20話
接近してくるあいつらは敵か味方か、そもそも穏便に話し合う余地はあるのか、話し合った結果、割と生活レベルの高いこっちに寄生しようとかしないだろうか、等、色々と頭に疑念が渦巻きまくっておりますが、いざとなったら私はケトラミさんに運ばれて逃がされるのであんまりできる事が無いのでした。
そしてじりじり待った結果。
「もしかして、鈴本君じゃない!?」
接近してきた人たちの中の女子の一人が、突如声を上げた。
「……ええと」
しかし一方、鈴本の方は名前を憶えていないようであった。
こいつのこういう所に妙に親近感が沸くなあ。
「ほら!私だよ、峯原愛!」
しかし一方で、その女子……峯原さんというらしいが、峯原さんは自分がフードをかぶっていたから分からなかったのだと好意的解釈をしてくれたらしく、フードを取って名乗ってくれた。うむ、中々の美少女。
お蔭で鈴本も何とか朧げながら思い出してきたらしい。
「ああ、峯原さんか。久しぶり」
鈴本が営業スマイルしながら様子を窺っている。
非常に友好的に見えるが、その手はいつでも剣を抜ける位置にある。
「ホントに久しぶり!元気だった?」
ぱたぱたと駆け寄ってくる姿も愛らしい峯原さんは鈴本の手をとって上下にぶんぶん振っている。
「ま、ぼちぼちかな。そっちは……あんまり元気そうじゃない人が多いな」
なんか、峯原さん以下数名は少しやつれてる位なんだけど、その他の人は結構、ヤバい感じだぞ。顔色悪いし、表情が無いし。
「うん……食べる物も安全な場所も無くて、しかもずっと戦いっぱなしだったの」
ほー。ご飯の提供とかなら考えんでもないよ。まだ猪肉はいっぱいあるからね。
……ん?なんか羽ヶ崎君が鈴本の背中を小突いた。なんだろ、あれ。
「それは大変だったな」
鈴本はさりげなく手を振り払って、一歩距離を取った。
そして、それに峯原さんが反応する前に、峯原さんの周囲を土と氷の壁が囲んだ。
「きゃっ!何っ!?」
「ケトラミさん!逃げてください!後ろの人たち、変です!『意識がない』のに動いてます!」
……えっ?何それ?
きっちり命令を聞いたケトラミは私を乗っけて走り去ったため、私はその後の展開を良く知らない。
ただ言えることは、朝になって元の場所に帰ってきたら、実験室の食料や衣類を漁る峯原さん他数名の女子と、表情が消えてる鈴本と、傷だらけになってぶっ倒れてる残りの皆さんがいた、っていう事だけである。
解説、ぷりーず……。
な、何が起こってるのか分からねーが、とりあえずは情報を得ねばなるまい。
ま、まずは聞き耳を立てるぞ。……っつっても、この距離で聞き耳立てられる訳ないのです。
正面から入っていったら皆さんの二の舞だぞ。
っつーか、割と強くても皆さん負けたのだ。
これ、私が突っ込んでったら割とあっさり死ねるんじゃないだろうか。
……というのはいいとして、なんとかして情報が欲しい。
ケトラミさんに見てもらって教えてもらう、ってのもあるけど、それだと細かい情報が全然分からないんだよね。
ええっと……ええっと……。
うーん、ケトラミさんの視覚聴覚を借りられたらいいのになー。
延々と困ってたらケトラミが私を地面に下ろして、鼻面を私に向かって突き出してくる。
訂正。私の顔面に向かって突き出してくる。つか、何度か鼻で顔面つつかれた。
「な、なんなのケトラミさん」
益々困ってたら、『俺と額を合わせろ』みたいな顔をするので、おでここつんする。
と。
「う、わ」
急激に自分の中から何かが流出する感覚があり……そして、その代わりに、それはそれは凄まじい量の情報……視覚情報だったり、聴覚情報だったり、感触だったり、もう、それはそれは色んなものが、一気に私の中に入り込んできた。
余りに膨大な情報量に、思考が働かなくなる。
『おい、いいか?今お前は俺と感覚を共有している』
頭の中に突如響いた声は、低くて良く通る男性の声だった。
知らない声で頭の中に直接話しかけられるという未知の感覚に更に混乱していると、おでこが離された。
「……ね、今の、ケトラミなの?」
『理解がおせえよ』みたいな顔された。
「ケトラミ、なの」
『ぐずぐずすんな、もっかい行くぞ』みたいな顔……じゃない、声が聞こえた。
「シャシャシャシャベッタ!」
喋った!喋った!こいつ喋った!
夢か?これは夢か?いや、でもここは異世界。
ならば狼が喋る位がなんだ、とも思うけど、けどでもさあ!
