86話
「魔王……だ……と……?」
見ろよ社長、このノリについていけない鈴本が絶句してますぜ!
「じゃあ私は『ふははははは、所詮私は我ら魔王の中でも最弱!』の係ね!」
こんなにふさわしいポジションも無かろうて!ふははははは!
「ちょっと、社長、正気なの!?何、魔王って」
「分かりやすいでしょう。魔王が出てきたら勇者が来ざるを得ない。そうしたら俺達は勇者と接触できます。味方になってくれるならそれで万事OK、なってくれないならなってもらうまで。そうしたら神殿側が動くしかなくなります。しかも俺達は建前上勇者と対立しているわけですから、勇者の命を人質にされることもまず無いでしょう。なんなら針生あたりに盗んできてもらうのが一番いい訳ですが」
おおお、色々と素晴らしすぎるぞ、魔王。
「……この世界でも勇者と魔王の対立関係のお約束があるとは、限らないんじゃないの?」
うん、まあ、角三君のいう事は尤もなんだけど。
「大丈夫です。神殿にはそのつもりが無くても勇者にはそのつもりがありますから」
勇者が私たちと同じ世界の出身である以上、魔王が来たら戦いに行かなきゃ、みたいな思考があるはずだよね。うーん、ナイス。
「それに、最悪の場合元凶を保護する旨を神殿に通達しちゃえばどっちみち敵対できますし。できれば勇者の独断で来てくれるのが一番ですけど」
「神殿が魔王とか全部無視して帰還の儀式を行う、とかは無い、よね?」
「神殿がゴタゴタしてたらそれもできないでしょうねえ」
ふむう、思ってた以上にいいなあ、魔王。
「……よし、ちょっと待て。整理するぞ。今から俺達は元凶の正体を見に行く。で、それによって今後の方針を決める、って事でいいんだよな?」
元凶が物理的なものなのか、もっとなんかこう……もやっとしたものなのかも分からないしなあ。一応『アライブ・グリモワール』の話を聞く限りは見える物だと思うんだけど。
「よし、とりあえず飯にしよう。腹減った。あと舞戸、すまんが乾かしてくれ。そろそろ本当に風邪をひきそうだ」
あ、ごめん。鈴本がまだしっとりしてた。いかんいかん。
『お掃除』で水気を取ってあげればすぐにさっぱりふっくら柔軟仕上げに乾くからこの『お掃除』は有能だよなあ。
さて。そしたらご飯にしましょう。腹が減っては戦ができぬ。ご飯はドリアとポタージュスープですよっと。
ご飯が終わったら早速例の湖の近くまで行ってみましょ。
湖はそれはそれは澄んで、結構深いはずなのに湖底がしっかり見えるという澄みっぷり。吸い込まれそうでちょっと怖くすらあるね。
「で、あそこに見えるのが浮島なんだが……浮島の周りは幅10mぐらいのドーナツ状に穴が空いていて、そこが滝になってる。多分浮島まで15m位まで近づくと力が抜ける」
ふむ、で、そこら辺で墜落するともれなく滝ダイブってことだね。
「とりあえず鳥海か舞戸があの浮島の上の風景を見られればそこに『転移』できるんだよな」
そうねー、しかし見るのが大変、という。
何てったってその浮島、周りが木で囲まれてるのでよく見えないのだ。
「そうだなー、んー、とりあえず誰かが俺ぶん投げてくれれば」
「いや、着地する時には補正剥げてるから鳥海死ぬよね?」
潰れるね、トマトか何かの様に。
「……やっぱり俺か針生が舞戸抱えて飛んで上空から見てもらうのがいいか」
「そうだねー、問題はどっちがやるかって事なんだけど……」
……え、え、あのですね、私そんなに軽くないんですが。軽くないんですが……。
「本当に君達は私という錘を抱えて飛べるのかね」
「ごめん自信ないわー」
「だってお前、50kgはあるんだよな?」
あります。ごめんなさい。
皆さんが色々方法を考えている中、私は1人落ち込んでいました所、なにやらメイドさん人形達が集まってきて、自分たちのエプロンドレスをむにむに引っ張って見せてくる。
メイドさん人形達のエプロンドレス……空色の。
成程、確かにあれを着たら軽くなりそうな気がする。ええと、どこにしまったっけな。
化学実験室内の私スペースを探すとあっさりそれは見つかった。ほら、あれである。剣闘士大会で着た空色のワンピース。
早速着てみる。……うん、軽くなった、かもしれない。
「おーい、鈴本、針生、これでどうかね」
「……ああ、成程。おい、針生、どうも俺達が動員されることに変わりは無いらしいが生贄は一人で済みそうだ」
おい、なんだ生贄って。幾らなんでも私に対して失礼ではないかね?
