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149話

「……フィアナ、というのは女神の名だ。正しくはメディレフィアナという」

 そういえば、この世界の暦は『メディレフィアナ歴』だったなあ。

 ……今年がメディレフィアナ118年らしいけど、という事は、この世界ってまだできて118年した経ってないんだろうか?いや、多分メディレフィアナ歴の前になんかあったんだろうなあ。平成の前に昭和があったように。うん。

 ……いや、だとしたら、はじめ以降の時代の名前に、創世の女神の名前が付けられる事態って、どういう事態だ?

「あの、暦の名前なんですが」

「ああ、メディレフィアナ歴、か。今年は117年か?」

「いえ、118年だそうです」

 気になったので聞いてみた所、すぐに返ってきたあたり、この辺の質問が来ることは予想していたのかもしれない。

「そうか。……メディレフィアナ歴の前は、ヘリオディック歴だ。ヘリオディックはこの世界の名だな。ヘリオディック歴は二千年程度続いた」

 それが、118年前にいきなりメディレフィアナ歴、かあ。

 ……さて、これは何故か。

「ヘリオディック歴元年にこの世界は始まった。その前に私とフィアナとの論争があったが、それはこの世界の人間にとっては神話の中の出来事だ。……今は、千年に及ぶ争い、等と伝えられているらしいな」

 そこで魔王が滅ぼされた、っていうのが神殿に伝わる神話で、喧嘩したら女神が圧勝してつまらなかったから論争してみた所、思いのほか面白かった、っていうのが女神本の言う所だね。

「そして、フィアナは暫く人間を見ていた。……人間は時にあいつの思い通りに、時には予想から外れて動いた。あいつはそれを見るのが好きだった。……そして、ヘリオディック歴1869年に、女神としてのあいつは死んだ」

 女神が死ぬと?全知全能(自称)なのに?

 ……はっ!もしや、チェーンソーでバラバラにされたか!?あ、いや、流石にそれは無いか……。

「あいつは、世界を動かす役目を、自分では無く人間に委ねたのだ。あいつは、人間と自分を天秤にかけて人間を選んだ」


「人間は、奈落の扉を開いたのだ」

 このくだりを話す魔王は、正に魔王だった。

 魔王は魔王だった!

 魔王の魔王たる魔王らしいあのオーラは、私、一生忘れないでしょう。はい。

「地上にはまだ魔物がいるか?」

「いっぱいいます」

 そうか、と魔王は少し瞑目して、1つ指を鳴らした。

 すると、テーブルの上に水晶でできた小さな塔の模型みたいなものが出てきた。

 一段目は黒っぽい床、二段目以降は緑色だ。

「ヘリオディック歴1834年、人間は奈落の門を開いた」

 そして指を少し振ると、一段目と二段目の間に穴が空いて、そこから黒い物が2段目に、そして次第に2段目以降へとあふれ出す。

「そして地上は奈落にいた魔物たちによって蹂躙された。その時、人間は対抗する手段など碌に持っていなかったのだ」

 しかし、もう一度指を振ると、緑色の地上が戻ってきた。目を凝らすと、小さい、小さい人間のミニチュアが黒い物を壊していくのが見えた。

「女神は、選択肢を2つ持っていた。1つは、女神の力で魔物を滅ぼし人間を守る手段。そして、もう一つは、自らを削って、人間に魔法を与える手段だ」

 そして、女神が選んだのは後者だった、と。

 女神は、自分がいなくなっても人間が大丈夫なように選択をしたのかもしれない。

『本来、女神はこの世界を創った後、この世界を導く存在となったのだ。神殿の腐敗が女神によるものでは無いとは、言いきれぬのかもしれぬな』なんていう事を、女神本は言っていた気がする。

 女神は、自分が世界を導いていくのではなく、人間に任せることにした。

 神殿がいつできたのかは分からないけれど、人間に任せるという選択をした結果、神殿は腐敗してしまった。

 ……女神は、それを、後悔しないでもないのかもしれない。


「で、何故その女神本が大黒蛇の腹の中に」

「ああ、あいつが言い出したことだ。『人間が拾って奈落まで届けるようになるまでにどの程度の月日がかかるか当ててみよう』とな」

 ……。

 そんなことか。そんなことなのか!

「ちなみに、予想は」

「私は200年。あいつは150年だったな。ヘリオディック歴は勇者召喚が行われるようになった1907年からメディレフィアナ歴元年になった。今はメディレフィアナ118年だから……つまり、あいつの勝ちか。どうもあいつはこういう勝負に強い」

 魔王はなんとなく悔しそうな顔をしたけれど……いや、その勝負、まだ勝敗は付いていないのでは?

