9話
「おい、いいか?ここからが本題だ」
え、今までのは本題じゃなかったんですか、やだー。
「特に舞戸、聞いとけ。俺達は、明日か明後日には日帰りできる範囲の探索は大体終えると思う。そうしたら、次は日帰りじゃ行けない範囲に行くことになる。
そうしたら、野営するか、この建物を持っていくかになる訳だが、前者は兎も角、後者は舞戸を外に出さなきゃいけない。
どっちにもリスクはあるわけだし、皆の意見を聞きたい」
……予想以上に、本題でした。
「と、とりあえず部屋ごと持っていく方がいいと思うよ?野営とか危ないでしょ?」
ね?ね?と言ってみるが、なんか皆さんの表情は優れない。
というか、どう考えても野営とかメリットよりデメリットの方が大きいでしょう!
「とりあえず地図だそうか。社長」
「はい。これが俺達が探索したエリアの地図です」
机に広げられたのは実験ノート。そこには地図が書いてあった。社長が『マッピング』で把握した地形を書いていったものらしい。
「ここが現在地点。ここから2km位南に向かうと川がありますね。
この川伝いに西へ20km位進んだところで科学研究室と角三さんを発見した地点です。
で、現在地から南東に少し進んだ辺りは川幅が狭くなってて、そこから川を渡って、引き返すように西へまた少し進んだ辺りが加鳥さんと針生を見つけた地点です。丁度川を挟んでここと向かい合うぐらいの位地ですね。」
言った地点……つまり、トイレと化学講義室があったという個所についている印を指差しながら説明が進む。
「それで、ここから西の方に行くと、森を抜けて、いきなりモンスターが強くなります。ので、とりあえず西も保留です」
大体この辺りからですね、と、社長は角三君発見地点から更に西に9km辺りに線を引いた。
「北の方は見ての通り断崖絶壁で、とてもじゃないけどちょっと探索のリスクにたいしてリターンが少なすぎるんじゃないかな、っていう感じですね。
東の方はずっと山岳地帯です。モンスターの種類が変わりますが、西よりはずっとマシです。
山岳地帯をここから北東に向かって抜けたらまた森で、そこに変な遺跡みたいなものを見つけました」
現在地からざっと50kmは離れてるんじゃないかっていう位置を指差しながら社長は言う。
よ、よく半日で往復100kmも移動できるね、君たち。
「それでですね、川を渡って更に南下していくと、巨大な湖……っていうか、海があって、これはちょっと渡れる気がしません。真ん中に島っぽいのが浮いてるようにも見えるんですが……まあ、南も保留です。
ということで、向かうのは東、っていう事になるんですが、とりあえずその遺跡から探索してみようと思うんですよ。ただ、ここから遺跡まで、半日弱かかるんですね。それで、日帰りが無理なので野営しようか、という話になったんですよ」
「……いやいやいやいや、だったら尚の事、拠点を遺跡近くまで移した方が効率がいいのでは?」
「いや、引っ越しには相応にリスクがあるぞ?」
会議と言いつつ、ここら辺は皆さん、日中の探索時に話しながら行動していたらしく、把握済みの模様。理解してないの、私だけである。
……どうもお手数をおかけしてすみません。
「まず、ここに化学実験室があれば、俺たちを探しに来た人と行き違いにならなくて済む、という事が挙げられるな。
これは化学部の残り二名もそうだが、もちろん他に学校にいたはずの大量の人たちについても言える。
ただ、化学実験室と化学講義室、化学研究室、トイレの位置関係から考えると、学校の構造、教室の位置関係を保ったまま、そのスケールを大きくして、少しバラして吹っ飛ばされた、って考えるのが妥当だと思う。
近くにあった教室程近くにある、つまりは遠くの教室は遠くにある、っていう事になる訳だから、これは期待が薄いかもしれないな」
ええと、話がややこしくなるな。
とりあえず私たちの学校の話をしよう。
私たちの学校は、簡単に言うと、ざっくり五つに分割できる。
一つ目は、四階建ての南校舎。
