167話
目は具体的な事は何も伝えてくれない。
けれど、その腕は私を離してくれそうになかった。
仕方がない。それの頭に、自分の頭をぶつける。
妙な暑苦しさと苦しさで目が覚めましたおはようございまだだだだだだだだだ!
だだだだっ……。っ……。
「本当にすまなかった」
原因はやっぱりこいつであった。
鈴本はちゃんと教室の一番前で寝てたはずなんだよ。で、私は教室の一番後ろで寝たんだよ。
なのに、朝起きたらこいつに抱き枕にされていてびびった。
そして、脱出しようとしたら拘束が強くなって、遂に背骨を折られた。
もう骨折は慣れたと思ってたんだけどね。背骨はやっぱり一味違ったわ。いやあ、まじで川見えた。
これは流石に死ぬんじゃないかなあ、と思ってたら、私の叫びで目が覚めた羽ヶ崎君と加鳥が来てくれたため、なんとか、なんとか……死なずに済んだ。
「……うん、もういいよ……。気分はどうかね」
「ああ、もう大丈夫だ。お前こそ大丈夫か」
「大丈夫だと思うよ」
しっかし、こいつはこう、よくもまあ、何度も私の骨を折りに来てくれるよなあ、まったくよお!
こいつの寝起きが悪いのが原因なんだろうか。
とりあえず、朝ごはんにしよう。
米を大量に炊いてだな、それからありったけのお魚を生姜たっぷりと醤油と砂糖で煮つけて、それでおにぎり状態にする。
メイドさん人形40体によるおにぎりコンベアーは壮観であった。
それから、温かいもの、ということで、野菜多めの味噌汁をやっぱり大量に作る。
メイドさん人形10体による味噌汁コンベアーも壮観であった。
そして私はというと、ひたすらお皿とお椀とお箸を作り続ける簡単なお仕事です。
匂いにつられてやってきた人に、メイドさん人形達が朝ごはんを配る。
……しかし、こういう時、何も言わなくても生徒諸君、勝手におにぎりコンベアーと味噌汁コンベアーの前に並び始めてくれるので、凄く楽。素晴らしきかな日本人。
ご飯を一通り配り終わったら、こっちはこっちで朝ごはん。
それと同時に、これからの予定を立てる。
「……そうか。社長と、角三君が」
鈴本は2つの石の表面を軽くなぞる。
「まあ、今日中に生き返すけど」
羽ヶ崎君は徹夜で霊薬を作っていたらしい。眠そうな顔をしてる。
「俺はシュレイラさんの所から『深淵の石』貰ってくるから、舞戸さんは寝てて」
「いや、装備作り始めるよ。かなりぼろぼろでしょ、皆」
鳥海の意図としては、多分、グラスの中身の回復なんだとおもうんだけど、血液とかじゃああるまいし、寝て増えるものでも無い気がする。
そして、装備は恐らく……100人分程度、作る羽目になるんだから、今から作っておいた方がいい。
「無理するなよ」
「了解」
まあ、資源としての自覚を持ってだな、枯渇しないように頑張るよ。
……ということで、ちょっと気まずい再会である。
「ケトラミーっ!ハントルーっ!グライダーっ!マルベローっ!」
『拡声』の杖使って呼ぶ。
……すると、懐かしい色の風が一陣吹き抜けて、次の瞬間にはもうケトラミさんが横にいらっしゃった。
『お前、帰ったんじゃなかったのかよ』
「色々あってしくじった」
『舞戸―!』
そして、ケトラミさんの首のあたりに埋もれていたハントルとも再会を果たし、そして後からやってきたグライダとマルベロとも再会。
まずはもふもふを堪能してすべすべを堪能。ああ、幸せ……。
そして、堪能した後は、早速で悪いんだけどもグライダの糸を分けてもらうことにする。
「……ということで、装備が大量に必要になっちゃったんだ。糸、分けてもらえるかな」
いままでの経緯を説明すると、グライダはちょっと考えるような素振りを見せてから、こういう話を持ち掛けてきた。
『そおねえ……ねえ、舞戸。アタシ、もうちょっと魔力もらえたら、その分強くてしなやかな糸、作れるけど』
「よーしその話乗った」
ちらっ、とこちらを見て言ってきたグライダに、一も二も無く乗っかる。
『え、ちょっと、アンタ、ホントに良いのお?』
毎度思うんだけど、このグライダさん、妙に……ダメ元でお願いするお願いが、結構敷居が低いよね。
「いいのいいの」
資源は使ってなんぼだぜ!持ち腐れが一番勿体ないからね!
