169話
そうしてワクワクしながらやったスキルの模索の結果がこちらだよ!
『結局、職業の縛りからは抜けられない』
皆さんが楽しそうだったから、私もビーム出したいなあ、と思って『滅光』やったら、レーザーポインタが出てきて落ち込んでいますが私は元気です。
他にも、羽ヶ崎君の最強技『ニブルヘイム』でかき氷が召喚されたり、角三君の『グロリアスブレイド』でカボチャが楽に切れるようになったり、針生の『影渡り』の効果で日陰の移動速度が1.15倍になったりしたけど、元気です。
元気だ。私は元気だ!元気だっつってんだろ!殴るぞ!
結局、まあ、『お掃除』のぶれ方からも分かる通り、スキルが手に入っても、それがまともに動くとは限らないらしかった。
鈴本はどう頑張っても『氷魔法』を刀から吹き出す冷気としてしか使えなかったし(私よりはマシだが)、加鳥がやると大抵全部メカがらみになるし(私よりはマシだが)、羽ヶ崎君はどう頑張っても『斬撃』とか『グロリアスブレイド』とかが氷の剣を動かしてなんとかする技になっちゃったし(私よりはマシだが)。
それでも、メイドさん人形達に頼らなくても氷を出せるようになったり、フードプロセッサー要らずの包丁さばきが身に着いたりしたのは有難い。
ちょっと嬉しかったのが、鈴本の『桜花』『梅花』『菊花』とかの花シリーズ。
鈴本がやると、それぞれ流麗な剣技になるんだけども、私がやると、それぞれ一瞬で飾り切りできるっていう楽しいスキルになった。うふふ、ねじり梅の人参の煮物とか作ろう。うふふ。
そして何より、回復系の技がやっと、まともに手に入ったのが嬉しかった。
……っつっても、まあ、本職には勝てないけれど。
それでも、刈谷、羽ヶ崎君、加鳥、社長に次いで、私が回復魔法の適性があったらしい。
まあ、メイドの仕事の中には看病とかも含まれ……あれっ、それはナースかな?
帰って真っ先にご飯の支度だ。
何というか、そろそろ立ち直ってる人たちもいるみたいだし、そういう人たちは自炊してもいいんだけど……見た限り、ご飯作ってる人は居ない。
ならば私が作らねばなるまい。
どうせ私の仕事の範疇だ。それが9人分になるのか、300人分になるのかの違いだ。うん。
……うん。
いや、しかし、速い!剥く、切る、刻む、とか、そういう包丁アクションが全て一瞬で終わる!
ああ、本当に、本当にいきなり楽になった!300人分のご飯を作るのも苦でなくなった!素晴らしきかな、スキル!
今日のご飯は鹿シチューです。
ほら、大人数分だとさ、煮込み物が楽なんだ。
香味野菜と骨とで出汁を大量にとって、そこでお野菜とお肉を大量に煮込み、バターでじっくりいためたブラウンルウとトマトを足して、味を整えてまた煮込む。
ちなみに、出汁を取る時は社長の『抽出』で一瞬だった。素晴らしきかなスキル!
それから、葉物野菜のサラダとカボチャのサラダ。
カボチャのサラダは、蒸したカボチャに刻んだ茹で卵と、水に晒した玉ねぎのみじん切りを混ぜて、マヨネーズと塩で味の調整をした奴。
今回はアレルギー関係が怖かったから入れなかったけれど、くるみとかスライスアーモンドとか入れても美味しい。あと好みが分かれるけど、干し葡萄とか入れても美味しい。
主食はご飯とパンの両方を用意。
ああ、これでパンの在庫が完璧に無くなった。今晩また作っとかないとなあ。
ちなみに、案の定お肉が足りなかったので皆さんに取りに行ってもらった。
この世界の鹿、絶滅するかも。まあ、絶滅したらしたでいいか、どうせモンスターだし湧いてくるでしょ、多分。
そしてメイドさん人形達によるマルチタスク・コンベアーによって、またスムーズにご飯が配られる。圧巻である。
……最近、メイドさん人形達が凄くいい働きをしてくれるんだけど、なんでだろう。やっぱり働くのが好きなんだろうか。メイドさんだし。
そして、私達もご飯を食べる。ちょっと他の人達には申し訳ないけれど、私たちのご飯にだけ、食後のデザートに桃のソルベが付いてる。
……はい。そうです。氷魔法です。
なんということでしょう。羽ヶ崎君の十八番『アイスウォール』も、私の手に掛かれば調理用の魔法に早変わり。
……なんという事でしょう、ってよりは、なんという事をしてくれたんでしょう、だなあ、これ。
『アイスウォール』!と桃のピューレに向かって叫ぶ私を、羽ヶ崎君が何とも言えない顔で眺めてくれたのが非常に遺憾であった。……見せものじゃない!
ご飯が終わったら、私はパン生地をメイドさん人形達に捏ねてもらい、それを『発酵』していく。
小麦の在庫の殆ど全てをパンにするよ。明日の朝ごはんはパンかな。
『発酵』させたら、暫く寝かせておかないといけないので、その間にまた作戦会議である。いえーい!
