4話
歌ってるだけでスキルになったんだ。だったらもしかしてもしかすると、ってなものです。
まず、薬品庫からワセリンを引っ張り出します。でっかい瓶のが2つ、使いかけの中瓶が1つあるから使いかけをもらう事にしよう。
それから、ビニール袋。これは大量にあるから1枚ぐらい貰ってもやっぱり平気だろう。
ビニール袋を切って、シート状にしておく。
そして、包丁。……いやー、ドキドキしますな。うん。
こういう事をしたことが無いもので、いやはや。
しかしためらっていてもしょうがない。いざ。
ということで左腕前腕部の外側に薄く切り傷を作る。
できるだけ薄く綺麗に切ったので傷の治りも早いはず。
そんでも痛いもんは痛いだけどね。
で、切り傷にワセリンを塗って、ビニールを被せて上からビニール紐で縛って固定。
空気が傷口に触れないようにすれば痛みはかなり緩和される。薄い切り傷位なら、全く痛みを感じないレベルになるのだ。
そして、治りも早い。これを湿潤療法と言いまして、某お高い絆創膏もこれを利用したものなのですよ。
さて。後はこれを繰り返せば、スキルになるんじゃね?という事である。
目指せ、回復スキル会得。
もう1回やるためにビニールを剥いでワセリンを拭く。と、傷がさっきよりも更に薄くなっているように見えるけど気のせいだろう。
もう1回包丁のお世話になって傷を増やして、ワセリン塗ってビニール巻いて固定して、はがして拭いてまた包丁のお世話になって以下ループ。
そして私は気づかざるを得なかった。
……包丁の出番4回目には、1回目の傷が無くなっていた。
そして、包丁の出番8回目には、5回目の傷まで。
更に、包丁の出番16回目には、13回目の傷まで。
つまり、治るスピードが上がっている!ひえええええええ!怖い!
手際が無駄に良くなっていくのも加味すると、なんか、おかしいレベルで治るスピードが上がってる。
……そうして、包丁の出番100回目の傷にビニールを固定したところで、ドッグタグが光った。
緊張しながら見ると、
『回復速度上昇』『痛覚耐性』『手当』
というスキルが増えていた。……一応成功だろう。多分。
皆さんが帰ってきたのは、午後五時過ぎだった。
そして、なんか、増えてた。
「お帰りなさいませご主人様方っ!そして角三君久しぶりっ!」
「うわ……ホントにメイドなんだ……」
うるせえエビフライぶつけんぞ。
「ただいま。見ての通り、角三君拾ってきた」
角三君というのは化学部の部員の一人であり、化学部にしては珍しく運動神経に優れた人なのです。
彼はトイレに行っていたらしい。トイレは化学実験室の隣の隣にあったから、そういう距離とかも関係してるのかもしれない。
恰好は……あれだ。『騎士』。実際にドッグタグを見せてもらったらやっぱり騎士だった。
鎧に剣。左腕にはバックラー。そしてヘッドギアめいた兜まで装備しているのです。羨ましい。
「とりあえず、今日のタンパク質」
社長と羽ヶ崎君が持ってきたのは、
「……鹿」
鹿でした。ただし、一角だ。一角獣か。ユニコーン……じゃないだろうけど、こいつモンスターの類なの?
「解体できる?」
スキルの出番のようです。でも、それより先にやるべきことがありましょう。
「皆さん、お怪我は」
折角の『手当』スキルだぞ!使わなくてどうする!
