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18. 秘書の応戦

 自席に戻って改めて腕時計を見ると、もう終業間際です。

 早々に追い返されたのはこのせいかも、と思い至り、私は少しだけほっとしました。

 支店長室から追い出されるような形でそのまま椅子に座った私に、周囲からの視線が痛いほど突き刺さります。

 大したお話はしていませんってば。

 立場上、支店長室の中での会話を公表する訳にはいかないですし、弁明する必要性もありません。

 背後にちくちくと刺さり続ける視線を見えない盾で撥ね返すようにくるりと振り返ると、私の背中を見つめていた全員がビクッ、と仰け反りました。

「あの、今からでも何かお手伝い出来ることがありましたら…」

「いいえ、終業時間ですからお帰りください。お疲れさまでした」

 ミーティング後からずっと受付席の近くに待機していたと思われる松坂課長代理から被せ気味にそう言われて、私は帰り支度に取り掛かることにします。

「松坂君」

 退社の挨拶をしようとしたタイミングで支店長がお部屋から現れて松坂課長代理を呼ばれ、松坂課長代理はその言葉を待っていましたとばかりに支店長室の中へ姿を消してしまわれました。

 ああ、報告することがあったのですね。だからあの場所でスタンバイを…って、報告されるのは先程のミーティングの内容に決まっていますよね! 同期入社の社員について探りを入れていた事も直ぐに筒抜けになってしまうのですね。

 …うん(泣)。

 仕事も終わったことですし、あれこれ考えるのはもう止めましょう。

 明日は小泉さんはお休みですから、少なくとも小泉さんとお話し(ニアミス)することはありません。

 余計な心配事をせずに業務に集中出来るはず。

 とにかく、独り立ち初日を何とか乗り切ることが出来ました。

 予想外だらけの一日だったけど、何だかんだで周囲の協力を得られて良かった。明日も頑張りましょう。

「お先に失礼します」

 改めて背後の席の皆様に挨拶すると、「お疲れさまでしたっ!」と、はるか遠く離れた席の方達からも野太い声のお返事が一斉に返ってきました。そう、この会社は女性職員が少なく、総務課に至っては私が唯一の女性となるのです。

 応援団のエールと言うよりは、大勢の舎弟を従える姐さんに向けられるようなお返事だなぁ、と思いつつも、私は有り難く退散することにしました。


 翌日、午前中に社外で会合の予定があった支店長をお見送りし、諸連絡の内容とスケジュールに問題がないか確認をしていると、川本さんに「ちょっといいですか?」と尋ねられました。

「歓迎会…ですか」

 初日に誰からも声を掛けられなかったので、契約社員だということもあり、すっかり無いものだとばかり思っていました。なので、今更どう反応していいのか分かりません。

「はい。初日にお話しできなくて申し訳なかったです。言い訳になってしまいますが、お声掛けするタイミングを逃してしまいまして」

 分かります。初日、二日目ともに「歓迎会」なんて単語が全く相応しくない雰囲気でしたものね。

「そのままずるずると引き延ばしていたので、昨夜、とうとう支店長と課長に叱られてしまいました。柏木さんにとって急な話になってしまって申し訳ありませんが、明日の夜の7時から空けておいてください」

 平身抵当の川本さんに、逆に申し訳なさを感じてしまいます。この様子だと、相当叱られたに違いありません。昨日の堂本秘書と支店長のやり取りを思い出して、心から気の毒になりました。

 歓迎会と言いながらも、当然小泉さんの送別会も含めた歓送迎会なのでしょう。本来ならば小泉さんから気軽に誘われるはずだったところを、初日からいきなり嫌われてしまった為に誘ってもらえなくなった…というところでしょうか。

「いえ、お誘いいただいて嬉しいです。その歓迎会って、送別会も兼ねていますよね?」

「小泉さんの送別会は先週末に終わっていますので、柏木さんの為だけの歓迎会です」

 暗に小泉さんもいらっしゃいますよね? と尋ねたかった私の意向をしっかりと汲み取って、川本さんは淀みなく説明してくださいました。

 既に小泉さんの送別会は終わっていたのですね。確かに、彼女の送別会に私が同席するのは全員にとってあまりにも気まず過ぎますものね。でも、小泉さんご本人も異動先が急に変更になって心中穏やかではいられないところに、追い打ちをかけるように送別会が決行されてしまって、さぞかし複雑なお気持ちだったことでしょう。それもあったからこそ、あのように荒れてしまったとも考えられなくもないのですが…だからと言って、あのような態度を取ってもいいと言うことにはならないと思います。

「ちなみに支店長は総務課員ではないので歓迎会には参加されませんが、代わりに金一封を頂きました。期待していてください」

「はい。ありがとうございます」

「あと、経理課の歓迎会も今週の金曜みたいなので、現地集合はせずに総務課員全員で会場に行きましょう。安心してください。店も駅も帰る時間帯も被らないように、配慮します」

 嬉しいご配慮ではありますが、そのような配慮が可能ならば、もっと別の方向で活かしていただきたかったです。

「恐れ入ります。でも先週の送別会をされたばかりなら、総務課の皆さんが大変すぎませんか? 翌週以降でも私は構いませんよ?」

 歓送迎会シーズンとはいえ、二週連続の出費ともなると、さすがに資金的に大変なのではないでしょうか。招かれている側とはいえ、私もいくらか会費を納めるべきなのかも知れません。

「いえ、経理課の奴等に先を越される訳にはいきません。総務課の沽券にも関わりますから」

 …昨日も思いましたけど、営業課との確執の件といい、この会社の人達って支店内の部署同士で対抗意識を持ちすぎなのでは?

 無言になってしまった私に、川本さんは何を思ったのか、「店のランクも経理課より上ですよ」と付け加えました。

 そうでしょうとも。日々接待交際費のチェックに腐心している部署の方達が、贅沢なんてする訳ないじゃないですか。

「期待しています」

 溜息を吐く代わりに、私は川本さんににっこりと秘書スマイルを返します。

 その時。

「あらぁ。楽しそうなお話をされていますね。どんなお店だったか、今度教えてくださいね」

 いつからそこにいたのか、そして聞いていたのか。

 初めてお会いする女性が、私たちの話の輪にいきなり入っていらっしゃいました。

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