93話
「……本気で?」
羽ヶ崎君がやっと喋って、空気が溶け始めた。
「幸いにしてこの世界で俺達は割と美形という扱いらしいですから、何とかなるんじゃないですか?」
そういえばそうだった気がする。いつ得するんだと思ったらここで得する補正なのかあ、これ。
「本気で本気?」
「本気です」
「マジでぇ!?」
「本気です」
「揺るげ!」
「揺るぎません」
……成程、そう言えば我らが魔王軍の参謀は『狂』科学者だったなあ。
そして社長、それでも必死に抵抗する皆さんに対して、一言。
「忘れたとは言わせませんよ。よく言ってたじゃないですか。『ただしイケメンに限る』と。イケメン(仮)になっておいて、それを今更撤回するつもりですか?」
これは決まったああああああっ!クリティカルヒット!社長の痛恨の一撃だ!全員ぐうの音も出ねえっ!正論!正論すぎるねっ!!
「それに大丈夫です。色仕掛けと言ってもせっ」
「オブラート、オブラート!」
瞬時に針生が社長の口を塞いだ。流石ニンジャ、仕事が速いけどそんな単語一つで慌てて君達は中学生か。
「本番まで行けとは言いません。単純に情報漏洩の情報漏洩、ハインリッヒの法則でいう所の300の異常、できればその上の29の小事故を起こすだけです」
ハインリッヒの法則って、アレだね。1つの重大な事故の前には29の小さな事故があり、その前には300の異常がある、みたいな。
つまり300の異常を無くす努力をすれば1つの重大な事故を回避できる、っていう奴だったはずだけど、今回は『300も小さな情報漏洩を起こせば1つくらい重大な情報漏洩起こせるだろ!』みたいな、ハインリッヒさんに失礼な使い方してるね。
「俺達は流石に誰が重要な情報を持っているか知りません。大体は地位の高い人物だろうという事が分かりますが、それが騎士の方面なのか、神官の方面なのか、それすらも分かりません。司祭という役職についている人が何人いるのかも分かりません。もしかしたら大司祭と司祭の間に役職があるかもしれません」
……まあ、そうね。
「舞戸さん、『共有』で他人の記憶を盗めますよね?」
「赤の他人とやったことないからそこは分からんよ」
というか、実は君達とケトラミとハントルと本とメイドさん人形以外でやったことない気がする。
「そうですか、盗めるようになっておいてください」
何このブラックさ。
「多分盗めるようになったとしても相当に時間がかかるし消耗も半端じゃないと思う」
「それも分かっています。できても精々一晩に2人程度なものでしょう。ですから、舞戸さんが『共有』する人間を選定する作業が必要になる訳です。それに、舞戸さんの『共有』対策を取られていたら一発アウトですからね。その対策の有無などの情報も事前に欲しいんですよ、こっちとしては。そういう意味では相手の装備を全部剥いだ状態まで持っていってもらえたら楽」
「無理」
「知ってます」
羽ヶ崎君と社長による温度というものを伴わない視線の交錯の果て……目を逸らしたのは羽ヶ崎君だった。
流石社長、強い。
「そしてそれを行うために色仕掛けで軽度の情報漏洩、300の異常を引き起こしてもらいます」
成程。分からんでもない。
「けどなんでまた、それを色仕掛けでやる必要があるの?普通に友達になったりすればいいじゃん。或いは俺が影渡って」
「影を渡って入手できる情報も必要ですが、それで入手できる情報とは第三者同士の話の盗み聞きまでですよね?つまり聞きたい情報を得られる可能性は割と低い訳です」
……まあ、そうだね。影から「もうちょっとそこんとこ詳しく」とか言われたら人は逃げるね。
「そして友情に盲目になってもらうよりは恋に盲目になってもらう方がやりやすい事は確かでしょう」
こいつの口から恋とか出てくると違和感しかない。
「いや、でも、あの……適材適所、って、あるじゃないですか?俺、コミュ力ないんで」
うん、刈谷に限ったことじゃなくてここに居る全員、殆どコミニュケーション能力が薄弱なんだよなあ。
「選択肢の無いギャルゲーだと思ってやってください」
「選択肢が無かった時点でギャルゲーじゃないです……」
しかもセーブもロードもできないもんね。
「演技だと思ってやればできますよ」
しかし社長、怯まない。
そして遂に社長の痛恨の一撃が再び炸裂。
「イケメンならば何でもできるんでしょう。それこそ1週間やそこらで女性神官かホモ神官の1人や2人や3、4人を落としてハーレム築いて情報漏洩させるぐらい楽勝なはずです」
