メイドは進むよどこまでも！

84話

『命を担保とする方法、分かるであろうな？』

　……えーと、えーと、そこら辺かなり異世界クオリティっつーか、なんつーか、私たちの世界の常識からかけ離れてるからちょっと想像になるけども……。

「取り出して保管？担保、って位だから常に神殿側が何かしようと思ったらすぐ何かできないとまずい訳でしょ？」

『左様。神殿は勇者の命を器ごと取り出し、神殿で保管している。……さすれば、幾ら肉体を傷つけられようが、そこに命が無いならば、死なぬ。……勇者とは、不死身と言えば聞こえはいいが、単なる命無き傀儡よ』

　お、おう。そ、そうかね。つまり……それって……ぞんび？

　……今、ちょっとだけ、ちょっとだけ福山君に同情したぞ、私。

　というか、だとすれば鈴本にそういう契約を絶対にさせちゃ駄目だ。

　いざとなったら針生が何とかしてくれる気がするけど、こっちも急がなきゃなあ。

「勇者って何人ぐらいいるんだろ。私たちは1人には会ったんだけどさ」

『ふむ、それは流石に分からぬな。神殿は秘匿主義であるからして、外部にかような情報が漏れるとは考えにくい』

　うーん、とすると、勇者を止める方法はほぼ0だよなあ。誰が勇者でどのぐらいいるのか分からないんだもん。

「勇者は元凶を消すために動いてるんでしょ？と、いうことは勇者ってやっぱり、元凶の場所とかが分かったり……」

『それは何とも言えぬ。神殿に場所を知られているものもあれば、そうでないものもある。しかし、少なくとも、それが存在する事は神殿にも分かるであろうな』

　……つまり、神殿が分からない奴は勇者にも分からない、って事で、勇者も元凶の位置が分かる訳じゃ無いのかな。

「そもそも元凶ってどんなんなんだろ」

『それは実際に見た方が早いだろうて。見ればすぐ分かるぞ』

　あの浮島にあるって言ってたっけなあ。うん、多分その内見に行くよ、うん。……ん？あれ？

「えーと、アライブ・グリモワールさんは元凶の位置が分かってるの？」

『予測できるだけだ。……で、汝の仲間が神殿に居るのであったな』

　……是非、その元凶の位置の予測とか教えて欲しいもんだけど、これ以上言わない所を見るとそれは内緒ってことだろうなあ。

「うん。一応矢面に立ってるのは1人だけど、その1人の影にもう1人隠れてるから今いるのは2人かな」

『ふむ、賢明だな。下手に引き離されでもしたら厄介であっただろう。……ふむ、確認するぞ。汝らの望みは、この世界に落とされた異世界人を全員元の世界に帰す事。間違いはないか』

「うん。全員で……あ、残りたい人は残ってもいいとは思うんだけども」

　なんてったって、ここは異世界。夢にまで見た、ってかんじの人が居ても全くおかしくない。そういう人は……この世界に残ってもいいと思うんだよね。うん。まあ……できれば全員で帰りたいけど。

『成程な。……ふむ、決定権が欲しい、ということか。ならば……少なくとも今は、神殿とは敵対せぬ方が賢明であろうな。既に勇者にされた者がいるなら神殿は人質を持っているという事になる。であるからして、決して汝の望みを神殿に知られてはならぬ。人質も人質としての価値が無いと思われれば人質にされぬやもしれぬ』

　ああ、うん、だよね。

　そうかぁ……勇者は私達が止めなきゃいけない存在でもあり、守らなきゃならない存在でもあるのか。厄介だな。

『……そして、もし。もし……神殿と敵対するなら、徹底的に潰すつもりでやらねばならぬな。それは骨が折れるぞ？あ奴らとて伊達に神殿なぞをやっておる訳では無い故に。……神殿を潰すのであれば助力を惜しまぬ故、話しに来るのだぞ？……しかしそれにしても、今は一旦波風立てずに撤退した方が良いであろうて。人質の事も、汝が仲間のこともあるでな』

