46話
ということで、表に出ました。
一応武装してますが、武装してもメイドです。
「いいか、俺は素手で戦うが、お前は包丁使おうが、何しようがいいからな、本気出していいぞ」
鈴本は武器をもってないどころか、いつもの着流しすら来ていない。
ほら、あの着流しって、『浪人』補正で攻撃力上がっちゃうっていう代物じゃない。だから着替えてくれたのです。私に下手に決まっちゃうと、回復する前に死にそうなのだそうな。
それが実力の差から来るものだと分かってはいてもちょっと腹立たしいぞ、この舐めプっぷりは。
はい、というわけで、どうも。剣闘士大会モノの部第一回戦はバトルロイヤル形式になる可能性が高そうだという予測の元、戦闘訓練が開始されました。
私の目標は、とりあえずこのバトルロイヤル=第一回戦を突破すること。
……無理だろ!メイドに何を要求してるの、君達は!
いや、確かに、攫われ先で脱出するときにオッサンを3人ほど伸してきましたが、それはハントルのお蔭っていうのもあるし、かなりバトル・フィールドが私向けだった、っていうのもある。
死角が多ければ不意討ちもしやすい。不意討ちできれば、ぎりぎり勝てないことも無い。
というか、勝てた。
しかし、コロシアムはコロシアムである。
観客席があるって話なんだから、こりゃ、バトル・フィールドは観客から見えやすくなってるはず。
つまり、死角とか無いってことなんですね。
この時点でかなり無理があるぞ、私の生き残り。
……まあ、最悪の場合、『転移』しまくって逃げ続ければ、生き残る事、だけは……あ、いや、待てよ、絶対にMPが切れるな。
なにせ、『転移』はびっくりする程燃費が悪いのだ。
とすると……どうしようかなあ、ホントに。
「来ないんならこっちから行くからな」
さて、早速と言うか、鈴本が殴りかかってきましたよ。
とりあえずこれは『転移』でかわす。
鈴本の背後に移動したら、こいつ、さっきまで殴りかかる体勢だったのに、いきなり体勢変えて後ろ回し蹴りしてきやがった!
「これでお前アウトな」
とおもったら、寸止めでした。び、びびった……。
という訳で、二回戦。
今度はこっちから仕掛けますよ。
スカートのスリットから包丁を二本取り出して、鈴本に向かって走る。
そして案の定一瞬で間合いを詰められるので、その瞬間一本を投げつけておいて、『転移』。
後ろに回ってもう一本の方で思いっきり突……はい、その前に鈴本が消えてました。
そして自分が投げた包丁は止まらない。
そのまま直進してきて自分に刺さるというコメディチックなことに。
「うわ、大丈夫かよ、舞戸」
「大丈夫ですか、『ヒール』」
皆さん心配して回復もしてくれてるけども、これ、実はそんなに痛くは無いのだよ。
ほら、ヘビに食べられたときにもう一生分の痛みを味わったからね。
その時に『痛感耐性』が付いてくれたので包丁が刺さるぐらいじゃ屁でもないです。ギャグマンガみたいなこともきっとできるね。
これ、他の皆さんには補正としてあらかじめ備わっているものらしい。
鈴本が前言ってた奴だね。脇腹を抉られても虚勢張って何も無いふりできる、っていう。
それを私はスキルとして手に入れた、っていう事になるのかな。
「じゃあ回復したみたいだし、もう一回いくか」
ふむ、さっきのは割といい線行ってたんだよな、あと一手増やせれば、多分当たるんじゃないかな。
……ふむ、単純な手数を増やすだけなら、できるな。
ということで三回戦。
スタートと同時に私、上空へ『転移』。はい、もうやらないと言いつつやりました。でも今度はMPもいっぱいあるし、皆さんもいるから大丈夫だね。
そして鈴本が私を見失った瞬間に、『人形操作』でメイドさん人形をいっきに20体展開!