「そうだねー、ここは公平にじゃんけんでいかない?」
因みに社長に聞いてみた所、装備を外した2人で私を吊りながら空を飛ぶという手段を考えていたらしい。それはなんともめんどくさそうだね。うん。
「最初は!」
「パー」
「チョキ」
……いい加減君達、最初はグーの原点回帰したらどうかね?
という事で、非常に嫌そうな鈴本に米俵のように担がれて今空飛んでます。怖い。超怖い。この運ばれ方怖いから是非別の運び方をしていただきたいと前回言ったはずなんだけども全く改善される気配が無い。解せぬ。
「おい、見えたか?」
「ちょ、待って……『遠見』……よし」
見えたぞ。なんか木が一部ぽっかり空いていてそこに小さい建物みたいなのが見える。あれが元凶かな?
「見えた!」
「よし、戻るぞ」
そして帰りも米俵となって空を運搬されるという。怖いよー、怖いよー。
戻ってきたら酔ってたので暫く休憩してから、『転移』でその元凶と思われる何かの側に行ってみた。
しかし。
「あ、ちょ、なんか嫌」
「何これ何これ!?」
「いったん帰るよ『転移』っ!」
皆さんがぎゃーぎゃー騒ぎ、さっさと鳥海が『転移』して全員離脱。
「……一体何だったの」
「なんでお前は大丈夫なわけ!?」
羽ヶ崎君に逆切れされてるけども私には何のことやらさっぱりでございます。
「凄くなんか……力抜けるっていうか」
「一番ヤバかったの俺じゃないかな、鎧に潰されるかと思ったわ」
そ、そういや、鳥海とか角三君とかはおよそ普通の人間には装備して動くことなどできそうにない鎧を着て普通に走ったりしてるんだった。勿論、補正のおかげで。
「いきなり無くなるとやばいな、あれ」
「感覚が狂いますね」
そ、そんなにか?そんなになのか?
「あ、やっと戻ってきた」
一応、その補正とやらも元凶(仮)から離れれば元に戻る様子。
うむ、となると、やっぱり私が行くのが適任なんだろうなー。
「じゃあ私がちょっと行って見てくるから」
「いや、お前一人じゃ危険すぎる」
……おい、ちょっと待てっ!そもそもなんで私が皆さんより弱いかって、補正が無いからであって、補正が無くなったら皆さんだって私レベルの弱さになるんだぞっ!
「幸いスキル類はそのスキルの使用に筋力が関係したりするものじゃなければ問題なく使えるみたいだし、何人か連れて行った方がいい。……この場合俺と角三君と鳥海は明らかに足手まといか」
あ、そうでした。皆さんには戦闘に使える便利なスキルがたくさんあるんだったね。はい、すみません。
鈴本達が足手纏いかっつーと私の方が余程だけども、やっぱり前衛は補正が無いと防具も下手すると武器も使えるか怪しいもんね。
「じゃあ僕と社長が付いてけばいいんじゃないの?適任でしょ」
そういうことで、まあ、こうなった。
私と羽ヶ崎君と社長でもう一回あの浮島に『転移』、元凶が分かったらすぐに離脱、という事で決定。
「それじゃあ行ってくるから」
嫌そうな羽ヶ崎君とちょっとワクワクしているらしい社長を連れて『転移』。
やっぱり目の前には小さな建物がある。
なんだろ、綺麗な白い石でできてるちょっとモダンな感じもする建物なんだけど、結構古いかんじもする。
ちょっと見た神殿の造りと似てるんだけど、圧倒的に古くて、圧倒的に手が入ってないかんじがするね。
「あー……これ、嫌」
「結構キツイですね、やっぱり」
そして2人はというと、ごっそり力が抜けるかんじに辟易しているらしい。
うん、ごめんね。私だけ抜ける物が無いからぴんぴんしててさ。ははははは、なんか微妙な優越感!いいねいいね!私だけぴんぴんしてるっていうさ!ははははは!珍しいシチュエーションじゃないの、これ!
