87話
しっかし……これが元凶かあ……。これは確かに、『倒す』ものじゃないよなあ。だって、只の球んこなんだもの。
「どうしますか、羽ヶ崎君。これは舞戸さんが持っていれば俺達に害はない訳ですから、持って帰ることも出来ますが」
「持って帰っちゃっていいんじゃないの。元凶守るためにずっとここに居るとか御免でしょ」
……うん、まあ、そんなに居心地のいい島じゃないよね、ここ。
「じゃあ『転移』するよ」
謎の球改め元凶を持って、帰還。
「お帰り、どうだった?」
湖のほとりに戻ると、早速皆さんが食いついてきたので、手に握っていた球から手を離す。
「こんな感じだねー」
球から手を離したとたん、目に見えて皆さんの元気が無くなっていく。ふむ、やっぱり皆さん、補正がいっぱい掛かってるんですなあ。
可哀相になってきたんでまた球を握ると、目に見えて皆さんの元気が戻っていく。うん、これちょっと楽しい。
「これが元凶だと思います。浮いている時は周りの補正に働きかけて、誰かが触っている時はその誰かだけの補正を大幅に、或いは全て剥ぐかんじですかね」
「成程、じゃあ舞戸以外が触らない方がいいな」
「そうですね」
……ねえ、二度目になるけども、泣いていいかなあ……。
とりあえず、元凶の謎球は触れてさえいれば体の何処で触れていてもいいことが判明したので、上手い事謎球を嵌めこんでおける腕輪を加鳥に作ってもらった。
これを二の腕にでも装着しておくことにしましょうかね。他の皆さんの為にも。
「で、元凶は手に入った。これをどうにかして『消す』のが勇者の務めということなら、これで既に俺達は魔王だな」
ね。……あ。
「そういえば、『アライブ・グリモワール』さんがさ、神殿と敵対するなら協力したいからちゃんと話に来い、って言ってたんだけども、ちょっと話してきてもいい?」
「そうだな。じゃあ俺達はその間にジョージさんの所にいって相良達に事の次第って奴を説明してくる」
そうね。いきなり同級生が魔王になったらちょっとびっくりするわな。それで下手に敵対されたら誤解を解くのも一苦労だし、根回しは先にしておくに越したことはないね。
「ついでに三枝と穂村君にも連絡するから『交信』の腕輪貸してくれ」
「ほいきた」
手首に付けていた『交信』の腕輪を外して2つ鈴本に放る。1つは情報室・新聞部組との『交信』、もう1つは穂村君達との『交信』だ。
2本の腕輪を持って皆さんが行ってしまったので、私もさっさか報告しに行きますかね。頭突きももう手馴れたもんだね。うん。『共有』。
『……ふむ、元凶を手中に収めたようだな。やりおるわ』
いきなりなんとなくこの本ご満悦気味だぞ。
『して、元凶を負うたという事は……神殿と敵対するのだな?』
「うん。えっとね、それでですね。この度魔王として名乗りを上げることになりました」
とりあえずご報告、と告げると、『アライブ・グリモワール』は一瞬固まって、次の瞬間頁がバラバラめくれて大騒ぎである。……この本なりの笑い方らしい。
『成程!魔王、魔王か!汝が仲間が考えたのか?』
「そうね」
『魔王、魔王として名乗りを上げる……ふむ、上出来だ。上出来ではないかっ!中々に皮肉が効いておるわ!』
頁をぱたぱたするんじゃない、読めないでしょうが。はしゃぎたいのはなんとなく分かるけども。
『して、魔王として名乗りを上げるのは汝か?』
「いや、多分わたしは『ふははははは!私は四天王の中でも最弱!』みたいな役回りかなあ、って」
『いや、汝が魔王と名乗れ』
……は?
『容姿を変えられるであろう?ならば後々潰しが幾らでもきく。それに、魔王が自分の他に魔王と名乗る者が現れたと知った時にまだ見目麗しい少女なら許す余地があろうが……むさい男なぞに名乗られてみよ、魔王としては許し難かろうて?』
……は?