前やった時の様に、グライダに魔力を送ると、グライダの体がもう少し濃い色になった。
『……はあ、アタシ、ちょっとアンタが心配よ』
グライダはそういう事をぶつぶつ言いながら、持ってきた糸巻に糸を巻いてくれた。世話焼きなツンデレさんである。
さて、これで10人分ぐらいの糸にはなるかな。
とりあえず、最初は皆さんの装備の補修だね。
『おい、舞戸』
早速、と思った所で、ケトラミさんに呼び止められた。
「何?」
『どうもよ、最近、毛が生え変わる時期らしい』
……ほお。
『痒い。お前、俺の『ご主人様』なんだろ?なんとかしろ』
……ここにも、ツンデレさんがいらっしゃるなあ。
急いで、木の大きいブラシを作ってケトラミさんの所に戻る。
「じゃあ、梳くね。ところでケトラミさん、抜けた毛って、貰ってもいい?」
『好きにすりゃいいだろうが』
うふふ。ケトラミさんは優しいなあ。
毛を梳くと気持ちよさそうに眼を細めるのに、私が見ていると分かると、しらっ、とした顔を作るのもなんというか、非常によろしいと思います。
『舞戸様!厚かましいようですが、私も!』
『私もお願いします!』
『いえ、私を先に!』
「君達胴体いっしょでしょうが」
ケトラミさんのブラッシングが終わったら、マルベロも来てくれたので(こっちは本当にブラッシング目当てなんだろうけども)毛を梳いて、その代わりに抜けた毛は貰った。
『むう……』
そして、ハントルが一匹、不機嫌そうにうねうねしていた。
「どしたの」
『僕もー』
……いや、だって、君、ブラッシング、する毛がない……よね?グライダと同じ、すべすべ勢じゃないか。
……あー、うん。じゃあ。
「ハントルにも魔力、分けてあげようか」
『え、いいの?舞戸の分、無くなっちゃわない?』
「どうせ使わないからね」
ハントルがきらきらした目でこちらを見つめてきたので、グライダと同じように、魔力を送ってみた。
……すると。
ハントルの黒い体に一筋、真っ白な線が浮かんだ。
3列ぐらい、鱗が白く変わった模様。
『グライダー、おしゃれ?ねえ、おしゃれ?』
『いいんじゃないのお?』
暫くきゃいきゃい、とグライダとはしゃいでいたハントルは、満足したのか、私に頭を擦りつけて甘えてきたので、撫でまわしておく。
ああ、すべすべ具合に磨きがかかったかもしれない。
『ありがとー、舞戸!』
なんだかんだ、ハントルも喜んでるみたいなので良かった良かった。
しかし、もふもふとすべすべで凄く癒された。
……案外、命って、こうやって回復するもんかもしれない。
さて、という事で早速装備を作るぞ。
まずはグライダの糸を布にするところだね。
装備用に、少し厚めに織っていこう。
どうせ布は大量に必要になるんだ。ここでまとめて織っておこうかな。
布織りまくってたら、鳥海が帰ってきた。
「舞戸さん、大丈夫?」
「おうよ」
なので、早速社長と角三君の蘇生に移りたいと思います。
羽ヶ崎君が無表情でだばーっ、と、霊薬を琥珀色の石にかけると、それは社長の死体になった。
「ええと……そいっ」
そして、針生が『深淵の石』を社長の胸の上に置いて、それに遠くから投擲具を投げて衝撃を加えた。
「……これでいいのかなー」
針生は不安げだけれど、『深淵の石』はしっかり灰色に変色している。
「成功してるよ。じゃあ、ちょっくら行ってくるね」
