13話
うーん、まあなんとか、納得できる日数ではあるか。
しかし晩御飯が一人分しかないんだよなあ。まあいいか、急いで作ろう。
こういう時はさっさと鍵を開けてドアを開けるに限るね!
「おかえりな……誰だお前」
「え!?舞戸さん!?」
「所属と階級……じゃなくて、クラスと部活と氏名を」
「え、メイドさん?うわ、どうしよう、かわ、じゃなくて、あの、違」
「皮?時間切れです。お引き取り願います」
こういう時はさっさとドアを閉めて鍵を閉めるに限るね!
「ちょ、ちょっと!舞戸さん!僕だ!福山だ!同じクラスの!」
うるせえ、ドア叩くんじゃねえ。大体、クラスに何人男子がいると思ってんだ。
私がクラスメイト全員の名前と顔を記憶しているとでも?
……胸張って言える事じゃないね!ごめんね!
「ねえ、まさか覚えてないなんて……」
あー、うん、そんなのが居た気もするなあ。しょうがない。ドアを開けてあげよう。
「やだなあ、福山君、まさかそんな覚えてないとか!」
あるんだけどね、覚えてないとか!
福山君は、如何にも優等生っていう感じの男子である。
クラスが一緒という縁しか無い。
ろくすっぽ話したことも無い。
……いや、そういえばこいつ、よく図書室にいたから、顔見ることは割とあったな。
あー、はいはい、思い出してきたぞ、朧げに。
私は図書室の隅っこの薄暗くて湿っぽくて居心地のいい一角の机が大好きだったのに、いつからかこいつがそこに間借りしだしたせいで私は追いやられてしまったのだ。
うん。あの隅っこに私が居たのに、いきなり来て机の一角を占領しだした時には度肝を抜かれたね。なんでわざわざこっちに来たんだ、っていう。
尤も、そのおかげで私はもっと居心地のいい一角を見つけるに至ったわけだが。
ふふふ、まさか百科事典の本棚の空きスペースを机にしてそこに椅子を持ってきて座る奴がいるとは誰も思うまいて。ふふふ。
そして、福山君は見るからに『騎士』っていう感じだ。
角三君と似た格好してるし。つまり鎧マントに盾に剣、そして頭部装備。
一人で来たみたいだし、割と戦闘力は高いんだろうな。羨ましいこって。
そんでこいつ、私が食べようと思って作ってた夕食、食ってる。
私の分は作り直してる。ちくしょう。
「舞戸さん料理上手いんだね。すごく美味しいよ」
「そうかい、それはよかった。して、福山君は飛ばされたとき、学校の何処にいた?で、どこに飛ばされた?」
なんか福山君には残念そうな顔されたが、これ、非常に大事なことである。
もし今までにうちの皆さんが行ったことの無いエリアから来たのなら、その情報にはかなりの価値がある。
そうでなくとも、この世界の法則について何か分かる可能性もある。
「ああ、あの時だね、あの時僕は北校舎の2階の廊下にいたかな。英語の分からない所を先生に聞きに行った帰りだったから」
そうかい。それは優等生なこって。
「それで、地震みたいに揺れて、凄く眩しくなった後、水の中にいた。水面に出てやっと、そこが川なんだって分かって、しかも全然見たことも無い場所だったから凄くびっくりしたよ」
「川?ここから南にある?」
「さあ、方角は分からないな。ごめん」
多分そうだろう。
となると、教室は教室のまま飛ばされたにもかかわらず、廊下は無くなってるというか、川になってる、と考えられる。
っつーことは、多分、川に沿って教室が点在してるって事だろうから、探すときの目安になるかもね。
「装備は?どこにあった?」
「装備?ああ、鎧とか剣とかの事?それなら、川から出て自分を見たら、既に全部持ってた、っていうか、着ていたよ」
ぬうん、じゃあ、必ずしも掃除用具入れに装備がある訳じゃないんだな。
というか、廊下にいた人は拠点も得られない訳だし、大変だなあ。
「川から出て少し歩いたら、英語科研究室があったから、そこで寝泊りしてたんだ」
「先生はいた?他の生徒は?」
「先生は一人もいなかった。けれど、僕の他に生徒は5人いる。水澤さんと、高橋君と、有野さんと、甲崎君と、小木野君。ええと、クラスが違うから舞戸さんは知らないかな?」
「うん、知らない」
ああ、教員が一人もいない、っていうのはほぼ確定だな。こりゃ。
「ところで舞戸さんは?一人でここにずっといたの?」
「あ、いや、私は実験室にいたから、他の部員と一緒にスタートだった。その後着実に仲間が増えて、今は私の他に6人かな」
「え、でも姿が見えないけど」
見えたら君は千里眼だ。
「今、東の方に泊りがけで探索に行ってるから」
「じゃあ、なんで舞戸さんだけ……?」
くそっ、絶対言われると思ってたけど!チクショー、人の傷口に塩塗り込みやがって!
