145話
ということで、角三君を奈落にタクシーしてから、穂村君達と会う事になった。
「あー!こっちこっち!」
往来のど真ん中でもなんとなく目立つあたりが穂村君である。
「これが『深淵の石』だが、何かあったのか?」
「サンキュ!これがあると友達起こせるらしくってさー!」
穂村君は穂村君で、錬金術師をこの町で見つけることに成功したらしい。
……ここが穂村君の凄い所なんだけれど、ククルツに住んで、バイトしている間、穂村君はククルツの人たちとすっかり打ち解けて仲良くなっていたのだ。
だから、色々な情報が手に入って、その結果『人を生き返らせる』錬金術師についても情報を貰えたんだそうだ。
……キャリッサちゃんの時にちょっとそんなような事言ってたけれど、この国では『人を生き返らせる』のは禁忌だそうだから……そんな情報を手に入れられた穂村君は、凄いよね。
「必要なのが『深淵の石』だってゆーからさ!助かったー!」
ふむ、どうせ私は暇なので、そこら辺が気になる以上、私は穂村君についていくことにした。
他の人は勿論他の材料探し。
あと、ついでにククルツに装備取りに行ってくるとか。
……いってらっしゃいませー!
路地をぐりぐり曲がったりなんだり、立体交差みたいになってる所を抜けたり、と、頭の中がごっちゃごちゃになりそうな道順で穂村君が進んでいった先に、その錬金術師が住んでるというお家があった。
「ここだよー。こんにちはー!」
そしてガンガンドアを叩くと、少しして、中から薄紅色の髪をポニーテールにした白衣の女性が出てきた。
この人が錬金術師さんらしい。
「いらっしゃい。ああ、ホムラか。……そちらのお嬢さんは?」
「この子?友達ー」
……なんか知らん間に友達にされた!恐るべし穂村君!
「まさか例の物をもう持ってきたのか?」
言われて穂村君は『深淵の石』を出した。
「これっすよね?」
「ああ。これだこれだ。こんなに早く持ってくるとはな」
錬金術師さん改め、シュレイラさんは、早速なんかやるらしく、『深淵の石』を持って実験室に向かった。
「見せてもらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。ただし、邪魔はしないでくれ」
シュレイラさんからも許可を得て、早速錬金術なるものを見せてもらう事にした。
シュレイラさんは『深淵の石』に柔らかい布をかけて、ぐぐぐぐぐぐ、と手で力を入れ始めた。
そしてやがて、それはぱきり、と割れて、小さい破片を生む。
……成程、強い衝撃が一気に加わると吸収する性質が発動しちゃうからこうやってじわじわ力入れて細かくしてるのか。
「シュレイラさん!それ俺がやった方が早くね?」
穂村君の申し出も尤もだね。
穂村君には異世界補正が掛かってるから力がおっそろしく強いし、何より、シュレイラさんの細い腕じゃあやっぱり効率が悪そうだ。
「ああ、そうだな。悪いがホムラ、頼んだ。……くれぐれも強い衝撃を加えるんじゃあないぞ」
分かってるってー、と言いながら、穂村君は言われた通り、ゆっくりじわじわ力を加えていって、少しづつ割れそうな所から攻めていって、『深淵の石』を細かくしている模様。
頑張ってくれー。
「シュレイラさん、穂村君の友達は、今どういう状態なんでしょうか。それで、どういう工程を経て蘇生させるんでしょうか」
合唱部の人達の蘇生にも通じるところがありそうだから、ここは是非本職の人に聞いておきたい。
シュレイラさんに聞いてみた所、ちょっと嬉しそうな顔をした。
「なんだ、マイトはそういう事に興味があるのか?」
「はい」
頷くと、そうかそうか、とシュレイラさんは満足そうに頷いて、近くにあった椅子に腰かけた。
そして隣の椅子を勧めてくれたので、私も座る。
「ホムラにはもう説明したが、命とはワインのようなものなんだ。それはグラスに入っていて、それを私たちは体のどこかに持っている、そんなイメージでいてくれ」
あ、うん。それは知ってる。
「マツカゼの状態は、そのワイングラスに蓋をされている状態なんだ」
あ、松風、というのは穂村君の友達の松風君の事である。
蓋……蓋、かあ。
「蓋をされると眠ってしまうんですか?」
別に命自体に別状がないなら寝ない気がするんだけども。
