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117話

 会場に着いたら受付みたいなのを済ませる。

 ……いや、済ませてもらった。社長がやってくれた。そんなに複雑な手続きでもなかったみたいだけど、なんかちょっと受付の人と話したりしてたからね。初参加って事でなにかあったのかもね。


「舞戸さん!」

 会場に入ったら、笑顔の歌川さんに声かけられた。うん、私が縫ったドレス着てくれてるみたいだ。なんか嬉しいね。

「……舞戸さん、緊張してる?」

 ……そんなに、私、変に見えるかい?

「いや、もう悟りの境地に到達したよ」

 ライフはマイナスだし。もうやめて!と言う気力だってないんだよ。

「そう、ならいいけど……あんまり気負う事も無いわよ。どうせ柘植君が全部やるんでしょう?」

 うん、まあ、そうなのよね。

 実際私の仕事は壁の花というかまあ、壁の一部になることだからね。溶け込んでみせるよ!壁に!

「舞戸さん、そのドレスも自分で縫ったの?」

「いや、借りました」

「似合うからもっと胸張ってた方がいいわ。ね?」

 ……本当にか?歌川さんのセンスも壊滅的とかいう話じゃないよな?大丈夫か?

「……そういう顔しないの。胸張って自慢げにしてた方が色々楽に済むから。いい?私たちは見世物みたいなものよ。この国の貴族にとってはね。だから、堂々としていた方がいいわ。縮こまってたら嫌な奴ばっかり寄ってくるわよ」

「歌川さんの言う通りです。舞戸さん、合理的にいきましょう」

 ……。おう。合理的な。うんうん、知ってる。

「舞戸さん。忘れたんですか。『ただしイケメンに限る』はこの世界に限り、俺達に適応されません。なぜならこの世界では俺達もイケメンだからです」

 そうか。そういえばそうだったね。イケメンなら何をしても許される、何故ならイケメンだから。

 よし。もう怖くないぞ、というか、うん、割り切った。

 皆さん神殿の時はこうやって割り切ったんだもんなあ。

 ……改めて、皆さん、凄いなあ。


「ところで歌川さんは一人じゃないよね?」

「ええ。さっきまで加持と一緒だったわ。早速消えたけど」

 加持君は……うん、そうか。あそこで令嬢たちに囲まれてるのがそれか。

「多分、柘植君も舞戸さんが居なくなった瞬間に囲まれるから覚悟しておくことね」

 そう言って歌川さんはウインクして去って行った。

 そしてその途端、どこからともなくやってきた青年達に囲まれてた。すげえ。怖い。何あれ。


「さて、舞戸さん。どうしますか?」

 歌川さんを眺めつつ、作戦会議である。事前にもある程度してたけどさ、見てみたらやっぱり想定から結構違ったんだよね。

「俺と一緒に居た方がいいですよね、きっと。さもないとお互い異性ばっかり集まって碌な話ができなさそうです」

 うん、心強くて有難い、かつ合理的な申し出だね。

「そしたら私は隣でにこにこしてればいいかな?」

「そうですね。……それから、舞戸さんにこれを言うのは残酷な事だと分かっていますが、できるだけ話の分からない馬鹿女のふりをしていてくれた方がいいと思います」

 うん……しょうがないか。馬鹿だと侮ってくれればこっちにも手の打ちようは幾らでも出てくるし。

 相手を油断させることの重要性は何時ぞやの剣闘士大会とかで学んだからね。

「分かった。じゃあそうしよう」

 了承すると、社長がなんか手を差し出してきた。

「エスコートしますよ」

 誰だお前!気持ち悪いな!爽やかな笑顔を浮かべるな!違和感が限界を超えてしまう!戦慄ものだよこれっ!

 ……ああ、うん、そうか、そうだね。これぐらいの演技はできないといけないってことか。

 社長の手を取って、できるだけ頭の中身空っぽにして笑ってみると、社長がちょっと素に戻ってびっくりしたような顔をしたけど、すぐに元の爽やかスマイルに戻って言った。

「違和感まみれです」

「こっちの台詞だぜこの野郎」

 尚、このセリフの間もお互い胡散臭い違和感MAXの笑顔を浮かべたままであるよ。

 そうやってお互いHPをごりごりと削りあってから会場を進む。うーん、殺伐としてていいね!




 飲み物を貰ってみたりしていたら、貴族の1人が話しかけてきた。

「そちらのお二人は本日が初めてですか?」

 何やら軽薄な感じのする若い男性である。にやにやしてるあたり、多分歌川さんの言ってた『見世物として』楽しむクチだな。

「見た所異国人の方のようですが、あなた達も貴族位を金で買ったんでしょう?」

 多分煽って来てるんだろうけど、残念ながら私も社長も面の皮は厚いぞ。

「はい。まあ、見世物位にはなるだろうと思いまして」

 そして社長がこういう事言ってばっさり切って捨てたので、流石にビビった模様。まあ、爽やかな笑顔で盛大に皮肉られたらそうか。

 社長は延々と爽やかスマイルのままで貴族を見つめているので、私も頭空っぽスマイルで貴族を見つめてみたら、なんかしどろもどろしながら逃げて行った。

 ……勝った。


 最初のエンカウントがこんな感じだったけど、まあ、後はそんなに変な人もいなくて、結構普通にお話できた。

 ……いや、社長、は。

 社長が何か紳士諸君と話す間、私はひたすらにこにこしている事に徹した。

 話は聞いているけどよく分からない、理解はしていないけど理解しているふりをしている、というふりをする、という、なんというか……2重に演技していた。面の皮二重構造。

 ……勿論、頭空っぽ女は紳士諸君の難しい話は理解できないので口は挟まないけども、分かったことは多い。

 最近、ある人物が投資を募っている、とか。

 上手くいけば、他国での地位がかなり高いものになる、とか。

 更に上手くいけば、他国を乗っ取れるかもしれない、とか。

 ……最近のホットな話題らしくて、ここら辺は聞けば聞くだけ出てくるかんじだね。

 いや、聞くの、私じゃなくて社長なんだけどね。




 いい加減情報も集まり、そして社長は貴族の中で「中々の切れ者」ぐらいの評価を得たりして、結構いい具合に進んできた。

 んだけども。

「もしや、そちらはシャチ殿では!?」

 どことなーく、この場で浮いた感じの人が目を輝かせていた。……誰?