「……私だけ、身体能力から戦闘力まで、ありとあらゆる能力値が低い為、皆さんの足を引っ張るからです」
「え……」
そ、そんな顔するなよ!そういう顔したいのはこっちだよ!
くっそ、こいつやっぱり締め出しておくべきだったっ!
とか思ったのですが。
「そ、そんなの酷いじゃないか!それでこんな、モンスターが沢山いるような所に、一人で置き去りにするなんて!大体、女の子一人で何かあったらどうするんだ!」
……あれ、おかしいな、なんか、福山君の思考回路は大分……ぶっ飛んでるようです。
「っていうか、もしかして舞戸さん、今までずっとここに閉じ込められてたの?」
「いや、何度かは外に出たり出して貰ったりした」
お蔭で今、月桂樹とかミントとかある訳で。
……なんというかさぁ、皆さん、決してそこら辺の知識が足りない訳じゃないんだけど、こう……草を見て、瞬時に食えるか食えないかを判断する能力は流石に私には劣るんだよね。ましてやそれが香辛料の類になったら尚更。
これ、メイド補正だったりするんだろうか。それとも私の素だろうか。
……素だな、多分。
「出して、貰った?まるで舞戸さんだけじゃ外に出ちゃいけないみたいな……」
「あ、その通り。私一人で出ると危険だから、皆が日中、探索に行ってる間はここで家事とかやってた」
「ずっと!?なにそれ!酷いな!大体、家事、って……まさか、外にも出ずにずっと働かされてたの!?一人だけ!?」
いやいやいやいやいやいやいや、あのね、君ね、ちょっと思考がぶっ飛び過ぎとちゃいますか。
なんですか、働かされてた、って。君は私の自由意志を否定するのですか。
「いや、単に役割分担してたっていうだけで」
むしろ、安全な室内に引きこもっててすみません、状態なんだけどな。
そこんとこを分かってもらえないらしい。
「でもだからって、ずっと外に出られないなんて、それ以上に外にも出られないのに一人で置き去りにされるなんて、幾らなんでも酷過ぎるよ!舞戸さんの他に誰かが付いてるとか、幾らでもやりようはあるじゃないか!」
……うーん、何だろう、この暖簾に腕押し感。
私は別にこの境遇を不幸だとは……あ、いや、戦闘能力がないことは不幸だと思うけどさ。
けど、別にこの境遇自体を不幸だとは思ってない。むしろ、ぬくぬくしてて申し訳ない。
室内大好きです。ビバ引きこもり。引きこもり万歳。
「ねえ、舞戸さん、あの……外に、出ない?」
「出ない」
出たら死ぬ。
「その、僕が付いてるから、何かあっても守ってあげられる。それに、ここに閉じ込められてるよりはいいと思う」
……ええー……。こいつ、私の足引っ張り加減を知らないな?
こちとら、鈴本に羽ヶ崎君に社長、それに角三君が付いてやっと外に出て安全が保障されるレベルですぜ?