気になったのでシュレイラさんに聞いてみたらちょっと考えこまれてしまった。言葉を探しているらしい。
「命が体を動かすための経路を断たれてしまうようなものだ。そうだな、さっきの例えでいくなら、命をワインとして、そのワインから出る香気が体を動かしている、とでも例えられるかな?」
「それ、ワインは劣化しないんですか?」
「勿論劣化もする。それが老いるということだね」
あー、そういう解釈なんだ。
うん、なんか割と納得がいく説明ですなあ。
「シュレイラさーん!これでよくねー?」
穂村君の方の作業が終わったようなので、早速松風君の蘇生に移ることになりました。
……しっかり見ておこう。
シュレイラさんは砕かれて小さい破片になった『深淵の石』を器具に詰め始めた。
砂時計みたいに真ん中が括れた形状の透明な管で、金色で何かよく分からない文様が描いてある。
それの上半分にひたすら『深淵の石』を詰めて、なんかよく分からん器具に取り付けたら、透明な液体をそこに注いだ。透明な液体は『深淵の石』を通り過ぎて、砂時計部分の下半分に溜まる。
「これで、後は魔力を注げば吸収の指向性を定めた『深淵の石』ができる」
言いながらシュレイラさんが器具に取り付けてある宝石みたいなものに指先で触れると、そこから管や器具全体に走る金色の文様が光り、『深淵の石』が融けた。
融けた『深淵の石』は、そのまま砂時計のような管の形状に導かれて下にゆっくり落ち、そこに溜まっていた透明な液体の中に落ちると、固まって固体になった。
……おー、よく分からんけど面白いな、これ。
「どれ、ひとまず完成、と言った所かな?」
シュレイラさんはその石を取り出した。
『深淵の石』は元々透明だ。
しかし今は金属蒸着加工した水晶みたいな、表面にオーロラ色の光沢がある石になっている。
「よし。じゃあ早速マツカゼを起こしてみようじゃないか」
シュレイラさんは穂村君と私を伴って隣の部屋に移った。
隣の部屋には簡素なベッドがあって、そこに松風君と思しき人が眠っていた。
……いや、綺麗な顔してるけど別に死んでは無い。寝てるだけである。ゆるゆる呼吸してるのも見れば分かるから安心である。あーよかった。
「じゃあ早速いくぞ。ちょっと離れてくれ」
松風君の胸の上に石を置くと、シュレイラさんは私たちと一緒に離れた。
あ、そうか。近くに居たら吸収の対象が私達にも被るんだね。私達には命に蓋なんぞ付いてないと思うけど、だからこそ変なものが吸収されたらえらい事である。離れよう。
「心の準備はいいか?」
「OKっす!」
穂村君が元気よく返事をすると、シュレイラさんは銃みたいなものを構えて、撃った。
銃からは光の球みたいなものが飛び出し、松風君の胸の上に置いておいた石に当たって石に衝撃を与えたらしい。
……あ、石の色が変わってる。
ちょっと灰色っぽくなってるね。
成功したんだろうか。
「松風!起きろ!おい!」
穂村君が早速松風君をべしべし叩くと、
「るっせえよ!……あれ?」
起きた。
「俺何して……おうわっ!」
「松風ええええええええ!お前マジ心配したんだかんな!おい!」
そして松風君は穂村君にタックルを食らいつつ、何時ぞやの私のエプロンの様にハンカチ代わりに使われることになったのであった。
穂村君はすっかり落ち着いてにこにこ顔に戻った所で、シュレイラさんに何度も何度もお礼を言って松風君と一緒に帰って行った。
……ええと、何故穂村君が1人だったか、っていうと……ほら、家庭科部の人達を買い戻すために彼ら、バイトしてたじゃない。
その引継ぎ、だそうです。雇われ先だって、急に人材がいなくなったら困るもんね。
穂村君は即日退職しちゃっても平気な環境だったらしいので、穂村君だけでとりあえず、って事だったらしい。
うん、実に真面目で素晴らしい事だと思うよ。
それで、私はというと、シュレイラさんにお願いである。
「『深淵の石』で、命の器に溜まった異物を吸収するように指向性を定めて欲しいんです」
言ってみると、シュレイラさんはちょっと眉を上げて驚いたような顔をしてみせた。
「つまり、死を消せと?随分とピンポイントだな」
「あ、あれ死なんですか」
あの水銀みたいな奴。……えー、死が溜まってくんのか。やだなそれ!
