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15話

 

 なんとなーく、空が白み始めてきたのでじゃれ合いもお開きにしよう。

 さて、どうやって帰るかな、と思っていたら、軽トラ狼がちょっと歩いたなと思ったら、何か咥えて持ってきて、『おいこれどうするよ』みたいな顔をした。

「ああ、忘れてたよ。うーん……どうしようね、福山君」

 軽トラ狼が持ってきたのは未だ伸びている福山君であった。

 うーん、なんか、終わりよければ総て良し的な考え方をすれば、私は無事だったし、軽トラ狼という心強い番犬まで手に入っちゃった訳だから非常にいいんだけど。

 それでもこいつが色々やらかしてくれた、っていうのは事実だし、何より私はこいつに大層むかついている。

 かと言って、このまま放り出しておいたら間違いなくこいつ、モンスターに食われて死ぬな。

 それはちょっと寝覚めが悪い。

 ……うーん。

「ねえねえ、あのさ、君、こういう事できる?」

 軽トラ狼にごにょごにょっと言ってみた所、割とすんなりOKが出たので、早速実行。




「……ん、あれ、なんだ……?ひいっ!」

 はい、福山君寝起きドッキリ大成功。

 何てったって、なんか顔に当たって起きたら、涎垂らした軽トラ狼が見下ろしてる訳ですから。さぞ怖いでしょうなあ。

「な、なんだよっ!?こ、このっ……あ、あれ、剣は!?」

 剣は君が吹っ飛ばされた時に手放したまんま、遠くの方に転がっているがね。

 じりじりと後ずさりながらきょろきょろと剣を探す福山君に、もう一歩、軽トラ狼が踏み出すと、ますます福山君はガクガクブルブルし始めた。

 ふふふ、いい気味だ。さあもっと震えるがよい。

「がぁっ!」

 ちょっと軽トラ狼が吼えたら、もういっそ愉快通り越して可哀想な位震えあがってしまった。あーあー、情けない。いや、私が同じ状況になったらこういう事言えないけどさ。

 ちょっと流石に可哀想になってきたので止めてあげよう。

「福山くーん」

 ちょっと遠くの茂みに隠れて様子を見ていたので、がさがさ音を立てながら立ち上がって手を振りつつ、声を掛ける。

 それを合図に軽トラ狼も、『あーあ、茶番は疲れるぜ』みたいな顔してゆったりと私の方に歩いてくる。

 と、その時。

「ま、舞戸さんっ!ご、ごめんっ!」

 と、叫ぶや否や、福山君はもんどりうちつつ、凄い速さで逃げてしまった。

 ……。あれ。ネタバレしたのにな。おかしいな。




 よく考えてみたら、あの時何も知らない福山君からしてみれば、いきなり声を出した私に標的を変えた軽トラ狼が、私を先に食べに行くように見えたのかもしれない。

 うーん、それで逃げたんだったら、やっぱりもうちょっといたぶってやっても良かったかもしれないなあ。




 そういえば今の今まで歌の掛けなおしをしていなかった事に気付いた。

 え、えーと、夕飯時に福山君が来て拉致ってくれた訳で、その時はまだ7時ぐらいだったから……。

 う、うわあああああああ!

 これ、絶対皆さんにバレてる!バレてるよ!私が今まで何らかの理由で歌の掛けなおしができない状態になってたってバレてるよ!

 うわあああああああああ!

 そ、そうか。よく考えてみれば、『歌謡い』のスキルって、安否確認にも使えるんだな。

 うーん、遠征に行った皆さんの内の誰かも覚えてくれない物だろうか。

 しかし、この『歌謡い』、謎である。福山君には歌の効果が掛かってなかったみたいだし。

 うーん、皆さんが帰ってきたら色々実験しないとなあ。


 とりあえず歌って『私は無事です』のお知らせにしつつ、帰る方法を模索せねばなるまい。

「ねー、ホントどうしようねえ、軽トラ狼……は流石に酷いか。ええと、君に名前も付けてあげなきゃねえ」

 歩きながらでいいかな、と思いつつ、大体こっちの方じゃなかっただろうか、と思わしき方向へ歩くと、軽トラ狼も隣を付いてくる。

「そもそも君、オス?メス?」

『お前、この俺を前にしてメスだとか思ってんの?』

 みたいな顔をしたので、多分こいつ、オスなんだろう。

「うーん。じゃあ、名前、ケトラミでいい?」

 ケトラミ=ケいトラおおかミ、である。

『うんもうそれでいいよ』みたいな顔されたのでもうこいつはケトラミだ。

「よし。じゃあケトラミ。化学実験室がどっちにあるか分かる?」

『なんだそれ』みたいな顔をされてしまった。ええと、うん。君に聞いた私が悪かったよ。

「とりあえずそこが私のお家なんだけども、そこに帰らねばならんのですよ、早急に」

 早急に、を強調して言った所、なんと、ケトラミが私に噛みついてきた!

