6話
「いいか、絶対に俺達から離れない!」
「離れません!」
「勝手に行動しない!」
「勝手に行動しません!」
「危なくなったらすぐに逃げる!」
「逃げます!」
「絶対に守れよ!?いいな!?」
「分かっておりますご主人様!参ろー!」
ということで、お外に連れて行ってもらえました。
外は、アレだ。5分に一回ペースで鳥とか角生えた兎とかが襲い掛かってくるという。
大抵は鈴本か角三君が一刀で切り捨てるんだけどね。
そして私は歌いながら植物をざっと見て、記憶と照合して、ご飯に使えそうな植物は片っ端から社長に鑑定してもらい、可能な限り根っこと土ごと採取した。
木は流石に枝を折って持って帰る位しかできないけどね。
中でも、ベビーリーフの類っぽいのと木苺っぽいのと人参っぽいのとトマトっぽいのとネギっぽいのとミントっぽいのは大収穫だと思う。
ただし、ベビーリーフは葉っぱ一枚が小松菜サイズだし、木苺っぽいのはオレンジ色してるし、人参っぽいのは白いし、トマトっぽいのは矢鱈でかい。ネギっぽいのとミントっぽいのはそのまんまネギ・ミントっぽかったので非常に助かる。
そしてネギにはHP回復速度上昇の効果、ミントにはMP回復の効果があった。
……そういえば、月桂樹とローズマリーは見た目がそのまんまだったな。
特殊な効果がある食べ物はそのまんまなのかしら。
そして帰ってきてすぐ、捻挫しているため探索にはどうせ出られない社長に土魔法を盛大に使って頂いて、窓に併設する形で10m×10m位のでっかい囲いを作ってもらう。壁の高さ3m。一応覗き窓付き。
そしてその範囲内を耕してもらって、そこに取ってきた植物を植えていく。
羽ヶ崎君に水を出してもらって水撒きしたら完了。
家庭菜園ですよ、皆さん!これで新鮮なお野菜が私一人の力で採集可能に!やったね!
できれば水源を近くまで引きたいところだけど、それはもう少し社長の土魔法と羽ヶ崎君の水魔法に慣れてからかな、という事になった。
それから、流石にすぐに生えてくるわけでもないし、すぐ実るわけでもないからアレだけど、かのレモン色の桃の種を埋めておいた。異世界クオリティですぐに生えたら楽しいけどね。
MPを大量に消費させてしまったため、社長は兎も角、羽ヶ崎君はこのままだと外に出すのに不安があるので、早速『MP回復効果』の実験台になって頂く。
「さあ食え」
ミントを出すと、社長はもっさもっさ食べ始めた。
「美味いもんじゃないですね」
「だろうね」
そんなもんを食べさせてしまって申し訳ない。
MPが回復してるかどうか聞くと、決してそういうのはバロメータ的に分かるわけでもないらしいので不確かだけど、確かに精神的な疲れみたいなものがとれていく……つまり、MP回復感がある、ということらしい。
「さあ羽ヶ崎君も食え」
「嫌なんだけど。なんで草もさもさ食べなきゃいけない訳」
それ、ついさっき草もさもさ食べた社長に対して失礼じゃないかね?
ふむ、このわがまま小僧め。仕方ない。確かにこのままでは可哀想だ。ちょっと加工してくれよう。
お湯を沸かしてミントに注いで暫く放置。ミントティーの完成です。
生のミントもっさもっさ食べるのとどっちがマシかね。というか、お茶にしてもMP回復するのかね。という実験も兼ねて。
「はい、お茶」
流石にここまでしたら観念してくれた。
「……ど?」
飲み干した羽ヶ崎君に感想を聞く。
「美味くも不味くも無い。凄く微妙。水、頂戴」
うーん、酷評。
というわけで、社長は私とお留守番という事になり、他の面子はまた外に出ていった。
25分おき位に歌う事は忘れないようにして、その他は社長とお話しして過ごす。
いやー、話し相手がいるっていいですなあ。
話しながらミョウバン・食塩水溶液に漬け込み終わった鹿の皮を鞣す作業を行ったり、順次保存用鹿肉に燻煙をかけていったりする。
社長の捻挫も良くなってきたらしいので(異世界仕様万歳)ばんばんこき使わせていただいた。男手があると色々楽だね。皮鞣し作業は力仕事だからね。いやー、助かります。