社長の死体に頭突きして、例のグラスの部屋に行く。
社長のグラスは、なんというか……『正しい』っていうかんじのグラスだった。
飾り気も無く、均一な厚さのガラスでできた、寸分の狂いも無い、滑らかな、正確な、円筒。
そういう印象を受ける。
……そういう印象なのに、そのグラスの脚は、刃物を思わせる鋭角的なデザインだった。
うーん、社長っぽい。
さて、うだうだしててもしょうがないんで、じゃっ、とグラスの中身を移す。
矢鱈と白い液体は、円筒の中に入ると薄く紅色がかった明るい琥珀色に変化する。
おー、綺麗。
ちょっと眺めていると、その中身が徐々に増えてることが確認できたんで、安心して離脱。
ひと仕事終えた感で充実しつつ、もう一回社長と『共有』して社長を起こす。
「肋骨折られる方に賭けるー」
「いや、社長だから折らないと思うなあ」
……賭けの対象にされてた。
私としては肋骨折られるのはこりごりなんで、社長が目を開けたらすぐに逃げる。
「具合はどう?」
そして、不思議そうに自分の体を見ている社長に遠くから声を掛ける。
「……変な、感覚です。俺、死んだんですね」
言いながら、社長は普通に起き上がってちょっと体を動かして、調子を確認している模様。
「問題なさそうです。お手数をおかけしました」
「ほら、折られなかった」
「うわー、折られなかったー」
感動の再会にならない辺りは非常にドライでいいと思うよ。うん。一々こんな事で感動してたら感動が値崩れ起こすもんね。
「さて、じゃあ次いこう、次」
次は角三君だ。
「待ってください、舞戸さん。俺を生き返らせる前に既に誰かを生き返らせてますよね?」
……という所で、社長からストップがかかった。
「俺だな。死んではいなかったが」
鈴本が名乗りをあげてしまった。
「ですよね。顔色が明らかに悪いです。角三さんは明日にしましょう」
「俺もそれが良いと思う。ケトラミ帰ってきたんでしょ?布団になってもらいなよ」
……結局、そのまま押し切られた。
まあ、うん。資源が枯渇するのは、ヤバい。うん。
……お言葉に甘えて、ちょっと、ケトラミさんのお布団に潜らせてもらいにいこう……。
起きたら太陽が真上に居た。
……ぎゃあ!寝過ごした!
慌ててケトラミさんから退いて、お昼ご飯を作るために走る。
……が、なんか、いい匂いがする。
……あれ。
実験室を覗いてみたら、メイドさん人形達がせっせと働いていた。
私が寝こけてる間にお昼ご飯を作っていてくれたらしい。
良い部下に恵まれたなあ……。
またメイドさん人形によるお昼ご飯コンベアーを展開して(ご飯はうどんだった)、私たちは今後の話をまた始めた。
社長が生き返ったから、話が進む進む。
「やはり、問題は残っている元凶の数と、元凶を消す時の化けものだと思います」
前者はもう、ひたすら探すしかない。そこに改善策は無い。
あればある、無ければ無い、というだけの話だ。
……けれど、後者は、違う。
皆さんが考えていることを当ててみよう。
多分、あれだ。『共有』済みの元凶を消す方がいいけど、それが私の負担になるのは嫌だ、とか考えてるんだろ。
全員黙ったまま、考えごとをしているようである。
「……舞戸」
そして、暫く考えたらしい鈴本が言い出したのが、これであった。
「何?」
「俺に『共有』を『共有』してくれ」