……。そうね。異世界でイケメンだったらそれぐらいできるよね。きっとね。それに、やっとこれの出番のようです。
「じゃじゃーん」
『誘惑』の効果がつく『染色』。やっとこれの出番だよ。これはこの時の為にあったんだね。納得納得。
布を見せただけで皆さん、何の布か瞬時に分かったらしい。一気に顔が面白くなった。
「『誘惑』スキルの力も借りればより確実でしょうねえ」
そして、社長の顔はますます狂気じみていく。わーい、こわーい。
「お、俺は忍者だからっ!普通に影の中からコンニチワして諜報した方がいいから!」
あ、針生が逃げた。
「残念だ。非常に残念だ。俺は既に司祭に顔を見られているんだった。よって俺も参加できないなー残念だなー皆頑張ってくれ」
鈴本も逃げた。
「そういう意味では私も無理だね。元凶2つも抱えてイケメン補正剥げてないとは思えないし」
私も逃げた。
「……俺、その、話すの苦手だから……」
「そういう需要もあります」
角三君は逃げ切れなかった。
「割と太ましい俺も?」
「そういう需要もあります」
「俺みたいな根暗は」
「そういう需要もあります」
「僕ひょろいから」
「そういう需要もあります」
「僕機動戦士だから」
「そういう需要もあるかもしれません」
怖いね。『そういう需要もあります』。全ての言い訳を封殺したよ、今。
「なので、針生はいいですけど鈴本はアウトです。そういう需要もあるでしょうから。危険も伴いますが、相手にこちらの要求が分かりきっている分、溺れてくれれば楽でしょうね。まずはその女性司祭の情報を他の人たちが集めてから、という事になりそうですが」
……なんだ、そういう需要って。あれか。敵軍の将軍と禁断の……って奴か。
そして溺れるって、あれか。相手がヒモだと分かっているのに貢いでしまう心理か。よく分からんけど。
「それ言い始めたら舞戸だって補正なくたって……その……そう、ブス専が要る可能性あるでしょ!?こいつが免除される理由が分かんないね!」
羽ヶ崎君の仰ることは尤もだが……じっと見つめてみたら露骨に目を逸らされた。酷い。
「舞戸さんには戦闘力がありませんから、敵地に送るのにはリスキーすぎます。もし送るとしても、神殿の女性コミュニティの噂話を仕入れる係になってもらった方がいいと思いますし、だったら人形を操作して諜報活動した方がいいかもしれません」
流石社長、二歩どころか三歩先を行く。
「……社長もやるの?」
「やりますよ。下手な鉄砲も数で勝負です」
……思った。こいつの頭脳は素晴らしい。でもそれ以上に、こいつの潔さが、素晴らしい。
素晴らしすぎて笑いが止まらない。どうしよう、面白すぎる。腹筋が、腹筋が壊れる!
「舞戸!笑うな!」
ごめん、無理。
「見てきたよー、確かに人員募集してるみたいだね、地方の教会の神官とかまで集められてるみたい。戦力も衛生兵としての人材も欲しいみたいだね。面接というか、試験はあるみたいだけども。王都とかにも張り紙があったりしたよ」
鳥海と針生が偵察に行ってきたところ、確かに潜り込むスペースはある、との事。
王都にもかあ。成程、割と魔王という脅威は世界規模なんだなあ。
「さあ、それじゃあさっさと面接行きましょう。実技は手を抜いてくださいね」
そして渋々と、私と針生と鈴本以外の全員が魔王装備じゃない装備(リクルート鎧ってなんか新しいなあ)に着替えた所で、鳥海の『転移』によって飛んで行った。
その間に私はハントルとケトラミに魔王の話を聞いておくことにしよう。
「ね、ハントル、ケトラミ」
『おう、どうした』
『分かった!昨日のお話の続きでしょ?』
お、察しが良くて助かる。
「うん。魔王って、何?」
聞くと、ケトラミの耳がぴくぴく動いた。
『知りたいか?』
「是非」
今度は尻尾がぱたぱたし始めた。
『そうか。だがなあ、これは一応俺の一族に代々伝わる話だからよ、そう簡単に教えてやるわけにはいかねえんだよ』
言いつつ、ケトラミの耳はぴくぴく、尻尾はぱたぱたしている。何これ可愛い。
『そういやお前、『共有』の練習するんだっつってたな』
あっ、分かった。
「つまり、その情報が欲しかったら『共有』で奪い取ってみろ、と?」
『話が早えな。おら、かかってこい』
……ふむ。まあ、練習しなきゃいけないことも確かだ。
このツンデレ狼から情報を勝ち得てみせようじゃないの。よっしゃ。頭突きアンド『共有』!