「やっぱり、これから先、元凶を『共有』無しで倒し続けるのは難しいと思う。どうだろうか」
一応、スキルがとんでもないことになったけれど、それでもやっぱり、危ない橋は渡るもんじゃない。
次、何mだ?64?で、その次は128?そんなのと一々戦ってたら、ふとした拍子にえらい事になりそうだ。やめよう。
「まあ、僕たちも『共有』できるようになったんだし、各自1個ずつとかでいいでしょ」
……これを、やらせたくなかったんだけど。でも、うん。もう諦める。
……私がこいつらを大切に思ってるように、こいつらもまた、私を大切に思ってくれてるんだ、って、諦める。
いや、怖いよ?渡すのは怖くないけど、受け取るのは非常に怖い。
それに見合った事を自分ができている自信が無い。
なのに、もうこれで自分を使い捨てられなくなってしまった。
……随分前、ふと、死ぬなら最初がいい、と思った。うしなう、ということを味わいたくなくて。
けれど、ドッグタグに刻まれた、矢鱈と細かい文字でぎっしり詰め込まれたスキルの数々が、もうそれを許さない。
私が受け取るものは、とてつもなく重い。
「じゃ、やってみよっか」
私以外の全員が、それぞれ元凶を眼前に据えて睨む。
「じゃあ、せーのでいこう。せ」
「『共有』……あれ?」
針生のせーの、を無視して元凶に頭突きした角三君が、首をかしげる。
「……変わった?」
確かに『共有』を発動させたらしいんだけど、元凶の色は特に変わってない。
せーの、を無視した角三君を半眼で見ていた針生も、無言で元凶に頭突きするけれど、特に変化は無い様に見える。
それから全員、狂ったように空中の球に頭突きしては首をかしげる、ということをやった結果、まあ……元凶との『共有』は、私しかできないらしい、という事が、分かったのであった。
「……どうしようか」
「参りましたね。てっきり、俺達でもできるものだと思っていましたが」
全員頭を抱えんとする勢いで落ち込む。
しかしだな……ええい、このままうにうにしていても埒があかん。
「あのさ、私、もう一回『共有』やってみるよ。それで、出てきたマネキンと『共有』してみる」
「それ、大丈夫なんですかね?」
刈谷が心配そうな顔をするけれど、まあ、うにうにしてたって変わらんのだ。
「勿論。……勿論、協力してもらわなきゃ、いけないけど」
「それは構わないですが……何にせよ、明日ですね。今日はもう寝ましょう。舞戸さんも羽ヶ崎君も消耗しているはずでしょう」
……尚、この間も、角三君は積極的に羽ヶ崎君の隣に座ったりなんだり、とカルガモしている。
鈴本は……背骨ブレイカーと化した事でそういうのは発散できたんだろうか。とくにカルガモしてないね。
「OK。じゃあ、また明日朝ごはんの時にでも話そう」
とりあえず、今日はここらで切り上げよう。
そろそろパン生地も休んで丁度よくなった頃合いだろうし。
さー、メイドさん人形達よ、頑張るぞ!
朝です。おはようございます。
今日のメイドさんコンベアーはパンとスープと、希望者にはベーコンです。
パンは全部で3種類。
クロワッサンとバターロールとカンパーニュ。
スープは全部で3種類。
蕪とベーコンのミルクスープと、カボチャのポタージュと、ミネストローネ。
それから、欲しい人には焼いたベーコンが付く。
メイドさんコンベアーは進化した。
受付のメイドさん人形に向かって注文すると、奥の方に居るメイドさん人形達がコンベアーしてきて、注文したものが届く、という。
とこよに『メニュー書いて』と頼まれたから書いたけど、まさかこうなるとは思わなんだ。
私の頭の片隅を勝手にそのやりとりに使われてるけれど、別に文句は無い。
メイドさん人形達が給仕すると、皆なにやら朗らかな気分になるらしい。
喋る訳でも表情が変わる訳でも無いのに、その動きや仕草が妙に可愛い、と評判。
特に女の子たちに人気だね。うん。
さて、私達も朝ごはんだ。
私はバターロールとミルクスープを選択。
うん。中々いい出来だ。幸せになる。
「……で、舞戸、本当にやるのか」
「おうよ」
勿論、やるとも。
やらなきゃ先が見えない。いや、やっても見えない可能性は大いにあるんだけどもさ。
「そうか、分かった。無理はするなよ」
私がやるっつってんだから、止めても無駄だと思ったらしい。
皆さん協力してくれることになった。
ということで、参りました3F。『共有』して若干白っぽくなった元凶に、『碧空の種』を植える。
今回植えるのは私である。
何故って、出落ちで頭突きからの『共有』するのが一番効率が良い、というか、そうでもしないと、また接近するのが面倒な所から始まっちゃうので。
「じゃあ、いくよー」
青く透き通った種をよく分からない色の球に乗せて、気合を入れてやると、そこから青い芽が芽吹き、伸びて、蕾を付けて、花開く。
そして!最早恒例の!胸を締め付けられるような感覚!
しかし、んなもんに気を取られているとやばいのである。今、眼前に現れるのは、私に攻撃してくる化け物である。
気合入れて前を向くと、丁度、光が収まって、私と同じぐらいの身長のマネキンみたいなのが、現れた。
胸の前で手を組み、祈るような仕草をしている。
そして、その手が分かれ、右手は胸の上に置かれ、左手は胸の下で短剣を握った。
勿論、それが動き出す前に、頭突き!
「『共有』!」
私はそれの頭に自分の頭をぶつけて、その内側を読み取る。
……それは、世界の叫びだった。
額を離すと、それは目で微かに笑って、4対の腕を動かす。
掲げた手には剣と盾を。それは戦う為。
下ろした手には力と杖を。それは守る為。
組んだ手には心と刃を。それは祈る為。
広げた手には覚悟と愛を。それは救う為。
全ては世界を救う為に。