此処には職員室や校長室、放送室、保健室、といった部屋と、一年から三年までの教室がある。
つまり、普通に授業を受けるスペースと事務的スペースの校舎なのだ。
次に、三階建ての北校舎。
こっちには私たちの居た化学実験室や音楽室、家庭科調理室などの特殊な教室や、各種研究室、つまり各教科の教員が居る部屋が集まっている。
次に、南校舎と北校舎を繋ぐ位置にある西棟。
これは図書室とホールがある棟だ。
ちなみに南校舎と北校舎を繋ぐ通路は西棟になっている部分も含めて全部で6本。
1Fはほぼ中庭と一体化してるけど、まあ2F、3Fは渡り廊下になっている。
そして南校舎の更に南に、ぽつんと小さな、離れのような校舎がある。名を課外学習棟と言い、これは殆ど誰も使ってないけど、確か演劇部とかの活動拠点になってたはずだ。
アクセスがアホみたいにめんどくさく、南校舎2Fの西側に唯一通路があって、そこから入れる。
最後に、体育館や部室棟、記念館などの施設が西棟よりも更に西に延びる形で建っている。
こっちは少々校舎から距離があるため、普通に1Fから行くしかない。
あとはグラウンドとか駐車場とかゴミ捨て場とかあるけどそれの説明は省きます。
……ええと、何の話だ、ああ、そうそう、つまり、他の人を見つけられる・他の人に見つけてもらえる可能性についてだ。
私たちの居る化学実験室は北校舎の2Fにあたる。
そして、北校舎の2Fって特殊な教室が多いので、普通、そんなに人がいないのでは、っていう事になり……。
期待薄かもね、っていう。
一応2F北エリアには、あと英語科研究室、数学科研究室、音楽関係の教室あたりがあったから、英語科の教員と合唱部辺りは見つかるかもしれない。
けど……科学研究室に教員が一人もいなかった、っていう事を考える限り、英語科の教員も期待薄なんだよね。
あと、あんまり考えたくないんだけど、音楽室があったのって、所謂西であり。
……モンスターが、強いという所なのである。
うん、やめよう。考えないようにしよう。今は自分達で精いっぱいだ。
「で、引越しについての二つ目のリスクは、畑。
教室は動かせるけど、畑は動かせないから、ここに畑を廃棄していくことになる。
これは単純に勿体ない。
尤も、これについてはまた社長と羽ヶ崎君を動員して新たに畑を作ってもらうっていう解決策があるが、未知の地ではできる限りMPを温存したい。
MP回復手段として安定するのが増えやすいミントだけになる、っていうのも一つの理由だな」
「それから、やっぱりお前がネックになるんじゃないか、と」
そしてそんなことを吹っ飛ばす勢いの最大のリスク、それが、私です。
はい、私です。
単純に戦闘能力が無いから、っていうのだったらまだ救いがあったかもしれない。
けれど、事態はそんなに単純じゃなかったのである。
ええと、これはもうそういう職業補正とかがかかってるとしか思えないんだけど、皆さんは疲れにくく、怪我しにくく、力も強くなっているらしい。
一時間に10kmとか普通に進むらしいし、普通だったら死ぬだろ、っていう高さから飛び降りたりしてもぴんぴんしてるらしいし、あのモヤシの如き羽ヶ崎君ですら、人間一人ぐらい担いで普通に歩けるらしい。前衛の鈴本とか角三君に至っては、歩くだけなら100kg位の負荷ならなんてことはないらしい。
なにそれこわい。
ということで、実験です。
縦に長くて横に細い羽ヶ崎君や社長位は持ち上げて普通に歩ける筋力があったら補正が多少なりともかかっている証明になると思ったので、持ち上げてみる事になりました。
「さーしょーは」
「パー」
「パー」
……両者、拮抗している。
何のじゃんけんかって言ったら、どっちがその錘になるかっていうだけなんだけども。
社長と羽ヶ崎君のじゃんけんは5回戦位まで続き、そこでやっと羽ヶ崎君が負けた。
「……あの、羽ヶ崎君」
「何」
「持ち上げさせていただきたいんですけれど」
「好きにすればいいじゃん」
そう言いつつ羽ヶ崎君、直立不動の仁王立ちである。持ち上げられる気がさらさらないぞ、こいつ!
