142話
……そして馬は止まらないので、そのまま私、連れて行かれることに……ならない。
当然である。
「『イレイズビーム』」
加鳥の声がのんびり聞こえたなあと思ったら、一瞬閃光が走り、バランスが崩れて、馬、スライディング。
……脚が4本とも消えてた。ひえー。
私が胴体でスライディングすることになった馬から落ちずに済んだのは私を馬に乗っけて運搬しようとした甲冑の人が抱えていてくれたからである。どうも!
……さて、今日は馬刺しかな。
という事で。
現在、往来のど真ん中から外れた路地裏にて、正座させられた甲冑の人と、刈谷に脚を治して貰った馬を囲んで尋問中です。馬が治っちゃったので馬刺しならず。無念。
「つまり、お前はお前の雇主の命令で若い女を攫おうとしたわけだな?」
「そ、その通りだ。主人から若くて見目の良い女性を集めて来い、と」
異世界人補正が祟ったらしい。うーん……。
「しかし、どのみちこの女性はすぐ解放することになった!許してくれ!」
いや、その理屈はおかしい。商品返したって万引きは万引きなのである。
「それは何故?」
「この女性が黒髪で黒の瞳だったからだ」
……ほー?
「主人には見目の良い女性を連れて来いと言われたが、黒髪で黒の瞳の女性は駄目だ、という事だったのだ。どちらか一方だけなら良いとの事だったので、瞳の色を確認できなかった以上、とりあえず、と……」
まあ、馬上から走ってて目の色までは判別しにくいわな。
実は、この世界の人達の中で、黒髪で目の色は黒じゃない、っていう人ならもう何人か見ている。
黒髪に瑠璃紺の瞳とかだったら、確かに遠目には黒っぽく見えるだろう。
特に、日暮れ間近で陰ができてただろうし、そこんとこの判別ができないならとりあえず、っていうのも分からんでもない。
……しかし、この甲冑の人の主人は、異世界人を避けている、という事になる。異世界人は美形補正あるんだから、特に美人だろうに。
……つまり、これ、こういう結論になる。
「……つまり、あなたの主人は異国人ですね?」
社長がそう言うと、今まで主人の正体についてはひたすら黙秘していた甲冑の人がびくり、と震えた。
……自分より強い女が嫌とかそういうのも考えられるけど、まあ、多分そうなるよね。
さて。現在甲冑の人と一緒にご飯食べてます。
何故かって?賄賂の一環です。あと、一緒にご飯食べた相手は裏切りにくいだろうな、っていう。
メニューはお肉のローストした奴と、ズッキーニ輪切りにしてベーコンと並べてチーズ乗っけてオーブンで焼いた奴と、お野菜たっぷりミルクスープとご飯です。
アーギスも乳製品がいっぱいだったからね。こういうメニューになったよ。
甲冑の人も甲冑脱いだら普通の人だった。いっそ某彷徨う鎧のように中身空っぽでも面白かったんだけども。
「これは……?」
甲冑の人、何やらご飯を不審げにつついている。
「米です。米は俺達の住んでいた所では主食の定番なんです」
そういや、1Fエリアでは米を見たことがないなあ。やっぱり4Fにしかないんだろうか、あれ。
「ふむ……何やら不思議な食感だな、ふむ」
もっちり粘り気があるからね。うーん、甲冑の人がいる事を考えたらパン食にした方が親切だったかもしれない。
心配をよそに、甲冑の人はご飯が割と気に入ったらしい。良かったです。
ということで、恙なくご飯も終わって、作りだめのプリンをデザートに出したりお茶淹れたりする頃にはすっかり甲冑の人も溶け込んでた。
流石ご飯パワー。
「……さて。それじゃあ、本題に入ろうか」
よしきた。
甲冑の人も居住まいを正す。
「できるだけ、お前の主人について聞きたい」
「……主人を売れと?」
甲冑の人、流石にこれは喋りにくい模様。
「いや、そもそも俺達がお前の主人と敵対するとは限らない。むしろ、敵にはならないと思う。ただ、何をやっているのか、どういう奴なのかが全く分からないんでな、こっちとしてもどう動いていいか分からない。できれば接触して直接話をしたいんだが、それは可能か?」
ここまで一気に話されると、甲冑の人としても頭こんがらがったらしい。
「あ、いや……主人は、だな、おそらくお会いになられない」
「それは何故?」
「主人は、異国人を避けているようなのだ」
……いや、それは分かってるんだけどさ。
「お前と主人の関係は単純に金で雇われてるってだけか?」
「ああ、そうだな。……出会ってすぐ、主人の持つ魅力に惹かれて配下として雇ってもらったのだが……今は単に雇われ先、というぐらいの認識だ。……一体、俺はあんな奴の何処に惹かれたんだか……あ」
……口が滑った、っていうかんじだけど、しっかり聞いてしまいました。うん、そんなに気まずそうな顔しなくてもいいよ。
「嫌なら仕事辞めちゃえば?」
「うーん……いつもそう思うんだがな、いざ辞めよう、と思って会いに行くと……こう、辞める気が失せちまうんだよなあ……」
気まずそうな甲冑の人のフォローがてら、針生が退職を嗾けた所、そういう返事が帰ってきた。
「なんというか、会うと惹かれちまうんだよなあ、やっぱり」
……それ、なんかスキル使われてたりしない?大丈夫?
