第2話 悪魔序列第7位
タッタッタッ
それなりに急いで走っていく。遅れかけてはいたが、そこまで急ぐ必要もない程度には時間を取り返している。念の為…というのは建前で、本音は夢のせいで落ち着かないだけである。怖いわけではないはずだが、それでもやはりモヤモヤするものである。
「おはよう裕!まだ歩いても大丈夫だぞ!」
あいつはクラスメイトの前淵。お調子者であるが、まあ良い奴だ。
「いや、ちょっと落ち着かなくてさ」
「ふーん。まあ、こけるなよ!」
「大丈夫だよ」
次の曲がり角を過ぎるともうすぐ学校だ。そこまで一直線…のつもりだったのに、手前の角で曲がってしまった。自分の意志ではなく何かに引っ張られるように。
「おい!どこ曲がってんだよ!」
前淵の声がする。しかし、裕の声には届かなかった。なぜならその曲がり角の先には猫がいたから。とても美しい毛色。茶色でまるで髪の毛のような上質な毛である。ツヤもいい。見とれてしまったのだ。
「ボケたのかお前?学校までの道を間違えるとかよ…それとも立ちシ…ん?」
後ろから来た前淵もその猫に気付く。
「おお、可愛い猫じゃん」
裕は答えられない。完全に心を奪われる。
「聞いてるのかー裕?」
「…うお!いたのか!びっくりさせるなよ」
「いや、お前が気付いてないだけで10秒ほど前からいるよ…」
「え?あれ?すまん」
「にしても綺麗な猫だな」
見たところ首輪はついていない。野良猫のようだ。
「首輪がないぞ…、ほら。野良なんかな?」
「うわホントだ。にしても野良でこれはおかしいだろうよ」
「う~ん…」
何か違和感のある猫だ。更に人馴れしているようでこちらに近付いてくる。
「ニャーゴ」
鳴いた。声まで上品である。
「ほえ~。すごいねこりゃ。」
「確かにな。これはただものじゃないぞ…」
「…」
「…」
「ニャーゴ」
「あーーーーーっ!しまった!遅刻だぁ!」
前淵が叫ぶ。1秒の間の後にハッとする。
「うげっ!やべえ!」
2人は同時にダッシュした。
「あの猫帰るときもいるかなあ」
「さあな。猫は気紛れだし…」
「それより急ぐぞ!あと1分とねえ!」
「よっしゃ!100m15秒台の実力見せてやんよ!」
「裕さん、それ冗談だよな…?」
「…え?」
前淵は間に合った。それだけで俺は満足である。
――この日は何のこともなく授業が終わる。裕はすぐに帰る準備をした。結構猫が気になったのだ。玄関を出て歩く。しばらくして先ほどの場所、曲がり角を見てみるが何もいない。猫は気紛れ、なのである。前淵の言うとおりだ。
家に帰ろう。
いつも通り路地から出て家に向かう。家への道を歩く。何かの気配がする。…ん?
いつも通りではない。いつもは気配などしない。当然だが。
走る。振り向く!電柱の裏に何かが隠れた。そっと近付いてみる。ソローリソローリと。電柱の前についた。この裏には確実に何かいる、はず。そして顔を電柱の裏に出した瞬間、
「やあああああああああああああ!」
叫び声。次に顔に激痛が走る。
「いってええええええ!」
何かに引っかかれたような痛み。かなり痛い。辛うじて目はやられていない。即ち正体を見るなら今!
そこには水色のメイド服に猫耳を付けた少女がいた。コスプレイヤーか?はっきり見える。歳は12,3くらいか。メイド服の前掛け?には「Ⅶ」とある。2人はしばらく沈黙した。
「…」
「…」
バコォ!何か鈍い音がするとともに意識が飛んだ。
……きて!起きて!
「起きて!」
誰かの声だ。目を開ける。
「目が覚めた!大丈夫?お兄ちゃん」
雫のようだ。俺の部屋だ。良かった、生きてる。
「今何時だ?」
「7時過ぎだよ」
「3時間近く寝てたのか」
そういえばみぞおちに痛みがあるが何故だろう…。何かに殴られたん…あ。
「なあ雫、どこかで猫耳コスプレイヤー見なかった?」
「え?もしかしてあの子のこと?」
いた。間違いない。何故俺の机で本を読んでいる。
「あの子がおにいちゃんを運んできたんだよ」
耳を疑った。俺を殴った女の子が俺を家まで運ぶ?
「あの子、お兄ちゃんの知り合いなんでしょ?」
「え?」
「いや、えじゃなくて」
「あの子家の場所知ってるんだもん。」
いや俺は…、言いかけて止めた。あいつから直接話を聞いてからだ。
「ねー雫!まんがって面白いね!私止まらなくなっちゃうよ」
「それ男の子の漫画なのによく読むね」
「えーそうなの?」
何俺の漫画を勝手に読んでるんだ。
「おっ!裕が起きたみたいだね」
「え?ああ…」
ちょうどいい。
「雫。ちょっとこいつと話があるから、出て行ってくれないか。」
「私がいちゃダメなの?」
「大事な話だから。悪いが頼む。」
「いいけど変なことしちゃだめだよ?」
「しねーよ!」
ガチャン
雫が部屋を出た。さあ問いただす時だ。
「ねえ。どうしたの裕?」
「質問がたくさんあるんだよ…」
「なになにー?」
「おまえはいったい誰だ?」
「……え?えーっと、なな、そうななちゃんだよー」
「何焦ってるんだ?自分の名ごときで」
「や、やだなぁ…焦ってなんかないよ」
「雫は知り合いだと勘違いしてたが、俺はお前なぞ見たこともない。何が目的だ」
「…もー、忘れっぽいんだから。ホントにボケてるんじゃないの」
「何だと?」
「今朝、私はあなたと会いました…」
思いだせない。こんな人間がいたらとても目立つ。間違いなく気付くはずだ。今朝に出会ったものなんて…。
「まさか…」
「んふふ~あのベリ~キュートな猫ちゃんは私だったのだよ(ドヤァ」
「…」
「…」
「いや信じらんねえよ。」
「あっさり切り捨てとか酷い男」
「いや信じる奴早々いねえよ。大体証拠でもあるのかよ」
「…100m15秒(ボソッ」
「…え?」
「今のが証拠よ!100m15秒!100m15秒!」
「…おい、やめろぉ…」
「100m15秒!100m15秒!100m15秒!100m15秒!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「うるさいぞ!裕!静かにしろ!」
父の声だ。やばい、こいつを黙らさないと何をされるか…。
「100m15秒!100m15秒!100m15秒!100m15秒!」
「分かった!分かったから!信じます!」
「それでよし!」
一度深呼吸をする。そしてもう1つ聞く。
「もしさっきの猫がおまえだとしておまえは誰だ?」
「もしとはどういうこと?まだ信じてな」
「わ、わかった。さっきの猫はおまえだがおまえは誰だ?」
「…私は魔界の悪魔序列第7位、「天性魔猫のキャビル」です」
「…悪魔?」