『悪い事は言わぬ、汝が魔王と名乗れ』
え、ええと……その言い方だと……ホントに魔王ってのがいるって事になるんだけども……。
「え、ええと、その、本物の魔王様、とやらのお怒りに触れたりすると……まずくない?」
言うと、また頁ぱたぱたの大笑いである。
『それには及ばぬ!神殿と敵対する為であろう?その為なら魔王の名の1つや2つ貸すことくらい厭わぬよ』
そ、そう?……うん、まあ、私もこんなに面白い事があるんだからやらなきゃ損だと思うよ。うん。
「よし、腹括った。私が魔王って名乗る!」
『うむ、その意気やよし!魔王らしい振る舞いについての相談にも乗るでな、ちょくちょく報告には来るのだぞ。まずは形からか。となるとやはり外套よの。こう、派手にいくがよい。守りの刺繍も汝ならお手の物であろう?』
「うん、まあ」
『やはり宵闇の色がよかろうな!魔王であるからには!』
「お、おう」
『それからやはりそのエプロンも良くないのではないか?』
「いや、これ外しちゃうと私のメイド長としてのアイデンティティが崩壊するので」
『ぬう、そうか?ならばその方面で……』
こうしてこの本の『魔王っぽい恰好講座』は結構続いた。こういう話が割と好きらしい。装備に関することとかにも結構触れてくれたし、私のだけじゃなくて皆さんの装備についても結構色々口を出してくれたので結構……いや、かなり助かった。物知りだなー、この本。
……しかし、それにしてもこの本、ノリノリである。
君、『アライブ・コスプレ指南本』とかに改名したらどうかね。
「で、ね?この元凶って、消すものだ、って前聞いたけど、勇者はこれを消すんだよね」
そして一区切りついた所で閑話休題。
本相手に見せてもしょうがない気がするんだけども、二の腕に付けている腕輪をちょっと見せてみる。
『うむ』
「神殿以外も元凶を消したりしてるのかな」
『やってできない事は無いであろうが、その方法は神殿が秘匿しているでな』
……うん?
「え、なんでまた。世界全体の危機なら、神殿だけじゃなくて他の機関とも連携した方が効率いいだろうに。そうできない理由でもあるの?」
あ、しまった。
今まで散々『質問』の形を取らないような質問をするように心がけてたのにモロ質問しちまった気がする。
『それを問うか。……ふむ、ならば、少し考えてもらうとしよう。神殿とは本来何をするところかは知っておろうな?』
おや、しかし『アライブ・グリモワール』さん、ちょっとノリノリだぞ?
「……女神を、祀る?」
なんかジョージさんはそんなこと言ってた気がするよ。
『うむ。正解だ。神殿は女神を祀っている。では、何故その女神を祀る機関が元凶を消す作業まで行う?』
……ぬ。なんか……ええと、ええっと……。
「神殿はこの世界が崩壊しない為の仕事もしてる、って事……いや、女神がこの世界を崩壊させたくないから?」
『正しくは女神が、では無く神殿が、だな』
……ぬ?となると、女神はこの世界が崩壊してもいい?でも、神殿は女神を祀っている、っていうのは正解らしい。……となると。
「女神は神殿が祀っている女神と別物?」
『別物、か。ある意味ではそう取れるな。ふむ。では、神殿の思惑はどこにあるのであろうな?』
どこ、というと……神殿が、情報を秘匿する理由は……権力、だろうか。
いや、だとしても効率が悪くないか?
『……ではここから先は次に来た時にでもまた話そうではないか。次に来るときは魔王らしい恰好をしてくるのだぞ!』
あ、くそ、謎発光してる。強制送還だっ!あーあーあー、まだ聞きたいことあるのにぃ!
