90話
はい、眠れません。私は遠足前の小学生か。
徹夜明けの魔王ってどうなんだろうと思ったけどこれも気にしたら負けだなあ、きっと。
どうせ眠れないなら『アライブ・グリモワール』さんに報告だけしてくるかな。
『おお、どうした。遂に決行か?』
「うん。今日の夕方にね」
『ほうほう。どれ……ふむ。中々良いな。髪と瞳の色も変えるのであろう?』
あ、この本今私の記憶覗いたな?……うん、まあ、そうでもしないとこの本、私がどういう恰好するか分からないんだけどさ。
というか、この本は紳士的というか、まあ、節度のある記憶の覗き方してくれるから全然構わないんだけどさ?
『やはり白金の髪に真紅の瞳であろうなっ?』
……。
「なんかこだわりでもあるの?」
『ん?やはり魔王らしい方が良かろう?』
う、うん、そうね?……実際にいらっしゃる魔王様とやらも銀髪赤目なんだろうか……。
『して、宣誓はかように行う?』
「ああ、それは神殿の側に『転移』して、そこで、かな。拡声器はもうできてる」
刈谷が歌川さんと協力して『拡声』というスキルを『付与』した道具を作ってくれた。それを使ってこう、神殿の側の小高い丘から宣誓を行う。
神殿はデイチェモールから北西に向かって進んだ所……1Fの中心の湖にある。
そして、その湖の南にちょっといい感じの丘があるのだ。そこからなら神殿の正面と向かい合う形になるし丁度いい。
「それで、元凶を消させないぞ、っていう旨をこう、伝えればいいんだよね?」
別に人類滅亡とかは宣誓しなくていいよね?
『神殿が気にくわないから潰す、と言った方がよかろうな』
「滅茶苦茶喧嘩腰!」
『仕方あるまい。そうとでも言わねばあれはいつまでたっても他人事であるからな』
そうか、勇者だけで何とかしろよ、になっちゃうと神殿にまでは飛び火しないのか。……腐ってるなあ。
『それにその方が魔王らしかろう?』
……私はその魔王とやらを知らないからなあ……。何とも。
その後魔王談義を延々としてから帰ってきたら程よい時間になってしまったので朝ごはんにしよう。
あー……朝日が眩しいね。
今日はご飯で朝ごはんにしよう。
このお米炊いてる時の匂いって割と好きでだな。落ち着く。
なんとなく浮き足立つメイドさん人形達を宥めつつ炊き上がりを待っていたら、皆さん起きてきた。
「おはよう。眠れた?」
「あんまり……」
おお、全員遠足前の小学生だ。
「お前は……眠れたって顔してないな」
「そりゃ、ね」
魔王だよ?私、今日から魔王だよ?いくら芝居で演技で化けの皮被るって言ってもさあ、ちょっとこう、なんというか……緊張するよ。
「ま、頑張れ。飯まだ?」
「もうちょっとで炊けるよ」
なんというか、こういう適当さが有難いよね。うん。
ご飯食べたら夕方までは予行練習です。主に私の台詞廻しの。
「余が魔王だ」
「もっと魔王っぽく」
「余が魔王である!」
「それじゃ自己紹介だけで終わりじゃん」
「貴様らの骸にわが名を刻んでくれるわあああああああ!」
「よしそれ……いや、お前の名って何だ」
あっ、そうだね。魔王舞戸、って名乗っちゃうと色々詰むね。
「わが名は魔王ローズマリー!神殿よ、貴様らの行いには目に余るものがある!貴様ら自身の愚かさを悔いながら死ぬがよい!貴様らの骸にわが名を刻んでくれるわ!」
「却下」
ローズマリーさんは却下された。うん、まあ、そんな気はした。ローズマリーって既にこの世界の人たち何人かに名乗っちゃってるしなあ。
「神殿の愚者共よ!この世界を統治するのは貴様らでは無い!貴様らには過ぎた玩具だ、返してもらうぞ!さあ貴様ら自身の愚かさを悔いながら死ぬがよい!余は魔王!貴様らの骸にわが名を刻んでくれるわ!」
「及第」
色々と試行錯誤した結果こうなった。うん、もうなんつーか、素直に『アライブ・グリモワール』にアドバイス貰った方が良かったかもしれない……。
「これ言ったら神殿には敵対するって事が伝わるし、魔王って言ってるんだから勇者も出てくるよね?」
「元凶について触れてないですが」
……うーん、それかあ。それはなあ……。
「いや、言わなくてもいいと思う。神殿側の手の内いい加減見てからでも遅くないでしょ。元凶持ってるのはあくまで舞戸なんだから」
つまり、羽ヶ崎君が言いたいのは、あまり不確定要素増やすと私が死ぬぞ、と、そういう話であって、非常にご尤もである。
うん。下手によく分からない攻撃食らったらちょっとやばいかもしれない。
……というか、だな。下手に勇者が出てきた場合。これが一番今の所やばい。勇者って事は、スキルが使えるって事で、スキルと魔法は別物だから、『魔法無効』で防げないんだな、これが。
もし相手が加鳥の『滅光』みたいなの持ってたらちょっとやばいのである。……まあ、うん。こっちには盾兼光学兵器が一体いるけどさ……。
できれば、勇者より先に神殿に出てきてほしいんだ。それが一番いい。
けど、それを望むのは難しそうだなあ……。既に1人、神殿に在住してる勇者が居るのが分かっちゃってるんだし。
けど、他にいる勇者が神殿に居るとは限らない。できれば他の勇者たちが帰ってくる前に私たちは神殿ボコして帰還したい。そしててんやわんやしてる間に勇者たちの命(物理)を保護して、それから勇者たちとエンカウントしたい所だね。
そして気も漫ろに昼ご飯食べて、(こういう時でも3食欠かしたくない小市民魔王なのである。)少ししたら日が低くなってきた。
「さて、そろそろ行きますかーよっこらしょっと」
今回『転移』するのは鳥海に任せる。何故かって、現場に行ったことがあるのが鳥海だからなんだけども。
「準備はいい?」
おうともよ。しっかり全員怪しすぎる格好になってるよ!加鳥も機体に乗り込んでOKサインを出してきた。あ、駄目だ、あれだけ世界観が違う……。
「じゃあ、行くよ。『転移』!」
さあ、新生魔王の誕生だ!
