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119話

広義の生命倫理観に関わる話がちょっと出てきます。

苦手な方はお気を付けください。

 ……天蓋、なる物を初めて見たぞ、私は。

 ぼやーっ、と天蓋見てたら色々思い出してきたんで、ふっかふかの毛布を捲って左胸を見てみる。

 ……着替えさせてもらったらしく、別の服になってたんで穴が空いた所が見えない。

 しょーがないんで襟から覗いてみたら、もう穴が空いていた形跡すら見えなかった。

 おー、流石の回復魔法だ。

 ……しかし、頭が重い。貧血かな。貧血だな。あとでレバーかほうれん草かフライパン食べておこう。

 寝てても埒が明かんのでふっかふかのベッドから出……あ、あかん!このベッドは魔窟だ!出られん!なにこのふっかふか!ふっかふか!そして自分の体温でぬっくぬく!

 しかし、しかし……出ないと、出ないと……と、己との戦いをしていた所、遠慮がちにドアが開いて社長が……。

 ……OH。

「舞戸さん、具合はどうですか」

「あ、うん、布団がふかふかで出られないだけで元気だよ、元気だけど、社長、その顔、どうしたの」

 社長の顔の左側が赤くなって腫れてる。しかも、なんかぐったりしてる。どうした!

「糸魚川先輩に平手打ちを」

「なんでまた」

 ベッドから出ようと起き上がったら社長に、むぎゅ、と頭を押されて布団に戻されてしまった。鬼め!折角魔窟から脱出できそうだったのに!

「舞戸さんに生死の淵を彷徨わせてしまったので」

「そりゃあ、……理不尽極まりないね」

 だってあれ流れ弾に私が当たったのが原因なわけで、つまりは待避しなかった私の責任じゃないのか。『何かあったら逃げろ』とは言われていたのだし。

「俺は戦闘員です。なのに非戦闘員を連れて行っておいてこの結果ですから」

「……もしかして死者」

「死者は出ていません。会場にいた人の中で一番重症だったのは舞戸さんです」

 あ、そうか。そりゃよかった。

「人が死なないというのが理想ではありますが、舞戸さんが死にかけるぐらいなら福山を殺した方が良かったですね」

「あの状況で殺してみ?貴族連中が大騒ぎだったでしょ」

 ……福山君はあれからどうなったのか、気になるけどそれは置いておこう。

「そう、なんですけどね。……殺す気で掛かれば、殺せたんでしょうかね、俺は」

 ……まあ、決定打には欠けるよね、社長は。

「そもそも殺す気になれなかったんだから、机上の空論なんですけれども」

「それでいいと思うよ。人は資源で、死ぬのは合理的じゃない、でしょう?現に今の所全部峰打ちじゃない」

 神殿との戦いでもそうだった。

 今の所、人を殺そうとしたのは……私だけである。……ほら、峯原さんの時。でも、あの時も一応、『多分死なない』毒を使ったけども。

「……舞戸さん、トロッコ問題、ご存知ですか?」

「舐めてんのかお前」

 あれだろ?

『トロッコが暴走している。このままだと線路で作業している5人が犠牲になる。しかし、あなたがレバーを引いて進路を変えれば、1人の犠牲で済む』

 さあ、あなたはレバーを引くか否か、と。

「トロッコ問題は結局、功利主義が正しいかどうかの問題になるわけです。1と5、と、人命の価値を数値化すれば、1人が死んだ方がましだ、という結論になる訳ですが、それが正しいのか、と。……俺はですね、人命の価値は等しくないと思うんです。5人が福山で1人が化学部員だったら、俺はレバーを引きません」

 そうだね。私もそうすると思うよ。

「それは、俺にとっての命の価値が、そういう基準だからです。だから、今後、もし仲間が死ぬような事になりそうだったら、俺は迷わず人を殺して」

「……トロッコ問題には、続きがある。知ってるでしょう?」

「……『トロッコが暴走している、このままだと5人が犠牲になる。でも、あなたが目の前の1人を線路に突き飛ばせば、トロッコは止まり、5人は助かる』」

「さっきのレバーの質問だと、結構、レバーを引く、っていう人が多いらしい。でも、人を突き飛ばすと答える人は少ない」

 功利主義的には、同じ話だ。1と5の、数の問題なのだから。

「それは、1人が線路に飛び出すことで本当にトロッコが止まるのか、とか、そういう事もあるけど、それ以上に人が人を殺す事には抵抗があるからで、それが……人間にとって大事なことなんじゃないか、と、思うよ」

 それが何故抵抗になるのか、突き詰めて考えていけば色々ごっちゃになるから置いておくとしても、とりあえず、少なくとも、殺人は酷いストレスになるという事は確かなのだから。