「ところで、あれからスキル増えた?」
「増えてますよ。ええと、鑑定、土魔法、マッピング、土木魔法、緊急回避、毒物制作、毒耐性、ってところですね。舞戸さんは?」
「増えてません……。お掃除、解体、歌謡い、回復速度上昇、手当、熟成、のみでございます」
やっぱりこの差は外に出るか否かなんだろうなあ。ままなりませんなあ。
「回復速度上昇、って、どうやって手に入れたんですか」
……うーん、やっぱり不自然だよなあ、これ。『回復速度上昇』。
自傷行為の果てに得ました、なんて言ったら、滅茶苦茶に怒られそうな気がするぞ。うーん。
「包丁で肉捌いてる途中で指切って。何回かやってたら手に入った」
「えーと、俺達も結構怪我はしてるんですけどね、回復速度上昇なんて取ってないんで、なんでかな、と」
他傷か自傷かの違いなんじゃないかなあとは言えないので首をかしげて終わっとく。
……っつっても、社長はカンがいいからいつかは感づかれそうだなあ。
「ちなみに、手に入れたスキルって、どれが回数やって手に入れた奴で、どれが適性と必要性で手に入れた奴?」
「鑑定、土魔法、土木魔法、毒物制作、は多分適性と必要性なんじゃないでしょうかね。マッピング、緊急回避、毒耐性は回数やって手に入れた奴だと思います」
ふむ、ちょっと待つのだ。
「毒耐性って」
「試しに毒飲んでみたら付きました」
そ、それってだな、あの……あああ、私も人の事は言えんか。うん、藪蛇だね。何も言わないでおこう。
「舞戸さんのスキルはどっちですかね?」
うーん、ちょっと待て、考えてなかったけど……。
とりあえず、『お掃除』は適性と必要性のスキル会得だろう。
繰り返しても何も、一番最初からスキルが発動したのだから。
多分、『熟成』もじゃないかな。
『解体』は……多分、回数の方だ。ジャガイモ切るのにスキルの必要性は感じない。
言うまでも無く、『回復速度上昇』と『手当』は回数による会得。これは絶対。
で、よく分からないのが……『歌謡い』。確かに歌いながら掃除していたのは確かなんだけど……。もしかしたら、必要性の方かもしれないな、と、思う。
丁度あの時って、皆さんの心配してた時だったし。『祈りの歌』が無かったら鈴本は下手したらもっと抉れてたわけだし。
あれ、ふと気になったんだけど、適性ってなんぞや?
社長たちは普通に適性適性言ってるから、意味分かってんのかと思いきや、本人たちもよく分かっていないとの事。
人によって同じことやってても入手できるスキルが違うから、「ああ、適性があるんだろうな」と処理したとの事。
……折角なので考えてみよう。
例えば、社長は『学者』だから、そういうスキルが多いんじゃないかと思う。鈴本は『剣士』だから、『斬撃』とか覚えたみたいだし、羽ヶ崎君は『魔術師』だから、魔法が使える。
ただし、ここで考えたいのは、羽ヶ崎君の魔法だ。
今の所、羽ヶ崎君が覚えた魔法は水とか氷とか風とか、そういうのばっかりである。
火とか土とかは覚えてない。
逆に、社長は土魔法が使える。『学者』なのに。(あれか?地質調査的な意味で土魔法なのか?)
……ここでの『適性』とは、職業の云々もだけれど、その人の個性、みたいなものの事を言うのかもしれない。
確かに、羽ヶ崎君、っていうと……氷か水か、みたいなかんじだ。
羽ヶ崎君はひんやりしてて、さらっとしてて、透明なかんじの人である。
……うん、確かに、照れ隠しとかで態度が氷みたいに冷たいこと多いけどね。それで使える魔法に差が出る、ってのも、どうなのよ、異世界。
とまあ、そんなことをつらつら話している内に皆さんが帰ってきました。
科学研究室を持って帰ってきたとの事なので、早速併設。
「……ここだけちょっと、廊下っぽい」
2つ教室がくっつくと、確かにちょっと廊下っぽい。
廊下に教室が並んでいた時の事を思い出す。
ちょっとだけセンチメンタルした後は、ご飯だ、ご飯の支度だ。
本日も鹿を持って帰ってきてくれたので解体に移るぞ。私の包丁が火を吹くぜ!