　ふむ、大体は私と同意見かな。

「どういう言い訳すればうまいこと契約とかせずにナチュラルな撤退ができるかなあ」

『難しい問題であるな。……ふむ、一応聞くが、神殿と和解する、という道は考えてはおらぬようだな』

「うん。絶対考えてない」

　そりゃね。色々ブラックすぎるんですもん。私以外の皆さんも私と同じ意見だと思うぞ。

　というか、私たちがこんな事になってるのは神殿のせいなんだからそりゃ、和解とかしたくないわっ！

『よし、良い返事だ。……となれば、あとは無関係でいるか敵対するかのどちらかであろう。ならば勝手に何も言わず帰っても良いのではないか？できるであろう？』

　……ええっと。うん、と。……そうね。そういえば、私一応そういう事、できるんだった。

　そうだ、そうだ、そうでした。一旦針生に鈴本の影から出てもらって、みなもにそこの景色見てもらえば、私がそれを受信して『転移』できちゃうんでした。はい。

　鈴本が1人でいられる今なら、針生がパッと出てきてみなもを外に出す位の事はできちゃうはずだ。

　けど、まあ撤退するって決まっちゃえば、できる事も増えてくるのさ。

　今、私たちがいつ訪れるか分からないタイムリミットを制御するために取れる手段っていうのは、勇者にされちゃった人たち全員にこの事を伝えて元凶を消す、もしくは神殿に儀式を行わせるのを待ってもらうか、そもそもの神殿をどうにかしちゃう、っていう2つしかない。

　で、後者の方は結構『骨が折れる』らしいから、できれば前者でなんとかしちゃいたいんだけど、その場合どういう事になるかって、何人いるかも分からない勇者を全員探すというこれまた無理難題を行う羽目になるのだ。