「無い」
案の定の回答だったので、ドッグタグを見せてワセリンとビニール袋シートと紐を持ってくる。
「本当に無いならいいけど、スキルも入手したから、怪我あるなら言って」
本当はあるでしょ?とカマを掛けつつ迫った所、全員擦り傷なり切り傷なり、火傷っぽいのなりを出してきた。
私が包丁のお世話になって作った傷なんかより、よっぽど深いし、大きい。
というか、鹿を運んできたのがひょろい羽ヶ崎君と社長、っていう時点でおかしいとは思ったんだ。
鈴本が一番ひどかった。
鎧で丁度ガードできないあたりらしく、脇腹を見事に抉られていた。
肉が見えてる。見てるだけで痛い。
今の今まで、虚勢だけで持たせていたらしい。ありえん。
「こんなの、どうする気だったの」
鎧とインナーを脱がせてワセリンを塗布していく。
空気に触れなくなると多少、楽になったらしい。
「羽ヶ崎君が魔法使えるようになり次第、治してもらうつもりでいた」
……この世界でもMPの概念があるらしい。
つまり、魔法を使いすぎると限界が来て、回復するまでは魔法は使えないんだそうだ。
羽ヶ崎君の水魔法は、微弱ながら回復魔法に派生したらしい。
括りは水魔法だからそんなに大きな効果にはならないらしいけど、それでも5分で深い切り傷を完治できるんだから、異世界クオリティだと思う。
その分、MP効率はあんまりよくないらしいけど。
「お昼前も怪我したでしょう」
「それは羽ヶ崎君に殆ど治してもらった」
それでMP切れて、羽ヶ崎君は自分の怪我を治せなかったのか。
鈴本の手当てを終えて羽ヶ崎君を見たら、お昼に見た傷がそのまま残っていた。
「これ、お昼からあったでしょう」
「……あったけど、何」
羽ヶ崎君が目を逸らして不機嫌そうな声を出すのは、気まずいからだろう。
「別に、何も」
ごめんね、とは言えない。
ここで謝ったらいけない、っていうぐらいの配慮はあるつもりだ。
だから、何も言わずに薄く、ワセリンを塗るだけにしておく。
社長は完全に後衛だから、その分怪我が少ない。土魔法は防御に使う事の方が多いんだとか。
なので先に角三君を診る。
「俺、そんなに怪我、してないから平気」
角三君はその言葉通り、そんなに怪我をしていなくてほっとする。
少なくとも、鈴本みたいな大怪我は無かった。
「君たち、頼むからさ、怪我したなら怪我したって、言ってよ」
「言ってもどうにもならないだろ」
だったら下手に私に心労掛けないように、言わない方がいい、と。そういう事で3人の間で纏まっていたらしい。
……滅茶苦茶悔しいです。はい。
ままならんです。何が悪いって、彼らでは無く私なのだ。本当にもどかしい。
でも、一応回復スキルを入手したから、これからはちゃんと怪我したら申告してもらえることになった。というか、した。
全員分の怪我を手当し終えると、そのころには最初に手当てした鈴本の傷の表面が治っていた。我がスキルながら有能じゃのう。
「お前、いつの間にこんなスキル覚えたんだよ」
「君たちが外に出てる間だよ。さて、鹿を捌かねば」
エゴだとは思うけど、スキル入手の経緯は墓まで持っていこうと思う。
暗くなってきたので『美味しそうなランプ』を3つほど点けて作業する。それでも暗いので少々しんどい。
多分若い鹿なんだと思うんだけど、それでもこのサイズはでかい。鳥よりもでかいし、構造も複雑だ。
でも鳥と同じぐらいの労力しか必要としないのはスキルのおかげかね。これ、『解体』スキル無かったら投げてたな。
そして、やはりというか、新しいスキルが手に入ってしまった。
『熟成』というスキルは、まあ、そんまんまだ。
包丁を入れたお肉を熟成させる!死後硬直も何のその!
死にたてのお肉もたんぱく質が分解されて程よくアミノ酸になった熟成お肉に大変身!
……うん、何気に、凄く有難いよ。
熟成ってさ、普通、4℃とかでやるものだから、ただほっといたら普通に腐る。
その設備が無い以上、私達が美味しくお肉を食べるにはこういうスキルの力が必要不可欠なのだ。
ありがたやー、ありがたやー。
とりあえず肉をざっと切り取って、先行して昨日と同様、焼き鳥状態にして焼き始める。
あとはジャガイモでいいな。ジャガイモも適当に切って雪平鍋で茹で始める。
焼けた肉から食べててもらって、私は残りの肉を切って塩当てたりしていく。残りは半分ぐらいまた燻製だなー。でかいから明日いっぱいぐらいはほっといても食べられそうだけどね。
「おい、舞戸、食わないの?」
「あー後で。先に肉とかなんとかしちゃうから。あ、芋、茹ったよ。お食べお食べ」
お湯を切って、そのまま鍋ごと出す。……食器が無いんだよね!
