148話
このまま居てもしょうがないっていう事で、とりあえず門の中に入ってみることにした。
……私はというと、角三君と一緒にマルベロに乗ってる。角三君、起きたんだけどまだ寝ぼけてるみたいなのでテラさんに乗っけるのは躊躇われたのだ。
尚、テラさんはというと、自力で後ろを飛んで付いてきてくれている。
……テラさんが嫉妬の瞳でマルベロを見ている。
ご主人様を乗せる役割を取られて悔しいんだろうか。
うん、でも空飛ぶテラさんに寝ぼけた人間を乗せるのは危険すぎるので勘弁していただきたい。
門を潜って歩くと、だんだん風景が変わってきた。
自然物から、だんだん手の加わった箇所が増えていって、その内完全に人工の物になっていく。
淡い赤紫の光を内側に灯す水晶が街灯として秩序正しく並び、明るい緑に淡く光る植物や茸がその下にやはり秩序正しく植えられている。
色々な色の光が混ざって、光は白っぽく見えるようになる。多分、ここが奈落で一番白っぽい場所だろう。
そして、更に進むと、水晶でできた塔のような物が見えてきた。
「あれ、魔王城かなあ」
魔王城にしてはこう、禍々しさが足りない。
塔は全体的になんというか、瀟洒である。趣味の良さが出てるというか、なんというか。
「マルベロ、あれには誰かが住んでる?」
一応あんな所に居たんだから、知ってるはずだよね。
『はい!あそこには我々を生み出した魔王様がおいでです!』
……ああ、うん。知ってた!
しかし、そういうことなら一応聞いておいた方がいいだろう。
「マルベロ、君は魔王の眷属じゃなかったの?いいの?私なんかに付いてきちゃって」
なんというか、一応私にも罪悪感というものはあるのだ。一応。
『はい!魔王様はあくまで我々を生み出されはしましたが、ご主人様ではありませんので!』
『ご主人様は舞戸様だけです!』
『舞戸様のご命令とあらば魔王様に噛みつくことも厭いません!待ってろ魔王!』
「やめろアホ!私達を殺す気か!」
一応、一応!あの女神本がまだ本じゃなくて女神だった時に喧嘩したら、魔王は女神にこてんぱんに伸されたらしいけど、その程度が私達と比べてどうか、っていうのは考えるまでも無い!絶対強い!
そんな奴に喧嘩売るとかちょっと正気の沙汰じゃない!
……というかだな、私たちは魔王に聞かなきゃいけないことがあるのだ。
つまり、『奈落の灰』について。女神本は魔王に聞け、と言っていたのだ。ならば魔王に聞くしかあるまい。
なので、最初から敵対するという選択肢は無いのである。
「マルベロ、私たちは魔王とは敵対しない。だから絶対噛みつかないように。というか、危害を加えないように」
『かしこまりました!』
『仰せのままに!』
『絶対噛みつきません!』
うん、よしよし。……大丈夫だろうか。
そしてやってきました、魔王城。
その美しい塔の入口で私たちはとりあえずもう一度、『転移』を試してみた。
結論から行くと、やっぱり駄目でした。うん、やっぱりなんかこう、『ふしぎなちからにかきけされた』っていうかんじなんだよね。
しょうがないので、このまま魔王城に突入することにした。
「……一応、ノック位はしておくか」
「ね」
魔王城とは言っても、人様のお宅なので扉をノックしてみた。
こんこん。
「どうぞ」
あ、さいでか。じゃあお邪魔しま……
……えっ?
余りの予想外にちょっと全員固まってしまった。
いや、だって、中に居るのは推定魔王、なんだけど……どうぞ、って。どうぞ、って!
「……どうする?」
珍しく、鈴本が引きつった顔している。
「いや……入るしかないんじゃないの」
羽ヶ崎君がなんか歯切れの悪い言い方で入場を促すけども、誰も入ろうとしない。
「えええ、俺、やだよ!」
針生はもう逃げを打とうとしている。
……。
「おじゃまします」
私はそこまで気が長くないのでおじゃまします。
どうぞっつってんだから、ここは真正面から行きますよ。
なんとなく固まってしまった皆さんは置いておいてドアを開けると、そこには華奢なテーブルセット、水晶細工のチェス盤と駒。そして一人でそれを動かしている、銀色の髪の男性がいた。
その男性はチェス盤から顔を上げて、私達を見た。
その瞳は真紅。……女神本は、私が魔王として神殿に喧嘩売る時の恰好について、「銀髪で赤の瞳」と指示してきた。そこからも、この人?が、魔王、で、間違いなさそうである。
そして、魔王の双眸は私達を見て、軽く見開かれた。
「……君は」
「お邪魔します!私達は異世界から落とされてこの世界にやって参りました、異世界人です!」
とりあえず攻撃も口撃も先手必勝と相場が決まっておるわ!
