125話
社長たちが買ってきたのは、片手で握りこめるぐらいのサイズの宝石だった。
「この世界では宝石店とは装飾品店を指さないんですね」
この世界の『宝石店』とは、装飾品を扱う店では無くて、『宝石』を扱うお店らしい。……この世界における『宝石』とは、装飾品としての意味合いより、魔法とか錬金とか云々の道具としての意味合いが強いらしいんだ。
なので、『宝石店』はそういう魔道具の元になる宝石を売るお店、ということになるね。
「この宝石ですが、握って砕くことで一時的にドーピングできるというものらしいです。赤が物理的な能力、青が魔法的な能力のドーピングらしいですね。それから一時的に耐性を得るものもありました」
ほー。成程ね。
これで元凶ありの状況でも多少その分をドーピングで取り戻せる、っていうわけだね。
耐性についても結構使い勝手が良さそうだね。
ということで、私以外の人に分配。
……お分かりの通り、このドーピングアイテム、『石を握りつぶして砕く』という、ドーピングする前からかなりの握力が必要になるのである。
皆さんに聞いてみた所、元凶の影響下においても割れるからお前でもいける、との事だったけども、私が試しに1つやってみた所、割るには割れたけど、割るまでにかなりの時間と体力を消費した。嘘つきめ!
こういうのって思い立った時に一瞬でできるからいいんであってさあ、頑張りに頑張ってやっとドーピング、っていうのはあんまりありがたみが無いというか、あまりにも使い勝手が悪すぎるので私には分配無し。
うん、もう、なんというか、何も言うまい。
ドーピングが必要な人はドーピングできないという世知辛い異世界事情を知ってしまった……。
さて、記念館があった場所に展開してた実験室だの講義室だのを一旦片づけて、そこに元凶を浮かべた。
そしてそこで皆さん、戦闘訓練を始めた。
うん、キレがないというか、やっぱり力が抜けてるっていうのが見ていて分かる。
やっぱり今までの戦闘と勝手が違うらしい。当然だけど。
木刀でがんがん打ちあっているのを見る限り、結構しんどそうだね。思った動きができないっていうのはストレスになるんだろうなあ。
私は給水地点兼編み物係だ。……この網、割と丈夫なんだけど、それでも刃物の上では所詮網だからさ、斬られちゃったら拘束にならないんだよね。網の切れ端がくっつきっぱなしになったりすれば『転移』は防げるんだけどさ。
そのあたりも踏まえて、訓練の焦点は武装解除だ。網も『染色』するにしても、火か刃物、どっちかには弱いものになっちゃうからね。
これは圧倒的に羽ヶ崎君が強い。とりあえず凍らせておけばいいか、で済むからね。
そういえばデイチェモールで冷凍してしまったダリアさん達は元気だろうか。いや、多分元気じゃないね。うん。
そんな訓練をひたすらやっているのを見ていたら、針生から連絡が入った。
『ちょっと今大丈夫―?』
「うん。どしたの、そんなに慌てて」
『いや、俺達、何を勘違いしてたんだっていう話なんだけど、何も貴族のすげ替えが終わってからじゃないと先輩殺しちゃいけないなんてルールは無い訳じゃん?』
……ああ、うん、まあ、そうね。
貴族側としてはできれば色々ごたつく前に自分たちの椅子は確保しておきたいと思うんだろうし、今回の問題って貴族から崩していくっていう政治的戦略にあるんだと思うんだけれど。
『今福山の住んでる家で会議やってて、なんか、自分たちの居場所を確保してから、っていう貴族と、とにかくさっさと女王を倒しちゃえ、っていう福山とか他の勇者っぽい人とかとの攻防になってたからさ、一応報告だけしに来た。もっと細かい事分かったらまた来るから』
……成程、まあ、気が急くのも分かる。
それに、貴族だって一枚岩じゃないんだろう。既にこっちに潜り込めちゃった貴族はまだ潜り込んでない貴族を蹴落とす意味でも急ぎたいんだろうし。
となると、予定より早く来る可能性も十分あるってことか。
早くてもまだあと10日はかかると踏んでたんだけど。勇者も集まっちゃったって事は武力は十分、って事だし、そうなったらもう後ストッパーになっているのは潜り込めてない貴族、って事になるけど、そういう貴族ってつまり、要領が悪いとか、地位が低いとか、そういう事だろうから、ないがしろにしちゃってもいいと思われる可能性も十分にある、のかあ。
うん。ちょっとこっちの想定が甘かったかもしれない。
となると……もうそろそろステンバーイに入っておいた方がいいのかもしれない。
とりあえず落ち着かないので全員武装。元凶は私の手元に置いておいて、いつでも私が装備できるようにしておく。
社長が先輩に伝言しに行き、私はまだ『染色』していなかった網だの絨毯だのを慌てて『染色』。
残りの人がそれを設置したり敷いたりなんだりして、とりあえずいつ来ても一応は戦えるように準備して待機。
……待機、したは、いいんだけど、来ないね。ぜんっぜん、来ないね。
まあ、うん、会議してるっていうんだから、針生から何か来るまでは来ないんだろうけどさあ。
私達も、相当に焦れてるらしいね。うん。……うん……。
……よし、お茶でも淹れるか……。
武装は解かずにお茶を飲んでおやつ食べて、その間も一枚でも多くの網を準備してやれ、ということでメイドさん人形達フル動員で網を編んで、夕方になって、夜になって、やっと針生と鳥海が帰ってきた。
「結局結論でないまま会議流れちゃった」
……この野郎!こっちが!どれだけ!待ってると!思ってるんだ!
