41話
と、とりあえず状況の確認だ。ここはどうも牢屋みたいな場所らしい。
石の壁に石の床。一応むしろみたいなのの上に寝かされてたみたいだけど。
壁の一方はレンガ造り、向かい合うもう一面は鉄格子。両隣は木の板でできている。うーむ、知らない部屋だ。やっぱりこれは攫われたっぽいね。
いやはや、何が『攫われないように気を付けよう』だよっ!言ってる側から見事に攫われてるじゃん!私の有言不実行め!アホ!馬鹿! ろくでなし!
ああああ、多分、夕食に出たスパイシーな煮込み料理になんか混ざってたんだろうなあ。
道理でなんかスパイシーな訳だよ、何か入ってても分かりにくいもんね、スパイシーだと。
入ってたのは多分、『毒耐性』に引っかからないような何かだ。……意外と万能じゃないな、『毒耐性』。
という事は、同じもの食べてた皆さんの方もなんかなっちゃってる可能性がある訳で。
さっさと脱出せねば。
さて、私の方の状況はと言うと、外傷は特に無し。頭が少し痛い程度。手には手錠が掛かっているけど、割とゆったり手錠だ。足に拘束具は無し。首輪を『鑑定』してみたけど、外そうとすると爆発するとかいうことも無さげ。よし。とりあえず『転移』のバレッタがあるかを確認。……無い。
詰んだ!
……っていうか、スカートの中に隠しておいたハタキと包丁も無い。メイドさん人形も無い!
あああ、よく見たら守備力上昇効果付きのスカーフ留めも無くなってる!
首輪は鍵が無くて外せなかったらしく、その都合で、首輪の下になってたっぽい『魔声』のチョーカーもそのままだ。
そのせいで新たにつけられた首輪はゆるっゆるサイズである。まあ外れるほどでもないのが悲しい所だけど。
あと、一番不安なのは……。
「ハントルー……居る?」
妙に、肩がすーすーするのです。そう。ここに居たはずのハントルが居ない!もしや、ハントルも没収されてしまったのか!?
『ん、僕はここなのー。おはよー』
……と思ったら、なんか胸の第二ボタンと第三ボタンの間らへんから顔を出した。
何故そんなところに。
『あのねー、腕にくっついてたらいろんな人がそこ触るから潰れちゃいそうで、こっちに逃げてた』
ああ、機転の利く子で良かった!私は仰向けに寝かされていたので、確かに胸に居れば潰されたりしない。よしよし、えらいぞ。
『ここ、ふかふかもちもちするから、僕これからもここがいい!』
「それは駄目」
『えー』
「可愛く言っても駄目」
ハントルにはまた肩のパフスリーブに戻って頂いて、何とかここから脱出する方法を考えましょう。
……現在、まともに私が使えるスキルって、『火魔法』『鑑定』『歌謡い』位かなあ……?うん、でもまあ、これだけあれば何とでもなるね。
うん。まずは安否確認だ。ちょろんと歌って『祈りの歌』と『願いの歌』を発動させると、すぐにぽん、と空色の模様が足元に浮かんだ。ふむ、少なくとも羽ヶ崎君は無事だね。
よしよし。さて、実はこの安否確認も重要なのです。
ほら、羽ヶ崎君の『歌謡い』は『水鏡の歌』でしょ?炎ダメージ軽減、ってなもんでしょ?
……で、私、『火魔法』使えるでしょ?で、で……ここの壁、前は鉄格子、後はレンガ壁だけど……横は、木でしょ?
はい、放火。コンロの強火を根気強く当て続けると、なんとか木の壁が燃え出した。程よく湿っぽい木の板だったらしく、よく煙が出る。うわ、近いから結構熱いね、『水鏡の歌』様様だね。
あとはでかい声を出すだけである。
「火事です!火事です!火が出てます!助けてー!」
ひったすらにもう騒ぎまくってたら、ドタドタと足音が聞こえた。よーし、いいぞいいぞ。
そしてその人たちは鉄格子の前まで来ると、火に怯える(ふりをしている)私と火を見て、慌てて牢屋のカギを開けた。よっしゃよっしゃ。
「助けて!助けて下さい!首輪が壁に繋がってるんです!」
パニくる振りをしつつ、暴れて首輪の鎖を鳴らしてみせれば、その人たち大慌てである。
「くそ!なんで火が!折角の奴隷が死んじまったら元も子もねえ!」
「首輪の鍵、首輪の鍵……」
「おい、早くしろよ!ああもう!お前も大人しくしてろ!死にたくなかったらな!」
何やらごそごそやってた人がなんとか鍵を見つけたらしく、私の首輪を外してくれた。
「おら、出るぞ!」
そして牢屋の外に引っ張り出してくれる。うん。ありがとう。この時を待っていたのさ!
