表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

1. 最後の就職活動

 唐突ですが、履歴書上の私はかなり優秀です。

 地方の進学校から都内の短大をかなり良い成績で卒業し、そのまま東京の大手企業に採用されて就職しました。

 都会のOL暮らしは金銭的な面を除けばとても楽しく、刺激に満ちていました。

 しかしその後、母の病気という思わぬアクシデントを機に田舎に戻ることを決意し、わずか数年の東京でのOL生活に終止符を打つことにしました。

 幸いにも私が実家に戻ってから母の体調は安定し、投薬治療で普通の生活を送れるようになったので、母の身に起こるであろう最悪の事態にどう対処していくのかばかり考えていた私も、今度は田舎でどのように暮らしていくかをいよいよ本気で考えなければならなくなりました。

 母は定石通り次々と見合い話を持ってきましたが、既に交通事故で他界している父との最悪な夫婦仲を思春期に嫌というほど見せつけられて育ってきたせいで、私の人生において結婚という選択肢は有り得ないことになっていました。短大生になった頃、恋人を作ろうとしない私を不思議に思って尋ねてきた友人にそう告白すると、友人は親の結婚生活と自分の結婚生活は別物だ、と必死に私を改心させようとしてくれましたが、そもそも私は年頃の女性が抱く甘い期待…つまり、結婚が全ての不安や憂い事を解決してくれると考えるほど、お目出度くなれない娘だったのです。

 それに万が一気持ちが変わって結婚したとしても、結果的に母を一人にしてしまったら病気が再発した時に一体誰が面倒を見るのでしょうか?

 そう考えると結婚すること自体、私にとってはデメリットでしかありませんでした。それほど子供好きでもないので、「子供だけでも欲しい」とも思いません。むしろ子供を持つ責任の重さに耐えかね、子供を持つ覚悟を持つことすら出来ないという有様です。

 とりあえず東京で暮らしていた頃に比べたら格段に暇になってしまったので、かねてより考えていた学位取得をすることにしました。短大卒業という学歴は、私にとって不本意なものでした。家庭の財政状況を考えて早目の就職をしただけであって、できることならば大学院まで修了しておきたかったのです。

 私は東京で貯めたお金で通信教育を受けることにし、働きながら修士課程まで修了することにしました。

 そして求職中に地元の職業安定所に勧められ、職業訓練センターにも通いました。そのおかげで、めぼしい各種資格も増やすことができました。

 普通運転免許も日商簿記も英検もTOEICも、履歴書には書いていないけれど書道も習っていた事は筆跡から分かってもらえる筈。

 と、職業訓練センターで手に入れた資格を武器に、私はほくほくとして就職活動に臨みました。だけどいざとなると、これらの資格もただのお飾りと化しました。地元で一般事務職を希望する身としては大企業での就労経験すらも、足を引っ張る要素となりました。

 酷い時は「我が社の仕事に優秀なあなたは満足しないでしょう」と、インチキ占い師のような予言とともにバッサリ斬られます。

 優秀だと分かっているのなら、何故採用しないんですか? と言ってやりたいところですが、これはお見合いで言うところの「仲人口なこうどぐち」のようなものなのでしょう。

 会社の採用担当者は、その本人の経歴がどうであれ、採用したくない独身女性には結婚、既婚女性には子供、それぞれの境遇で足枷となりそうな問題を匂わせて断ってきます。

 会社にとって「優秀な女性」というのは若くてすぐに社内結婚・寿退社してくれそうな女性の事を指すのだなぁ、と遅蒔きながら気付いた時は、もう手遅れ。

 私は既に「会社にとって優秀ではない女性」になっていました。


 そうして私は契約社員として地元の企業を転々とするようになりました。

 小説やドラマに出て来るようなキャリアウーマンへの道が現実にはどのように開けて行くかなんて、不本意な転職を繰り返してきた私には良く分かりません。20代や30代前半(いわゆる適齢期真っ最中)ならともかく、それ以降の年齢の女性に会社がどのような期待をかけているかなんて、皆目見当もつきません。

 ブラック企業すれすれの労働条件で働かせているくせに、刃向かうと契約を切るぞと匂わせてくる雇用者側やその社員達とうまくやっていこうなんて気はこれっぽっちも起きず、非正規雇用者苛めで日常の憂さを晴らしている正社員(とりわけ既婚女性)の機嫌を損ねないようにすることで精一杯。

