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52話

 そして始まりました、第三回戦。

 ……っつっても、殆ど身内の消化試合だからね。


 最初は鈴本VS刈谷の戦闘だったんだけども……うん、中々凄かった。

『レーザーショット』と『光球』の弾幕を踊るように避けつつ、時々光球を打ち返して反撃する鈴本と、その鈴本を近寄らせない勢いで弾幕を張り続ける刈谷。

 かなり綺麗で見ごたえがあったんだけども、まあ、数分でMPが底をつきかけた刈谷に鈴本が刀を突きつけてハンズアップ、これにてあっさりと終了。

 いや、後衛の回復職と前衛攻撃特化がここまで戦えた、っていうだけで相当凄いんだけども。

 これには観客も満足せざるを得ないね。


 それとは対照的に、針生と社長の戦闘はあっさり。社長がしょっぱなから棄権して終了。

 まあ、味方溶かす毒が勿体ないし、味方の装備溶かすとかちょっと意味分からんし、そもそも味方の『毒耐性』を晒す意味も無い。これは賢明だね。

 尚、観客はほっとしていた模様。うん、あの迷勝負再びか、と身構えてた人が多かったんだね。


 次は角三君と戦士のオルグさん。……まあ、あっさり勝負が付いちゃって、特筆すべきことも無し。角三君VS鳥海みたいなのを期待してた人はがっかりだったね。まあしょうがないけども。




 そして遂に、私の出番である。

 これは……これは、どうにもこうにも、何とか負けないように気を付けつつ、幸運を祈るしかないなあ。


 そして、剣士のリジャさんと対面。

 相手は腰を低く落として剣を構えて、速攻の構えである。

 やばいやばい。できるだけ時間を稼ぎたいのだ。歌うにせよ、そうじゃないにせよ、時間は必要だ。

 と、とりあえずは『転移』で上空……いや、いっそ地上でもいいか、この際。

 相手が1人しかいないんだから、死角から突っ込まれることもそうそうないだろうし。

 まずは様子見だな、これは。

 まっすぐリジャさんが突っ込んでくるけども、うん。あれなら避けられるし、ちょっと様子見してみても大丈夫そう。

 よし、じゃあまっすぐリジャさんの後方、ステージ端に飛びましょうか。

 リジャさんの剣先が私に届くよりも数秒早く、『転移』。

 そして、リジャさんはステージ端に体を強打して、場外かつ戦闘不能に。




 はい。このままだと、ここで起きてしまった予期せぬ事故について分かりにくいと思うので、突然ですがこのコロシアムのステージのつくりについて説明しようと思います。

 このコロシアムのステージは、円形をしている。

 大体、100m直径位の岩石製。高さは2m。

 その外が『場外』なわけです。

 次に、『転移』の性質について、分かってる部分だけ解説。

 この『転移』、自分と自分以外の運んだものの『位置関係はそっくりそのまま』、『自分を基準にして』移動先に移動するというものなんです。

 因みに、その時には運動エネルギー等々を全て持ち越す模様。

 つまり、走ってるときに『転移』したら、移動先でもそのまんま走ってた時の状態っていうことです。




 そして、今回の事故はこうしておきました。

 リジャさんが走ってきたところで、うっかりリジャさんを巻き込んで、リジャさん側のステージ端に『転移』。

 私がステージ端に移動したという事は、私よりも前方にいたリジャさんは……場外の2m上空である。

 しかしそれに事は終わらず、走っていたスピードで私側に進んでしまい、かつ、重力は働くわけで……。

 リジャさん、ステージの端に体を強打するということになってしまったのである。


 これには私も一瞬何が起きたか分からなかったけど、うん。……すぐに開き直って、「え、今の想定通りですけど何か?」みたいな顔しつつ、杖を掲げて勝利を宣言して見せれば、うん、なんか、よく分からんけど歓声が沸き起こった。