　けど、勇者の数が分かってるなら多少話が変わってくる。少なくても、いるか分からない勇者を探すよりは楽なはず。

　で、この本、現在の勇者の数とか、現在の動きとか位置とか、そういうのは分からないみたいだから、是非鈴本に聞き出して欲しいんだよね。

　……まあ、安全第一か。潜入するなら潜入すると決めてやった方が準備とかも整っていいと思うし。

「うん、ありがとう。また来るね」

『うむ。くれぐれも気を付けるのだぞ』

　とりあえずは、針生と連絡とらねばなあ。

「あ、おかえり」

「ただいま！とりあえずは戦略的撤退が一番いいんじゃない、ってことになった。みなもが外の景色見れればそれで私が『転移』できるからさ」

　そう言うと、皆さん何とも言えない顔になった。い、いいじゃないのよ、撤退したって！

「……なんか癪なんだけど」

「しょうがないですよ、鈴本と針生の安全が第一です」

　うん、じゃあ針生に連絡とるかな。『交信』の腕輪を起動する。

「もしもーし」

『あー、舞戸さん？うん、なんかめんどくさい事になっちゃった。どうしよ』

　……何があった。

『なんかさー、鈴本が客室に通される途中でさあ……アレに会っちゃって』

　……アレでもう分かるぞ、私達。見れば全員嫌そうな顔している。うん、私も嫌だ。

「えーと、今すぐ私が透明人間になっていくから、すぐ『転移』して戻ってくるんでいい？」

『うん、それはいいんだけど……あー……俺影に入ったまま『転移』できんのかなー……』

　ああ、それじゃあ、針生が出てくる隙は作らないといけないね。うん。寝かせばいいかな。うん。

「じゃあそっち行くから鈴本によろしく」

『うん、できるだけ早く来て……』

　な、なんか珍しく針生が疲れてるみたいだ……。

　……できればやりたくないなあと思っていたのに意外と早く出番が来てしまったぞ、透明人間化。

　これ、全裸にならないといけないからあんまりやりたくなかったんだけども……しょうがないね、この際。

「ちょっと行ってくるね。装備外していくけど気にしないでね」

　とりあえず脱ぐ。『変装』しながら脱ぐ。時間が勿体ない。

　皆さん、一瞬ぽかん、とした後に回れ右して逃げ出した。社長以外。

　……うん、紳士的と言うべきか、なんというか……希硫酸作る時水に濃硫酸ぶち込むのに躊躇しない度胸はあるのになあ……。

「社長は逃げ出さないんだね」

　こいつが動じたら世界の終わりな気もするけども。

「舞戸さんが何の対策も無く脱ぎ始めるわけが無いですから逃げる必要がありません」

　うん、こいつはホントに合理主義の僕だなあ。いいねいいね。

　エプロン外して頭装備外した辺りで全身しっかり透明になれたんで、あとはがしがし全部装備外せば透明人間の完成である。

「よし、じゃあ行ってくる。『転移』」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

　みなもの視界で見えた場所に移動すると、そこは大理石でできた建物の廊下っぽい。

　私の目の前には鈴本。背後には針生がもう出てきてる。そして周囲は白亜の鎧と外套の騎士達。この人たちはきっと神殿の騎士なんだろうなあ。

　そして、そして……うん。君はホントにこうなんで、こういうタイミングで出てくるんだろーね。

　騎士に混じって福山君が居た。通称アレ。

　うん。何も言うなかれ。私にわかるぞ、鈴本が困ってるのが。こいつが出てきた時点で自体はややこしくなってるに決まってるんだよっ！

「だからなんで君がここにいるんだ！」

「だからお前は誰なんだと聞いている。何処かで会ったか？生憎俺にはさっぱり覚えが無い。もしかしてお前は」

「鈴本、『転移』するよ？」

　鈴本の耳元で他の人たちに聞こえないように囁くと、ほんの少しぴく、と目元が動いたものの、怪しまれないぐらいにはそのまま喋り続けた。

「お前は……あれか。妄想癖、という奴なのか？ああ、言わなくていい」

　やっぱりこいつは凄い。うん。こいつがひたすら喋り続けてるのは……福山君に下手に喋らせると折角作った設定がお釈迦になるからだろう。こいつは針生を隠すために色々嘘ついてるはずだから。

「よければ私の手を握り返して。『子守唄』歌ってから『転移』する。このまま待機ならそのままで」

　言ってから鈴本の左手に手を添えると、微かな力で、でも確かに握ってきた。うん、もうちょい力入れても私の手ブロークンしないから大丈夫だぞ。

　そういえばここで私が『子守唄』歌ってから退却すると鈴本達の意思とは無関係に離脱してしまったと印象付けられるんだね。

　まあいいや、とりあえずさっさと歌おうではないか。はい。

「……妄想癖というものは総じて何を言っても無駄なものだ。きっとお前もそうなんだろう、さっきから訳の分からない話を延々と……」

「人の話を聞けよ！だから僕は……なんだ？歌……？あれ、眠……」

　……とりあえず、居た人が全員寝た。……福山君は勿論、騎士の人たちも、そして鈴本も。うん、しょうがない。耳塞ぐわけにもいかない訳だし。

　そしたら鈴本と、どっかから出てきた針生を引っ掴んで『転移』。

　……人の話を聞けよ、はこっちの台詞なんだけどなあ……。

「お帰りなさい。鈴本は……寝てますね、これ」

「そりゃ、歌ったもん、『子守唄』」

　あれ、聞いちゃったら抵抗一切できずに寝ちゃうんだろうか？だとしたら割と最強なのでは？今度聞いてみよう。

　実験室に戻ったのでとりあえず寒いし服着た。相変わらずインナー改め防具着るのに一人だと着られないので、とこよ＆さくらに手伝ってもらって着る。

「……舞戸さん、俺が言うのもなんだけどさ、透明になってるからって眼前で着替えられるとなんかちょっとどうしていいか分からないんだけど」

　そ、そう？そういうもんか？私は君たちが目の前で透明着替えしてても別にどうとも思わんし、ほら、社長は動じてないぞ？

　でもまあ着替え始めちゃったんで勘弁してくれ。寒い。

「えーと、ごめん。気になるならちょっと明後日の方向向いててね」

「社長ー、社長ー、なんで社長は大丈夫なの、ねえ」

「俺はたかが布製品を見てどうこうしません」

　流石社長！ぶれねえっ！

　……しかし……一応気にして、パンツ履くのはロングパニエ履いてからにした。