166話
踵を返した私の腕を、それは掴んだ。
ガラス越しの目は相変わらず、この世界のありとあらゆる色を詰め込んだような奇妙な色をしていた。
その目が、何かを訴えかける。
そして、それは4対の腕で私を抱きしめた。
その時脳に電流が走るような感覚と共に、何かが入り込んできた。
それは意思。
ただ、崩壊の予感と後戻りできない感覚と、それから。
肌寒くて起きたらもう薄暗かった。
あかん、寝過ごした……。
しかし、そこまで過ごしてもいないというか、まだ他の人は殆ど寝ていた。
まあ、あんなことがあった後だし、しょうがない。
むしろ寝ていた方がいいだろう。
……何か作ろう。
生きてる人は何人ぐらいかね。
とりあえず消化にいいもの大量に作っとけばいいか。
負傷者用にお粥を煮込んでいたら、加鳥がやってきた。
「舞戸さん、大丈夫なの?」
「私は怪我もほとんどなかったし」
精々、学校を『解体』したぐらいしか仕事はしてない。
「そっちこそ、大丈夫なの?」
「うん。僕は結構後方支援に回らせてもらっちゃったから。前衛よりは」
前衛、か。
鈴本は未だに目を覚まさないらしい。鳥海は盛大にバラけて、針生は脚が消えて、角三君は今、私のポケットだ。それでも鳥海と針生は今割とぴんぴんしてるんだから凄いよね。
勿論、後衛が良かったかっていうと、そうでもないけど。
羽ヶ崎君は凍ったし、社長はやっぱり私のポケットだし、加鳥はまだ5体満足だったから良かったけど、刈谷は右目と右腕やられてたし、今はMP切れを重複して起こしてるんじゃないかな。
「あんまり、無理しないでね」
「ブーメランブーメラン」
どうしてか、皆さんは無茶をしすぎるきらいがある。
いや、分かるけれど。
それができるなら、やるべきなんだ。
そして私達の立場としては、先輩が前に言ってた『ノブレス・オブリージュ』って奴が似ている。
「けど、これ、どうしようね。死んだ人は生き返らせて、怪我した人は治して……下手に生きてる人が一番厄介かも」
「責められるかもねー」
正直、私達としても疑問があるのだ。
これ、マジで帰れるの?と。
「そもそも、女神本としては、元の世界に帰ってほしくないんじゃないかっていう気がしてきた」
だってさ、異世界人は魔力の塊で、で、この世界は魔力が無くなったら崩壊するらしい。
だったら……いや、でも、やっぱり違う気がする。
そうじゃなかったら、神殿を嫌いにならないだろう。
「でも他にできる事も無いんだよね」
「五里霧中だね」
あ、やべ、お粥吹きこぼれる!
慌てて火を弱めて、もう片方のスープのお鍋をかきまわす。
「とりあえず、社長生き返らせないと駄目だ」
「ね。目処が立たないね」
今まで如何に社長が私達を引っ張っていてくれたかが分かる。
……でも、結構長い時間一緒に居たもんだから、こうも言える。
「でもさ、社長だったら、もう、人を生き返らせる、治す、って事は決定事項だから、その先を考えると思う」
つまり、あの化け物にどうやって勝つか、っていう。
とりあえずできたスープを配ると、恨めし気に私を見る人と、ありがたがる人が居た。
うん、恨めし気に見てくれるって事は、少なくともスープより先の事が見えてるって事なんだから良い事だろう。
……あ、いや、スープより前しか見えてない可能性も在るのか……。
「舞戸さん」
そして、目を泣きはらした峯原さんがやってきた。
「どうして、くれるのよ。あんたたちのせいで、三枝君」
「生きてるじゃん」
三枝君は生きてる。さっきお粥配りに行った時に見た。
割とぴんぴんしてた。自力で半身起こせたんだから問題ないだろう。
「そういう問題じゃないでしょ!責任取ってよ!あんた達の所為で、沢山、人が死んじゃったじゃない!」
まあ、それは事実だね。人は沢山死んだ。
けど、知らん!そこに私の責任を見出さないでくれ。
峯原さんが被害者なら私が加害者なのか?それは違うだろ。
殺したのは私じゃない。間接的に殺したって言われるかもしれないけれど、事故だ、事故。
私、全く、罪悪感とかは、無い。
自分達の所為だとは、ミジンコ程にも思ってない!