 だって、『女神本が奈落に届くまで』でしょ?……今、手元に女神本、無いからなあ。

「いえ、まだ『アライブ・グリモワール』を持ってきている訳では無いので……」

「ああ。成程な。……あと50年ほど待ってもらえないだろうか?」

「いや、私達帰りたいので……その時はお預けしますから、遅くてもあと1月程度かと……」

 ……成程。女神と仲がいい人な訳だよ。この人。




「それで、ここから『転移』できないんですが、それは何故でしょうか?」

 そうそう、それそれ。鳥海が聞いてくれなかったら全員忘れていたかもしれないけど、これも由々しき事態なんだよなあ。

「ああ、すまない。君達が久々の客人だったものだったのでな、私が封じてしまった。……これで戻ったはずだ」

 魔王は1つ指を鳴らした。それだけで『転移』封じは解けたたしい。流石の魔王というべきか。

 ……しかし、強制イベントではあったけど、負けイベントとか全滅イベントの類じゃなくて本当に良かったです。はい。


「あ、それから、こちらの門番をしていたケルベロスがですね、その、私に懐いてしまったのですが」

 ……これも聞いておかないと不味いよなあ、と思って、恐る恐る聞いてみた所、魔王は笑い出してしまった。

「いや、すまない。あまりに突飛だったものでな。安心してくれ。あれは私が創ったものではあるが、私のものでは無い。どこへなりとも連れて行ってやってくれ。その方があいつも喜ぶだろう」

「門番がいなくなってしまったら困りませんか?」

「門番がいなくても、ここに訪ねてくる人など滅多にいないからな」

 それに、まあ……門番より、魔王の方が、強いわな。うん。

「それからですね、ええと、でっかい狼と、大黒蛇の子供と、玻璃蜘蛛が……」

「ああ、構わないとも!好きにしてくれ。……やはりフィアナは運がいい。君のような面白い人に拾われたのだから」

 魔王は笑いながら何もない所で手を握って、開いた。

 すると、何も無かったはずの掌に幾つか、小さな宝石みたいなものが乗っていた。

「彼らにこれを与えてやってくれ。……きっと力になるはずだ。『虚空の玉』は探すのに骨が折れるかもしれないが……頼んだぞ」

 そしてその宝石を、私の掌に零した。

「私は奈落から離れるわけにはいかないのでな」

「いいんですか?元凶……ええと、『虚空の玉』はあなたが作ったものでしょう?」

 一応聞いてみると、苦笑された。

「ああ。今となっては人間への害悪にしかならないからな」

 ……という事は、昔は違ったん?

「……地上まで送ろう。『虚空の玉』を消したなら、また奈落へ来るといい。『奈落の灰』が奈落へ落ちてくるだろうから」

 あれ、と思う前に、なんか謎発光が始まった。

 あ、ちょっとまって、まだお茶飲み切ってないんです!

「頼んだぞ。……それから、フィアナに、つまらぬ嫉妬を詫びておいてくれ」

 それきり、ふ、っと光景が遠くなり、次の瞬間には地上に居た。

 ……魔王は、とんでもない爆弾を投下していきました……。




「見た所、1F中央か」

 ちょっと離れた所に神殿が見えるからね。

『眩しっ!』

『眩しっ!』

『眩しぃっ!』

 奈落生まれ奈落育ちらしいマルベロには、夕方でも地上は眩しかったらしい。うん、文句は魔王につけてくれ。強制移動されちゃったんだから!

「色々と爆弾投下するだけして、「頼んだぞ」って、虫が良すぎない?」

 羽ヶ崎君はぶつぶつ文句言ってるけど、まあ、殺されなかっただけマシという風にポジティブに考えようぜ!

「まあ、いいんじゃないでしょうか。魔王と女神がどう恋慕していたかなんていう事は俺達には関係ない事ですし、合唱部の人達の蘇生もできそうですから」

 そうね。……問題は、どの元凶を消すか、なんだけれど。


 今私が持っている元凶は2つだ。

 1つは、2F中央の浮島にあった奴、もう一つは神殿にあった奴だ。

 ……元凶がこれだけ、っていうのは考えにくいから、多分他にもあるんだろう。

 とすれば、それを見つけた方がいい気がする。うん。ほら、後がなくなるのは御免だからさ。

「元凶の場所を知っていそうなのは、勇者ですかね」

 ……ね。

「今日は遅いから明日にしよう。今日はシュレイラさんの引っ越しもあるしな」

 そうなのである。シュレイラさん、錦野君の所に引っ越す気でいるのである。

 うん、多分部屋は空いてると思うよ。あのお屋敷にキャリッサちゃんと2人暮らしじゃあ間違いなく部屋余りまくりだと思うよ。


 と、いうことでとりあえずアーギスのシュレイラさんの所に『転移』した。

「ああ!マイト!てっきり忘れられてしまったのかと思ったぞ!」

「すみません、ちょっと世界の成り立ちの話を聞いていたら遅くなってしまって」

 案の定シュレイラさんにちょっと怒られてしまった。文句は魔王に!魔王にお願いします!

