174話
お昼ご飯はオムライスとスープとサラダのセットである。
ご飯はバターライスとケチャップライス。
ソースはトマトソースとデミグラスソースとクリームソース。
好きなように選んでね、という事で、またメイドさん人形達が飛び回っていた。
ちなみに卵の調理は全て私だったけれど、スキルを駆使して同時に8つぐらいのフライパンを操作できるようになったので案外何とかなった。
いやー、やってみるもんですなあ。
さて、午後は午後で、延々と縫い物だ。
皆さんは戦闘訓練、に行ってしまった。時々軽く痛みが走るので、『おー、やってるやってる』っていうかんじである。
他にも、人を生き返らせている人とか、『共有』を試みている人とか、今、いろんな人がいろんな事をやっている。
うん、いいことだね。
少なくとも、何もしないでいるよりはいいだろう。
今度は、戦闘に参加する、と明言している人たちの装備を縫って行く。
数が数だけれど、その分戦闘員が増えると思えば、何ら苦しい事でも無い。
戦う人たちの為にも、少しでも性能のいい装備を、と思う。
その為に、少しでも動きやすくなるようにタックやギャザーを入れたり、布の継ぎ方を考えたり、裏地にこだわったりした。
特に裏地。
これがあるのと無いのとではえらく違う。
滑りを良くするために織り方を変えた布で裏地にする。
……あ、それから、明石から貰った『~の舞』シリーズ。あれ、踊ると足元に模様が浮かんだ。
これももしや、と思って染め抜いてみた所、案の定、その効果が布に付いた。
なので、裏地は結構派手である。
まあ、文句は無いだろう。性能が第一だ。
縫っている内に、大体作るものの形が決まってきた。
それぞれの体型に合わせて調整はしているけれど、職業の方向性や性別ごとに、方針、というか、そういうものがはっきりしていく。
例えば、花村さん。
彼女は、彼女の代わりに植物が動くので、動く必要があまりない。
だからできるだけ、防御力を上げるような構造にした方がいい。
逆に、明石みたいに延々と動き回るような人の場合、多少の防御力は捨ててでも機動性を重視しないと命取りだ。
また、鎧を付けるような人だったら、布製品はそんなに厚手じゃなくてもいい。
鎧が全身鎧じゃない場合は、鎧じゃない部分を少し工夫する。
そういう事を考えていけば、おのずと形状は決まってくる。
……そういう作り方をしていたせいで、なんというか……制服の様になってしまった、というか。
いや、それはそれでなんかいいのかもしれないけれど。
……多分、軍隊のようになるなあ、これ。
とりあえず、計10着程度が縫いあがった。刺繍が最低限になっちゃったけれど、後で時間に余裕があったら縫い足そう。
晩御飯は点心三昧という事にした。
肉まん、あんまん、小籠包、ニラ饅頭、エビ餃子、揚げパン、エッグタルト、揚げごま団子、杏仁豆腐、マンゴープリン、春巻き、焼売、エトセトラ。
メイドさん人形達がお皿や蒸篭を抱えて飛び回り、給仕して回るのが中々に好評だった。
それから、デザート系が多かったのは女子に好評だった模様。
やっぱり甘いもの食べたくなるんだよね、うん。
品数増やしたら滅茶苦茶に手間かと思ったけれど、指示したらメイドさん人形がやってくれる部分も多いし、包丁を使った作業は全て一瞬なので、そこまででも無かった。
むしろ、包む作業がだな……。
ご飯も終わって、進捗を聞いた。
「まだ『奈落の灰』は足りないだろうな」
結構な量の元凶を探し出しちゃあ消して、っていうのをやってる訳だから、かなりの量にはなっている。
けれど、流石に死んだ人が多すぎるのだ。
人造命の分を誤魔化してこれなんだから、この方法ができなかったら、と考えるとぞっとするね。
「元凶はまだあるみたいなので、明日も探してみます」
まあ、まだある、っていうのが救いだよね。
これで無くなったらやばいんだけれど、そこら辺は抜かりないだろう。
「人はどのぐらい生き返った?」
「まだそんなに多くない。午前中に生き返った人がすぐに人を生き返らせられる訳でもないしな」
回復を待つ、っていうことになるのかな。
うん、まあ、時間制限はあんまりないから、のんびりやっても大丈夫だとは思うんだけどさ。
「それから、戦略について考えていました」
お、来た来た。
社長は今や、我が部どころじゃなくて、この学校のブレーンとも言える位置に居るだろう。
どう考えても、こいつ以上に物事を効率よく進められる奴がいるとは思えん……というか、こいつの他にも居たら、嫌!