 契約期間は大体3年か5年。その間はただひたすら面倒臭い人間関係を笑顔でスルーし、波風立たせないように真面目に働いているのに、仕事と家庭を両立している立派なキャリアウーマンのはずの彼女等は立場の弱い契約社員に訳の分からない理由をつけて自分達の仕事まで契約社員にやらせようと一生懸命。

 太鼓持ちで立場を維持したり出世することまで出来るのは立派な才能だと思いますが、実務がからきし駄目なのだから、そこを補ってくれている契約社員の機嫌くらいとっておいても損はないでしょうに。

 そんなに子育てが大変ならもう仕事を辞めるしかないんじゃないですか? もともと仕事なんかしていないんだから、会社にとっては大した痛手ではありませんよ、と心の中で毒づいてみたりして。

 とにかく、そんな図式にもすっかり慣れてきて、あっという間に40代突入、おそらくこれが年齢的にも最後の転職活動かしら、と思っていた時、私は面接試験で意外なオファーを受けました。


「秘書、ですか…」

 その会社が受付秘書を募集しているのは知っていましたが、自分の年齢を鑑みて、受付関係は無理であろうと最初から選択肢に入れていませんでした。

 いくら大手企業といっても、こんな田舎の支店で、しかも契約社員にいきなり秘書をさせようだなんて提案も胡散臭過ぎます。

 明らかに、使い捨て。

 この言葉がまず頭をよぎりました。

 きっと社長と馬が合わなければ(合わない可能性の方が高い)、一年後の契約更新時にていよく切られることは確実。

 秘書なんて潰しのきかない職種、一年後の就職活動にどうやって繋げていけばいいのか分かりません。

 第一、私が応募したのは経理事務員と営業補佐事務員のポストです。ええ、ダブル受験です。普通、ひとつの会社に対してトリプル受験なんて無節操な事、しませんよね? がっつくと足元見られてしまうのは何も恋愛関係だけに限ったことではないのです。

 確か職業安定所の情報では秘書の求人理由も「補充」だったはず…。どうして職安では補充になった理由まで教えてもらえないんでしょうか? これって結構、大事なことなのに。

 社長が超ワンマンで我侭で誰もが続かないとか? ただ単に正社員の秘書が育児休暇中とかで復帰までの間、契約社員でお茶を濁しておくとか?

「あの、私が応募したのは経理と営業なんですが…。さすがに三つも応募するという事は…」

「いいえ大丈夫です。今、この場で応募して頂いても問題ありません」

 いや、大ありでしょう。だったらどうして履歴書を応募先ごとに提出させたのですか? その履歴書二枚書くの、転職歴の多い私にとっては書くことが多過ぎて結構大変だったんですが。

 第一、口頭応募でOKだなんて話、今まで聞いた事がありません。

 ここまで言ってくるなんて、ある意味、非常にマズい…。この流れに乗ってしまうと、確実に秘書で合格してしまうような気がします。でも、ここで変に抵抗して、面接官の心証を悪くしてしまったら、それも本命ポストへの道を閉ざすことになってしまう…。

 ああもう、訳が分かりません。どうして面接の真っ最中に違う職種にスカウトされてるんでしょう、私?


「あなたにお願いしたいのは、スケジュール管理なんですよ」

 応募してもいいことを匂わせると面接官から猛アピールが始まりました。これは、確実に「そっち」採用の方向に舵が切られてしまったということです。

 今までの経験から言って、採用するつもりの時の面接官は積極的で多弁です。押せ押せです。逃してなるものかー、という態度が全面に出てきます。そして親切丁寧、フレンドリー。これから「仲間」として一緒に仕事をしていくのですから、当然と言えば当然ですね。

 これが希望通りの「経理」か「営業」の説明だったら私もニコニコ愛想良く返答していくのですが、今はただ口許を笑顔の形にしたまま引き攣らせているだけしか出来ません。

 一人10分が持ち時間のはずが、けっこう経過しているのにも拘らず、説明は続いています。

 もしかしたら秘書にスカウトされたことを良い思い出としてもらって、丁重に全てお断りコースとか? いやいや、書類審査で落とせば済むことなのに、わざわざ面接まで引っ張ってすることではないでしょう。やはり、採用してもらえるのでしょうか?

 そんなことをぐるぐる考えながらほぼ上の空で説明を聞いているうち、同席していた他の面接官に「そろそろ時間が…」と進行役の面接官が促され、何故か面接官側かれらから「よろしくお願いします」と言われて私はやっと解放されたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