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3話

 

「とりあえずこんなもんでいいか」

 フラスコいっぱいの水といっぱいの薪を持って帰ってきてくれたので、有難く火を焚く。

 普通、室内でたき火をする訳にはいかないけれど、ここは化学実験室。いくらでも火を付ける設備はあるのだ。

 机に濡らした新聞紙を敷いて、レンガ4つを置いて、その上に鉄板を乗せて、その上で火を焚きつつ肉を焼いていきますよ。

 地面とかじゃないから串を差して固定、なんてことはできない。

 しょうがないからフラスコとかリービッヒ冷却管とかビュレットとかを固定しておくためのスタンドを駆使して一度に10個ぐらいずつ串に刺した肉を焼いていきますよ。

 あ、フラスコに入れた水を煮沸するのも忘れずに。綺麗な川から汲んできた水で、社長曰く普通に飲める水だそうだけど、念には念を入れて消毒だ!




 というわけでご飯と相成りました。

 ごはんは鳥の肉の串焼き塩・醤油味と果物です。

 遭難中にしては豪勢だよね。これ、本来火とか使えない状況になっててもおかしくないんだし。火と水が使えるっていうのは素晴らしい事です。はい。

 お肉はふつう〆てから時間をおいて熟成させた方が美味しいんだろうけど、まあ新鮮なお肉も悪くないよね。

 これ、鳥肉で助かったね。もっと大型の生き物の肉だったら間違いなく、死後硬直で食べる所じゃないと思う。


「まあ、普通に食えるね」

「謎の鳥の割には美味いですね、コレ」

 味も塩と醤油の割に好評でした。

 私以外の皆さんはいっぱい歩いていっぱい動いて緊張の連続で、お腹空いてたんだろう。ぺろりと肉を平らげました。いやーすごいね。

 私は果物2つと肉串3本で済ませた。私より他の人が多く食べた方がいいからね。

 私はどうせ実験室から出ないのだ。消費カロリーもそんなもんだ。

 食料もいつ供給が途絶えるか分からんのです。残しておいた肉は明日にでも保存食にしましょうぞ。幸い設備はあるのだから。




「……明りが無いと不便だな」

 食後、すっかり暗くなった化学実験室を照らすのは僅かに残る火のみだ。

 普段だったらコレ、電気付けてパーッと明るくできるんだけどね。電線が繋がってるわけも無いので電気も使えるわけがないのでした。

「電池と豆電なかったっけ」

「ここで消耗すべきじゃないだろ」

「ろうそくも……とっておいた方がいいか」

 この先、もし暗いところを三人が探索に行くなら、間違いなく火よりも豆電の明りを使った方が安全だし、だったらそういう時まで貴重な電池と豆電は温存すべきだ。

 ろうそくも同様。安全な室内で無暗に消耗すべきじゃない。

 ……そういえば、鉄板で焼き物するときに使えるかな、と思ってとっておいた鳥の脂部分。あれ、どうせ傷むな。使っちゃおう。

 ええと確か、ゴミ箱に空き缶があったはずだ。……うん。いくつかあるから、1つ消耗しちゃえ。一応一番凹んで使い物にならなそうな奴を選ぶ。底が無事なら何でもいいからね。


 空き缶を横に二つに切って軽く洗う。できた器に鳥の脂身を詰めて熾火にかけておく。溶けろ。油を出せ。

 雑巾として放置してあるぼろきれを少し裂いて、滲み出た油につっこんで灯芯にして、と。

 細く裂いた空き缶を針金代わりにしてうまく灯芯を立てて固定できるようにする。

 そして着火。

 ……うん、なんとか明りにはなるかな。なるんだけど……。

「……腹が減る匂いだな」

「鳥だからね」

 うん。すごく鳥を焼く匂いがする。




 美味しそうな匂いのするランプもできたところで、寝床を作ることになった。

「お前は教壇だな」

「なんでまた」

「床よりは冷えないだろ」

 皆さんのジェントル精神によって教壇の上で寝ることになりました。

 いらんわ、そんなジェントル精神。

 実際に外に出て色々やったのは私以外の皆さんだし、明日何かするにしても、何かするのは皆さんだろう。

 だから、私は床で寝るべきなのだ。

 ……というような、抗議をしたんだけれど、聞き入れてもらえず。

 理由は単純に、教壇に男子3人も寝られない、っていうスペースの問題とか、寝相が悪いと教壇から落ちそう、っていう割と深刻な問題とか、そういうものだったので仕方ない、諦めた。

 尚、寝床は新聞紙の上に段ボールを乗せて、薬品庫の隅に積み上げられていた梱包材をシーツ代わりにして、予備の白衣を掛布団にする、っていうものだ。これで大分あったかい。

