61話
なんか色々あったけども、とりあえずは当初の目的通り、『事務室』と、異国人の奴隷2人の救出に成功した、って事だ。
これは喜んでいい。
只……気になる事もあるよなあ。勇者、とか、女神、とか、神殿、とか。
ここら辺についても、できる限り情報を集めた方がいいね。
さて、とりあえずは『お掃除』で奴隷2人の首輪の一部を消して外した。
あ、勿論『鑑定』して、爆発とかの恐れが無い事を確認してから外しました!
「いやー、助かったよ。奴隷として売られるって聞いた時にはもう死ぬかと」
「ホントよね、助けてくれてありがとうね」
そう言いながら、奴隷だった2人は繋いだ手を離そうとしない。……彼と彼女、ええと、三浦君と岬さんは、仲睦まじすぎる位の、放送部のカップルである。
放送部はこの2人しか部員が居ない、ある意味もう完璧な部である。確か、放送部の顧問の先生がこれまた程よく枯れた素敵なおじいちゃんで、上手い事3人で幸せそうに部活してたなあ……。
というのは置いておいて、この2人は、この世界に飛ばされちゃった時に放送室に居たらしい。
しかし、放送室から出て探索している内に、現地住民に放送室を盗まれ、揚句、よく分からんうちに奴隷として売られそうになっていた、との事。
よく分からんうち、って、どういうことなの……。ちょっと暢気すぎやしないかね、君達。
「私、三浦君がいなかったら絶対に生きてなかった!」
「俺だって、岬さんがいなかったら!」
「三浦君!」
「岬さん!」
……ここで2人がロミオとジュリエット状態になってしまったので、質屋のオッサンと一緒に暫く観劇していましたが、あまりの甘さにオッサン途中棄権。奥の方へ引っ込んでいってしまいました。
質屋のオッサン曰く、「若いっていいなあー!チクショー!」だそうです。
「で、これから三浦と岬さんはどうする?」
一通り、教室集めとかの事を説明しました。
この2人、バカップルなんだけど、頭は悪くないんだよね。
1回の説明で要点をしっかり把握してくれたので助かります。
しかし、何やら2人でひそひそと話、首を捻っている。そして、暫く首を捻りあった後で、なんか言い出した。
「うーん……なんか、ね、ちょっと気になるんだけど……本当に、教室集めただけで俺達って、帰れるの?福山君が言ってたこととちょっと違うんだけど……」
「は?」
「僕らは、勇者としてこの世界に召喚されたんだ、って言ってた。それで、神殿の人が、この世界を崩壊させようとしている元凶を倒してくれたら、儀式魔法を使って元の世界に帰してあげる、って言ってた、って、言ってた」
……よし、ちょっと待ってくれ。ええと……『アライブ・グリモワール』さんが言ってた事と違う……あ、ちょっと待て!確か、あの時『アライブ・グリモワール』さんには、『帰る方法を教えて』とは言ったけども、『帰る方法を全て教えて』とは言ってない!
別に、帰る方法が複数あったって、おかしくないのだっ!
……しかし、だな。それ、マジで?その神殿の人とやらは、信用できるの?大体、儀式魔法とやらを使ったら……『全員』帰れるのか?