 ……うん。うん、なんか……なんか、リジャさん、ごめん。




「さっきの凄かったね。こういうステージが決まった場所で、一対一とかだったら『転移』って最強なんじゃないの?」

「うん、私もそんな気がしてきた」

 正直、よく考えたら地形によっては、これ、かなり有効な攻撃手段になるのだ。

 かなりトリッキーではあるし、決して燃費がいい訳でもないけども。

「鳥海も使えばいいじゃん」

 鳥海は月森さんがコピーしてくれた『転移』のバレッタ改め腕輪を持ってる。というか、装備してる。

「いや、だって燃費滅茶苦茶悪いじゃん」

「ですよねー」

 普通に戦えるならそっちの方がいいわ、絶対。

「んー、よっぽど速攻で決める必要があるとか、なんか奇を衒う必要があるとかでもない限りは使わないかなー」

「ですよねー」

 ……うん。まあ、私は攻撃手段らしい攻撃手段がこれしかないからさ、うん。




 ということでまあ、これにて完全なる消化試合が始まったわけです。

 まず、鈴本VS針生は、針生が棄権しちゃって終了。なんでも、投げる暗器が勿体ないんだそうだ。

 まー、社長とか針生とか、消耗品で戦ってる人たちはそうなるよね。

 次に角三君VS私ですが、角三君が動いたその一瞬で私が『転移』して自ら場外キメてやりました。いえーい。

 パッと見には角三君が何かして私が吹っ飛ばされたように見えたはずだ。


 そして決勝戦も消化試合……だった、はずなのだ。

 しかし、こいつらは手を抜くという事ができなかったらしい。

 鈴本VS角三君。

 ……私は、皆さんが本気で戦ってるのを見る事はほとんどない。

 雑魚を蹴散らしていくとか、そういうのは割と見てきたけれど……これは、すごいね。

 凄く、綺麗。

 あまりにも整ったその戦いっぷりは戦っているというより、あらかじめ決められた通りに踊っているかのようですらあった。

 ……うん。観客が魅了されるのもしょうがないと思う。

 だってこれは……すごいもん。これは、しょうがない。


 決着までに30分もかかるという大勝負は、角三君の『グロリアスブレイド』が鈴本の刀を弾いて戦闘終了。

 戦闘終了の直後は、しんと静まり返った会場がまた印象的でした。

 こうしてまあ、モノの部の優勝は角三君、という事で剣闘士大会一日目は大盛況のうちに幕を閉じた。




 ……しかしだな。鳥か蝶のようにひらひら舞いながら変幻自在な剣技を繰り出す鈴本と、愚直なまでにまっすぐで鋭く、雷すらも味方につけて戦う角三君。これがまた、観客のドツボに嵌まる、強さと美しさだったらしい。

 いや、実際凄かったけどね。

 それから、角三君と歴史に残る善戦を演じた鳥海、正確無比な投擲で相手を仕留めるに至った針生あたりもだけども……。

 なんか、凄く面倒なことに……囲まれている。

 寄ってきて彼らを囲んでいるのは、純粋な憧れからやってきた少年達や戦士達、勧誘してくる兵士、戦士。そして、何よりも若くて綺麗な女の子たちである。

 あれだよ、ほら、若くて綺麗で強い男がいたら、そりゃ惹かれる、ってことだよ、多分。

 ……うん。彼らの名誉とか、そういうのはほっぽりだしておいて、言おう。

 彼らは、年齢=彼女いない歴である。多分。

 つまり、こういうのに免疫が無い。しょうがないね。

 結果、どういう事になるかというと、オール無視。

 潔いまでの、無視。

 可愛い女の子たちの誘惑も憧憬も無視。

 サインもラブレターも握手も無視。

 夜のお仕事をしてらっしゃるようなお姉さんたちも、無視。

 うーん……こいつらがもうちょっと器用だったら、ここで人望を集めておいて、奴隷解放運動にこぎつける、とかもできたのかもしれないのになあ。残念。


 そうそう、私も会場を出たら、いろんな人に声を掛けられた。

 主に魔術師だったね。やっぱり見たことも無い魔法に興味を惹かれたらしい。

 勿論、そこんところのネタバレをする訳にはいかないので、秘密です、で通した。

 ここで分かったのは、この世界の魔術師は男性が多い、って事だ。

 女性もいたけども、男女比は8:2位だったかな?

 理系って男性比率が大きいし、魔術師も似たようなものなのかもしれない。というか、戦闘職に女性が多くない、っていう事かもしれないなあ。

 とりあえずは一応そこそこ愛想よく振舞っておいた。人脈は私たちに今一番足りていない物だ。

 あって困るってことはあんまりないだろう。


 あと、更に面倒なことに、社長にも変なファンが付いた。つか、こいつらが一番面倒である。

 毒を研究している研究者とか、そういうマニアとか。

 どの世にもオタクという人種はいるのである。

 なんなんだお前ら!毒を持ち寄るな!品評会を開くな!みんなで試飲とかするな!アホ!飲んで吐くなら飲むな!そこら辺の人に勧めるな!あああああああああ!


 収拾つかなくなりそうだったので全員『子守唄』で沈めて、皆さんだけ叩き起こして逃げました。




 それからまた、2F北東エリアに『転移』して、ご飯と作戦会議です。

 あ、今日のご飯はとんかつです。ゲン担ぎですね、単純でごめんなさい。

「明日はジの部だが……まあ、今日のかんじで行けば全然問題なさそうだな」

 うーん、なんか呆気なく終わりそうだなあ。

「で、だ。……舞戸。すまんが明日は装備の補修してくれ」

「はいい?」

「色々破けたり切れたりした」

 ……。はい。今回の大会に向けて作っておいたりしたインナーとかマントとか、色々が結構派手に破損しておりました。

 あのね、君達ね、手加減無しで戦って楽しむのはいいんだけどもね。

 装備は、壊さないでくれると嬉しかったかな?

 とりあえず、ご飯の後に突貫工事で何とか、全員分の装備をこさえました。はい。

 ……でもこれ、絶対に……君達、また明日、壊して帰ってくるんだろうね?