本日手に入ったばかりの月桂樹を使って、煮込み料理にしてみました。
人参っぽいのとジャガイモと鹿肉をトマトとローリエで煮込んでポトフっぽい何かを制作。
できればコンソメキューブとか欲しいんだけど、そこまで文句は言えません。
まあ、トマトはグルタミン酸の宝庫だし、鹿肉からイノシン酸とかが出るので、旨みはばっちりですよ、多分。
そして主食はやっぱり芋。
米が恋しい……。
割とご飯は好評でした。今まであまりにも同じ味の物ばっかり食べてたからね。それでも、塩と醤油と砂糖がそろってる時点で大分恵まれてるんだろうけど。
まあ、日本人たるもの、食には貪欲であるべきでしょう。
ご飯の美味しさは皆さんの士気にも関わるしね。明日はまたちょっと工夫してみよう。
さて。夜です。皆さんは就寝。肉体労働だもんね。
そして私はやっぱり鹿の皮をミョウバン・食塩水溶液に漬ける作業です。
皮のサイズがサイズなんで重労働だけど、『お掃除』で皮鞣し作業における最も大変な部分(皮に残ってる脂と肉を取り除く作業)がすっ飛んで行くので、文句は言えません。
それから更に、鹿肉を切り分けて塩を当てて、ローズマリーとか、ハーブ類を一緒にくっつけておく。これらは明日燻製にします。
そして、皆さんが寝ていることを確認したうえで、実験の時間でございます。
私、考えた。
自分の適性なんぞ分からんが、『メイド』の適性ならなんとなく分かる。
衣食住を快適にお世話する、主人の帰りを家で待つ、それがメイドの仕事ではあるまいか。
もしかしたらそこに更に保育とか介護とかも含まれるかもしれないけれど、今の所そこら辺は予定にないのでとりあえず無視。
現在の私のスキルを見ると、『お掃除』で住、『解体』で食の分野に手を出している状態。残りは私自身のプレイヤースキルとでも言うべきか、単純な知識と技量で補われている。
……そう、よく考えるまでも無く、『メイド』の仕事って、普通、スキルなんて言う異世界仕様の物がなくったってできる事なのだ。
しかしそれでもスキルは要る。断じて要る。絶対要る。
何故ならここは異世界。何でもありの世界だ。何でもありなんだったら、何でも出来なきゃ、異世界のメイドは務まらんでしょう。
……ということで前置きが長くなりましたが、『お掃除』と『解体』は私に元からある知識と技術の延長線上にある。
でも、羽ヶ崎君や社長の魔法は、そんなものとは全く別ベクトルの何かだ。
となれば、私もそんな感じのぶっ飛んだ何かをやってみたいと、思う訳で。
実験は簡単。衣食住の『衣』のスキルの実験です。
こちらに用意致しました桜の木材、もちろんセルロースを含みます。
ここから目指すはアセテート。セルロースにアセチル基をくっつけたアセチルセルロースによる繊維です。
アセチル基は酢酸と反応させてくっつけるんだけど、そんなもんは無しだ、無し。
だって、今まで普通にエネルギー保存の法則とか無視した光景をガンガン見てるんだもの。多分そこら辺の空気とかから水素とか酸素とか炭素とか拾って何とでもしてくれるよ、多分。その時に出るであろうエネルギー諸々については考えないぞ私は!
……それを言ったらセルロースも要らないんじゃないかという事になるわけだけど、そこはなんというか……私に残った理性と言うか、常識と言うか、そういうものがですね……うん。流石に何もないところから何かが出てくる気が全くしないので。
という所はまあいいや。
とにかく、この木材をアセテートにすればよいのだ。スキルとかいう異世界クオリティなサムシングなら、きっとできるはず。
……しかし、どうやったらスキルが発動するかなんて全く分からないので、とりあえず木材に手を置いて、イメージ。木材を砕いて煮込んでパルプにして、そこに酢酸を加えるイメージを延々と描き続ける。
うんともすんとも言わねえ。
リトライ。今度はアセテート繊維をイメージ。こういう白い光沢のある繊維で……断面がこうでこぼこ、っとしてて……。
……駄目だこりゃ。
うーん、ままなりませんなあ。やっぱりこう、服を作る、みたいなのはメイドさんのお仕事から外れるんだろうか、それとも、やり方が悪いのか。
ほら、木材よ、お前、私を困らせたくなかったら大人しくアセテートにおなりなさい。
……なる訳がない。
うーん、何が悪いんだ?やっぱり異世界の魔法に頼っちゃいかんのか。
でも、羽ヶ崎君は杖を構えただけで氷魔法が発動したらしいしなあ……。
……ん?杖?
そういえば、『お掃除』の発動にはいつもハタキを使ってたな。『解体』には包丁。
『歌謡い』は自分があればできることだから必要なかったんだろう。よく考えたら『手当』にだって、普通にワセリンとか使ってるじゃん。
もしかして、スキルの発動には道具が必要なのか?
あー、そう考えると色々すっきりするぞ。
ということは……木材から繊維を作ろうとした時に必要なのは、何だ?
……とりあえずビーカーとガラス棒持ってきてみた。
よし、リトライ。アセテートにおなりなさいな。
……できました。その場にもっさりと溢れるアセテート繊維。
でも、これって、多分、紡ぐ→織る→裁断→縫う、っていう工程を経てやっと服になるよね?
切る、縫う、はハサミと針があるから何とかなりそうだけど、紡ぐのは手でやるとしても、織るのは……。
……織機が、必要だよなあ……。