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4. 秘書の常識

 秘書検定の2級を取得したのは地元に戻ってからでした。当時はインターネットが普及し始めたばかりで、連絡ツールは主に電話とFAX。電子メールは一部の理系の人達でのみ使用されている状態だったので、作法なんてものは確立すらされていませんでした。

 しかし、今やメールが扱えないとビジネスは成り立たない時代。手紙で連絡の遣り取りをすることは殆ど無く、手紙はあくまでも形式張った時にのみ使われる手段となりつつあります。

 秘書検定の参考書を手に取り、ぱらぱらと捲ってみると、試験の内容も随分変わっています。

 現在の秘書が求められているものも、随分変わってきたのだなぁ…と項目をチェックしていくと。

 ありました。メールのマナーなるものが。

 …へー。

 ……。

 買うの、やめよ。

 インターネット全盛のこのご時世に、たった数ページ分しかない例文の為に本一冊を買うなんてハッキリ言って無駄です。

 それに、いくら検定試験の為の参考書とは言え例題がワンパターンで応用に乏しく、実務では全く役に立ちそうにありません。

 驚いたことに秘書検定を離れたどのメール例文集も、申し合わせたかのようにほぼ似通った内容のものばかりです。出版社の特色などというものは全く感じられません。

 これなら手紙の例文集を買った方が数倍もマシです。

 私は本を棚に戻すと、早々と店を後にしました。

 個人経営の本屋さんが激減して書店で扱う書籍がどれも似通ったものになり始めた頃から、私は足繁く市立図書館に通うようになりました。

 町中の書店巡りをしてもどうしても見つからない本が、ここでは割とあっさり見つかるからです。

 難点は綺麗な本が少ないということですが、参考書の類いなら割と綺麗な状態です。

 秘書としてどこまでの能力を求められるかも分かりませんが、備えあれば憂い無し。不安材料は片っ端から消していくに限ります。

 私は市立図書館に駆け込み、参考書(勿論メールの例文集も)を片っ端から選び取って貸し出し手続きを済ませると、今度はネット検索に没頭する為に自宅を目指したのでした。


 某有名サイトでも検索してみましたが、秘書職について書かれてある書籍はそれほど多くありません。

 思えばメイン業務が「雑務」なのですから、当然と言えば当然です。

 挨拶の仕方、声のトーン、お辞儀の角度…どれもこれも新入社員の研修時の必須項目であり、それ以外は業務を覚えながら身につけていくたぐいのものです。

 しかし電話の出方も名刺の渡し方も上司のねぎらい方も、その会社それぞれの好みや独特のパターンがあったりして、明確に決まっているようで実はそうでもありません。多様化、などという言葉はあずかり知らない世界で流布している「常識」や「マナー」と呼ばれるものの線引きは、案外曖昧な基準だったりします。

 それは一定の契約期間が切れて次の職場に就職、という経験を積んできた者になら受け入れ易い「事実」なのですが、ひとつの職場しか知らない人達にとっては受け入れ難いもののようで、故に、私は「常識」という言葉を多用する人間、そしてその言葉を振りかざして自分を正当化しようとする人間が大嫌いです。

 この調子でダイバーシティの実現なんて、正直、片腹痛いというものです。

 しかし日本の企業で働く以上は、こういった「お約束」も大切にしなくてはなりません。

 書店に堂々と並んでいるマナー本を見る限り、私が新入社員の頃と然程さほど変わっていないようなので一先ず安心です。

 後は入社してからの勝負…私のボスとなる人は、一体どういう人物なのでしょうか。

 どんなに優秀な参考書も、それが分からない以上はただの紙屑です。

 溜息を吐き、ふと時計を見ると既に深夜2時過ぎ。

 シフト制の業務が切っ掛けで睡眠時間が不規則になり始めた頃から続く睡眠障害。3時や4時に就寝することもザラでしたが、これから体調不良などの自分都合で休みを取ることが難しくなることでしょう。生活リズムを整えるよう、心掛けなくては。

 今日も含め、初出勤まで残すところはあと三日。今日は昼過ぎまたは夕方まで眠る予定だからお休みの残りは実質二日。これから始まるであろう怒濤の日々に備えて、この二日間は好きなことだけをして、しっかり英気を養いましょうか。

 私はパソコンの電源を切るとシャワーを浴びるべく、欠伸混じりで浴室へ向かいました。

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