36話
ということで、海上都市に向かって行進中。私はケトラミさんに乗りつつ、首のあたりに埋もれて目立たないように伏せてます。
尚、ケトラミさんの首輪については、リボンで十分じゃないかなあ、という事になったので特に付け替えたりしてない。
……軽トラサイズの狼が首にリボン付けてると、なんか……変な迫力があるんだよね。
ついでに、鏡を使って『変装』しておいた。とりあえずどういう恰好がこの世界の人っぽいのか分からないので、またパツキンブルーアイズホワイト人間・ローズマリーさんに成りすましておく。
……これでこの世界の人達黒髪黒目がデフォルトとかだったら詰むな。
まあ、『アライブ・グリモワール』曰く、『姿を変えて異世界人だとばれないようにするべし』ってことだから、即ち、『姿を変えれば異世界人だとばれない』若しくは、『姿を変えないと異世界人だとばれる』だと思うんだよね。
という事はどういう事かっつーと、多分、私達日本人にデフォルトな黒髪黒目は如何にも異世界人でござい、って感じの格好だと推測できるわけですよ。
ならばブルーアイズホワイト人間は割と異世界人っぽいんじゃないかなー、と。いうことです。
という事で、町に着きました。
町の入口付近には兵士っぽい人がいて、一応人の出入りを見張っているようです。
あ、私の扱いは召使いなんで、町の方から私たちが目視できるようになる距離の手前でケトラミさんを降りて、後からしずしずついて歩いてます。
……私の余りの遅さに皆さんがびっくりしてたけど、私は皆さんの歩く速さにびっくりしたよ……。どっちかっつーと私目線が正しいんだぜ?
「そこの狼を連れた一団!止まれ!」
そして当然のように、門の所で止められた。
お、おう。やっぱりケトラミさんは目立つなあ。とりあえず一旦ここで停止だ。
なんとなーく、皆さんが出てくるよりは潰しが効く私が出た方がいいな、と思い、後の方にいたけども、前に出る。
「……む、その髪、瞳……もしや異国の?」
さて、入り口で兵士になんか言っておりますが、ここがターニングポイント。
ここで舐められたら一巻の終わりの可能性がある訳です。
どういう風に私たちの身分が決定するのか分からんけども、少なくとも、舐められてていい事なんてないはず。
ならばここは私の出番でしょう!
ほら、例え失敗したとしてもそしたらそしたで私だけ恥かけば済むしね……。最悪、一旦出直して、パツキンブルーアイズから別の見た目に変えてもう一回来る、とかもできるしね、うん。
取り返しのつかない事を他の誰かがやらかすよりはマシだよね、うん……。
「こちらの方々は異国のとある有力貴族のご子息様方にあらせられます」
皆さんを待機させておいて、私だけが進み出て毅然とした態度でだな、嘘をつく。
はい、真っ赤な嘘です。なんだよ有力貴族のご子息様方って。自分で言ったけども突っ込みどころだらけだよ。
ああ、なんか私の後ろで皆さんが微妙な顔してる気がする。
「む、や、やはりそうであったか。珍しい色の髪と瞳の方々であると思ってな。いや、まさか貴族様とは思わず。大変失礼した」
あ、やっぱり黒髪黒目って珍しいのかー。へー。
そしてあっさり嘘を信じて姿勢を正す兵士さん。好感が持てますね、この純朴具合と礼儀正しさに。そしてこの騙されやすさに。
「して、その、そちらの狼は……?」
ああ、うん、気になるよね、それ。
「貴族様方の眷属となった者です。人に害は成しません」
ね?というかんじに振り向くと、ケトラミさんは澄ました顔で尻尾をふるふる、と左右にゆったり振って見せる。
「そ、そうか。ならいい。……して、こちらの方々はどのような理由でこの町に?」