『今ので巧い事お前と俺の間にパスが繋がったんだろ。いいか?もう一回行くぞ?そしたら、俺の耳を使え。感覚を共有してるんだから、探せば俺の耳から入ってきた情報がお前にも分かるはずだから』
「え、ちょ、ま」
パスって何、とか、お前何者なの、とか、色々頭の中はごちゃごちゃだけども、それらをさくっと無視して問答無用でまたしてもおでここつん。
そしてこんにちは膨大な情報量。
そしてさようなら意識……には、なんとかならなくて済んだ。なんとか持ちこたえた。
働かない思考を何とか動かして、それにプラス意地でなんとか、『音』を探す。
私の耳から聞こえる音と、私やケトラミの心臓の音、その向こうに、もっと遠くの方に、もっとはっきりした音が聞こえる。
そっちに意識を無理矢理持って行って、何とかそこにピントを合わせるように、集中すると、人間の声が聞こえる。
……よし、峯原さんの声だ。
「ねーこのワンピースどしたんだろー、可愛くなーい?」
「あー愛ちゃん似合うー!」
「貰っちゃっていいよねー?」
「いいでしょー、どうせこの人たちも愛ちゃんの物なんだしー、大体男がワンピース着ないってー」
それ以上集中が持たなくて、離脱する。
ケトラミとおでこを離して、やっと『戻ってきた』。
MPがごっそり持っていかれたみたいだ。やばい、頭くらくらする。
こんな敵に本拠地占領された状態でMP切れとか笑えん。
MP回復するハーブ類も手持ちに無いし。
……いいや、ちょっと頭痛が収まるまで……MPが少し回復するまで、推理と洒落込もうじゃないの。
まず、あの人たち、気になることを言ってたね。『この人たちも愛ちゃんの物なんだし』とのことであるが、そりゃ、如何に。
……うーんと、普通に考えれば、峯原さんが何らかのスキル持ちなのだ。
そのスキルで、情報室にいた人たちの大半と、鈴本になんかした。
なんか……うーん、ああ、そうだ。
峯原さんは最初に鈴本の手を握ってる。
身体的接触はあったわけだ。よし、一応これが理由じゃないかもしれないけど、一応警戒、と。
他の人は多分、戦って気絶……ってかんじでもないんだよね。
一方的にやられた、っていう方がまだ納得できるぞ。
……ああ、そうだ。社長が言ってた。『意識が無いのに動いてる』。あれ、どういう事だろう。
きっと、社長は『鑑定』したんだ。
その結果、あの無表情ーずには意識が無い、って事が分かった。
意識が無い、ってだけで、死んでる、とは言わなかったんだから、峯原さんは『ネクロマンサー』とかよりは、『調教師』とか『奴隷商人』とか『洗脳士』とか……そんな感じじゃないかなあ。いや、希望的観測だけども。
……よし、なんとかMPも回復してきた。
もう一回いけそう。ケトラミとまたおでここつんする。
はいこんにちは、膨大な以下略。
っつっても、さっきよりはこれも馴れた。さっきよりは早くケトラミの聴覚情報を傍受することに成功。
「ねー、これ美味しーい!甘―い!なんだろー、これー」
多分それ、ジャムか水飴じゃないの?
「ちょっとー、危ないじゃん、勝手に食べちゃー」
あーくっそ、水飴とかに猛毒混ぜときゃよかった!
「そうだよー、毒見させないと!はい、鈴本君、あーん」
「あはは、可愛い~!」
「毒は無いみたいだねー」
おい止めろ、私のご主人様に毒見させてんじゃねえぞこのアマ。
……と、ここら辺でまたMP尽きて離脱。
頭痛がさっきより酷い。
頭ぐわんぐわんする。
気持ち悪い……吐こうにも胃に何も入ってないからなあ……。
しかし、やっばいな。すっごく体調悪いわ、大ピンチだわなのに、それ以上に怒りが収まらん。
そこの所はケトラミも同じらしく、恐ろしい形相をしてなさった。元々強面なので余計怖い。
さて、ちょっとMP回復するまでにドッグタグの確認だ。
やっぱりというか、スキルが増えてる。『共有』だそうだ。
あれか。さっきのケトラミさんのあれは私のスキルなのか。
きっと感覚とかが共有できるっていうそのまんまなスキルなんだろう。
ここぞという時に丁度いいスキルをよくもまあ入手できるもんである。
ただし、MP効率が滅茶苦茶悪いな、これ。
しかし、情報が分かっても、打てる手が恐ろしく少ない。
1つはケトラミさんを嗾ける、というやつ。
これはケトラミさんの危険もあるし、よく分からん状態になってる皆さんを誤って攻撃しちゃうという最悪の可能性もある。
2つ目は、私が峯原さんをなんとか説得する、という……無理難題極まりない策。
そして、3つ目。
ケトラミさんとの邂逅の時と同様、新たなスキルの開拓です。
……あのですね、メイドの仕事っていうのはですね、ご主人様の生活を快適にパーフェクトに保つことでありまして、ないしはご主人様と、その家を守ることも、メイドの仕事だと思うんですよ。
で、それって、メイドである私の仕事の範疇なんです。
だから、その為なら多分、あたらしいスキルの1つや2つ、手に入ると思う訳ですよ。