最早これぐらいしか名乗ることが無いので、とりあえずこういう名乗り方をしておいた。
「……異世界の……。そうか」
名乗ると、目を閉じて少し何かを考える、というか、思うような素振りを見せてから、その人はこう言った。
「こんな場所まで来たのだから知っているだろうが、一応名乗ろう。……私が魔王だ」
魔王は、想像となんかちょっと違った、というか、割と普通の人に見える。
女神本曰く、「魔の王」なのだから、人間じゃないのかもしれないけど、とりあえず、見た目は20代後半から30代前半位の男性である。
そして、魔王、っつうんだからこう、禍々しい気に満ち溢れてたりするのかと思ったら、全然そんなことは無かった。
そして、そんなにムキムキには見えない。身長は矢鱈と高いけど。
……ええと、化学部の顧問の先生は身長183㎝っつってたけど、それより更に高いかんじがする。2m位あるのかもしれない。
「こんな所までよく来たな。……しばし待て。茶でも淹れよう」
そう言って魔王は席を立つ。
「あ、どうぞお構いなく」
「遠慮するな。掛けて待っていてくれ」
そう言って魔王は薄く笑うと、指を1つ鳴らした。
すると、水晶の床からテーブルと椅子が現れる。華奢な椅子の数は10。
そして、魔王はすたすたと奥の方に行ってしまった。
え、魔王城にはお茶汲みメイドの1人もいないのか?魔王手ずからお茶淹れるのか?
……うん、まあ、なんというか……。
「お土産持ってくればよかったね」
とりあえず諦めの境地で椅子を引いて座る。
お、座り心地良好だ。
「とりあえず掛けて待て、と言われたのですから座りましょう」
社長が私の横の椅子を引いて腰を下ろす。うん。そうだよね。魔王だからっつって変に警戒するのもおかしな話だと思うよ。
女神本の言い分を聞く限りではどう考えても、魔王は、少なくとも女神よりは常識があったみたいだし。
「もうやだ、この世界。何、魔王が自分でお茶淹れるとかなんなの?僕の知ってる魔王と違うんだけど」
羽ヶ崎君も諦めの境地に達したのか、私の反対隣りの椅子を引いて座った。
そして私達が座ってしまうと、座るのを躊躇った人たちも座るしかなくなってしまったので座り始めた。
「……俺はここか?」
「一応君は部長なんだからさ」
所謂、お誕生日席。
反対側のお誕生日席は魔王用という事で開けてある。ちなみに魔王に一番近くなるのは社長と鳥海である。
南無!
「待たせたな」
少し待ったらお盆に水晶細工のカップに入ったお茶と、お茶菓子を乗せた魔王が戻ってきた。
……ひえー!
「あ、本当にお構いなく」
魔王に給仕までさせるのは流石に躊躇われたので手伝う。
「ああ、ありがとう」
……魔王にお礼言われた……。
なんというか、よく考えたら女神本も女神なんだからかなり私は不敬な訳だけど、こう、本と実際会うのとじゃあ全然違う。
うん、魔王も本だったら多分結構いい加減な態度取れると思うんだけど、如何せん、こう……魔王である。
禍々しいオーラとかは無いけど、こう、どことなく近づき難いかんじはするんだよ。
何だろう、威圧感がある、というか、高貴、というか、浮世離れしてる、というか、少なくとも日常生活ではそうそう出くわさない雰囲気のお方である。
そしてお茶を配り終わった所で、とりあえず魔王さんの次に私がお茶に口を付けた。
……まあ、毒見ですわな。遅行性だったら意味ないけど。
そしたら、まあ、予想外に美味しいお茶だった。なんかさっぱりした香りと味。奈落産なんだろうか。
「さて、こんな所まで来たのだ。私に何か用があったのではないか?」
そして魔王がこう切り出してくれたので、遠慮なく聞くことにした。
……私じゃなく、鈴本が。
「『奈落の灰』をご存知ですか」
そう単刀直入に切り出すと、魔王はお茶のカップに口を付けてから、実に平然と答えた。
「ああ。知っている。尤も、殆ど使ってしまったが……戻せば『奈落の灰』になるだろう」
も、戻す、とな?
「『虚空の玉』は知っているな」
……『虚空の玉』、って、なんぞ?という思いが顔に出たのか、魔王はカップを置いて私に向き直ると、左腕を示しながら言った。
「左腕に着けているだろう?」
……え、あ、ああ!『元凶』のことか!
とりあえず襟から手突っ込んで1つ取り出すと、魔王が懐かしそうにそれを眺めた。
「これを作ったのは私だ。だから、これが崩れた時には私の元にその残骸が降ってくるのだ。『奈落の灰』となって。……して、何故『奈落の灰』を欲する?」
「人を、生き返らせるのに必要なんです」
鈴本がそう返すと、魔王は少し目を細めた。
「つまり、人が人の命を創るようになったのか?」
「はい」
少し、空気が緊張した。
……やっぱり、まずかったのか。
……しかし、次の瞬間、魔王が笑いだすことでその空気は崩れた。
「そうか!やはり人は遂にここまで来たのか!」
そして、一頻り笑った後、魔王は懐かしそうに眼を細める。
「……あいつが知ったら、きっと面白がるのだろうな」
……ふむ。
「女神様の事なら、実際に面白がっておられましたよ。『人間とはどこまでも進んでいくものなのだな』と」
そう言ってみると、魔王は驚いたように私の方を向き、暫く私を見て、勝手に何か納得したようだった。
「ああ。『アライブ・グリモワール』を見つけたのか」
「よくご存じで」
やっぱり魔王ともなると人を見ただけで記憶見れたりするんだろうか。
「君を見たとき、どことなく懐かしい気配がしたのだが、合点がいったよ。……フィアナは相変わらずなのだろうな」
そう言って、魔王はまたカップに口を付けた。
嬉しそうに眼で笑いながら。