118話
痛い描写があります。苦手な方はご注意ください。
とりあえず化粧室に逃げ込んだので作戦を立てよう。
今回一番の失敗は、私が『舞戸』として来てしまった事だ。
ローズマリーさんとかになってくればよかったのにホントになにやってんだ、私は。
……いや、まあ、パッと見て異世界人だって分かった方が何かと話しかけられやすいし、便利な事は多いんだよね。
何より、こっちはお前らの未知の戦闘能力を有するぞ、っていう威嚇にもなるから、そういう意味でも結構得策ではあるんだ。特に社長とはぐれるような、こういう状況下においては。
さっきの紳士の所に戻るなら、舞戸のままで居なきゃいけない。でも、でも……舞戸、は、死んでいた方が、何かと都合がいいのだ。
……そう、福山君と接触するのならば。
今までの話を総合すると、こうなる。
誰かが他国を上手くすれば乗っ取れる、そうでなくても他国で幅を利かせられる、という事で投資を持ちかけている。
そして、福山君は、投資の話を持ち掛けてきた。
……そこに意訳を加えると、こうなる。
福山君が何故か、糸魚川先輩の治める国をどうにかするために投資を募っている。と。
……多分、なんらかの形で前国王と接触したりしたんじゃないかと思うんだ。
神殿とも勇者繋がりがあったわけだから、大司祭を通じて王侯貴族と接触してたっておかしくは無いんだよね。
そして、何より、福山君は特に装備とかを使わずに『転移』、またはそれに準ずることができると考えるべきだ。
……それが、私たちの知らないスキルである可能性も大いにある。例えば、行ったことの無い所にもワープできるとか、さ。
まあ、推測なんて所詮推測だから。解釈だってかなり私の主観が入ってる訳だし。
推測で動くなんていう馬鹿な事はするべきじゃない。そのために、確固たるソースが欲しい所ではあるよね。
そして、その為には、やっぱり私が動いた方がいい。
社長は動けない。そもそも、社長と福山君がエンカウントした瞬間に逃げられる可能性が高い。
歌川さんは今まで会ったことがなかったのかな。だとしたら、歌川さんに頼むっていうのも一つの策ではあるんだけど……やっぱり私が行こう。
社長の言葉を借りるならば、合理的じゃないから。
その為に必要なのは……うん、度胸と面の皮の厚さだ。
最悪の場合、酔っぱらってて碌に何も分かってません、っていうふりもできるし。
よし、うん。
賭けよう。
髪は全部結い上げてるし、薄く化粧もされてる。で、ヒール履いてるし、普段全くしない恰好をしてるわけだよ。
……私は、賭けるぞ。
福山君の先入観と、おバカさ加減、そして私の演技力に。
……最悪、ばれたらばれたで記憶喪失かなんかの振りしよう。そうしよう。うん。
『変装』で少し顔を赤くして、如何にも酔いが回ってるふりをしてから会場に戻った。
私を見つけたさっきのナイスミドルはにこにこしながら手招きしてくるので、そちらへ私もにこにこしながら向かう。
無論、そこに居た福山君は私を見て一瞬ぎょっとするわけだ。まあ、死んだと思ってた人が普通に居たらびっくりするよね。
「体調は大丈夫ですか?」
「ええ。少し休んだらよくなりました」
「そうですか。それはよかった。……おっと。紹介が遅れてしまいましたな。こちらはフクヤマ殿。あなたと同じく異国の方ですが……お知合いですか?」
福山君の方が動く前に私の方から即答!
「いいえ?……あの、1年生でしたか?」
「え?ええと」
「私、1年生なんですけど、見た事無い人だなあ、って思って。多分、先輩、ですよね?」
……さて。ここで、福山君の方でどんな思考がなされたのかは、知る由も無い。
けど、多分、ここで思ったのは……多分。
……私を、私の妹だ、と。そう思ったんじゃないかと思われる。
「え、あ、もしかして、舞戸さんの妹さん!?」
っしゃああああ!かかった!釣れた!見事に一本釣りぃっ!