よし、第一関門は突破したな。
……けど、さて。理由、とな。……んー、この世界の人といきなり接触するのにファーストコンタクトが王城だとやばい気がした、ってだけなんだけどね。
「訳合って旅をなさっておられる最中なのです」
まあいいや、一応これは嘘じゃないぞ。
「訳、というと?」
あやや、しかし、妙に不審がられる……でもないな。見た所、この兵士の個人的な好奇心だろう。
ふむ。よし。ならばちょっと、その好奇心をくすぐってみようじゃないの。
少し離れて待機している皆さんの方を軽く窺うようなそぶりをしてから、すす、っと兵士さんに近づいて、ちょっと手招きして寄ってきてもらい、耳打ちする。
「どうも、探しているものがおありのようなのです。私も詳しくは……」
如何にも、ちょっと大事な情報を漏らしました、みたいに言ってやれば、兵士さんは食いついてきた。
「ほう、探し物、とな?」
「はい。この町に最近、変わったことはありませんでしたか?」
「ふむ、変わったこと、か。……そうだな、最近は10日後に王城で行われる建国祭の話題で持ち切りでな。各地から人が集まっている。それを当て込んで商人の類も多く来ているな」
ほー。お祭りがあるのかー。しかも10日後。
ふむ、行ってみてもいいかもね。どうせこの町から王城まで、私の足でこそ歩いて2日位かかりそうだけども、ケトラミさんなら一時間かかるか怪しいぐらいだし。
「それでは、この町は今賑わっているのですね?」
「そうだな。ああ、勿論、城下の方が賑わっているのであろうが、到底城下の宿だけで人が収まりきる訳も無い。城下の高い宿代を払えないような者や、出遅れて宿が取れなかった物は皆この町に来ているからな。……ああ、それから、ここだけの話だが」
兵士さんがちょいちょい、と手招きして見せたので寄ると、こそこそと耳打ちされた。
「王城の入場審査はこの町より余程厳しい。だから、王城に入れないような……後ろ暗い商人たちも、今この町に居る。探し物が何か分からんが、もしかしたら何か見つかるかもな」
……ほうほうほう。
成程、後ろ暗い商人、とな?
……つまり、奴隷商人とか、ね?
やばい、早速ビンゴな予感。
「しかし、気を付けるのだぞ?そういう商人が集まる場所は治安が悪い。……そちらは、異国の貴族様方に買われてるのだろう?」
え?あ、やべ、ぼーっとしてた。
「ああ、いやいい。言わなくても分かる。見た所、あの貴族様方にそんなに酷い事はされていないのだろう?身なりはいいし、怪我も無い。ならば逃げる必要もないだろう。……アンタは中々別嬪だ。攫われないように気を付けるのだな」
や、やっぱり攫われたりするのかー。
「はい、ご忠告ありがとうございます」
「うむ。では、改めて。水の都『デイチェモール』へようこそ。旅の方よ、歓迎いたします」
兵士さんの許可も出たので皆さんへ報告して、町……『デイチェモ―ル』へ入ることになった。
「ああ、緊張した……」
あれだね、馴れない事するもんじゃないね。
「そう?『地獄耳』で聞いてたかんじ全然そんなかんじじゃなかったけど。……ていうか、よくあんなにポンポンと、まあ。いやー、まい……じゃない、マリーさん怖いっすわー」
……人が折角緊張していたのに、鳥海はそういう事を言う。
怖いっすわーじゃないよ。怖いのは君らの歩く速さだよ。
今現在コンパスの差とかそういう話じゃなくて追いつけてないよ!待てよこの野郎!
「……鳥海以外聞こえてなかったんだけど……舞戸、何言ったの?」
角三君はそのイノセントな目であっさりさらっと間違えた。
ここは打ち合わせしてあっただろ!おい!