……うん。強いて言うなら、マジで根源は女神本と話しちゃった私なんだけど、それが責任か?
今回の事について究極言っちゃうと、自己責任!
この話に乗る自由も乗らない自由も君達にはあった!
……尤も、そんなこと言ったってしょうがないのだ。言うつもりも無い。
峯原さんも分かってる。そんなことは分かっている。
只、八つ当たりしたいんだろう。
……だから、きっと私は八つ当たりさせてあげればいいんだろう。
いいんだろうけど。
すまぬ!拙者、そこまで懐が広くないのでござる!
「大丈夫だよ。まだちゃんと、全員元の世界に帰す気でいるから」
「そういう問題じゃ……!」
「じゃあどうすれば気が済む?責任取って切腹とかしろって?」
勿論、しないぞ。介錯してくれる奴が寝てるから、とかそういう問題じゃない。
回復役の手が足りてないような状況だし、『奈落の灰』が足りるかも微妙だ。
そんな時にわざわざ腹掻っ捌くとか、あまりにも無駄すぎる!
だから、好きなだけ殴っていいよ!とかも無し。
私は別段好きでも無い人に八つ当たりさせてあげられるようなお釈迦様だのキリストさんだののような人格者ではございません。
右の頬を殴られたら左ストレートでございます。
「全員生き返らせる。全員回復させる。何なら、トラウマができた人にはもれなく記憶の整理のお手伝いもしちゃう。それで、全員元の世界に帰る。戦いたくない人は戦わなくていい。戦う人には装備一式新調。それでどう?」
峯原さんは呆気にとられたような顔をして固まった。
ここはこのままにして戻ろうとしたら、後ろにもなんかいた。
「ねえ、あんたのせいだよね、これ」
家庭科部の人が2、3人。
「どうしてくれんのよ!」
そして一発蹴りを入れてきてくれた。あいた。痛い痛い。脚を狙うな、脚を。咄嗟に避けにくいんだ、脚は。
戦った峯原さんはともかく、戦いもしてなかったっぽいこの人たちのサンドバッグになってやる気も無いんで足払いかけて逃げるかな、と思っていたら。
「待ちなよ!舞戸さんを責めるのはおかしいよ!」
……なんか、また、出てきた……。
「確かに、いろんな人が傷ついたかもしれないけれど、舞戸さんだって傷ついてるんだよ!」
あ、違う。そうじゃない。私は別に傷ついてないんだけど、傷ついてたとしても、それを一々考慮するべきでもないんだけれど、訂正するのが難しいことを知ってるからもういいや……。
「それに、女の子を蹴ったら可哀想じゃないか!」
こっちも凄く的がずれまくってるけれど、いいや。この際、もうどうだっていいや。
「なに?私達は当然のことを言ってるだけじゃない?」
家庭科部の女子の標的が私から福山君にシフトしていったので、そーっと抜け出させてもらった。
……福山君はその謎理論と噛み合わない話術で、徐々に家庭科部の人達を押しているようだった。
それを峯原さんがなんか引いた眼で見ている。
……よし。三十六計逃げるに如かず!あばよ!
