70話
「入るよー」
一応ノックしてからドアを開けて入った。
「舞戸」
羽ヶ崎君は当然まだ本調子じゃないらしいながらも、自力でお布団から半身起こしていた。
「お前、僕になんかした?」
そしてなんか睨んでくる。やだ、怖い。
「した」
何となく突っ立ってるのもアレなので、羽ヶ崎君のお布団の脇に空いてるお布団をずりずり持ってきて(さっき加鳥に掛けた奴だね)そこに座ることにした。
「調子どう?」
「最悪。なにこれ。何なのこれ。お前何したの」
ま、まじか!そんなに悪いのか!やっぱり混ぜちゃいかんかったか!
「ぐ、具体的にはどのようにお加減が悪いのでしょうか」
聞いてみても不機嫌そうに睨まれるばかりである。ひええええ……。
「で、何したの」
そしてこれである。……う、うーん……何と説明したらいいもんか……よし、めんどくさい。
「ちょっと頭貸してね『共有』」
「だからそれやめろって!」
一瞬凄く抵抗されたけども、一旦『共有』しちゃえばこっちのもんだ!こっちから一方的に私の記憶を流し始めちゃえば流石の羽ヶ崎君も抵抗できんと見える。
一通り見せてから『共有』を切る。大分慣れたけど、やっぱり意識のある生物との『共有』って、かなり消耗するなあ。
「これでしたことは多分全部。あとは針生に剣闘士大会の優勝賞品になってた霊薬?っていうの使ってもらったから、それもあるかもしれない」
……あれ、説明はちゃんとしたんだけど、反応が返ってこない。
「……おーい」
目の前で手をひらひら振ってみて、ようやく羽ヶ崎君、我に返ったらしい。
「お前、馬鹿なの?」
「君よりは馬鹿な自覚はあるよ、そりゃ」
残念ながら私は『翻訳』スキルを入手するのに5時間かかるような人よりは流石に馬鹿です。
「そうじゃなくて、ああもう、なんで……なんでお前そうなの?」
なんかよく分からんが羽ヶ崎君頭抱えてしまった。なんかごめん。
「そう、とは?」
「あんな怖いし痛いのに、なんで自分の中身減らしちゃうの!?馬鹿なの!?いや馬鹿でしょ!絶対馬鹿だ!」
……あ。
あーあーあーあーあー!しくった。やっちまった。
何したか、面倒でも口で説明しなきゃいけなかった。
……『共有』で丸っと記憶を見せちゃったから、私がどういう風に思ったかとか、感じたかとか、そういうのまで全部、伝わってしまった訳です。
グラスの中身が零れた時の痛みとか、そもそもの、グラスの中身移した時の恐怖感とか。
……あああああああああもう!馬鹿だあああああ!私馬鹿だああああああ!
そしたらこいつ優しいんだから怒るの分かってるじゃん!あー!やっちまった!
「別にあんなことしなくても僕のグラス?の中身増えるまでほっとけばよかったじゃん!」
いやー、あの分量だと、多分自力で回復するだけの余力が無かったように思うんだよね。
……うん、まあ、確かに、5:5にする必要は無かった、かもしれないけど……あ、いや、違うわ。
「いや、むしろ私の分量もっと少なくても良かったんだよ。で、羽ヶ崎君がさっさと起きて回復してくれればさあ、そっちの方がいいんだし」
私は『手当』という、ひっじょーに微妙な……怪我の治りを早くする、というスキルしか使えない。
けども、羽ヶ崎君は『清流』という、怪我自体を治しちゃえるスキルを持っているのだ。
体力とか生命力とかいうものまで回復させられるのかは微妙だけど、少なくとも……メイドさん人形たちがなんかやったらしいけど……怪我を治しきれてなかった人はまだ居た訳で。
だったら羽ヶ崎君が動けて、私が動けない状態の方がマシというか、合理的だったんだよね。
「あのさあ、僕の身にもなってくれる?折角お前無傷で済んだのにさあ、何で、そうやって、わざわざ」
……ええと、うん。逆の立場だったら。うん、うん……ええっと。
「いや、だって、君が逆の立場だったら、そう、しない?」