「ハントル、今です!」
『しゃどうえっじー!』
見事に制御された『シャドウエッジ』は、違うことなくその人たちの胸に突き刺さった。
そしてあっさり倒れる人2人。
……『シャドウエッジ』とは、闇魔法の一つで、闇の刃を飛ばして攻撃するスキルである。何故か、ハントルが使えるので、同じく『シャドウエッジ』を使える針生に効果や特性を聞いてみた所、どうもこれ、ダメージよりも、当たった相手をスタンさせる効果の方が重宝する、との事。
ハントルの『しゃどうえっじ』は、針生のよりも小さい刃物が3つ出てくるだけだけど、効果は抜群。
きっちりオッサン二人をスタンさせてくれています。
その隙に丁度、牢屋の向かいにあるドアの中へ入ると、そこは掃除用具置き場だった。
超ラッキー!早速隅っこの方にハタキを見つけると、それで手錠を『お掃除』する。
ハタキはエプロンのポケットに突っこんでおいて、ドアの外へ出て、スタンしたオッサン二人の処理に取り掛かろう。
オッサンその1がベルトにナイフを挟んでいたので、ありがたく使わせていただく。
オッサンのシャツを切ってロープにして、猿轡を噛ませ、手足を縛る。オッサンその2も同様に。
それからオッサンたちの装備を剥いでいく。
……あ、服を剥いでいる訳では無く(切ったけど)武器とか装飾品をだね、ちょっとね。
ということで、オッサン2人が所持していた指輪3つとピアス一組、ポケットに入っていた銀貨5枚と銅貨8枚、ナイフ2本に大ぶりな短剣1本を収穫。
ナイフ2本は包丁が収まっていたところに収めて、短剣は抜いたまま持っていることにした。
……あ、オッサンたちのスタンが解けた模様。しかし、しっかり縛ってあるので動けはしないけど。
ん?なんかもがもが言ってる?
……ああ、そっか。火がまだだったね。よしよし、このままここに放置して行く以上、火が付きっぱなしだと可哀相だね。よし、『お掃除』で消火できるかな?
できました。できちゃいました。もう『お掃除』の範疇じゃない。いや、ある意味事後処理的な意味では『お掃除』だけども。
……さて、このままここに居てもしょうがないので、ここから出ましょう。
とりあえず私が居た階には空っぽの牢屋が二つと、さっきの掃除用具入れしかなかったので、慎重に階段を上っていく。
誰かいたらすぐにハントルに『しゃどうえっじ』してくれるように言って、階段を上りきった先の廊下へ少し顔を出す。……よし、誰もいない。
廊下の先にはドアが見える。あれは多分光の漏れ具合からして、外へ続くドアだろう。
どっちかっつーと、外に出て逃げるよりかは、多分まだ室内のどこかにあると信じたい私の装備を奪還して、『転移』した方が早い。
ということで、廊下にある残り二つのドアの内、手前の方を開ける。
慎重にドアをほんの少しだけ開けつつ、右肩だけドアの向こうに出るようにする。つまり、ハントルには部屋の中が見えるように、ということで。
『しゃどうえっじー!』
「うおっ!?誰かいやがるのか!?」
『あうう、ごめん舞戸ー、外したー』
……誰かいたらしい。不意討ちできたのに、外しちゃったせいで圧倒的不利に。
しかしハントルは悪くない。ごめん、ハントル。
「そこに誰かいるんだな?……動くなよ」
やばい。やばいやばいやばい。
なんか人が近づいてくる気配!そして鍔鳴りの音がする。やばい、刃物抜かれた。
こっちも意を決して短剣を構える。……いや、短剣の構え方なんて知らないんだけどね。
そして、ドアのすぐそばまでその気配が来た事を確認して、とりあえず勢いよくドアを蹴って閉めてみた。
鈍い音がした。ナイスヒット。
「いってえ!おいこの野郎!何しやがる!」
そして勢いよくドアが開けられたので、そのままドアに隠れて壁際まで移動。
「……あれ?どこ行きやがった?」
そして、そのオッサンがきょろきょろしている所に、ドアのかげからひょっこり顔を出す。
ほんの一瞬びびって止まったオッサンめがけて、この至近距離だ、外すはずもない。
『しゃどうえっじーっ!……あ、やった、当たった!今度は当たったよ!舞戸ー、褒めて、褒めて!』
「よしよしハントル、偉いぞー」
ハントルを親指の腹で撫でつつ、スタンしたらしいオッサンがちゃんとスタンしていることを確認。
ということでそのオッサンもさっきのオッサンと同様に拘束。
このオッサンからは金貨1枚と銀貨2枚と銅貨5枚が収穫できました。
いやー、結構緊張しましたなー。
オッサンは部屋の隅っこに転がしておいて、早速部屋を物色。
うーん、大したものは無いなあ。
此処では金貨が2枚出てきただけでした。
私の装備、いずこ?