「まあ、いい。引っ越しは手伝ってくれるんだろう?」

 それは勿論!

 こういう時に『転移』は凄く役立つなあ。

 この世界、『転移』のバレッタ1つさえあったら、引っ越し業者として身を立てられるね。


 シュレイラさんの荷物はそんなに多くなかった。

 引っ越し、とは言っても、この家を処分する気は無いらしいのでそんなもんだろう。

 どっちかっていうと、荷物、っていうより、機材?の方が多かった。

 錬金術に使う道具らしいんだけど、これがまたよく分からないんだな!

 その機材、器具には大抵、変な模様が書いてあったり、彫ってあったりするんだけど、羽ヶ崎君と加鳥にはなんとなく意味が分かるらしい。なにそれ怖い。

 ……後で聞いたところによると、加鳥のあの人型光学兵器は、このシュレイラさんの錬金術につかう模様に似たもので回路組んであるとかなんとか……。


 ちなみに、今回の引っ越し、キャリッサちゃんには話が付けてあるか、っていうと、そうでもない。

 シュレイラさん曰く、「妹は押しに弱いからな。荷物を纏めてから押しかければ断られないだろう」とのことでした。あの妹にしてこの姉である。

「お邪魔しまーす」

『転移』なので、いきなり室内なんだけどそこはご愛嬌である。

 移動したら錦野君の膝の上にキャリッサちゃんが乗っかっていちゃついてる所だった。ごめん。

「邪魔するよ」

「お、お姉ちゃん!?」

「お姉さんっ!?」

 キャリッサちゃんも慌てるけど、多分それ以上に錦野君が慌てている。哀れ也、錦野君。南無。

「キャリッサ、無事だったのか」

「ななななななんでお姉ちゃんがいるのよーっ!」

 キャリッサちゃんは飛び上がるように立ち上がって、シュレイラさんに詰め寄る。ああ、照れ隠しだ。照れ隠しだ。あれは照れ隠しなんだな。

「いいじゃないか」

「よくないわよーっ!」

 そしてシュレイラさんは、慣れた様子でキャリッサちゃんに向かって両腕を開くと、キャリッサちゃんは渋々、といった体で抱き付いた。ああ、また照れ隠しなんだ。照れ隠しなんだな。

「久しぶりだな、キャリッサ」

「……うん」

 一応、キャリッサちゃんは投獄されてた訳だから、ここは姉妹の感動の再会なんだけども、状況が1人、全く分かっていない錦野君だけ置いてけぼりである。後で説明するので許してください。




 それから錦野君にも説明をして、キャリッサちゃんを陥落させ、シュレイラさんはなし崩しにお引越しに成功した。

 キャリッサちゃんも相当に強かだとは思ったけど、シュレイラさんは流石にその姉であった。


「ということで、『奈落の灰』以外の材料はここにあるから」

「嘘ぉ!はっやーい!もっとかかるかと思ったのに!」

 キャリッサちゃんは集めた材料を見て点検しながら驚いている。

「『奈落の灰』も多分、数日以内には持ってこれると思うよ」

「そお。あたしの方も、お姉ちゃんの機材借りたりすれば明後日位には設備が整うと思うの。そしたら作り始められるから、その時には生き返らせたい死体、用意しといてねっ!」

 死体の状態で、って事だよね。

「シュレイラさんの『深淵の石』はすぐに作れますか?」

「術式を組むのに少しかかるが、キャリッサの準備が整うまでにはできるだろうな」

 おお、それは心強い!

 そしたら、後は私達の方で霊薬を作って、合唱部の人達を宝石から死体に戻して、それでシュレイラさんの作った『深淵の石』で命の器の中の異物を取り除いて、キャリッサちゃんが命を作れば完了だ!

 遂に!遂に見えた!見えてきた、とかじゃなくて見えた!

 ……随分掛かってしまったけれど、合唱部の人達を生き返らせたら、帰る方も目処が立つね。


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