 うおわああああ、え、今の何が気に障ったの!?と思ったのも一瞬の事で、ケトラミは私に噛みついたのではなく、私を咥えただけであった。

 そして私はそのままぽん、と空中に投げ上げられて……ぽふん、と、ケトラミの背中に着地。

「え、えと……乗せてくれるん?」

『いいから早く指示出せ』みたいな顔をされたので、多分乗せてくれる、しかも運んでくれる、っていう事だろう。

「えっとね、とりあえず、ここって、川よりも湖側?それとも、湖じゃない方?」

『湖側』みたいな顔をしたので、多分湖側だ。多分。となると、川を渡ってることになるな。

「ええと、じゃあ、川を渡りたいんだけれども」

 言った瞬間、景色が後ろに流れた。

 あまりの速さでケトラミが走るものだから、私はケトラミの背中にしがみついているのに必死。周りとか見てらんない。

 そしてほんの1分程度で、ケトラミはぽん、と川を飛び越えたのであった。

『次は?』みたいな顔しないでくれえ……。い、今ので私、体力使い果たす勢いなんだけど……。




 それからはケトラミにあんまりスピードを出さずに動いてもらう事にして、川に沿って東へ移動することにした。

 多分、英語科研究室を目指して歩いていたとしたら、川を渡って西に進んだはずだ。

 川が細くなってて渡りやすい所があるらしいから、そこをケトラミに目指してもらう。

 そしてそこから北西に向かえば、多分実験室が近いはずだ。

 ああ、社長が地図をざっと説明してくれていて本当に良かった。




 そして、太陽が完全に顔を出して少しした頃、私は実験室に帰ってきました。

「ただいまー」

 よ、よかった。まだ皆さん帰ってきてない様子。よしよし。このまま何事も無かったかのような顔を……できないね。ケトラミいるもんね。

 うん、何にせよ、手に入った情報もあるし、洗いざらい全部ぶちまけるしかないか。

 でも、俺は悪くねえ!なので、その精神でいこうと思います。はい。悪いのは福山君だ。私は被害者だ。




 さて、実験室は、私が誘拐されたっきりの状態になっていました。

 只一つ、黒板に残された文章以外は。

『監禁されていた舞戸さんは僕が貰います。二度と彼女に近づかないでください。

 2-2福山』

 とのことである。

 ちょっと胸糞悪いので消そうか迷ったけど、一応現場保存の為、そのままにしておくことにした。どうせ消すときはハタキで一発だし。




 遅くなった朝食を摂りつつ、とっておきの綾織キュプラ・ミント染めを引っ張り出す。

 長さは5m位で足りるかな。

 これで長いリボンを作る。リボンの端には『ケトラミ』と刺繍しておこうね。

 はい。そうですケトラミに付けるリボンです。首輪とかの方が分かりやすくていいんだけど、そんなに革は無いので、おリボンで。

「おーい、ケトラミー」

 ドアの外に出てちょっと声を張ると、ケトラミが向こうの方から走ってきた。

 口の周りがちょっとヴァイオレンスな感じになってるので、多分食事でもしてたんだろう。

 ケトラミは自分で自分のご飯を調達してくれるので、非常に助かるね。

「君にこれを付けておこうかと思うんだけど、やっぱり首がいい?」

『どこでもいい』みたいな顔をしてくるので、早速屈んでもらって、首にリボンを結ぶ。

 うんうん。なかなかいい具合なんじゃなかろうか。

 これでケトラミが野生の狼じゃなくて、誰かの飼い狼だって分かるよね。


 そういえば、『歌謡い』スキルの効果はケトラミにも掛かるようだった。

 リボン結ぶ時にケトラミ見たら、足元にお馴染みの金と銀の模様が浮かんでいた。

 うーん、ますますこのスキル、分かんなくなってきたぞ。




 さて。誘拐されたのが今になって効いてきたのか、妙にそわそわ落ち着かない感じではありますが、日常に戻りましょう。

 そういえば水あめを作ってる途中でしたな。

 うん、よしよし。麦芽糖ができてる気がする。

 昨日仕込んでおいた液体を煮詰めていって、水飴にする。

 だんだんとろくなってきて、水飴っぽい。

 そうして暫く煮詰めると、茶褐色の水飴ができた。

 保存する容器が無いので、食品用と化したフラスコ数本に入れて、蓋をしておいた。

 よしよし。これでこの世界における甘味料の確保も目処が立ったかな?麦の供給が不安定ではあるけど。


