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16. 秘書の愕然

 予定は未定で決定では無い、という言葉が高校生の時に何故か流行っていました。

 そして新卒で入社した会社で、人事異動に関してまたもこの言葉を何度も聞くことになりました。

 長期出張だと思って支店へ行ったら熱烈歓迎されて、そこで初めて異動であることを知らされた、なんて話は、きっとどこの会社でも「あるある」なのではないでしょうか。

 そして今再び、私はこの言葉と共に東京本社勤務の頃に聞いた、当事者にとっては全然笑えない異動エピソードを思い出すことになるのでした。


 堂本秘書の異動に突然不都合が発生したから、小泉さんが行き場を失ったのでしょうか。

 でも、何故よりにもよって経理課? いえ、理屈は解ります。そこしか空きがなかったのですよね。

 とにかくこれで、私は「会社側から是非にと請われて秘書職を了承したことを小泉さんへわざわざ伝えて当初の予定よりも早く経理課に追い遣った、感じの悪い新任(パワハラ)秘書」確定です。

 最悪です。

 経緯(いきさつ)を全くご存じない方々や小泉さんと親しい人達は、絶対こちらの人物像を採用しますよね。そしてこんなにスキャンダラスで面白い(ネタ)、広めるなと言うほうが無理でしょう。

 いやいやいや。

 根掘り葉掘り聞いてきたのは小泉さんのほうですから。私は聞かれたから答えただけです。今後も彼女と仲良くしていきたかったからこそ、積極的に情報開示をしただけなんです…が。

 ええ、私も配慮が足りませんでした。

 自分の未熟さを前面に押し出すことが謙虚さに繋がるだなんて考え、ある意味甘えと驕りでしかないですよね。だからこそ、自分の息子でもおかしくないくらいの年齢の先輩社員に「飛ばしてんな」なんて嫌味を言われてしまうのです。自分の息子だったら職場でそんな失礼な発言は口が裂けたってしないように厳しく躾けておくところなんですけれど(あの時、総務課のほとんどのメンバーが視線と低音の威嚇で諌めてくださったのがせめてもの救いでした)、それでも被害者ぶっている加害者に対してなら、私だってそのくらいの悪態は()いてやりたくなると思います。

 だから、そんな甘ったれた考えは今すぐこの場で捨てることにします。

 どうせ図々しい年増だと思われているのですから、期待通り図々しく謙遜はナシで…というのも極端過ぎますね。

 繰り返しになりますが、そもそもどうして私が秘書に。

 またこの詮無い疑問に戻るのですが、あの求人は実は秘書がメインで、営業課や経理課はより幅広い人材を集めるためのダミー…言わば「釣り」だったのでしょうか。それならば面接中に秘書にスカウトされた説明がつきます。でも、小泉さんの異動先は営業課で既に確定していたはずなのに、なぜ経理課になってしまったんでしょう…ってアレ?

 営業課にも、経理課と同じく新入社員はいないのでしょうか?


「今年は二人、営業課に入りましたよ」

 松坂課長代理に引き継ぎの進捗状況を尋ねられ、報告がてらさり気なく同期入社の人数について話題を振ってみると、気が抜ける程あっさりと答えてくださいました。

 遠目にも同僚達がこちらの様子を窺っているのがハッキリと見て取れます。常に背後だった景色を見渡せる新鮮さに、私はついキョロキョロとしてしまいます。

 支店長が会議で離席されると、松坂課長代理に「あちらで少し話ができないかな?」とフロア内の来客用打ち合わせコーナーに連れ出されました。

「経理課の新入社員の話は無しになったと聞きました」

「ええ。小泉さんが配属されてしまいましたからね。これは内緒なんですが、副支店長が支店長の元秘書を堂本の後任として迎えることに難色を示したんです」

 ああ…仲が悪いと仰っていましたものね。

 それ以前に、彼女の態度はどう贔屓目に見ても秘書向きではないですし。

 つるりと言いかけて、私はぐっと(こら)えました。

「これ内緒ね。知っている人間もほんの一部しかいないので、課内の人間にも、決して口外しないように」

「分かりました」

 契約社員の私が正社員よりも社内の秘密を知っているという不思議さよ…って、私についた悪いイメージを払拭する最有力情報なのに、口外出来ないなんて一体どういう罰ゲームですか!

 湧き上がる怒りとは別に、いくつかの疑問が腑に落ちて、私はいくらか安堵することができました。

 総務課内で私に対して明らかな敵意を持っている方達は、その「ほんの一部」に属していらっしゃらないのでしょう。いえ、切にそう願います。挽回のチャンスがあるのとないのでは、私の今後のモチベーションが違ってきます。

 そして親切にしてくださっている方は事情通もしくは小泉さんに良い感情を持っていらっしゃらなかった方達。川上さんはその両方のような気がします。

 秘書という立場上、秘密の共有の為に保身を犠牲にしなければならないなんて…。いえ、違いますね。まずは保身を抜かりなくしておかなればならなかったのですね。小泉さんの異動が円満なものであると思い込み、(あまつさ)え彼女が私に敵意を抱くだなんて考えもしないで、彼女の誘導で手の内をべらべら喋ってしまったのは私の失策です。

 これからはもっと巧妙な、情報を引き出そうとする社外の方達とも対峙することになるのですから、気を引き締めなければなりません。

「堂本秘書の異動取りやめも、一週間前に決まったのですか?」

「アイツの場合は課内異動ですから、融通が利くんですよ。営業課内で次の副支店長秘書を育てることになったようでね。だから副支店長秘書候補も含めて営業課の採用は二人。これ以上の新入りは受け入れられないということで、それで小泉さんの異動先が突然消えてしまうことになって大変でした」

 じゃあ、副支店長のワガママで私の第一希望の求人が消えた、ってことですか?

 となると、この三日間の針の(むしろ)と私に対する悪評は完全なるとばっちりじゃないですか!

「でもまぁ、お(かみ)が言い出したことが発端だから、僕等も副支店長の主張を無下(むげ)に出来なくてね。調整(あれ)、本当に大変だったなぁ…」

 契約社員の募集だったからこそ求人取り下げで対応できた、というところでしょうか。求人取り下げの理由が何であれ、職業安定所からは決していい顔はされなかったでしょうしね。

 遠い目をしてしまわれた課長代理に、私は恐る恐る尋ねます。

「あの、小泉さんは元から異動される予定だったのですよね?」

「キリの良さでいくと契約社員の異動辞令は4月1日付だけど、役員人事は株主総会後に動くから、秘書の異動発令は役員人事異動発表後の6月が通例です。ここまで言えば、分かるよね?」

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