君だけで何とかなるとは到底思えないんだよなあ……。
「……もっと言うとね、こっちには女子も2人いるし、舞戸さんの居心地もいいと思うんだ。だって部員、って、化学部に女子は舞戸さんしかいなかっただろ?」
へい、仰る通りです。ですけど、多分私、見ず知らずの女子と一緒にいても絶対居心地が良くない。
特に、いかにも今時な感じの子だと、まず間違いなく心労で死ぬ。
「やっぱり、男子ばっかりの中にいるのって、良くないと思うんだ」
「あ、寝室は分けてます」
講義室手に入ったからね。
「そういう問題じゃなくて!ええっと、そう、それで、さ。こっちに来ない?」
……問答無用で答えは否、なんだけど。ちょっと今、ちらっと気になったことが。
「じゃあいくつか質問。一つ目。なんで福山君は他に仲間がいるのに一人で行動しているのか」
「僕は一人でも何とかなる強さだから、一人で行動してる。他は、有野さんと甲崎君が二人で行動してて、あと3人は3人で行動してるかな」
「2つ目。女子の職業は?」
「水澤さんが魔術師、有野さんが盗賊だったかな」
……女子は問答無用で非・戦闘職、っていう訳じゃ無かったのか……。
ちょっとそこに期待してたんですが……。ああ無情。
「3つ目。君達が今まで行動した範囲は?」
「英語科研究室の周りを探索して食料を調達してる。多分、半径5km位かな。今日ちょっと遠出したんだ」
「何故夜に遠出したし……」
「え、だって、夜の方がモンスターって出ないだろ?」
……えっ?
「え、えっと……夜の方が、出ないの?」
「え、うん。数が少ないし、群れで来ることも少ないから、夜の方が探索には向いてるけど……もしかして、知らなかった?」
知らないよそんなの!
どう考えても夜ってあれでしょ、モンスターが凶暴化するとか、強いモンスターが出てくるとか、そういうのが普通でしょ!気づかないよそんなの!
えー、じゃああれか、今までの生活パターンは見直す必要があるのか。
ふむ、これはかなり有益な情報だったな。
「質問は以上だけど、やっぱり私は行かない。明日か明後日には皆帰ってくるし」
「でも、舞戸さん、逃げるとしたら今しかないんじゃないの?」
WHAT?逃げるって、逃げるって……何から?
「思うんだけど、今の状況って、DVなんじゃないの?」
「違うと思う」
ドメスティックでもヴァイオレンスでもないから二重に違うと思う。
「いや、確かに家庭じゃないからドメスティックではないけど、そうじゃなくて。舞戸さんは今、自由に外出もできない訳でしょう?」
「そりゃ危険だからね」
「そこだよ!多分、実際は、舞戸さんが思ってるよりも外って危険じゃないよ。大して危険でもないのに、他の化学部の人は危険だからって嘘をついて君を閉じ込めてるんじゃないのか?」
うーん、そう言われてもなあ。
「もし仮にそうだったとしても別にいいよ。私、室内好きだし」
「そういう考え方が危険なんだって!DVに遭ってるとだんだん考え方も変えられちゃうんだよ」
そ、そう言われてもなあ……。
それ言われるとさ、学習して賢くなることも考え方を変えている事になる訳で、それも忌避すべきなのかい?とか聞きたくなっちゃうね。聞かないけど。
「だからやっぱり舞戸さんはここから逃げるべきだと思う。すこし状況が変わったら今の状況が異常だって、きっと気づくと思う」
いやー……そう言われてもなあ……。ええと、なんだろう、えっと……こいつ、凄く、うざい。
「だから、ね?行こう」
「嫌」
もうなんか、こいつが言ってたら、どんなに正しい事でも否定してやる。
この野郎、さっきから言わせておけば人を洗脳されたアホみたいに言いやがって。
「……それでもやっぱり、うん。舞戸さんの為にも、出た方がいいと思う。うん。ちょっとごめん」
「ちょ」
福山君よ、幾らなんでも、問答無用で鳩尾は、いかんと思うぞ。