私の装備があることを祈りつつ、さっきと同様に隣のドアも開ける。
……お、今度は誰もいなかったか。よし、部屋に入る。
部屋の中は普通の部屋だった。うん、結構普通。ダリアさんが紹介してくれた例の宿屋並に普通のお部屋でした。
只、机の上に目立つ箱が二つ置いてある。一つは大きめ、もう一つはジュエリーボックスみたいな奴だ。
お、これは期待できそうです!
箱の中身を見ると、案の定というか、奪われていた私の装備が一式入っていた。よし、欠けているものは無い。ハタキまでご丁寧に包丁と一緒にしておいてくれて助かったよ。捨てられてるんじゃないかと一番ひやひやしたからね、これ。いやー、やっぱり最初のハタキは愛着あるのよね。
取り返した装備は早速ここで装備していく。ええと、包丁入れる所にナイフ入れちゃってるんだけど……いいや、オッサン達から収穫したナイフはエプロンの腰紐に差しておく。
それから、ジュエリーボックスみたいなのに入っていた宝石類を『鑑定』。もしよさげなのがあったら貰って行ってしまえ、という事である。
え?泥棒ですって?何を言う、私、泥棒されたのです。ただ攫われて私だけ逃げたって、相手は痛くもなんともない。プラスがゼロになっただけ。それはつまり万引きしたのが見つかったからお金払いました、っていう事です。
つまり、犯罪にはなんかしかのペナルティがあって然るべきで、さもないと犯罪はやったもん勝ちになってしまう訳でありまして、そして丁度この無法地帯世界におきまして、私が丁度よく私的制裁を加えられる状況にあり、これは社会的に考えても是非私を窃盗した人たちにペナルティを与えるべきであり……。
まあ、早い話がむしゃくしゃしてやった、反省はしていない、っていうことです、はい。
攫いやがって、この野郎許すまじ、無くなったもの確認して精々吠え面かいてな!っていうことですね、はい。
ということで、『鑑定』。そしたら、まあ見事に収穫がありました。
1つは、内部で光が走る、変な石を使ったブローチ。『雷鳴』という効果が付いている。
2つ目は、いぶし銀の繊細かつシンプルな細工の腕輪。『隠形』という効果が付いている。うーん、これは分かりやすい。
3つ目は、手のひらサイズの宝石で、『鑑定』したら『放送室』って出てきた。
えっ?
……えっ?
……しかし、ここで展開して確かめるわけにもいかないんだよなあ……。
ま、まあいいや、結果オーライ。よく分からんけど、これは無くさないように厳重に布にくるんでポケットへ。ブローチと腕輪は……無くすといけないから服に隠れるように付けた。
そんでもって、ここで『転移』しちゃってもいいんだけども、ここがどこなのか分かってないのも嫌なので、ちょろっとドアを開けて外を覗く。
……うーん、人通りのない薄暗い路地、っていうぐらいしか分からないなあ。
まあいいや、あんまり長居は無用。さっさと皆さんを探さねば。はい、『転移』。
とりあえず、最後に皆さんと一緒にいた宿屋あたりから探し始めようかね。