まあ、ここら辺は雑談がてら、あとで『アライブ・グリモワール』さんに聞きに行ってもいいんだ、あとで考えよう、と思っていたところで、質屋のドアのベルが鳴った。
「ジョージさーん、ただいまー……あら?鈴本君達、帰って来てたんだ。お疲れ様。無事に2人も救出できたみたいね」
歌川さんと相良君が紙袋を抱えて帰ってきた。
「ジョージさん、頼まれた物買って来たけどここ置いとくぞ?いいか?」
「おー、良いぜ、適当に置いといてくれ」
「待て、誰だ、ジョージさんって」
……とは言っても、一応、分かってはいる。だって、私たちの内、誰もジョージでは無いのだから。
「俺だよ、チクショー、お前らいつまでたってもオッサンオッサン呼びやがって」
奥の方から帰ってきたこの質屋のオッサン、どうやらジョージさんと言う模様。
そうかー、そういえばずっと名前聞いてなかったなあ。
すみませんジョージさん。これからはジョージさんと呼ばせていただきますジョージさん。
「……な、で、そこのバカップル2人はどうすんだよ、結局」
「うーん、僕たちとしては、戦闘はちょっと、なあ、って。岬さんを危険な目に遭わせたくないし……」
「私も、三浦君に危ない事してほしくない!」
「岬さん……」
「三浦君……」
ここでまた劇が始まっちゃいそうだったのでそこは自粛していただく。
「そうだな、正直、僕たち、戦う事には向いてないんだ。後方支援とかなら兎も角……正直、モンスターと戦うのだって、できればやりたくない」
まあ、普通の精神してれば、そうだね。
動物捌いて食べたら批判が殺到するようなご時世の子たちなのだ、私達。
普通に生活していて、それでいて割り切るのがあまり上手くなくて、感受性が強い人だったら、戦闘なんてやってらんないよね。
私の場合は割とすんなり受け入れちゃったけども、それを他の人に無理強いするつもりはないし、それはしょうがない事だと思う。
……私は殆ど戦ってないから、こういう事言うのもアレだけども。
「だったら、ここで相良達と王都とデイチェモールの市場の監視、か?」
「そうだね、僕たちもここに居ていいなら、ここで奴隷にされた友達を探して助けてあげたいし。……稲村先生も、どこかにいるのかな」
稲村先生、というのは、放送部の顧問の先生だ。
「……俺達は2F北東から来たが……その間、1人も教員を見ていない。それどころか、事務員も、誰も、だ」
鈴本が答えると、三浦君と岬さんはちょっと悲しそうな顔をした。
うーん、そうなんだよね。
この世界に飛ばされたのは多分、生徒だけで……教員が1人もいないんだけれど、ここら辺も『アライブ・グリモワール』さん、知ってるかなあ?
「何だよ、結局この2人もウチに住むのか?まあ、場所はあるからいいけどよ……」
ジョージさん、なんかちょっとやさぐれ気味だけどしょうがないね。
「お世話になります!」
「お世話になります!」
カップルの無邪気な笑顔と元気な返事に毒気を抜かれたジョージさんは何やらまた物置になっている部屋を片付けに行った模様。
大変ですなあ。
その後はちょろっとお互いの意識の擦り合わせを行った。
即ち、私たちはまだ施設集めを続けるつもりだという事、相良君達はここで奴隷にされている仲間を探して助ける事、放送部カップルは相良君達と行動を共にするという事。
神殿や勇者の話は……またあとで『アライブ・グリモワール』さんに聞いてから考えよう。
とりあえずは今後の方針はこれでいいという事にして、では、事後処理というか、色々と後片付けが終わってないから、そういう事を済ませていきましょう。
「そういえば、剣闘士大会の商品の性能実験ってまだして無かったよね?」
ふと気づいたように加鳥が腕輪を出して見せる。
ふむ、綺麗なオレンジの石が付いた腕輪が2つ。効果は『交信』。
……うーん、折角なので実験だ。
加鳥と針生が1つずつ腕輪を装備して、質屋の屋根裏と地下にそれぞれ移動。
そして、腕輪の『交信』を使ってみる、というもの。
『交信』なんていう名前なんだから、多分交信できるんだろう、という事である。
結果。
呼び出す側がMPをごく少量消費して、相手を呼び出す。
すると、相手側の腕輪の石が光るので、相手の方はMP消費無しで、その呼び出しに応じればいい。すると、通信機の如く、音声で会話ができる、という物であった。
成程、これは便利。
こういう連絡方法が今まで無かったから、相当不便だったのよね。
しかし、ならばもっと試してみたくなるのが人間の性。加鳥を連れて『転移』し、2F北東へ。
そして、そこからデイチェモールの質屋にいる針生へ『交信』してもらう。
果たして、この距離でもつながるんだろうか?