「合理的じゃない」

「人間は非合理の塊だよ。そして君は人間だ。どうしようもないよ、これは」

 ……トロッコ問題は意地の悪い問題だと思うよ。そもそも、トロッコが暴走しなければこんな事にはならないし、なんで線路で作業してる人たちはトロッコに気付かないのか、とか、幾らでもある。今回の例で行けば、福山君の暴走か、私が逃げなかった事か、少なくともどっちかが変われば2択を迫られる必要は無かったんだし。

「……そうですね。視野狭窄が一番いけない。問題は0と1じゃない。分かっています。大丈夫です。俺もレバーを半引きにしてトロッコを脱線させる位の事は考えます。……もう大丈夫です」

 私は、0と1の間の選択肢を選ぶだけの能力がない。けれど、社長たちはその間の選択肢を選ぶ能力がある。だからこそ、0か1かが選べない、っていうのはあるんだろうな。


 社長は長く息を吐くと、じーっとこちらを見てきた。何?君はもう仲間だろ?え?仲間になりたそうに見つめてる訳じゃないの?

「……舞戸さんはお人よしですね。いっそ責められた方が楽なんですが」

 ……それは、納得しかねる。どっちかっていうとお人よしじゃなくて臆病者か卑怯者かの方が近い。

「私からすると君達があまりにお人よしなんだけれどね」

 ここらへんは永遠に押し付け合いの箇所だね。多分。

「お人よしでいさせてくれてありがとうね」

「こっちの台詞です」

 ほら、ね。




「さて、反省会はここらで終わりにするとして、舞戸さん、食欲はありますか」

「レバーかほうれん草食べたい」

 あるいはフライパン。鉄の。それはもうバリバリと。

「貧血ですか。無理もありませんね。かなり失血していましたから。正直、あの状態で自力で『転移』できたのは凄いと思いますよ」

 あ、自力で一応帰ってこれたのか。よかったよかった。

「ここに着いてすぐ刈谷に回復してもらって。……糸魚川先輩に滅茶苦茶怒られましたよ。……というか、泣かれました」

 う、うわあ……。そ、それは、それはなんというか……ごめん。

「他の部員にも針生と一緒に怒られました。それでこれです」

 社長は服の袖を捲ると、見覚えのある腕輪を見せてくれた。

「……それ、大丈夫なの」

 元凶である。元凶である。繰り返す、元凶を装備しているぞこいつ!

 そうか、これでぐったり気味なのか。

「大丈夫じゃないです。……でも必要な事ですし、罰ゲームも兼ねての事なので」

「……必要?」

 あ、社長のスイッチが戻ったぞ。いいね、そうだ、この顔だ。

「はい。おそらく、対福山戦ではこれがカギになりますから」

 ……オラなんかワクワクしてきたぞ。




 社長の説明を一通り聞いて拍手喝采した後、朝ごはん……他の人たちにはお昼ご飯、の為部屋を出た。

「舞戸さん」

 そしてやっぱりというか、顔面左半分もみじ状態の針生がぐったりしていた。……こっちもこっちで元凶装備中らしい。

「もう大丈夫なの?」

「うん、お陰様で」

「そっか、ならいいんだけど。あ、ご飯食べられる?」

「そのために出てきた」

 食べないと血にならないからね。いっぱい食べるよ!