スープ配ってたら、糸魚川先輩が色んな人に囲まれているのを発見した。
……んだけれど、特に責められてる訳じゃ無くて、なんだろう、こう……支持してる、っていうか、崇められてるっていうか、こう……。
後で聞いてみたら、最初、それはそれは責められまくったんだそうだ。
つまり、先輩が連れてきた人が凄く多いんだよね。ここ。
体育館の人が半数占めてるから、半数は糸魚川先輩に先導されてきた、っていう。
そして更に、吹奏楽部の人達を迎えたのも先輩だから、吹奏楽部の人達は魔王か先輩しか恨めない。
だから、まあ、かなりえらい事になりかけてたらしいんだけど……まあ、スキル、使うよね。あの先輩の事だから。
人にスキル使うのが躊躇われる、とか言ってる場合じゃないからね。うん。
うん。何にせよ、予想外な事に、この、生徒たちの実に3分の2弱は、私達にも協力的になってしまったのである……。
先輩が凄く自慢げな顔で親指を立ててきてくれたのが実に印象的であった。
そして、家庭科部の女子たちは福山君の謎理論に根負けしたらしい。
少なくとも、表立って何か言ってくることはそれ以降無かった。
毒を以てなんとやら、なのかなあ……。
後で福山君にお礼言っといた方がいいんだろうか。
……いや、いいか。言いに行ったら行ったでまた面倒になりそうだ……。
全員、昼食か夕食か分からない食事を摂って、生徒たちは全員また眠りについた。
さっきまで寝てた人も眠れてるんだから、やっぱり全員疲労してるんだろう。
MP切れを起こした刈谷と、重傷どころじゃなかったらしい鈴本はまだ目を覚まさない。
「こう考えると、俺って相当凄くない?」
鳥海はこう、なんというか、『これ鳥海かな』『あ、うん、そっちも鳥海だと思う』みたいな会話をしなきゃいけないような状態になったにもかかわらず、今は普通に起きて動いてる。
凄い。これは超凄い。
「とりあえず、社長生き返らせないと、なんか進めない気がする」
ということで、今、羽ヶ崎君が1人で霊薬を作っている。
幸いな事に、元の世界に帰るなら、っていって消した元凶の分の『奈落の灰』は、割とあった。
元凶を消すごとに、『奈落の灰』の分量も増える。これなら何とかぎりぎり足りるかもしれないね。
霊薬で肉体さえ何とかなれば、後はシュレイラさんが指向性を定めてくれた『深淵の石』だけで済む。
命は、ほら。私が無限生産できるから、それ使えば節約になるよね、っていう話になった。
羽ヶ崎君が滅茶苦茶渋ったけど、死にっぱなしの人が増えるよりはよっぽどいいと思うよ。
……そう。目下の目標は、とりあえず、死人を生き返らせることだ。
その為に残っている元凶を探して消して、『奈落の灰』にして、それで霊薬と、必要に応じて命を作って、生き返らせる。
……『奈落の灰』が足りない可能性は大いにある。
だからこそ、こう、みみっちく節約していかなければいけないのだ。
さて、という事で、霊薬ができるまでに私は鈴本を起こしておこうという事になった。
私の命は一定以上には増えない。
だったら、こう、減らさないと、増えない訳で、勿体ないじゃない、その間。
なので、鈴本に分けておこうという。
……さて、認めたくないけれど、そろそろ認めないといけない。
私は、資源だ。今の所、唯一命を他人に分けられるんだから。
使えるものは使わないと勿体ない。
嫌だな、いよいよ死ねなくなってきた。
「入るよ」
鈴本は実験室にお布団敷いて寝かされていた。
数ある宝石の中から見つけやすかったんだろう、実験室。見覚えがあったんだろうし。
「君もよく死にかけるねえ」
もう3回目なので特に迷う事も困ることも無く、グラスに辿り着く。
すらりとしたグラスは、底の方にほんの少し、緋色の液体を残しているだけだった。あまりに少ないから、透き通った色のそれは薄紅にすら見える。
『死』は満たされていない。回復魔法で消せたんだろう。つまり、まだ生きているっていう事だ。
適当に自分のグラスの中身を分けて離脱する。申し訳ないけれど、この後割とすぐにもうあと2回は確実に分けるから、回復要員でもないこいつには少し少なめに分けさせてもらった。すまん。
……さて、あとは『共有』で起こすだけだ。
起こすだけ、なんだけど……どうせ、ほっといても明日の朝には起きるだろ。うん。
何やら滅茶苦茶眠くなっちゃったので、今日はひとまずこれでお休みなさいって事で……。
いいよね?うん、いいよね。うんうん。
よし。おやすみなさーい!