「とりあえず中に入りましょうか。さっさと終わらせるに限りますね、これ……」
おいおい、大丈夫かね、2人とも。こんなんだったらこの元凶とやら、守ることが非常に困難なんじゃないのかね?利用するなんてできるのかなあ……。
中に入ると、やっぱりというか白の古びた石畳。どこからか入り込んだらしい植物に一部占領されてはいるものの、一応建物としての役割は果たしているみたいだね。
奥には台座があって、片手にすっぽり収まってしまいそうなサイズのよく分からない色の球が、ぼんやり光りながら浮いている。
……これが元凶だとは思うんだ。うん。見た瞬間そんな感じがした。全部、ありとあらゆるものを吸い込んでいく感じがするから。
……しかし、しかしだな……。これ、どうするの?
「……駄目です。『鑑定』しても何も出ません」
おや、社長でも分からないとなると、私じゃ絶対分からんな。
一応『鑑定』してみる。……うん、案の定『*不明*』だよ。けどこのまま分からないままでも困るので、そこら辺の丈夫そうな草の茎を抜いて、それでつついてみる。
「お前何やってんの」
「つついてる」
つんつん。
「まあ、しょうがないですね、何もしなければこのままですから」
ね。このまま浮いてる球眺めてるのもどうかと思うのよ。というわけで、つつくの続行。
球はつつけばちょっと動くけど、すぐに台座の真上に戻ってくる。うん、あれだ、なんかこう……浮いてる磁石みたいな印象だなあ。
もうちょっと強くつついてみる。えいや。
……おやっ。ついに限界が来たのか、球が台座の上からずれた。しかし相変わらず浮きながら光ってる。なんなんだこれは。
「直接触ってみるけどいい?」
「……」
一応お伺いは立ててみよう、と思って聞いてみたら、2人に黙って敬礼された。うん、はい、了解です。
指先でつついてみた。
……うん、何も起こらないね。暫くしても大丈夫そうだったので、思い切って球を拾い上げた。
おおう、すべすべしていい手触り。
そしてその瞬間、球が浮こうとする力が失せて、光も消え、あたりの空気がふっ、と軽くなるような不思議な印象。
「あ、力が戻ってきた」
おや、補正も戻ってきたみたいだね。
しかし、球から手を離すと球はすぐに光りながら浮く。そして空気が重くなって、補正が切れるらしい。
「ちょっとそれ、俺も触ってみていいですか」
社長が光りながら浮く謎の球に軽く触れてから、握りこむと球の光は失せて、羽ヶ崎君が元気になった。
「……やばいです、これ」
しかし社長は一向に元気にならない。……うん、大体想像がついたぞ。
社長が手を離すと、球はまた光りながら浮く。
「つまり、この球は浮かべとくと周りの人の補正を剥ぐけど、誰かが握っとけばその人だけにしか効果を及ぼさなくなる、ってこと?」
「でしょうね。……舞戸さん、本当にこれを持って大丈夫だったんですか?」
「ん?うん。別に……って、ま、まさか……」
「この球を持ってる間、ただ球を浮かべておくよりも遥かにごっそり力が抜ける感覚があったんですが」
……。成程。
「つまり、私は筋金入りの補正無し!」
「そういうことになりますね」
……泣いていいかなあ……。