 意外と新聞紙って馬鹿にならんよ。

 皆さんは教壇から一番離れた位置に三人で固まって寝ることになった模様。……ちょっと寂しい。




 朝です。おはよう。見てみると、他の人たちはまだ寝ていた。

 火を焚いて雪平鍋にお湯を沸かす。味噌があったら味噌汁にしたんだけどなー。

 しょうがないから昨日の鳥の骨をぶち込んで出汁を取ってみる。塩で味整えたら、白湯よりはマシになった。




 お湯を沸かしつつ自分をハタキで綺麗にする。ハタキ一本でお風呂要らずだよ、凄いよ。

 そうこうしてる内に社長が起きてきたので社長もハタキで掃除する。

「なんですかコレ」

「いいから黙って掃除されなさい」

 ぽふぽふやってると謎の発光現象と共に、お掃除が完了。

 騒ぎ出した社長に起こされた鈴本と羽ヶ崎君も同様にはたく。

「……あのさぁ、これ、アレ?お前のスキル?」

「YES。『お掃除』にございます」

 ま、こういう時こそ、清潔を心がけるべきだよね。病気の元にもなるしさ。

「……『メイド』っていうのは、サポート職なんでしょうね、きっと」

 そりゃ、メイドが前衛バリバリ戦闘職だったらビビるわ。




 鳥出汁と果物という侘しい朝食の後は、皆さんがまた探索に行くとの事。

 ただ、そのまま行かれちゃうと私がやる事無くて暇なので、桜の木の枝を拾ってきてもらう。

 できるだけ太い奴、と注文を付けた所、若い木が丸っと一本来た。

 いやー、なんとも豪快ですな。

 鈴本が剣で一閃、らしい。うん。怖い。『斬撃』スキルの賜物らしいけど、怖いもんは怖いわ。なんで剣で木が斬れるんだよ!




 桜の木の皮はなんとなく剥いで取っておいて、新鮮な木屑を作る。

 工具は実験室に割とあるので困らない。今使ってるのはのこぎりだ。ぎこぎこ。

 そして木屑を作ったら、実験室の隅に転がっていた一斗缶の中に入れる。

 もう一つの一斗缶はそこに穴を空けて、蓋を開けた一つ目に重ねる。

 早速木屑に火を付けると、いい感じに煙が出てきた。よしよし。

 昨日から塩を入れておいたササミと胸肉の塩をざっと洗って、水気を拭く。

 拭けたらタコ糸で縛って、割りばしとか色々駆使して一斗缶の中に吊るして蓋をする。

 ……つまり、燻製にしています。ササミの燻製美味しいよー。胸肉も淡白な味で美味しいよー。

 しかし少々煙いので窓を開ける。うーん、風が気持ちいい。こういう時にお洗濯すると気持ちいいんだけどな。この状態で外に洗濯物を乾そうものなら鳥の餌食になるね、多分。




 お昼頃に皆さんが帰ってきた。

 すこし疲れてるみたいだったけど、それ以上に表情が生き生きしていた。

 新しいスキルを得たらしい。鈴本が『跳躍』、羽ヶ崎君が『風魔法』、社長が『マッピング』を入手したらしい。

 よかったねぇ。私はと言うと、未だ『お掃除』だけです。畜生め。


「それで、お土産です」

 社長が持って帰ってきてくれたのは、なんと!芋でした!ジャガイモに非常に似ています!ただし滅茶苦茶にでかいが!サッカーボールサイズの芋です。でかいでしょう、流石に。

 しかしこれで炭水化物が取れるのだ。やっほい。カロリーを肉だけで取るのは流石に厳しいからねえ。

「それから水も補給してきた。……なんか煙くないか?」

「ごめん、燻製作ってる」

 そろそろできたかな、と覗いてみると丁度よさげだったので、燻煙から外してカーテンレールに糸の端を結んで吊るしておく。よし。これで乾燥させれば非常食だ。

「……器用だな」

 そう?もっと褒めてくれていいのよ?

「こんな状況ですから、保存食にできるならしておいた方がいいでしょうね」

「いつ元の生活に戻れるか、分からないしね」

 ……なんとなく、羽ヶ崎君の仄暗い声が現実を教えてくれる。

 私達が元の場所に帰れるのは、いつになるだろうか。




 さて、お昼ご飯は茹でたジャガイモに塩掛けた奴と、できたての燻製である。

 羽ヶ崎君がじーっと燻製見てたから試食と相成りました。非常食の意味が無い!