しかも、会議が流れたからと言って、実際に攻めに来るのは福山君をはじめとする勇者ご一行+αなわけで、となると、貴族の意向を無視していきなり来ないとも、限らない。なので、警戒は続行。
こっちはいつ来るか分からないっていうんで、おちおち気も休まらないっていうのに!この野郎!そういう作戦か!そういう作戦なのか!くっそ!策士め!あああああああああ!
「ねー、もういっそ俺達から出て行ったら駄目なの?」
針生はもう我慢の限界らしい。ずっと張ってたからにしても早い。早すぎる。
「勇者の回収にはそれでもいいんでしょうが、この国の政治問題が関わってますから。貴族ごと潰せた方が安全なんじゃないですかね」
「それは先輩に任せればいいんじゃないの?」
「先輩が色々やるの待ってたらますます帰るのが遅くなるよ」
「え、どこに」
……ん?
「元の世界」
……あれ、なんだろう、何か、よく分からないけど、正体不明の違和感が。
「でもこのまま待ってたらそれこそいつになるか分かんないじゃん」
……あれ、社長が何か考えてる。
「……舞戸さん」
「ん?」
社長は無言で前髪あげつつ屈んでる。
ふむ、これは『共有』しろ、ということだろうな。よし、遠慮なく頭突きしつつ『共有』。
謎空間で、社長が渡したがってる物を見つけて、受け取る。
……ふむふむ。あー……うん、可能性は否定できない。そして私は疑わしきはとりあえず捕まえておけ、っていうのが方針である。
離脱してすぐ、手近にいた角三君に頭突きして『共有』。
渡すもの渡したらすぐ離脱して、MPを回復しつつ、全員に『共有』していった。
ただし、針生は除く。
代わりに、メイドさん人形みなも機に接続してみる。
……暗い。
聞こえてくる音は……。
ああ、やられた!
「針生、ちょっと」
手招きして、呼び寄せて、頭突き。そして、さっきまでとは違う、一方的な『共有』。
さあ情報を寄越せ。針生はどこにいる。そして、お前は誰だ。
……必要な情報が手に入ったら、離脱して、もう一回頭突きする。
戸惑ったような表情が正にそうだ。針生はこういう顔はしない。
「『眠り繭』!」
なので、とりあえず眠っていてもらおう。
「さて、どうする?二手に分かれるか、向こうの作戦に乗ってやるのか」
「乗りましょう。ただし、勿論対策はさせてもらいます。もう穏便には済みませんが、それは向こうが悪い。存分に悔いてもらいましょう。俺達の仲間に手を出した事を」
怒っている。私達は怒っているぞ。
侵入者は針生で、その点だけ見ればこっちが悪いけども、怒るぞ。悪いけど、怒るぞ。そして許さん。
……社長が考えたことは、大体私と同じだった。ただし、もっと早くから違和感には気づいていたらしい。
つまり、針生が別の何かと入れ替わっている、という可能性。
……自分でもよく気づけたな、って思う反面、なんでもっと早く気づかなかったんだ、とも思う。
姿形こそまるっきり同じだけど、仕草とか反応とかは思い返せばなんか違ったんだよね。
うん、これはしてやられた、と言うしかない。甘かったね。相手が勇者だっていう事は、相手はスキルを幾らでも使ってくるって事だったんだから。
針生が入れ替わったタイミングは、お昼から夜までの間だ。
その間に針生がなんかしらしくじって、見つかった。そして、相手は偽物を上手くこっちに送り込んできた、っていう事になる。
偽物の目的は、私達の動きを筒抜けにしておきつつ、私達の戦力を分散させて、その間に王城を叩く、っていう事だったんだろう。だからこっちから攻めに行くことを勧めていた。
……だから、敢えてそれに乗る。
針生の場所は分かってる。みなも経由で行けるし、偽物の方から情報も貰った。なので、さっさと皆さんには針生の救出に向かってもらう。
その間、王城の玉座の間はがら空きにする。
……ええ、勿論、がら空きです。
そこには、女王すらいない。女王は裏方だから、隠れてる。
そう。そこに居るのは、魔王だけである。
さて、セリフの準備をしないとね。