「……お帰り、おい、どうした、舞戸」
本から離脱させられてみたら、既に皆さん帰還済みでした。おおう、結構長話してたなあ。
「ええ、っと……うん、この本、ノリノリでさあ……」
「……そうか」
うん、そうなのよ。
「私が魔王名乗れ、ってさ」
「ああ、俺達もそう考えていた。お前なら潰しが効くだろ」
……どうも、『ふはははは!私は四天王の中でも最弱!』は夢のまた夢だった模様。
窓の外を見ればもう結構いい具合に日が暮れてきていたんで、晩御飯の準備に取り掛かる。
その間皆さんは何やってるかっていうと、装備作ってる。
加鳥は『染色』ができるようになった。けど、『染色』だと布とか紙とかしか染められない。なので、この度新しく『塗装』というスキルを手に入れたようなのだ。
そしてそれを駆使して、新しい防具作ってる。……禍々しい奴。
もう、ね。皆さんのはしゃぎっぷりったらないよ。そういうのが得意な鳥海がデザイン起こして、構造上の問題点とかについて社長と羽ヶ崎君が口出して、鳥海と加鳥で試作してみて、着てみて、で、それから今回役に立つのが刈谷の『付与』。
『付与』っていうのは色んなスキルとか魔法とかの効果を持たせることができる素晴らしいスキルでして、『宝石加工』とかと組み合わせてなんかいい感じの部品ができるんだとか。
そして極めつけは『光魔法』の応用で作った、一方からは完全に鏡で、一方からは完全に透明のマジックミラー。
……彼らは顔を隠すつもりらしい。まあ、そうね。顔出して魔王と名乗るとかちょっと罰ゲームだよね。うん。
……えっと、私は?
晩御飯はスペアリブに下味付けて焼いた奴と蒸し野菜のサラダとコーンスープです。
コーンスープが一番作るのめんどくさかった。うん。
そして英語科研究室の人たちはコーンスープとパン、柔らかく蒸したお野菜をゆっくり自力で食べていた。うん、まだお肉はまだやめとこうね。
「舞戸さん、ちょっとコレ着てみてよ」
はい、と加鳥に渡されたそれは。
「……OH」
金属製エプロン。……あれだ、ブレストアーマーと帷子だね、これは。
とりあえず着てみる、も。
「……重たい」
動けないっ!
「あー、やっぱりダメかー……うーん、でもこれ以上軽量化しようと思ったらホントに紙みたいな金属板になっちゃうんだよね」
皆さんはあまりにもよわっちい私のために防具を考えてくれてるらしいんだけども、それは難しいという物です。何故って私には補正がなんも無いのです。普通の女子高生がいくら薄くて軽いからって鎧きて動き回れるかっての!
「最悪の場合糸状にしてくれれば私がそれ布みたいにしてエプロンにするから」
「うーん、やっぱりそうなっちゃうよね、うん。じゃあ次は頭装備考えてみるから」
皆さんはまたやいのやいのと装備制作に入ってしまったので、私も装備づくりのお手伝いをしましょうかね。
私ほどじゃないけど、羽ヶ崎君と社長も身体能力に関する補正が薄い。なので、この2人は重い鎧とかを着られる訳じゃ無いのだ。……私なんかとは比べ物にならないぐらいには着られるけども!けど、まあ、ブレストプレートとか、そういう部分部分の物に限られるみたいで、なので彼らの装備は基本的に布製品、という事になる。
既に全員『大黒蛇の鱗』と『竜の鱗』で黒と赤の最強装備になってはいるんだけど、時間が無くて刺繍が完璧じゃないのですよ。で、特にこの2人に関しては刺繍でガッツリやっていかないと物理的な防御力っていうのが薄い。
なので現在、専ら刺繍中。
というか、全員分布製品の装備を回収して絶賛刺繍中。
もう、あれだ。鈴本の鳳凰が目立たなくなるレベルで皆さんの装備に刺繍入れてくれるわ!




