14話
……ぬおっ、やべ、落ちてた!ええっと、ここ、どこだ?
やけに視界が揺れる。つか、体が揺れる。
「あ、舞戸さん、起きちゃった?」
あ、思い出した。そうだ。私はこいつに一発鳩尾に入れられて落ちたんでした。
こいつ、いつか、殺す。殺さんまでも、ぎったぎたにする。多分返り討ちに遭うけど。
という訳で、はい。私、現在、福山君に担がれて外を進行中です。
やばいです。ここ、どこだろう。帰れる気がしない。
「ごめんね、あんまり手荒なことはしたくなかったんだけど……」
野郎、ふざけやがってえええええええ!なーにが「手荒なことはしたくなかった」だよ!
ふざけんな!これ、立派に誘拐ですよ!犯罪ですよ!傷害も含むよ!
言いたいことは山のようにあったけれど、とりあえずは、これだ。
うら。
……ぶん殴ってみたんだけど、滅茶苦茶固い。人体を殴ったという感触が無い。
あれだ、鎧に当たっちゃったらしい。
くっそ、来いよ福山、武器と防具と補正なんて捨てて掛かってこいよ!
この野郎、殴らせろオラオラオラ!
「舞戸さん、分かったから、落ち着いて」
「落ち着いてられるか!この野郎!はやく実験室に帰せっ!」
殴ってたら拳が痛くなった。ああもう嫌!
「それはできない。悪いけど、ちゃんとした環境にいれば落ち着くと思うし」
「いいからはやく帰せこの誘拐犯」
「それより、ほら、そろそろ着くから、落ち着いて」
ああもう、全然話にならん!もうこいつ嫌だ!
しかも最悪なことに、私の筋力ではこいつの拘束を振り切って逃げることができんのです。
というか、仮に逃げられたとしても、その後モンスターにやられて死ぬ。
……くそー、ホントにメイドは辛いよ……。
諦めて大人しく担がれ、運ばれ続けて暫くした頃。
「うわっ!なんだなんだ」
凄い数のモンスターに遭遇したものの、戦闘になりませんでした。
群れからはぐれたのか、一匹の角生えた兎とか、でかい鳥とか、一目散に私たちの横を駆け抜けていくので、戦闘にならなかったのです。
……けどさ、こういうのってさ……。
「あれ、おかしいな……何かあったのかな」
福山君よ、君はモンスターが向かった先を見ているがね。
こういう時は、モンスターが逃げてきた方向を見るべきだね。
「……あれ、なんぞ?」
「……え?」
そこには、アホみたいにでっかい狼が、牙を剥いておりました。
でっかい狼、そのサイズは大体、軽トラぐらいだと思う。
ただし、軽トラは牙を剥かないし、こっちを睨みもしない。
よって、威圧感は軽トラを飛び越えて、ジェット機位の威圧感がございます。
なんだろうね、ジェット機位の威圧感って。
私も自分で何言ってるか分かんなくなってきたよ、はははははは。
「ええと、夜はモンスターが出にくいんだっけ?」
「今まではこんなの、出てきたこと無かったんだよ!」
ああそう、このアホめ。貴様が私を連れ出さなければ私はこんなでっかい狼に睨まれることも無かったんだぞ!
「大丈夫、舞戸さんは僕が守るから!」
そう仰いましてもな、お前、そんな剣一本で、何とかなるのか?アレ。
こうして福山君と巨大狼の戦闘が始まった。
「舞戸さんは下がってて!行くぞ!覚悟しろ狼!」
なんか言いつつ、福山君は剣を構えて走り出した。
しかし、まっすぐ突っ込んでいくとか馬鹿か、君は。
案の定、狼はあっさりと前足で福山君を薙いで吹き飛ばした。
ほら、言わんこっちゃない。
「くそ、まだまだ!」
元気に福山君はまた狼に突っかかっていくが、狼はまた前足で薙ぐ。
しかし、流石に福山君も学習はするのか、前足を掻い潜って跳躍すると、狼の背に飛び乗った。
そしてそのまま剣を狼に突き立てようとするが、毛皮が刃を阻むらしく、上手くいかないらしい。
そうこうしている間に、狼に振り払われてまた吹っ飛ばされた。
その勢いで頭でも打ったらしく、伸びて動かなくなる。この間、戦闘開始から僅か30秒程度。
あーあーあー、私を守ってくれるんじゃなかったのかよ、チクショー。
逃げる時間すら稼いでくれないのかよ、チクショー。
伸びた獲物に興味は無いのか、はたまた後で食べればいいと思っているのか、でかい狼はじっと私を見ている。
ぷるぷる、ぼく、悪いメイドじゃないよ!
食べても美味しくないよ!多分水っぽい上に薄い塩味しかしないと思うよ!
……よ、よし、こういう時は落ち着いて考えるんだ。
多分、ここで背中を見せたら、一瞬で間を詰められて殺されるな。
かと言って、戦って勝てる相手じゃない。
いくら戦略も何も考えないアホだったとはいえ、推定騎士の福山君が簡単に伸されたのだ。
私だったら伸びるどころか、体を打った瞬間に死ぬ。間違いなく死ぬ。
つまり、一発食らったら即死のオワタ式な訳だ。
そして、仮に私が神回避を連発したとしても、悲しいかな、攻撃手段が無い為、勝てない。
神回避を連発しつつ逃げても、福山君が大分な距離を運んでくれやがったみたいだから、実験室までかなり距離がある。
その距離を私が全力疾走し続けられるのか。無理だ。
というか、そもそも、最高速度でこの狼に敵うわけが無いな。
相手、肉食獣だよ?それも、軽トラサイズの、だよ?