 そうそう、それから、ジャガイモを切ってる最中に『解体』というスキルを得た。

 急に胸元が光ったのでドッグタグを引っ張り出して見てみたら、スキル欄に『解体』が増えてた。

 鈴本たち曰く、スキルになりそうな行動を繰り返していると、それがスキルとなって身に付く、あるいは、適性があって、必要な状況になると手に入るっぽい、との事。

 鈴本の『跳躍』とか社長の『マッピング』は前者、羽ヶ崎君の魔法類は後者だね。

 私は昨日から鳥捌いたりしてたから、このジャガイモでスキルとなるに至ったのだろう。

 ちなみにスキル入手後は包丁さばきが早くなりました。もともと割と自信あったけどね。




 という訳で、実食。ジャガイモはジャガイモの味でした。マジでジャガイモ。

 お味はメークインよりは男爵寄り。……メークインっぽい芋もこの世界にはあるのだろうか。

 燻製はスパイスも何も無く塩だけで作ったのでまあそれなりのお味でした。まずくは無いけどね。あー、胡椒とかが欲しい。




「じゃあまた行ってくるから。タンパク質あったら取ってくる」

「うん。よろしくね。では皆様行ってらっしゃいませー」

 またしても出かけていく皆さんに手を振りつつ見送ると、皆それぞれ片手を軽く上げたりして答えてくれる。

 ふと、手を挙げた拍子に袖に隠れていた羽ヶ崎君の腕がちらりと見えた。


 薄く赤く走る線は、多分、傷だ。


「ちょ、待っ……」

「……何?」

 反射的に呼び止めていたけれど、振りむいた羽ヶ崎君がそれとなく袖を戻して傷を隠すのを見たら、何も言えなくなってしまった。

 多分、不機嫌そうにしているのは隠すためだ。

 危険なことはしないで、なんて言えない。外に出たら危険なのは分かってる。でも、彼らは彼らと私の分の食料を取りに行くのだ。

 行かなきゃ、私たちはいずれ飢えて死ぬのだ。

「気を付けてね」

 だから、私にはこれぐらいしか言う事が出来ない。

 適当に返事をして歩いていく彼らを見送りながら、私は無力感に苛まれることになった。




 ぼーっと待っていてもひたすらに焦燥感に襲われるだけなので、昨日手つかずだった薬品庫の掃除に手を出す。不安がってたって何にもなりません。オーケイ。

 ぽふぽふ。ぽふぽふ。

 ひたすらにハタキを動かしていれば気も紛れる。その内更に、歌いながら作業をするようになった。歌ってれば益々気も紛れるしね。




 暫く歌いながらハタキを動かしていたら、急に胸元が光り出した。

 ななな何だ!?私は何かしたか!?もう『お掃除』スキルはあるぞ!?

 ……と思って見てみたら、『歌謡い』なるスキルが増えていた。

 あー、びっくりした。急に来るからね、びっくりするよね。

 しかし、『歌謡い』かぁ。……せ、説明が欲しい。

 そして、ドッグタグ二枚目の裏側に、『祈りの歌』とか書いてあった。……せ、説明が……。


 と、とりあえず歌ってみよう。何か分かるかもしれん。え、ええと、何歌おう。

 ……。『祈りの歌』、だよね?祈りの歌、祈りの歌、と頭の中で繰り返しつつ、適当に選曲して歌い始めると、

 足元に薄い金色の模様が浮かんだ。

 ひ、ひええええええ!なんぞこれええええええ!またしても謎発光!あああもう訳分からん!

 訳分からんが何か起こるかもしれないので続けて一曲歌っていると、足元の模様は濃くなったり薄くなったりしながら発光し続け、歌い終わってもまだあった。そして30分位したらやっと消えた。

 ……わ、訳分からん……。




 とかやってて、時計を見ると午後四時でした。(時計は電池式なのでそのまま動いている。電池が切れるまではそのまま動いてくれるだろう。)

 皆さん遅いね。

 ……何かあったんだろうか。

 怪我して動けなくなってるとか。もっとひどい事になってるとか。

 幾らでも想像できる。私の大事な友達が、もしかしたら、死んでしまうかもしれない。

 冗談でなく、そんな気がする。なのに私は何もできない。

 何故なら私、メイドだから!戦闘能力とか無いから!

 ハタキしか持ってないし!襲われたらマジで死ぬ。

 ……っていうのも、結局は言い訳なのかもしれない。単純に私が臆病なだけだと。

 羽ヶ崎君は腕に切り傷を作っていた。

 鈴本の鎧には凹みがあったように思う。

 社長もどこかしらか怪我してるんじゃないだろうか。

 それらは簡単に、外の危険性を私に教えてくれる。だから怖い。私は怖い。私は臆病だ。


 それでも、合理的に考えたら、私はやっぱり待っているべきなのだ。

 私が行っても、彼らを見つける前に怪我、下手すれば死ぬのが関の山。だったら、せめて彼らが帰ってきた時にすぐ対処できるようにしておくべきなんだ。

 それが多分、私の役目なんだ。メイドという職業の、役目なんだと、思う。




 ということで、私は決意した。そこに少しでも可能性があるのなら賭けるべきだと考えた。

 具体的には、新スキルの会得です!


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