「で、なんで女集めてんの、そいつ」
羽ヶ崎君がズバリそれを聞くと、甲冑の人は実に言いにくそうに視線をさまよわせた。
「それが、なあ……あー……」
まあ、雇主の悪口になるなら言いたくないよなあ。
「……美女を集めて侍らせてるんだよ。一体なんであんな顔だけの奴に……やっぱ顔か、顔なんだよなあ……はあ……なあ、愚痴になるが、いいか?」
「いいですよ」
「お茶淹れようか」
「お菓子出すわ」
なんとなく、思う所があるというか……他人事に思えないらしい。うん、ええと、うん。
……ひたすら、この甲冑の人の愚痴を聞いてあげた所、異世界人男子は、美女を集めては自分の屋敷に住まわせて、しかも美女たちに養ってもらってるんだそうだ。
甲冑の人改めレオリックさんをはじめとして、何人か男性も雇われてはいるけど、それも微々たるもので、お屋敷に居る大半の人は美女なのだそうで。
そして、レオリックさん曰く、こいつ、何もできないらしい。働かないし、強い訳でも無いし、美女に養ってもらわなかったら生きていけないんだろう、との事。
……まあ、うん、折角の異世界だもんね。
この世界、美人さん多いのだ。町を見れば全員可愛かったり美人だったりなのである。流石の異世界クオリティ。
しかも、この世界ではイケメン補正が掛かると来ている。何てったって、私が「見目が良い」部類に入るらしいしなあ。
……ともなれば、うん、まあ、男の浪漫を達成したっていいんじゃないかという気はしてくる。
まあ、養われてる、っつうのは……ちょっとどうかという気もするんだけど、本人たちが幸せならそれでいい気もするんだ。うん。
別に繁殖目的でハーレム築いてる訳でも無いんだろうし。……多分。
……お幸せに!
って訳にも行かないので、レオリックさんに抱えられてまた私は乗馬であります。
どんなにこの世界で幸せな状態になってたとしても、一応元の世界に帰れるかもしれないよ、っていう情報はさ、渡しておかないとアンフェアじゃない。
私たちはそれができるし、できるならやるべきなのである。この方針を覆すつもりは無い。
で、正面から行っても入れてもらえない可能性が割と高そうなので、こういう形で潜入することにしたんだよ。
尚、その為に私はローズマリーさんに化けてます。
ほら、パッと見てすぐ異世界人じゃないってアピールできた方がいいじゃない。
「しかし、本当にいいのか?」
「うん。私が上手い事潜入してあなたの主人に会ってあなたの辞表渡してくるから」
この人が直接会いに行くと間違いなくまたなんかのスキルに掛かるなりして厄介なことになりそうなので、私が代わりに辞表を出してきてあげることにしたのだ。
……私にスキルが掛かっちゃった時の対処は、針生とメイドさん人形である。
なんかおかしくなったら針生に影から出てきてもらって首でも絞めて落としてもらう。針生も駄目っぽかったらメイドさん人形ネットワークで他の人を呼んでもらう。或いは、メイドさん人形に、社長から預かってる状態異常回復薬なるものをぶっかけてもらう。
メイドさん人形達はすっかりやる気を見せ、社長から預かった小さい瓶を抱えてスカートの中で待機中である。うん。いざとなったら頼むよ。
ということで着きましたお屋敷。
……ここ、一応王都なのよ。だからさ、王城があるんだけど、その王城から少し離れた小高い位置に屋敷があってだな……まるで王城に喧嘩売ってるんじゃないかと心配になるでかさ・立派さ。王城が良く見えるって事は、王城からも良く見えるって事でしょ?大丈夫なのかこれ。
「では、あそこから中に入って、右に曲がった所の階段を登ったら左手に行くと扉がある。そこに入れば誰かしらいるだろう。後は俺にここに連れてこられたと言えば大丈夫だ」
よし。右行って左な。了解了解。
「じゃあ行ってきまーす」
「気を付けてな!」
レオリックさんに手を振りつつお屋敷の裏口らしいドアを開けて中に入る。では参りましょー。
ドアを開けて中に入ったらすぐ言われた通り右に曲がって進む。
……ふむ、内装は如何にもファンタジック・お屋敷ってなかんじである。ふかふか絨毯は足が沈む位ふかふかで、壁にはそういう鉱石を使ってるらしい燭台が取り付けられていて明るさを保っている。
しかし、こんなに絨毯がふっかふかだと侵入者がいても足音がしにくいぞ。大丈夫か、このお屋敷。
暫く進んだら階段に出くわしたんで登って、それから左手に進む。
……お、扉が見えた。
そーっと、扉を開けて覗いてみた所、誰もいない。
……あれっ?おかしいな、誰かはいるんじゃなかったの?
「おい、そこで何をしている!」
そしてそこを見つかったらしく、背後から声を掛けられた。
……おお、お出ましだ。
黒髪黒目の男子が1人、綺麗なお姉さんたちに囲まれてそこに立っていた。