 ケトラミさんとハントルのパラダイスで就寝、そしておはようございます。

 今日は皆さんを王都に送り届けたら、私は一人で縫い物をひたすら行う日になりそうです。

 どうせ私はジの部に出ないので、お留守番することにしました。

 お弁当持たせて見送ったら、後は『転移』で2F北東に戻って、そこでひたすら縫い物。

『調合士』で色々調べながら装備を作って(勿論、壊れる事前提で数着作りましたとも、ええ)、後は晩御飯の準備をしておく。

 今日は久々に煮込み料理にしようね。

 コトコト煮込んだのって美味しいんだけどさ、やっぱり時間がかかるから。

 保温調理器を針生と鳥海辺りに作ってもらってもいいのかなぁ。




 という事で、皆さんを迎えに行くために、例の宿屋に『転移』してから、コロシアムまでお迎えに行きます。


「こんにちは、ダリアさん。観戦はされないんですか?」

 暫くコロシアム前で待っていたら、昨日私に話しかけてきた魔術師の人に声を掛けられた。

「ええ、結果は分かっているので」

「……と、言うと?」

「異国の方々が優勝でしょう?きっと」

「ああ、昨日の彼らですね。彼らは素晴らしかったなあ」

 うん、全員身内なんだけどもね。ごめんね。

「しかし、彼らに負けず劣らず、貴女も素晴らしかった。あの見たことも無い魔法、あれはなんだったんですか?」

「昨日も言ったでしょう?内緒です」

 というか、仮にこれがスキルじゃなくて魔法だったとしても、この世界の魔法の何たるかが全然分かっていない私には説明ができないのだ。ごめん。

「それは残念だ。しかし、秘密というものは女性を美しく見せるものですね」

 あ、それは同感だ。うんうん、やっぱりモロよりはチラ、って事ですね、それは分かりますよ。

「ダリアさん、今晩、私と食事でも如何ですか?」

 あれ、なんか話が飛んだぞ?いきなり脈絡のない話だね。しかし、夕食は間に合ってます。

「もう夕食の支度をしてきてしまったので」

 折角鹿の脛煮込んだんだもん、食べたい。

「おや、これは失礼。もう家庭をお持ちでしたか?」

「そういう訳ではありません、断じて」

 あれが家庭でたまるか!

「ああ、それは良かった!では、明日ではどうです?明後日でも、いつでも構いませんが」

 え、何?私、君とご飯食べることはもう決定なの?

 ……あれか。

 何をどうしても、やっぱりあの『魔法』が気になる、と。そういうことなんだろう。

 だからご飯食べさせて、愛想よくしておいて、それでその後……篭絡して聞き出すか、武力で脅すかして聞き出そう、と。そういうことなんだな、きっとこれ。

 まずいね。うっかり『失われた恩恵』です、なんてばれたら、また攫われかねない。

 愛想笑いしつつも、どうやって逃げるか考えてたら、衝撃の後、体が浮いた。

 そして、そのままその魔術師さんは後方へ流れていく。

 というか、景色がガンガン後ろに流れていく。

「舞戸、大丈夫か?変なことされてないか?」

 はい、現在絶賛鈴本に担がれて疾走されてます。

 ええ、米俵担ぎです。体がガクガク揺れて非常に運ばれ心地が悪い!

「大丈夫なので下ろしてくれい、吐くぞ」

「吐くな、耐えろ。人気のない所に出次第、『転移』してくれ、こっちも大変なんだ」

 ……あ、もしかしてまたファンに追っかけられてる?

 まあ、しょうがないよね。異国人だもんね。イケメン補正のついた異国人だもんね。


 という事で、曲がり角を曲がってすぐに『転移』。2F北東に帰還!

「……で、皆さん、どうだったの、勝ったの?」

「ああ、針生と加鳥ペアが優勝した」

 ほう、それは意外。

「……死ぬかと思った……」

 ……げっそりしょんぼりした角三君を見て、なんとなく察した。

 加鳥君よ、君は……味方に最大出力を御見舞いしたのだね?


 そして、またしても善戦を繰り返し、またファンが増えてしまった皆さんは、あのように逃げるようにして脱出せざるを得なかった、と。

 ふむ、君達も大変だねえ。




「で、あれは誰だったの?」

 ご飯中、急に羽ヶ崎君に聞かれたけど、前後が一切ないのであれがどれか分からん。

「どれよ」

「コロシアム前でお前と話してた奴」

 あー、あの人か。

「昨日話しかけてきた魔術師さん。なんか執拗にご飯に誘われている所を君たちに攫われたんで助かったわ。どうもね」

「人さらいでは無かったか?」

「知らんけど、『子守唄』の謎解明に嫌な方向で熱心な人だったよ、多分」

 答えたら羽ヶ崎君は、あっそ、とか言ってまたご飯に戻ってしまった。

 うん、鹿の脛、美味いじゃろ?

「ま、無事だったんだからいいんじゃないですか」

「どっちかっていうとその後の米俵式運搬の方が大丈夫じゃなかった」

 今も若干気持ち悪い。あれは吐いてもおかしくなかったぞ?

「……すまん。他に運ぶ方法を思いつかなかった」

 そうかあ、鈴本君の想像力は貧困だなあ。次からは善処してくれたまえよ。


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