「……マイト、君はもしかして、命を見たことがあるのではないか?」
……あ、そっちか。
「はい。ええっと、『失われた恩恵』の効果で、なんとなく、それっぽいものを見たことがあります」
「成程な。そういう事なら色々と合点がいくよ。……それで、死を消す、という事についてだが、決して死を消したところで人が生き返る訳では無い。それは分かっているね?」
分かってるよ。だからこそキャリッサちゃんに命の製造をお願いしたのだ。
「肉体を蘇らせる手段はもうあります」
命については、キャリッサちゃんが異端扱いされてた、っていうのを聞いてるので言わないことにした。
「そうか。なら後は器の中身、命だな」
……ここは、知らんぷりしておくしかないよなあ?
「この国では、命の製造はご法度だ。人が人の命を創るなんて烏滸がましい、ということでな。人を生き返らせる術などを表沙汰に研究していたら、捕らえられて極刑だ」
あ、うん。それは知ってる。キャリッサちゃんが異端扱い、っていうのはそこら辺なんだろう。
……というかだな、多分、この国じゃなくてもそういう考え方の人は一定の割合でどこの世界、どこの文化にもいるんじゃないかと思う。
「しかし、君は人を生き返らせたい。そうだろう?」
「……はい」
シュレイラさんがどういう意図でそれを聞いてきてるのかは分からないけど、ここを否定すると話が進まない。
「……そうか」
なんとなくじりじりと時間が流れて、シュレイラさんは結論を出した。
「分かった。じゃあ、命の器に溜まった死を取り除く『深淵の石』は私が作ろう。その代わり、頼みがある。……命を創りだして異端扱いされ、投獄された妹を助けてくれないか?」
……。
ええと、ええと、だな。
「妹は優秀な錬金術師だ。きっともう少し研究を重ねれば人間の命を製造することだってできるようになる。バッタではもう成功しているらしいからな。私達姉妹が揃えば、人を生き返らせることも不可能では無い。どうだ、君にとっても悪い話ではないと思うが」
……優秀な錬金術師で、バッタの命の製造に成功したことがあって、それで、この薄紅色の髪をしたお姉さんの、妹さん。……髪がピンクの可能性は非常に、高い。
「あのですね、もしかして、妹さんのお名前はキャリッサ、さん、では」
「なんだ、知っていたのか!なら話は早い!」
途端にシュレイラさんの顔が輝く。うん、大方、私があらかじめ目星を付けておいた錬金術師なんだろう、とか思ってるんだろうけど、違うんだな……うん。
「はい。ええとですね、王城の近くにでっかいお屋敷あるじゃないですか」
言うと、シュレイラさんはなんとなく拍子抜けしたような顔になってしまった。
「……あるなあ」
「そこに異国人一人住んでるじゃないですか」
あ、なんかシュレイラさんの表情がますます緩んできてしまった。
「……住んでるらしいなあ」
「そこに一緒に今住んでます、彼女」
そこまで言ったら、すっかりぽかん、と口を開けて、シュレイラさんは固まってしまった。
「……何故、そんなことに?」
「……さあ……」
大方、錦野君がなんかやった結果なんだろうけどさあ……。
……世界って、狭い。