暫く腕輪の石が点滅していたと思ったら、光りっぱなしになった。
「あー、もしもし、加鳥?」
「あ、聞こえるね。会話もできそうだね。MPの消費とかはある?」
「いや、特にないと思うよ。そっちは?」
「うん、MP消費量は一緒だと思う」
ほー、じゃあ距離がどんなにあっても、通話料金は一律、ってことか。
成程成程。ではまた質屋に戻ります。
「この腕輪、月森さんにコピーしてもらいたいね」
やっぱりというか、そういう話になりました。
うん。やっぱり、少なくとも後1つは欲しいんだよね。
私達と、相良君達の質屋組と、情報室・新聞部組の人たちと、ここら辺で情報のやり取りがすぐにできないのが凄く困る。
特に、情報室・新聞部組の人たちなんて、今どこにいるのかも分からないしなあ。
……3Fの北西あたりに居るんだとは、思うんだけどね。
……ということで、今日は夜も遅いので寝るとして、明日の朝一番に3Fに行って、そこで月森さんを探すことになりそうです。
この『交信』の腕輪、あるのとないのとじゃ大違いだと思うんだ。
まあ、それは明日にするとして、残りの効果……角三君の剣の『威風』は、割とそのまんまだった。なんか発動させようと思って発動させなくても効果があるタイプ。剣を構えるだけで、凄く圧倒される感じがするのである。
更に、発動させようと思って発動すると、もっと圧倒される感じがする。
気迫、というのかな?そういうのを増すもののようです。
剣自体も相当な業物だったようで、角三君のメインウエポンはこの『威風』の剣になりました。
それから、トリの部で貰った『思考速度上昇』の杖。これもそのまんま。
これを装備していたら、頭の回転が速くなる。一応こういうの、ちゃんと実験したい人たちなので、この杖装備した時とそうじゃない時で100マス計算のタイム比較したりとかしたけども、確かに速くなってた。
これは社長が装備することになった。今まで杖じゃなくて本だったもんね。
最後に、ヘキサの部で貰った謎の霊薬(仮)。これは私の『鑑定』で分からないだけじゃなく、社長も刈谷も分からなかったようなので、潔く保留!
……染料にしたら分かるかもしれないけど、それは最終手段だからね。
さて、夜ご飯は、なんと、質屋のオッサン改めジョージさんが作ってくれました。
メニューは、肉!野菜!パン!です。
まじで、そんなかんじ。肉は厚切りのお肉をこんがり香ばしく焼いただけ。野菜は鍋にぶち込んで、じっくりことこと煮ただけ。パンは買ってきた奴。
これらの料理、見た目は正に男!ってかんじなんだけども、味付けは力強いながらも割と繊細で、日本人好みなかんじでした。ありがたやー。
……こっそり、食事を『鑑定』してしまったのは内緒だ。ほら、一回それで痛い目みてるからさ……。
私たちまでここでご厄介になるスペースは無いので(相良君達も一部屋に4人とか詰まってるからなあ)、私たちは2F北東に戻っていつも通り、教室を展開してそこで寝ます。
あ、私はケトラミで寝ます。なんか久しぶりだなあ。
……が、その前に、やる事があるね。
そう。『アライブ・グリモワール』さんとのおしゃべりです。
実験室の棚の中に入れてあったのを引っ張り出して、頭突きしながら『共有』。おおう、ちょっと久方ぶりな感覚だ。
『ぬ!来たか!来たか!よく来たよく来た!』
何やらしょっぱなからテンション高めな『アライブ・グリモワール』さん。
「やあやあ、久しぶりってほどでもないけど、久しぶり」
『うむ、何やら汝は成長したようだな、少し見ぬ間に魔力量があがったのだな』
魔力量?MPのことか。
そうかー、私も成長したんだなあ、一応。
「うん、ところでさー、前に、元の世界に戻る方法聞いたじゃん、あれ、他の方法もあるんだね」
『ぬ!?そうか、知ったか』
言ってみたら、なんかちょっと困ったような感じに文字がもじもじしだした。文字だけに。
『全ての方法を教えよ、とは言われなかったからな』
「ああ、うん、いいよそれは。いうなればそれは私のミスだし」
そうなんだよなー、こういうのから情報を引き出そうとするなら、細かい所にまで気を配った質問をしなきゃダメなんだ。
「で、さ。どうして教室を集める方法の方を教えてくれたのかな、って気になって」
『ぬう……それはだな……』
なにやら、歯切れの悪い様子。
『……軽蔑されるかもしれぬが、神殿はあまり好かぬ故に』
やっぱり文字がもじもじしている。言いにくいことなんだろうか。
「なんでまた」
『そもそも、汝らは何故この世界に来たか、知らぬか?』
「知らん」
『ふむ。……よし。汝らは、神殿に呼ばれたが故に、この世界に落ちてきたのだ』
……ほう?