多分、神殿は突如として現れたガ○ダムを最初に発見したと思う。
目立つからね、これ。サイズ的にも。
「じゃ、舞戸さんどうぞ。頑張ってくださ……ぷふっ」
笑いながら刈谷が渡してくれたのは錫杖みたいなもの。先端に『拡声』の石が嵌っているね。つまりはマイクである。
一応、念の為、例の房飾りも付いているから、いざとなったらこれを武器にできなくもないけど……やりたくはないね。
「……じゃ、いくよ?」
皆さんの顔を見ると、それぞれガスマスクだの狐面だの兜だのの頭で頷いたり、親指立ててくれたりした。よし、信じるぞ!
『神殿よ!』
よし、第一声は確実に響いて届いた。神殿が少しざわつくのが分かる。
『驕れる神殿の愚者共よ!思い出すがいい!この世界を統治するのは貴様らでは無い!貴様らには過ぎた玩具だ、返してもらうぞ!貴様ら自身の愚かさを悔いながら死ぬがよい!』
何か音がする。『遠見』で見てみたら、砲台の準備をしているようだった。へー、この世界、火薬あるんだ。
けどこの世界の文明レベルを見れば分かる。絶対ライフリングもしてないんだろうなあ。
さて、じゃあ仕上げだ!
『余は魔王、この世界を統治する者なり!貴様らの骸にわが名を刻んでくれるわぁあああああ!』
その瞬間、砲台が火を吹いて、私達……というか、私以外の皆さんと神殿との戦いが始まった。
飛んできた大砲の弾は、氷の壁に阻まれた。そしてお返しとばかりに氷の弾丸が無数に神殿へ飛んでいく。その精密さたるや、ライフルにも劣らない。
氷の弾丸はそのまま砲台を凍り付かせていく。火薬も凝集した水滴で湿ってしまえば使い物にならないと見えるね。二撃目は来ない。
その代わりに、神殿の正面玄関から無数の、白い鎧の騎士たちが出てくる。
……先陣切ってるのはアレだ。福山君だ。さて、君は学習したのかな?
騎士達の様子を見て、我らが人型機動兵器が動いた。
右腕を構えると、静かにそこに光が満ち、そしてその一瞬の後には眩くレーザービームが放たれていた。
それは騎士たちの足元すれすれの地面を焼き溶かす。騎士たちは怯んで隊列が乱れた。
そしてそこへ突っ込んでいったのは、神殿の騎士たちと対照的に漆黒の鎧を着こんだ2人の騎士と1人の怪しい狐面中二病野郎。
狐面こと鈴本はあっという間に正面先陣に突っ込むとひらりと舞い、そして次の瞬間には福山君の後ろから強烈な蹴りを食らわせた。
漆黒の騎士2人は器用に白亜の騎士たちを追い込んで一纏めにしてしまう。攻撃しようとすれば躱され、いなされ、その剣を折られる。神殿の騎士達は心まで折られていく。
そして、その騎士たちの上空にいきなり光の階が生まれる。作ったのは黒い法衣の刈谷、登っていくのは我らがガスマスク社長だ。
階の頂上に達すると、その懐から何かを数個取り出し、勢いよく眼下の騎士たちに向かって投擲した。
そのころにはもう角三君と鳥海も、鈴本も、そして福山君もそこを離れている。
何故か。それはすぐに分かった。
急激に神殿の騎士たちが咳き込み、噎せ始め、涙を流しながら地に伏し始めた。……催涙剤だったらしい。
あの社長にしてみれば非常に穏便な選択と言える。てっきりもっと酷いものを使うんじゃないかと思わないでもなかった。
……ふと、私のものでは無い視界の端に、飛んでくる剣が映った。
何気ない動作で後ろから飛んできたそれを難なく見えるように、内心心臓バクバクになりながら避ける。
続いて魔法も飛んで来るけど、こっちは避ける必要すらない。普通に受けて、そのまま無傷で振り向いてやれば鈴本に取り押さえられた福山君が居た。
よし、チェックメイト!