「えっ!?お姉ちゃんとお知合いですか?」
無論、私に姉はいない。妹もいない。居るのは無駄に図体のでかい兄貴2人だけである。
妹っぽさを意識しながら返してみると、面白いぐらいしどろもどろしだした。
「あ、そ、そうなんだ、舞戸さん、妹いたんだ」
……話が噛み合わねえ。でもいいのさ、これで。噛み合わない話の方が何かと好都合よ。
「あの、福山先輩、ですよね。あの……お姉ちゃんのこと、知りませんか?」
聞いてみると、案の定、凄く言葉に詰まったみたいなかんじになった。ははは、もっと詰まれ詰まれ。
「……あの、先輩?」
「え、えと……僕はまだ会ってないかな」
嘘吐け、この野郎。
……うん、まあ、君のお姉ちゃんは死んでしまいました、とは言いにくいか。うん、まあ、正しい判断ではあるね。
「そう、ですか……」
しょぼん、としたら福山君は何やら慌てて慰めてくれた。うん、まあ……悪い人ではないんだよね、この人も。
ただ、壊滅的に人の話聞かない馬鹿っていうだけで。
……人の話を聞かないいい人は、人の話を聞く悪い人より性質が悪いがな。
「ところで、フクヤマ殿、マイト嬢にあの投資のお話をされてみては?マイト嬢は聡明そうな方だ。これはきっとあなたにとって価値のある出会いでしょう」
お、きたきた。ナイスだ、ナイスミドル!
「投資?何のですか?先輩」
「あー……えっとね」
あ、こいつちょっと自慢げになってきた。うぜえ。
「僕たちの仲間がちょっと他所の国で問題を起こしたらしいんだ」
……ほーお?
ナイスミドルがまたしても飲み物を持ってきてくれやがったので口を付ける振りをしながら話を聞く。
「舞戸さん、も、スキルは持ってるだろ?」
ちょっと名前呼びにくそうなのは私が死んだと思ってるからか。
「はい」
「そのスキルを悪用したんだと思うんだけど、生徒の1人がここから南西の海の中にある国を1つ丸ごと乗っ取っちゃったみたいなんだ」
……ほー。そうかそうか。うん。……それで?
「その話を元々の王様から僕が聞いてさ。助けてあげたいと思うんだけれど……王様だけ元に戻っても、こういうのって解決しないんだ。その国の貴族まで、全員洗脳されちゃってるみたいで」
うん、知ってる。あの女王様がみんな堕としたっていうの、しってる。
「だから、その貴族たちを貴族の座から下ろして、新しいちゃんとした貴族にすればいいと思うんだけれど、その為にお金が必要みたいでさ」
……その後も、話は続いた。
大体纏めて、推測とかも挟んだら、こんなかんじである。
『糸魚川先輩の言うところの前国王がなんかしようとしている、というのは、福山君が前国王とタッグを組んで行う貴族取り換え作戦である』
と。
……私、思うんだよ。
物事には二面性がある。確かに、前国王から見たら、その通りの事だ。いきなり現れた異国人の女が謎パワーを行使したせいで国王の座を追われ、国を乗っ取られた。
悪政だった、っていうのも、女子生徒たちが乱暴されそうになった、っていうのも糸魚川先輩側の見え方に過ぎない訳だし、前国王にとっては青天の霹靂もんだったとは思うんだ。
私には、前国王を悪だと断定する材料は無い。
……しかし、私はそれでも介入するとしたら、糸魚川先輩を助ける。
それは状況証拠的に糸魚川先輩の方に軍配が上がる、っていうのもあるし、こいつよりも先輩の方が信用できるっていうのもある。
……アンフェアだろうか。
それからもひたすらナイスミドルの飲み物攻撃と福山君の話にのらりくらり付き合った結果、福山君が『転移』の上位互換みたいなスキルを持っていることが判明した。
多分、こいつが今まであっちこっちに現れたのって、これだろうなあ。やっぱり。
それから、新しく海中都市にねじ込んでる貴族とか、寝返った貴族とかも聞きだしたり、最終的には『悪の』女王を討伐するのだ、という所まで聞いた。そして、その為の武力を集めていることも。
よし、これで情報は全て揃っただろう。
対策もできることからしていけば十分間に合う。
「ところで、舞戸さん」
「はい、なんですか?先輩」
「舞戸さんは今どこで暮らしてるの?」
……どこで暮らしてるんでしょうかね?