一応紙皿とかもあるにはあったけど、洗って使ってるような状態だし。
さて、私は肉を何とかしちゃいます。フンフン歌いながら肉を解体していくと、微妙に判定に引っかかったらしく、薄い金色の模様が足元に出てきた。
「あ!これ!」
珍しく、角三君がでかい声だしたなぁ、と思ったら、食べてた肉や芋を放置して寄ってくる皆さん。な、なんぞ?
「これ、お前が出してたのか」
見れば、皆さん……角三君含めて四人の足元にも、同じような薄い金色の模様が浮かんでいる。
「これ、どうやって出してるんですか?肉捌くと出てくるんですか?」
社長にあらぬ誤解をされそうだったので、スキルの説明をざっとする。つまり、歌うと出てくるよ、と。
「……成程、な。『祈りの歌』か。これ、守備力を上げる効果があるらしくてな。助かった」
聞けば、この模様が浮かんでから三十分ほどの間、守備力が僅かながら上がっていたそうなのだ。
そしてその時に丁度、鈴本が脇腹に一発もらっちまったそうで。
……よ、よかったああああ!もし、もしこれがなかったら、もっと抉れてたっていうことでしょう?
……マジで、死んでたかもしれない。そう思ったら、一気に力が抜けた。
おかしな話なんだよね。実際に痛い思いしてるのは、私じゃないわけだ。なのに、非常に苦しいのですよ。しかしこれを苦しいと言ったら彼らに対していくらなんでも申し訳が立たなさすぎる!
なので、私はひたすら鹿を捌くことにした。私に今できるのは、鹿を捌くことだ。
皆さんは実によく食べた。特に角三君。
「俺さ……トイレにいたんだけど、気づいたらこんなかっこしてるし、トイレ出たら森だし……。掃除用具入れに剣とか入ってたから、それ装備して、出てきたんだけど……飯、無くて。果物とかあったけど毒とかあったら嫌だし」
なんと彼は、遭難してから鈴本たちに会うまで、食べ物を口にしていなかったらしい。
水だけは観念して川の水を飲んだらしいけど。
そういえば、私たちは社長の『鑑定』があったから、ご飯に関してそんなに困らなかった。火も水も手に入ったし。
でも、こんなに恵まれた環境でスタートできたのは非常に幸運なことだったのだ。
……トイレから始まるって、どうよ。やばいよ。物資らしい物資、無いよ?
もうよくぞ生きててくれた、っていうかんじだ。もうなんかすごく不憫でひたすら肉と芋を食わせた。
「そういえば『化学研究室』も見つけた。……誰もいなかったけど」
『化学研究室』は、化学実験室のお隣にあった部屋だ。化学の先生たちが常駐しているへやだったんだけど。社長が片っ端から『鑑定』して、情報をありったけ集めたけれど、人の居た形跡も見つからなかったらしい。一応、メモ書きを残してはきたそうだ。
「……もし人がいないんだったら、運んで持って来ちゃえば?」
角三君がなんか言ってるけど、ちょっと意味分かんないです。
「部屋って……持ち運び、できるじゃん」
……えっ?
角三君の言葉に従って、実験室中を探したところ、棚の中に見慣れない宝石みたいなものを発見。そしてそれを持って全員で外に出てみた所、部屋が、消えました。
そして宝石を足元に置くと、部屋ができて、我々は実験室内に立っていました。……うそん。
角三君は『2F北男子トイレ』と『2F北女子トイレ』を持ってきてくれたので、早速併設。
……森の中にただぽつんとトイレがあるって、不自然だなあ。
あ、彼の名誉の為に言っておくと、角三君が女子トイレを持ってきたっていう事は、女子トイレ内に侵入したっていう事なんだけれど、そもそもが緊急事態だったし、もし中に女子がいるなら保護してあげなければという思いのもとに声掛けを散々行った後に侵入して誰もいないことを確認して持ってきたとの事なので、あんまり苛めないであげてください。