メイドさん人形たちは自立思考。そして、こういう命令をしてある。
「鈴本にくっつけ!できるだけ可愛く!」
と。
命令通り、もふもふ鈴本にくっついて行動の邪魔をしてくれるメイドさん人形たち。
それを容赦なく振り払う鈴本。
しかしこちらにあるのは数の暴力!鈴本の視界が逸れた瞬間に地上へ『転移』して、鈴本を刺しに行く!
しかし、刃先が当たるか否かの所で、カウンター回し蹴りが寸止めでもなんでもなく、綺麗に決まり、肋骨がべきべきいく感覚があり、私、ダウン。
……駄目だ、こりゃ。
「おい、大丈夫か!?」
目を覚ますと囲まれてました。
最早これが恒例か。
「すまん、寸止めするつもりが、反射で、つい」
「いや、君は悪くないよ。実戦では寸止めなんてしてもらえないんだから」
しかしなんか、回し蹴りだけで肋骨イッちゃうとか、私が弱いんじゃないよね?これ、鈴本がおかしいんだよね?
「もうなんか、戦える気がしない」
肋骨は治してもらったけど、気力が治らない。
そもそもメイドのお仕事は戦う事じゃないのです。戦えっていうのがそもそも間違ってるのですよ。
「うーん、なんか今の見てると、割といい線行ってるけど、惜しい所で残念、っていうか……」
「そもそもの方針が間違ってるんじゃないですか、舞戸さん。舞戸さんの強みは変なスキルが沢山ある所でしょう、それをもっと生かして立ち回らないと」
確かに、今回は攻撃手段を包丁にしたわけだけど、包丁ってリーチ短いし、あんまり私みたいなのに向く武器じゃないんだよなあ。
……というか、そもそもやっぱり、戦う、っていう前提が間違ってるんだ。
うん。私はメイドだ。弱い。
それこそ、戦闘職の人と真っ向から戦ったら、100%負ける弱さを誇る、メイドだ。
だったら、メイドはやっぱり、メイドの土俵で戦った方がいいと思うんだ。
よし、じゃあ、今回の勝利条件をもう一回確認しよう。
ルールが詳しく分かる訳でもないけど、やっぱりバトルロイヤル形式、っていったら、大人数で戦い合って、最後まで生きのこった人が勝ち、なのである。
つまり、最初に考えたみたいに逃げ回ったりして、最後まで残っていればいい。
只、逃げ回るだけじゃ、これ、勝てない。
つまり、私以外の人達で戦って同士討ちしてもらう、という戦法をとるにしても、どうせ残った最後の一人と私で一騎打ちになっちゃうのである。
ならば、どうするか。
メイドにできる方法で、戦わずして勝つ方法。
ふむ。
……うん、折角だから、ちょっと新しいスキル、というか、技を試してみましょう。
つまり、あれだ。対戦相手を戦闘不能状態にしさえすれば、それは怪我でも死でもなくてもいいのだ。
「本当に大丈夫なの?僕、まだ殺人者にはなりたくないんだけど」
「おけい!さあ、さっさといこうぜ!」
これ以上の実戦を鈴本相手にやるのは危険だ、という事になり、比較的まだ物理攻撃力が低い羽ヶ崎君相手に戦ってみることになった。
……うん。彼、魔導士なのにね。それでも素手で私殺せるレベルの攻撃力はあるんだよね。おかしいよね。
という訳で、開始直後に何も言わず突っ込んできた羽ヶ崎君を『転移』で避けて、大きく距離を取る。
そして羽ヶ崎君が動く前に、思いっきり……歌います!