聞いてみたら、すごーく嫌そうな顔された上、そっぽ向かれてしまった。
「しない。僕はそんなに馬鹿じゃないから」
あ、さいでか?……いや、でも君はきっと、やるぞ。
多少自分が怖い思いしたり痛い思いしたりするぐらい、気にせずやっちゃうぞ、きっと。そうじゃなきゃ、こんな死にかけるような事しないよ。
こいつは頭がいい。頭がいいから、多分、幾らでも巧く立ち回って、無傷でいること位できるはずなんだ。
それができないのは、うん、良い意味でも悪い意味でも優しいからだ。
今回もきっと、離脱しようとすればできたんじゃないかな。
鈴本がゼロ距離で爆炎食らっても残ってた(まじで、残る残らないのレベルだったのよね……)のって、たぶん、羽ヶ崎君が咄嗟に何かスキル使ったんだと思うんだよ。
で、そのせいで羽ヶ崎君まで被弾した、と。
かように優しくて、それでいて、それを貫き通すには微妙に……能力が足りないんだよね、多分。私なんかはもうそこは最初っから諦めるしかなかったし、そもそも私は非常に悔しい事に、守る側じゃなくて守られる側になってしまうから、そうでもないけども……手が届きそうなところにあるのに手が届かない、ってのは、悔しいだろうなあ、と、思う。
「なんでお前そんな馬鹿なの」
「うん、ごめん」
「お前なんか死ねばいいよ」
「うん」
……とりあえず頭撫でてみたら案の定凄く嫌がられた。面白かったので続けて撫でようとしてみたらマジ切れされかけた。
さて、頭撫での攻防も飽きてきたし、羽ヶ崎君も寝てた方がいいだろうし、そろそろ退散……しようとしたら、なんかスカートの裾捕まえられてつっ転びかけた。
「何をする」
「僕側の説明がまだなんだけど」
あ、そういえば調子悪いらしいよね。一応聞いておかないとまずいかな?……加鳥あたりに言った方が対処の使用があると思うんだけども。
「お前の記憶見て分かったわ。……ホントにめんどくさいことしてくれたよね」
「そりゃすまなんだ。で?」
「多分お前がグラスみたいなのの中身混ぜたのが原因だと思うんだけど、なんか、妙に不安っていうか」
……ほー?
「自分の命の一部が離れてる、っていう感覚、なんだと思う」
……ああ、あー、成程。
羽ヶ崎君の命(仮)に、私の命(仮)足して増量したから、羽ヶ崎君の命(仮)って、半分以上私のでできてるんだよね。
それで、その大本である私の命(仮)……っつーか、私が離れてるもんだから、妙に不安、と。
「あー、そりゃ申し訳ない。けども、その内時間経過で羽ヶ崎君成分が増えてそんなに不安じゃなくなってくると思うから耐えてくれい」
謝ったら、なんか……うん、凄く複雑そうな表情で睨まれた。
「あ、なんか欲しいもの、ある?水とか果物とか。言ってくれれば何でも」
「無い!……僕もう寝るから出てけ」
その挙句、怒られて追い出された。
……後で寝た頃、こっそりお水だけでも置いてこよう。
さて……そしたら次は、こっちだ。
「集合ー!」
号令をかけると、わたわたとメイドさん人形たちが集まってきた。よし、全員いる。
「よし。……この中にスキルが使えるようになった子はいるかな?」
……メイドさん人形達がそれぞれ一斉に中の数体の方を見て、その見られたメイドさん人形達は、『しまった!』みたいな顔したのが分かった。……顔に出やすすぎだよ!
「よし、この子と、この子と、この子、と。はい。……あのね、ちゃんと報告しなさいって言ったでしょ」
顔に出た子を摘まみ上げながらそう言うと、『だって今度こそ怒られそうなんだもん』みたいな顔した。……ええっと、何したの、君達。
見ていると、そのスキルが使えるというメイドさん人形たちがもそもそと襟の中から……ドッグタグのミニチュアを出した。
……WHAT?
「ええっと、これ、どしたの?」
聞くと、『話せば長いことながら聞いても長い物語さ』みたいな顔したので遠慮なく『共有』。
そして明かされる衝撃の事実!