「ところで、糸魚川先輩は」

「公務だってさ。女王様も大変だよねー」

 こ、公務、かあ。……大変だなあ、本当に。

 一着ドレス駄目にしてしまったのでそのお詫びと、ご心配をおかけしたご挨拶もしておこうと思ったんだけども、そういう事なら後でにさせてもらおう。

「他の人は?」

「ご飯作ってるよ」

 社長と針生も一緒に隣の部屋に入った所、そこは糸魚川先輩専用キッチンでした。

 ……後で聞いたらさ、先輩、ふるふるのプリン食べたさに自分用のキッチンをスキルで作ったはいいけれど、断念した、とのこと。

 ……料理、できないんだよ、あの先輩。合宿の時とか、ちょっとそのせいで地獄を見たことがあるんだよね……。

「舞戸さん、もう大丈夫なんですか?あんまり無理しないでくださいね」

「うん。なんかごめん、家事やらせて」

 キッチンでは刈谷がいそいそとなんか作っていた。加鳥と角三君が手伝っていて、他の人は全員テーブルで席について何か話している。……こいつら、料理できない組ともいう。

「手伝う?」

「あ、いえ。大丈夫です。それより、向こう行ってあげて下さい。舞戸さんの情報がいるみたいです」

 あ、そうだった。うっかり情報一切合切渡しもせずに寝こけてたんだった。いっけね。

 ということで、料理の方はもう任せてしまう事にして、テーブルの方に行く。

「起きたか。早々で悪いが、拾った情報全部くれ」

 何やら紙に色々書いていた鈴本は手を止めて、前髪を掻き上げてくれる。うん。話が早くて助かるよ。

「よしきた『共有』」

 ……ほんと、さ。自分の見た事聞いたことをもう一度言葉に直して外部に出力するっていうのは、なんてロスの大きい作業か、っていうのがよく分かるよね。うん。




 その後もう7回程頭突きとMP回復を繰り返して、全員お貴族様パーティーでの情報を得ることになった。

 その頃にはご飯もできていたので、食べながら作戦会議だ。

 ……因みに、ご飯はご飯と、肉と野菜の炒め物と味噌汁だった。私はお粥。別に消化がいいものである必要はそんなにないと思うんだけれど。……それから、お粥にはほうれん草入ってた。うん、美味しいよ。

「まずは、糸魚川先輩に寝返ったり新しくねじ込まれてきた貴族の報告、と、そこら辺の根回しか」

 この国、王制なんだけど、貴族院みたいなものはあるのだ。だから、この海中都市をひっくり返す方法は、貴族の過半数を買収しておく、ってのが手っ取り早い、って事になるね。

 それは福山君も言っていた通り。

「それから、糸魚川先輩の所にその内福山が来たら捕獲、という事になるが……あんな状況になっても来るのか?社長、どう思う」

「さあ、どうでしょうねえ。あれでまともな精神してたらまだ分かるんですがねえ。場合によっては焚きつけないといけないかもしれませんが、貴族は今更動きを止めないでしょうし、問題ないでしょうね」

 ……さて。こっちが福山君を殺したら勿論問題になったであろう、という事は容易に想像がつく。

 そして、私は福山君に殺されかけた訳だが、それが問題になるかっていうと……否、である。

 何故なら、あの場所に居た多くの貴族が、既に福山君に『投資』していたらしいから。これは社長が毒物愛好家の貴族もとい奇族の方々から聞いた話。

 だから、今更引っ込めない、というか、それでもこの計画を進めちゃった方が利益になる、って踏むんじゃないか、との事。この国獲れちゃったらもう福山君関係ないしね。

 となったら、人1人殺した位で福山君を切るとは考えにくい。

 だって、焚きつければタダで動かせる、異国人の女王に対抗し得る戦力だ。むしろ、弱みが分かってる分、今までより動かしやすくなった、ともいえる。

 ……異国人の女王は異国人を集めている、っていう噂だって十分たってるだろうし、戦力は1人でも多く欲しいだろう。

 そして、女王を倒そうというのならば、しかも、福山君の話を聞く限り、それを武力で行おうとしている、と言うのならば。

 ……王都やデイチェモールの貴族が持っている『異国人の奴隷』が駆り出される可能性が非常に高い。

 だからこそ、この計画は是非、最終局面まで遂行していただきたいのだ。

 そして、最終局面までこっちは乗って、最後に叩く。

 ……福山君の手の内は分かっている。

 福山君がこの計画を主導したんだから、どういう手口でくるかも、大体想像がつく。

 だから私たちは、それに対応したトラップを仕掛けておく必要があるんだ。

「とりあえず、舞戸の情報と、糸魚川先輩から聞いた今の貴族の様子を照らし合わせるに、まだ計画は中段階、って所か。明日明後日に事が動くとは考えにくいな」

「で、それまでに僕らは『元凶』に慣れておかないといけないんでしょ?期限が分からないのって厄介だよね」

 私たちと同じ、異世界人……生徒たちと、戦うのならば。

『元凶』は、間違いなく、切り札になるよね、っていう。

 だって、1つ浮かべておけばそれだけで異世界人をほぼ無力化できちゃうのだ。

 社長と針生のぐったり具合は、実はかなり改善されたものらしい。

 装備したての頃は、立ち上がることすらままならなかったとか。

 半日ちょっとで自力で歩けるようになったんだから、天晴としか言いようがない。

 ……うん、私、半日以上寝こけてたんだよ。……と、いう事は、さ。

 ……糸魚川先輩、どこで寝たんだ?

 あそこ、先輩の寝室だったと思うんだけど……そういえば、私、今、貧血気味で、体温がそんなに高くないはずなんだけど、でも、布団はけっこう温……。

 ……。考えないことにしよう。

 うん、別に、先輩に添い寝されてたからっていって、何か困ったことがある訳でもないし。


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