そもそも、私がこの狼に勝る部分と言ったら、多分小回りが利く所ぐらいだろうなあ。
一応、体のバネを使った瞬間的な加速には自信があるけど、そんなの、一瞬後には絶対追いつかれてるしなあ。
うーん、一応、『お掃除』でこいつ消せないかな、とかも思わないでもないのですが、そもそものハタキを持っていないので、『お掃除』できません。
ますます福山君が憎いぜ。
なので、現在私ができる事と言ったら、道具を必要としないスキル、って事になる。
つまり、『歌謡い』のスキルと、『被服製作』のスキル。
しかし、勝負は多分一瞬である。その点、『歌謡い』には歌い始めてから効果が出るまでにラグがあるので、危険だ。
因みに、私は30分以上落ちていたらしく、『祈りの歌』と『願いの歌』の効果が切れてる。
とことん福山君が憎いぜ。
かといって、『被服製作』でできる事と言ったら、道具が無い為、繊維を錬金することと、繊維を手紡ぎで糸にすること位なものである。いや、縫ったり織ったりしてもどうしようもない事に変わりは無いんだけどさ。
うーん、狼の毛を糸にする?いやいやいや、手紡ぎだから時間かかってしょうがないな。
狼の毛を素材に繊維を作ると、一瞬で狼の毛が丸坊主になると思うけど、私のMP具合からして全身丸坊主、って訳にはいかないだろうし、毛が無くなったところでどうしようもない。
うーん、せめて福山君が居れば、毛を消したところに剣をぶっ刺してもらうとかできたんだが、勝手に先走って勝手に伸びてるからなあ、アレ。
となれば、やっぱり、新スキルの開拓位しか、生き残る術が無いか。
ぶっつけ本番だけど。
うん、それしかないよなあ、多分。
……よし、腹を決めよう。
よし、狼。覚悟はできたか?私はできてる。
「おーい、犬っころ」
声を上げると、狼はピクリと反応したが、襲い掛かってはこなかった。
けど、地面を前足で軽く掻くのは『いつでも飛びかかれますけど?』ってことだろうか。まあいいんだけどね。
「番犬の躾も、メイドの仕事だと思わんかね?」
狼は毛を逆立てるけど、まだ襲い掛かってくる様子は無い。
よし。ならば、息を大きく吸いまして。
「『お座り』っ!!」
自分で言うのもなんだけど、私の声が地面を揺らした、ような気がした。
最初、狼は動じた気配が無かった。『お前何言ってんの?』みたいな感じである。
あーこりゃやっちまったかなー、一か八かで逃げるか、とか思ってじりじり睨み合いしてたら、如何にも渋々、みたいな、『ったくしょーがねーなー』みたいな、そんな感じで、軽トラ狼はちょこん、とお座りしたのであった。
そして、それを見届けるや否や、私の中から急速に何かが抜けていく感覚があって、不覚ながら、またしても意識が落ちた。
……はっ、やばい、落ちてた。よりにもよって狼の目の前で!
幾らお座りしたからって危険極まりないのに!
ところで今、どういう状態なんだろう。やけにあたりがもふもふするけど。
……もふもふ?
ちらっと上を見てみると、軽トラ狼の顔があった。
私、どうやら、丸くなった狼のお腹あたりに埋まってるようです。
暫く固まった後、狼が『お前面白い面してんぞ』みたいな顔してたので、とりあえず。
「……え、えと、ぐっもーにん……?」
恐る恐る挨拶してみると(まだ辺りは暗いけども)『はいはい』みたいな感じでぺろん、と顔を舐められた。
えと……えと……こ、これは一体、どういうことなの?なんでこいつ、懐いてるの?
困った時のドッグタグ。
ドッグタグを見てみると、スキルに『番犬の躾』という、そのまんまなスキルが追加されていた。
……ええと、ちょっと考えよう。
まず、このスキルが追加された、ってことは、私の『お座り』は成功したって事だろうな。
で、スキル名が『番犬の躾』なんだから、こいつは多分『番犬』になったのだ。
だから、私を襲わないでいるし、守るみたいにもふもふ状態にしておいてくれたわけだ。
ふむ、それなら結構納得がいくな。
怖いのは単にこの軽トラ狼の気まぐれ、っていうパターンなんだけど……。
……考えないでおこう。
ええと、それで、あの後すぐ落ちたのは多分、MPが切れたからだ。あの虚脱感はMPが枯渇してきた感じをもっと強くした奴だったと思う。
……ということは、これ、月桂樹染めのロングパニエが無かったらMPが足りずにスキル発動失敗、並びに私終了のお知らせ、みたいなことになってた可能性が高いな。
……ひええええええ、つくっといてよかったパニエ!ありがとう月桂樹!
「という訳で、君は多分私の番犬なわけだ!」
「がう」
『はいはい、知ってるよ』みたいな感じで一声鳴いてくれた。
「これからよろしく頼むよ!」
「がう」
『しょうがねえなあ、守ってやっか』みたいな感じでまた一声鳴いてくれた。
なんとなーく、意思の疎通もできるようだ。
これがスキル効果なのか、単にこいつが賢いだけなのかは不明だけども。
しかし、よく見るとこいつ、結構かわいいな。毛並みは渋い鈍色で、目は綺麗な金色だ。
なかなかの美形狼だな、こいつ。
とか思ってたら、『そうか?そうか?もっと褒めてくれてもいいぜ?』っていう顔をした。
よし、可愛い奴め。撫でてやろう。よーしゃよしゃよしゃよしゃ。
撫でると顔を私に擦り付けるみたいに懐いてくる。もふもふっ、として非常に気持ちいい。
おおお、なんだ、ホントにこいつ可愛いな。うんうん。……うん、なんかどっちかっていうと、可愛がってるってよりは、可愛がられてる気がしないでもないけど、うん。気にしないぞ、私は。