「まず、戦いたくない人の処遇です。舞戸さんの話だと、室内にも毒を吐く化け物が出るという事でしたね」
うん。あの、蛞蝓か海牛みたいな、うにうにした奴ね。
「それについてですが、全員に毒耐性をつけさせようと思います」
……社長は、『共有』の事なんて、言っていない。つまり……。
「食事に少しずつ毒を混ぜていくスタイル?」
「そういう事になりますね」
うわー、うわー……うん、まあ、それがベストか。
あんまり酷い事すると、まためんどくさい事になりそうだ。
何もかもを全て説明することが良いとは限らない。時には問答無用で動いてもらわないと、こっちの身がもたない。
「幸い、食事は全て舞戸さんの管理下にありますから、後は俺が調合した毒を少しずつ入れていってもらえば大丈夫でしょう」
おお、完全に食を私に依存させた甲斐があった。
作っている所を見られる訳でもないから、堂々とできるね。
効果が出ない程度の少量ずつ混入していけばバレもしないだろう。
かわいいメイドさん人形達が給仕する食事に毒物が混入しているとは誰も思うまい。
「で、『毒耐性』を付ける、っていうことは、戦わない奴は室内、っていうことか?」
「そうですね。少なくとも、舞戸さんでも何とかなるんですから、そこまで酷いことにはならないんじゃないでしょうか。毒への対策ができていればそこまでの敵でも無い様に思いますし」
おー、ここで私の弱さが指標として役に立ったか。
「最悪の場合、刈谷の『箱舟』のようなスキルを展開し続けられればいいんですから、そこまで難しい話では無いでしょう」
多分、そういうスキルを持っている人もいるだろう。幾ら戦闘経験が無くったって、バリアを張り続ける事位できるだろう。できてもらわなきゃ困る。できろ。できれ。
「或いは、舞戸が全員『眠り繭』にして開始するとかはどう?そっちの方がめんどくさくないんじゃないの?」
ああ、そうだね。『眠り繭』なら、無敵状態にできるね。
「え、でも、『眠り繭』のまま化け物を倒し終わっちゃったら、まずくないかなあ?」
……うん、まあ、倒してすぐに帰還、ってなるのかも分からないし、『眠り繭』が帰った後も継続されて、しかもそれが解けなくなる、なんてことになるとは思わないけれど……万が一、っていうのが、あるからね。
「そんなの、教室の中の化け物を全滅させて籠城できるようになり次第解けばいいですから。その為、という訳ではありませんが、舞戸さんは室内をお願いします」
まあ、そうね。それが妥当だよね。『眠り繭』が使えて、恐らく完全な『毒耐性』があって、『お掃除』という手段もあり、『箱舟』も一応は使える。
「大丈夫か?」
「まあ、前回も1人で何とかなったし、大丈夫でしょ」
皆さんは外で戦う訳だし、それに比べたら何でもないね。
だから、自分の職務はしっかり全うする所存だよ。
それから、夜が来て、朝が来て、私はひたすら装備を作り、皆さんは元凶を消して、次第に死者も生き返るようになった。
その内、スキルの『共有』も浸透して、今までできなかった事が出来るようになってくると、戦闘経験の無い人も自分の身を守る位はできるように、と訓練を始めたり、新たなスキルを会得したりするようにもなった。
それこそ、学校を合体させた時の戦いから今まで止まっていた時間が動くように、やっと全体が動き始めたようだった。
「全員生き返ったみたいです」
おお。遂にこの時が来たか。
夜、『刺繍』で装備の強化をしていたら刈谷から報告があった。
「良かった。探しても元凶が見つからなかったからな」
鈴本が表情を緩める。
うん、ほっとした。何とか、全員生き返った。『共有』が無かったら駄目だっただろうなあ、きっと。
一応、神殿に行けば、元凶が0かそれ以外かは分かる。
それで、0じゃなかった、っていう結果になったんだから、見つからなくても問題は無い。
「じゃあ、明日か……明後日、かなあ。心の準備とかもいると思うし」
そうね。針生の言う通り、心の準備もあるし……装備の配布とかもしないといけないし。
「明日、先輩にでも告知してもらおうか」
「それが早いでしょうね」
うん。じゃあ、いよいよ、って事だね。
「明日もあるし、今日はもう寝ようよ。俺、結構もう眠い」
ふわあ、と針生があくびをすると、それがうつったのか、加鳥と鳥海と社長もあくびをする。おお、3連鎖。
……社長もあくびとか、するんだなあ。いや、人間なんだから、してもおかしくないんだけどさ。
「先輩には明日報告することにしよう」
鈴本が締めくくると、それぞれ挨拶しながら実験室を後にした。
さて、私も寝るかな、と思って実験室を出ようとしたところで、窓から差す月光に照らされて、何かが光って見えた。
近寄ると、それは例の、元凶探し用のコンパスだった。誰かがしまわずに置きっぱなしたらしい。
棚にしまっておくかな、と、それを拾い上げて、棚に収めようとしたところで、気づいた。
コンパスの針は、私を指している。