「マリーです、ご主人様。お間違えの無いよう」
「え、あ、ああ、そっか、ごめん」
一応設定の擦り合わせは大事だろうという事で、皆さんに歩く速度を落としてもらって、歩きながら簡単に説明したら何とも言えない顔をされた。
「僕たちいつから貴族になったっけ?」
「うーん、でも、しょうがないのかなぁ、奴隷制度があるみたいだし」
羽ヶ崎君にはなんとなく不評っぽいけど、しょうがないよね。加鳥の言う通り、奴隷制度がある以上、身分詐称でもなんでもしてでも身の安全を確保しに行かねばならんからね。
「こういう言い方をするべきじゃないかもしれませんが、初めての町ですから。多少楽しむ位の気でいきましょう。何が手掛かりかも分からない状態ですから、あまり気を張る意味がありません」
社長の言葉になんとなく、針生とか鳥海辺りが目を輝かせた……気がする。
「そうだな。俺達全員、貴族なんだろ?のんびり物見遊山と洒落込んでもいいよな」
鈴本は流石というか、口元に笑みすら浮かべている余裕っぷりである。
うん、貴族っぽい。
町は流石に町だった。
人が多い。
しかも、その人たち、すっごくカラフルなのである。
髪が金銀は当たり前、オレンジ、ピンク、紫、青……酷いのになってくると、夕焼け色のグラデーションとかいた。流石異世界クオリティ。
そして、その人たちの目的は、大通りの両脇に出ている露店である。
「安いよ安いよー!そこの綺麗なお姉さん!似合いそうなアクセサリーがあるよ!」
「シトル飴、シトル飴はいらんかねー」
「全商品均一銅貨1枚だ!買ってけ買ってけ!」
……こんな有様なので、なんつーか、非常に……騒がしい。
しかし、市場調査もメイドの仕事。貴族(笑)のご主人様方なんかに金勘定なんかさせてたらメイドの名が廃るね!
ということで、ざっと値札を見て、呼び込みの声を聞き分けて、『アライブ・グリモワール』さんの言ってた物価相場と照らし合わせていく。
ふむ、普段着は銅貨3枚~25枚位。アクセサリーは安物なら銅貨5枚から。そこそこになると金貨1枚はザラ、ってかんじかな。『アライブ・グリモワール』の言ってた値段と大体同じかな?アクセサリーのまともなのは白金貨からだ、とか言ってたからちょっと『アライブ・グリモワール』さんの金銭感覚は高級志向なのかもしれない。
食料品は……シトル飴、っていうのは果物を煮詰めて作ったジャムみたいな奴で、小さい容器に入ってる。鉄貨1枚みたいだな。子供が買って食べてるのを見る限り、これは駄菓子とかの扱いっぽい。
あと、琥珀鹿のトマト煮込みシチューなるものがお椀一杯銅貨1枚。バゲット一本は鉄貨15枚。
そして、なんと、砂糖は大体2kg位で銀貨3枚。
うーん、シチューだのパンだのに比べて、圧倒的に砂糖が高いなあ。
しかしこれ、砂糖は貴重品、的な値上がりの仕方だけではないっぽいよね。
『アライブ・グリモワール』さんは、地域差こそあれども大体1kg銅貨5枚だっつってたから、お値段3倍だよなあ。……うーん、サトウキビが不作だったりするんかな?
そして更に見ていくと、中流階級層狙いのお店が増えてきた。
石鹸が一つ銀貨1枚とか、よそ行きっぽい服が金貨1枚とか。
なんか、ケタが変わったね。
そしてワインが瓶一本で銀貨1枚~30枚。うわ、ピンキリだな。それでも、ここに並んでるのは『最高級』ではないらしいから、まあ、うん……。すごいよね、なんか。
あと、香油、っていうのがすごかった。小瓶一本で金貨5枚。
質素に生活する人家族一か月分の生活費用の半分である。
……香油、って、何に使うんだろう……?ファンタジー世界の物品にはよく分からんものがおおいね。うん。
……うん。なんとなーく、相場が分かってきたぞ。
やっぱりというか、全体的に『アライブ・グリモワール』は高級志向のようで、服飾関係とか嗜好品とかについては『アライブ・グリモワール』の言ってた額よりも実際はちょっと低かった。
ただし、食料品とか、生活雑貨とか、そういうものに関しては、殆どどんぴしゃ。
砂糖だけが例外的に高かったのは、多分色々と何か事情があるんだろう。
割と頼りになるなあ、あの本。