歌う唄は古き善きナンバー。
人はこれを、子守唄、と呼ぶ。
……ほら、『歌謡い』も『子守り』もあるじゃない、私。だったらいけるかなー、と思ったのですが、やっぱりいけました。
ぶわっ、と薄紫の波が広がったと思うと、急に羽ヶ崎君……どころか、皆さん全員を眠らせてしまった。
……ふむ。これ、いけるのではないですかね。
みなさん寝っぱなしだと色々支障をきたすので、起こしました。
皆さん寝た事にすら気づいていなかった模様。
「それ、MP効率はどうなの」
「割とよさげ」
少なくとも、人8人眠らせるぐらいなら、人形操作5体を10分ぐらい自立思考で操作した時のMP消費で済むみたいなかんじ。
まあ、つまり、『転移』とかよりよっぽどエコなんだな、これが。
「じゃあ、舞戸はこれで何とか第一回戦を勝ち抜け。僕たちは耳栓しておくから、同じグループで第一回戦になるメンバーがいれば、その時点で適当に戦って負ければいい」
「第一回戦で皆さんの誰とも一緒にならなかったら?」
「第二回戦でどうせかち合うだろう。俺達だって弱くは無い。第一回戦ぐらいは勝ち抜くつもりだ。そこでお前はリタイアすればいい」
ほうほう、そうかね。
「あとは……それ、使うまでのタイムラグをどうするか、だな」
うん。それね。それなんだけどね。
「上空に『転移』して時間を稼ぐかな、と」
そう言った瞬間、物理勢が一斉に何か暗算し始めた。
「舞戸さん、300m上空に移動したとして、落下するまで10秒ないですけど……大丈夫ですかね?」
計算が一番速かったのは刈谷でした。
「あちゃあ」
しかし10秒かあ。それじゃあ、ちょいと歌うのに無理があるね。
うーん、じゃあ、落下速度を落とすとか、そういう事が出来ないか『刺繍』とか『染色』を試してみればいいね。
空色の百合の『飛翔』の効果を最大限に引き出せばぎりぎりなんとか落下速度を和らげて、上手い事いくかもしれない。
そろそろ夕方になってきたので、夕ご飯の支度をしますよ。
そして皆さんはと言うと、そこら辺に飛んでる、でかい斑模様の鳥を狩りに行きました。
いや、今日のご飯はから揚げにするから、食べる分の鳥狩っておいで、って言ったら、皆で狩りに出てしまいました。
なんてこったい。まさか全員で行くとは思わなかった。
しょうがないので生姜と大蒜おろして肉に揉みこむたれの用意したり、野菜のスープ作っておいたり、と準備をしておいて、皆さんが帰ってくるのを待つことに。
待ってる間にさっき考えてた『滞空時間を向上させる何か』の研究に入る。
空色の百合は1Fに生えてる植物なのでここにはないけども、一応ストックはあるので、それを使って模索してみようかね。
まず、最初にやってみるのは空色の百合で染めた布に空色の百合の糸で刺繍する、というもの。
やってみたら、『飛空』というスキルが付いてしまった。
……早速当たりなのかしら?
早速使ってみると、なんか、浮こうと思えば体が宙に浮く。ただし、地面から1cmまで。
悲しい。
しかしこれ、布の面積を増やせば行けるのではなかろうか。あるいは、私が軽くなるか。
……あ、ちょいまち。ちょいまち。これ……すばらしい使い方を考えてしまった。
軽いものに使えば、割といけるんじゃなかろうか?
ということで作ってみました、お人形サイズのエプロンドレス。
空色の布に空色の刺繍の、たっぷり布を使ったスカートが軽やかな印象のエプロンドレスを、早速メイドさん人形に着せてみる。すると、浮いた。
浮いた。浮いちゃった。
「ちょっとドア開けてきて」
自立思考にして、命令してみると、ふよふよ飛んで行って、ドアを開けて帰ってきた。
うん。これで『人形操作』の幅も広がるね。
ただし、これ、他のメイドさん人形たちが羨ましがるので、人数分作る羽目になりそうなんだけど……うん。いいや、明日あたりにまた1Fに行って、空色の百合取って来よう。
そして皆さんが帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ご主人様ーず」
「だからそれやめろ、気持ち悪い」
このやり取りも久しぶりだね。
「鳥、取ってきたから。これ頼むわ」
そう言って皆さんが実験室の机の上に積み上げていく鳥の数、16羽。
……君達、どれだけ食べるつもりなの?




