている「秘密」に対して、義理堅く口を閉ざしたりするでしょうか。聡明な正社員が愚鈍な非正規社員を小馬鹿にして、口止めすらしていないという有り様なのに。
それに、そういったタイプの方は社内外だけでなく飲食店などでも同様なことをされているでしょうから、たまたま居合わせたマスコミ関係者やらライバル会社の方々が聞き逃すことは難しいでしょう。
そんなことにも気付けない経営者に、会社の運営なんて無理に決まっています。
翌日、出社すると小泉さんはまだ来られていませんでした。始業40分前なので当然と言えば当然ですが。
電車の都合で一本遅らせると間違いなく遅刻なので、これからはこの時間帯をうまく利用することを考えたほうが良さそうです。
周りを見回すと、はるか遠い席の誰かが黙々と仕事をしています。
受付の仕事は基本、前しか見ない…つまり全社員に背中を向けてしまうという、かなり特殊な仕事なので、自分の背後の景色が全く見えません。
…後で座席表を貰わなくては。
仕方がないので所在なく、引き出しの中身が空の席へ着席し、昨日のメモや資料を読み返すことにしました。
資料はともかく、メモの方は酷い殴り書きで、書いた本人すら判読出来ないという始末です。
昨日の必死だった自分の姿が何故か俯瞰でフラッシュバックされて、情けないやら悲しいやらの複雑な気分でいると、「おはようございます」と聞き覚えのある声がしました。
「おはようございます」
課長代理の松坂さんです。昨日唯一、まともな会話が出来た相手にホッとします。
「ずいぶん早いんだね」
「電車の都合で、この時間しかないんです」
「そう。もう支店長にはお会いした?」
「いいえ。まだ…」
「おはようございます」
背中に目でもついているのか、いきなり振り返り最敬礼せんばかりの勢いで、松坂課長代理はその人物に挨拶しました。
「おはよう」
偉物そうな態度で、その人物は私をじろりと見ます。
うわー。
あの秘書にこの上司あり。
採用面接の時、概ねフレンドリーだった面接官の中で、突出して不機嫌丸出しで感じ悪く私を値踏みしていた人です。この人は私を部下にすることは決してないだろうなぁ、と感じたから、絶対総務の人じゃないと思っていました。
営業部門あたりの人だろうと思っていたのですが…そうですか。総務部門でしたか。
私の不採用に必ず一票投じるであろうと思っていた人が、まさか直属の上司になるとは。