 そしてさらに、水飴とミントをお湯で煮出した液を煮詰める。

 煮詰まったらガラス板の上に流して少し冷ます。

 触れるようになったら何度か捏ねてから、ハサミでちょんちょん切っていく。

 はい、ミント飴の完成です。

 これを舐めるだけでMP回復しないかなあ、と思って作成した次第である。

 結果は微妙。

 一応回復はするんだけど、どう考えても普通にミントもっさもっさ食べた方が速いし回復量も多い。

 回復速度の足しにする、位の気持ちで舐めた方がいいかもしれない。




 やっぱり、ミントの絶対量が少ないからだよなあ、と思い、逆転の発想でミントに水あめを加えて煮詰めて、ミントのジャム的な何かをこさえた。

 結果はこれまた微妙。

 回復量は増えたし、味も改善されたから、ミントをそのままもっさもっさ食べるよりはいいと思う。けど、幾らなんでもこれ、持ち運びに不便だ。

 お茶なら飲めばいい。飴なら食べればいいんだけど、ジャム状だと……どうしようもない。




 ならばならばならば!飴でジャム包めばいいんじゃないだろうかと思ったけど、思っただけで実験には至らなかった。

 ジャムの水気で飴が溶けるのが目に見えるからね。

 うーん、なんとかしてミント成分をもっと濃縮できないものか……。

 ……濃縮?




 忘れちゃいけません。ここは化学実験室。化学実験の設備なら割とたくさんあるんです。

 記憶を頼りに探してみると、ありました。

 明らかに『買い足したけど使わなかった』ソックスレー抽出器!つまり新品!食品に使っても大丈夫!


 えーと、ソックスレー抽出器、っていうのは、なんだ、えーと、一番下にフラスコを据えて溶媒を沸騰させつつ、気化した溶媒を装置の上の方で冷やして液体に戻して、その液体を固体試料に落として、落ちた液体は目的成分を含みつつフラスコに戻り、また溶媒は蒸発して……っていうかんじの装置で……。


 つまり、簡単に言うと、これに水とミントを入れて水を沸かせば、ミント成分が割と簡単に濃縮できるという装置です。

 仕組みが単純だから、今の状況でも十分動かせそうだね。




 ということで、濃縮してみました。

 結論。滅茶苦茶少量になってしまった。

 そりゃそうだ。濃縮って、そういうものだもの。

 とりあえずその、ほんの数mlの精油成分はサンプル瓶にでも入れておくことにした。

 うーん、何かに使えるだろうか?




 そうこうしている間に夕食の支度を始める時間だ。

 さて、またぼっち飯と洒落込みますか。

 ……とか思ってたら、なんか、外が騒がしい。

 具体的には、狼の吠える声と、人間の声で騒がしい。

 慌ててドアを開けると、案の定、ケトラミと帰ってきた皆さんがじりじり睨み合いやってた。


「お帰りなさいませご主人様方っ!久しぶり!元気!?」

「おい舞戸!これなんだ!お前のか!?」

 あーあーあー、ケトラミはあれだな、『またあのアホ(福山君)みたいなのが来たのか!』って感じに威嚇してるんだな。これはいかん、ちゃんと上下関係を教えておかねばならぬ。

「あー、ケトラミ、ケトラミ、この方々は私のご主人様みたいなもんだ。なので、君のご主人様のご主人様なわけだから、礼儀正しくね?」

 言って聞かせると、ケトラミは『お前が俺のご主人様ってのには納得しかねる』みたいな顔をしつつも、私が皆さんを尊敬しているのは確かだし、それは伝わったらしく、大人しくお座りをして尻尾を振ってみせた。

「……なあ、舞戸、お前、こんなのどこで拾ってきたんだ。で、どう懐かせた」

「うん、そこも含めて説明するけどさ。とりあえず、改めましてお帰りなさいませ!」

 見た所、全員怪我も無く、ちょっと薄汚れてる位だ。本当によかったよ。なんか一気に力が抜けるね。

「ああ、ただいま。こっちも色々説明しないといけないことが増えた。ところで、飯ってまだ?」

「今から作るとこだよ」

「じゃあ二人分追加な」

 ……ということは。

「やー、久しぶり!」

「本当にメイドさんなんですね。……あれですね。出落ちですね、舞戸さん」

 遭難してから実に10日。やっとこさ、部員が全員揃いました。


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