……ええっと、簡潔に言うと、矢鱈と加鳥に懐いてたメイドさん人形、あの子が発端でした。
私たちが付けてるドッグタグ、あれがどうも羨ましかったらしいんだ。
それで、材料はあるんだから作ってもらおう!という事になって、加鳥が丁度『金属加工』なんつースキルをもってたもんだから、材料を持って加鳥におねだりしたらしいんだな。
……で、作ってもらえちゃって、で、そこに名前を刻んでもらったら……スキルが、手に入ったんだ、と……。
……うん。で、その材料、ってのがだな、あの私食べたでかい黒蛇のお腹から出てきた、あの箱。
腹の中に在ったにもかかわらず溶けなかったあの箱の一部で、ドッグタグのミニチュアを作ってもらった、との事で……。
あの箱は金属だから、鳥海と加鳥の持ち物になってたんだけどね。
ドッグタグが作れるってんなら、ちょっとあの箱も使い道、もうちょっと考えないといかんかもしれんね。
それから、名前だ。名前を刻んでもらったらスキル入手に繋がった。
じゃあ、その名前って、どこから来たのよ?と思ったら、こちらは簡単、加鳥が勝手に名前付けてたようです。
矢鱈加鳥に懐いてたメイドさん人形のドッグタグには、『とこよ:メイドさん『ヒール』』とだけあった。
というか、ドッグタグが小さすぎてそれしか文字が入らなかった、というか。
「君はとこよ、っていう名前になったのかね?」
きいてみれば『YES!』っていうかんじの顔になった。
とこよ……常夜、ってことかなあ。この子は黒髪の子だし。私のネーミングセンスよりも数段いいね。
……ごめんよ、ケトラミとハントル。
他にもドッグタグのミニチュアを作ってもらった子が2体いて、こっちは『みなも』と『さくら』。
薄水色と桜色の頭した子ですな。
職業はこちらも『メイドさん』、使えるスキルは『ヒール』のみ。
成程、この子たちが回復してくれてたんだね。とりあえず3体を撫でてから、ちゃんと報告しなさいとみっちり言っておいた。
それから、加鳥にも一応そういうことしたら報告してくれるように言っといた。
どうも、メイドさん人形達は私の了承を得ているものと思っていたらしいので、そこは謝ったけども。
とかやってたらまあ、お昼ごはん時になってたので、お昼ご飯の準備しましょう。
……そういえば、恐ろしい事を思い出した。
……鮪の赤身、漬けっぱなしだ!あああああああ、どうしよう絶対味入りすぎてるよこれ!
食べてみたら案の定、しょっぱくなりすぎてた。これはひどい。
……塩味だけ『お掃除』できないかしら?と思って、ちょっとやってみたらなんか色々消えすぎたので、『お掃除』での塩抜きは諦めて、とろろと合わせて山かけ丼にすることにしました。うーん、一生の不覚。
ということで今日のお昼は押し麦混ぜて炊いたご飯で山かけ丼と、味噌汁と出汁巻き卵と漬物です。
……よく考えたら、寝てるやつらの分はまあ作らないとしても、自習室から出てきた人たちの分もあるからそこそこ数が多くて、そう考えると丼物って良かったかもしれない。
「うめえ、マジうめえ」
「鮪とかマジすげえ」
「鮪うめえ」
穂村君ご一行はみんなこんな感じのリアクションでした。作った側としては非常にありがたい反応の1つでありますなあ。
「え、これ舞戸さん作ったん?マジすげーわ」
「マジで!?うわー、すげー」
なんかこんなやり取りをされて少々照れ臭い心地でいた所、例の女子2人はちょっと意外そうな顔で私を見ていたので、なんかあったんかな?と思って見返したら気まずげに目を逸らされてしまった。なんだなんだ。
……ところで、出汁巻き卵は大体3人に1つぐらいの割合でお皿に乗せて出したんですよ。
そしたらですよ。
何やら例の女子2人……長澤さんと玉城さんが、同時にラスト1つの出汁巻き卵にお箸を伸ばし、それにお互い気づいてはた、と固まり……顔を見合わせ、無言のやり取りの後、長澤さんが出汁巻き卵をお箸で2つに分けて、それを2人で分けて食べた。という、やり取りを見てしまいまして。
……この2人、化学部にいい印象が無いみたいだけども、とりあえずご飯は黙々と美味しそうに食べてくれている模様。
そしてご飯が終了し、食器を片付ける作業に移っていると。
「ごちそうさまー」
「ごちそさまー」
長澤さんと玉城さんはそれぞれ適当ながらも私に声を掛けてから退席していった。
……ふむ。私が今までに学んだことの中の1つなのだけれど。
この手の人たちって、自分とは趣味が違う人種、自分とは価値観が違う人種をデフォルトで自分より下に置いてるんだよね。何故か。
でも、その下に見ていた人が、何かちょっと、自分たちの物差しで測れる、かつ高評価な事をやったりすると、何故か……カーストの一番下から別枠に移してくれるらしいのだ。あくまで、上とか同列、とかじゃなくて、別枠。
こうして私、今までにも何人かの女子に『別枠』扱いされてるんだけども……今回の長澤さんと玉城さんも、このパターンだったらしい。このご飯の後から、ぐっと当たりが柔らかくなった。
……結論。ご飯って、偉大。