情報の渦にすぐ呑みこまれた。
あっという間である。抵抗すらできない。これが本気のケトラミさんか。
流されながらも何とか流れ込んでくる情報量を絞って立て直す。少し楽になってきたら、すぐにケトラミの意識とか感覚とかを避けて、記憶を探し始める。
向こうから差し出してくれるわけでもない時ってホントに探すの大変だな、これ!
いざ何とか記憶のたまり場見つけたけど、そこから目的のものを見つけるまでがまた大変で……具体的には、ほら、ケトラミさんの記憶ってグロ画像多いから……。
なんとかそれっぽいの見つけたけど、すぐにぶれてかすれて見えなくなる。
目を凝らして、手でかき集めて、なんとか、なんとか得た情報の断片が、こちら。
『魔王は世界を創った女神に文句を付けに女神の居る場所へ向かい、100年程出てこなかった』
『出てきてすぐ世界が少し変わって、魔王と女神は消えた』
『ケトラミの祖先は魔王が生み出した』
『魔王は銀髪赤眼のイケメンであったらしいが、女神に力で敵わなかったらしいので女神がマッチョだったか魔王がもやしだったか』
以上。これら全部、ケトラミがケトラミの親から聞いた話っぽい。
ここら辺でもう情報を絞っておく力が無くなって、離脱。
『どうしたよ?その程度か?』
「この程度です……」
だ、だめだ……。頭がぐわんぐわんしてる。
あああああ、最近は無機物とか協力的な人とばっかり『共有』してたもんなあ、そりゃ、そりゃあさ、こうなるよなあ。
「と、とりあえず……魔王は女神と戦って……世界を変えたんだけど、消えて……それで、前後関係分かんないけど、ケトラミたちの祖先を生み出した、魔王はメイビーもやし……っていう所までは、なんとか」
『分かるわ、アホ。俺の方にも『共有』されたっつー記憶が残ってるわ』
……いかん。私側の情報をシャットアウトしつつ向こうの情報を探らなきゃいけないのか、こういう時って。
できる気がしない。
『……まあ、俺が持ってる魔王に関しての記憶なんて大体それぐらいだ。後はハントルにでも聞け』
あ、でも一応大方はこれで全部なんだ。
ええと……。少ない!
『舞戸、僕でも練習、する?』
ケトラミさんが丸まって昼寝し始めてしまうと(狸寝入りなんだけども)ハントルが小首を傾げて聞いてきた。可愛い。
「する」
正直したくないけどしないと練習にならない。もってたミント抽出液を飲んでMPは全回復した。MPは。
『ん。分かった。どうぞなの』
ハントルも頭を出してきてくれたので、それにそーっと頭突きしつつ、また『共有』。
今度は自分側をシャットアウトしながら、っていうのを意識してやってみる。
ハントル自身の情報量ははケトラミよりも少ないっちゃ少ないんだけど、その分ハントルのお母様という非常にどでかい存在がいらっしゃる二重構造なので大変。
記憶があるのって多分そのお母様の方だしなあ。
何とか自分側の諸々を落っことさないように頑張りつつ、二重構造の方へ進んでいくと、猛烈な拒否感が。
……うん、前一回これを私と合成しちゃってえらいことになったんだったね。うん。一回離脱。
『舞戸、大丈夫?』
「うん、まあ、なんとか」
気休めのレベルだけどもまたミント抽出液を飲んでから、リトライ。
さっきと同じ道筋を辿って二重構造の先へ、なんとか理性で本能をいなして進むと、ケトラミよりもかなり整頓された情報群があった。
これはハントルが整頓したんだろうなあ。
その中から探せば、何とかそれっぽいのが見つかった。
ちょっと覗いてみればそれは、箱。
あの箱だ。『アライブ・グリモワール』が入っていた、つまりハントルの母親の腹から出てきた、あの箱。
それはハントルの祖先が魔王の大切なものとして預けられたもの。代替わりの時には、子が親を食らって、腹から腹へと受け継いできたもの。
それを隠す為に知性と力を魔王から与えられて生まれたのが、ケトラミやハントルの祖先。
それが、彼らユニークモンスターの始まりである、と。
と、いう所までしか見つからなかった。
個人的には魔王がモヤシなのか女神がムキムキなのかすごく気になるんだけど、そこら辺があんまりこう、見当たらないんだよね。
『舞戸、舞戸!大丈夫?大丈夫?』
そして私はというと、も、駄目である。何も考えずに寝たい。頭重い。目回る。気持ち悪い。
『え、えっと、あ、開きっぱなしになってる。……スズモトー!来てー!』
ハントルが何か言ってるなあと思いつつ、私は寝落ちした。