「ああ、そちらは毒魔法研究機構の!」

 ……そっちか!

 そういえば、うん、確かに、こんなのもいたかもしれない。ほら、剣闘士大会の後に社長と一緒になって毒物の品評会やってた奇人変人の中に。

 そうか、この人貴族だったのか。まあ、貴族の道楽でも無けりゃ、毒物の品評会とかやってられないのかもしれない。

 そして、その人が何やら後方に声を掛けると、わらわらと、どことなーく、見覚えのある人たちが集まってくる。

 ……最早、何も言うまい。

 そして始まる毒物談義。……これ、は。これは巧妙なトラップだな!

 こうなっちゃったら社長の化けの皮はがれちゃうし!大体ここで足止め食らっちゃったら社長が情報収集とかできなくなっちゃうし!

 にこにこ顔のまま、そーっと、社長をつついてみる。

「私飲み物を貰ってくるわね」

 意訳:お前がここで足止めされるんなら私が頑張るしかないよね?

「分かりました。俺は暫くここに居ると思いますから」

 意訳:すみません。よろしくお願いします。

 ……大体お互い言いたいことは伝わるので、お互い笑顔を張り付けたままやり取りして、私は離脱。




 よし、ここからは単なる馬鹿のふりだけじゃやってられない。

 できるだけさらっと社長と別れてから、私は魔王私は魔王、と言い聞かせながら歩く。できるだけ背筋は正して、堂々と見えるように。なぜなら私はイケメンで魔王だからだ!魔王だ!魔王!堂々としてて何が悪い!

 特に目的も無く歩き出したんだけども、すぐに呼び止められたんでそれもばれずに済んだ。

「お嬢さん、お飲み物はいかがですか?」

 振り返ると、薄い琥珀色の液体が入ったグラスを2つ持ったナイスミドル。

「ありがとうございます。頂きます」

 グラスを受け取ったらすぐばれないように『鑑定』。

「綺麗な色ですね」

 あ、これ酒だ。やっべ。しかも割と強い。早速ピンチである。こういうのはやめていただきたい。

「味も素晴らしいですよ。是非お飲みになってみてください」

 ……くそ、飲んだら絶対、パフォーマンス下がるよな。でも、ここで飲まないと不味いか。

 しょうがないから一口だけ飲む。……あああああああ、酒だよ!これ!酒だよ!匂いが既に酒だよ!知ってるけど!知ってるけど!

「いかがですか?」

 貴族の方はにっこにっこしている。そこに悪意があるのかないのか、分からない辺りがなあ。

「ちょっと私には強すぎるみたいです。私、あんまりお酒に強くなくて」

 正直に言ってみると、残念そうな顔をされてしまった。

「おや、そうですか。ではこちらはどうですか?口当たりもよくそんなに強くない物ですが」

 タイミング悪く来てしまった給仕からグラスを1つ取って寄越してくる。

 今度も『鑑定』してみるけど、やっぱりお酒である。

 口当たりが良かろうが、何だろうが、お酒である。

 ……賭けに出るか。

 少しグラスを眺めてから、一口飲んでみる。……あー、くそ、何か胃に入れてから来るべきだったね。失敗した。

「あ、美味しい」

 全く美味しいとも思わないけど、諦めてグラスをそのまま干す。

 貴族は嬉しそうににこにこしている。こいつは単なる酒好きなのか、それともなんか悪意があるのか。

「それは良かった。……ところで、あなたは異国の方とお見受けしましたが」

 こっちも笑顔は絶やさない。

「はい。その通りです。……やはり分かってしまうんですね。この辺りには黒い髪の方は珍しいのかしら」

「そうですね。あなたやウタガワ嬢のような美しい黒髪は珍しいですし、何より、あなたのようにお美しい方ならすぐに分かりますよ」

 うへえ、よくお前歯が浮かないね。

「お上手なんですね」

 私の方もそろそろ吐くかもしれんよ?

「異国の方はあまりこういう場所がお好きではないのでしょうかね。あまりお見かけしないが」

「そうですね。あまり馴染みの無い場所ですから」

「成程。ではウタガワ嬢やあなたは変り者、ということなのでしょうかな?」

「あら」

 変り者ですどうもありがとうございます。

「そういえば前々回いらっしゃった異国の方も中々変わってらっしゃった。あの方は投資の話を持ち掛けてきたのですよ。中々に豪胆な方でしてな」

「歌川さんでも加地さんでもない方ですか?」

 それは……誰だ?

「ご存知ないですかな?ええと……おお、丁度よい所にいらっしゃった。こちらです!」

 ……あ。

 ああああああああああああああああ。

 ……逃げて、いいかな?いいよね?逃げるぞ、私は。

「あの、すみません、ちょっと気分が……失礼します!」

 も、とりあえず、逃げることが先決だ。

 後先構ってられるかっ!


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