「え、どうしてですか?」
秘儀・話が噛み合わない。
「え?いや、その、もしよければ僕が今居るところに来ないか、って、いう、事なんだけど……」
「先輩は今どちらに?」
「僕は王都の南2番街にいるよ。一応貴族位は持ってるから。この間までは神殿に居たんだけれど、魔王軍が攻めてきてから大司祭様が行方不明で。探すのも兼ねて王都に居るんだ」
……。うん。その魔王って、私です。そして大司祭は王都なんかに居ないよ。大司祭はいしのなかにいるよ。
「それで、どうかな?一緒に住まない?部屋は空いてるんだけれど」
こっちの居場所を言っちゃうわけにもいかないし、かと言って適当なこと言ったら後が面倒だ。
さて、どうしたものか。神殿で鈴本が頑張ったみたいにマシンガン・噛み合わないトークをやろうか、とか思っていたら、急に、会場に鋭くピアノの音が響いた。
……あー、パッヘルベルのカノンだ。……相変わらず、音のタッチが妙に鋭い。
思わず音の出所を見た福山君は唖然。
私は知ってたから特に驚きはしないけれど。というか、聞いたら誰が弾いてんのか分かったからなあ。
……社長は、中学生までピアノ習ってたらしいんだよね。
その名残で今も多少弾けるんだと。
……多少か?これ。
「あいつ……!」
成程、社長の頭には感服するよ。なんて優雅な煽り方。
毒物愛好家の奇人変人たちに囲まれながらピアノで一曲披露するだけで福山君の方から襲い掛かってくれるんだからさ。
福山君は手近な所にあったカトラリーの中からナイフを引っ掴んで『エネルギーソード』を発動させて社長につっこんでいく。
驚愕の表情を浮かべながら振り向く社長。うん、それが演技だと分かっているぞ、私には。
社長の影から漆黒の装束を纏った人影が現れると、福山君の脚を払った。
そしてすぐに影の中に帰っていく。……針生が見えた人は少ないんじゃないかな。
「不届き者!とりゃーっ!」
「させませんぞーっ!えいっ!」
「曲者じゃーっ!であえー!であえー!」
そして転んだ福山君に追い打ちをかけるように、どこからか装飾的な試験管みたいなのを取り出してはポンポン投げていく毒物愛好家の貴族……いや、奇族の方々……。
ああ、そうだよね。普段全く使わずに大事に大事にしまってあるだけの毒物、折角使う用事ができたんだもんね、そりゃ、使うよね。
……うん。
でも福山君も、腐っても異世界人だ。すぐに社長の後ろにワープして、すぐにナイフを振りかざして社長を斬ろうとする。
近接戦闘に不利な社長はすぐに距離を取って、その隙に針生が影から出てきて打撃。それに合わせるようにして社長も追撃。
福山君を殺すわけにもいかないし、かと言って、手を抜いたら苦戦する、という微妙なラインらしく、珍しく針生と社長が苦戦していた。
社長がうまく動けない理由の1つに、土魔法使っちゃうとこのお屋敷が倒壊する可能性がある、っていうのもあるんだろう。
そして針生は正面切って戦うよりは、攪乱するとか、不意討して一撃必殺、っていう戦闘スタイルだから、こういう混戦状態になっちゃうと分が悪い。
……しかし、福山君もまさか、毒ぶっかかったままここまで社長と針生を執拗に攻撃してくる、っていうのは想定外だったな。しかも一撃一撃が本気だ。殺しに来てるぞ、あれは。
……これは、撤退かな?できれば福山君が撤退してくれるのが理想だったんだけれど、しょうがないね。
よし。社長と針生に軽く合図すると、2人ともこっちに来てくれたので、すかさず『転……。
いきなり左胸に穴空いた。
う、わ。血が止まらん。『エネルギーソード』のナイフが飛んできた、の、かな。背後の壁にナイフが刺さってるのが見える。……あー……これは、間違いなく肺、下手すると、心臓も、ぶっ壊れてるぞ。
あ、やべ。傷口見たら頭ぼーっとしてきた。視界がぐるり、と90度傾いた。
肺に穴空いたせいか、呼吸ができない。声も出ない。
どーしてくれんだ福山君!という思いを込めて霞む目で見つめてみた所、福山君、呆然と私を見ていた。かと思うと、震えだして……絶叫。
そして何処かへワープしたのか、消えてしまった。
「舞戸さん!舞戸さん!『転移』できますか!?」
社長が上着を脱いで私の傷口に押し当てる。
あ、そうか。私が『転移』しないと回復役の所まで辿り着けないのか。ええ、と、転移、転、移……。