「じゃあ好きにするからな覚悟しろオラァ!」
「ちょっ」
なんとか後ろから腰らへんを掴んでジャーマンスープレックスのアレのように持ち上げることには成功したんだけれども、羽ヶ崎君の身長が身長なので、まともに持ち上げようと思うと私がえらくのけぞらないといけないという。
なんとかもうちょっと体勢を変えられないかとがんばるものの、実に非協力的な羽ヶ崎君は体をがっちり固めたように動いてくれないのでそれも無理。
……ええと、ええと、この状態で、いっぱいいっぱいなんですけれども、この状態で、歩けと?
ぐぬぬぬぬぬ、と孤軍奮闘していたところ、羽ヶ崎君に「いい加減諦めろ!」とキレられたので諦めました。
「もうちょっと君が協力的なら」
「いや、あそこから僕を俵担ぎに移行できない時点でお前、補正とか無いから」
結論。
私にはそんな補正は無かった。
一応持ち上がりはする。
けども、持ったまま普通に歩いて一時間に10kmとか、無理です。
なので、私を連れていく、っていう事は即ち、安全を重視して、通常の半分ぐらいのペースで迂回ルートをちまちま進むか、スピードを重視して、私を担いで運ぶ人とそれを護衛する人、という少なくない人員を割くか、みたいな事になってしまうのだった。
対して、お引越しでは無く野営するという選択をした時のリスクとは即ち、『生活の質の低下』程度。
しかも、文明的生活が原始時代に、みたいなレベルの落差なら兎も角、アウトドアに毛の生えたレベルの生活がアウトドアに、っていうレベルなので、どうせ大したことは無かったのです。
というか、正直化学講義室を拾ってしまった時点でお引越しなんていらないのです。
本拠地になっている化学実験室はこのままにしておいて、野営先の寝床・シェルターとして化学講義室を持っていけばそれで事足りてしまうのですよ!なんてこったい!
つまり、この時点で私の存在価値、ほぼ、ゼロ。
むしろマイナス。私が居なければ普通にお引越しした方がいい訳だし、私がネックとなって引っ越しできない状態な訳だし、どう考えてもマイナスだ、これ。
さらにさらに、私のマイナスっぷりは留まるところを知らない。
優しい皆さんは気づいてしまったのである。
「もし、さ……俺達が、長期間帰ってこなかったら、舞戸……死ぬよね?」
「……一人二人、ここに舞戸と一緒に置いていくか?」
「いやいやいやいやいや、それ、自殺行為でしょうが。探索に行くのに戦力減らしてどうするの君たち、落ち着きなさい」
「でも、そうしないと最低数日おきには戻ってこないといけなくなるから、効率が落ちるんだよ」
「残るんだったら僕かなぁ、弓って需要ある?」
「加鳥さんの場合回復魔法が重要なんですよ。その点俺なら壁作るぐらいですから」
「いや、社長こそ居なかったら鑑定とかできないじゃん!残るとしたら俺じゃないの?遊撃とかいる?」
角三君の発言によって会議は紛糾。色々と皆さんの行動にキャップがかかるようになってしまう。
皆さんは何が何でも数日おきに帰ってこないといけない訳だ。
遺跡の探索が終わって、更に東へ進み続けるとか、その周辺の探索を始めるとか、できない。何故かというと、水と食料の供給が途絶えた私が死ぬから。
特に水。現在、私は羽ヶ崎君が水魔法で出してくれる水に依存した生活を送っている。
食べ物は自給自足でぎりぎり何とかなったとしても、水不足で多分死ぬ。
あと、燃料がどうせすぐ尽きて、火を使えなくなるから、そっちでもそのうち死ぬ。
というか、自給自足とか、どうせこの畑の規模でできるわけないから、飢え死ぬ。
でも、かと言って、人員を私と一緒に置いておく意味ってあんまりないと思うんだよね。
数日、上手くいけば数週間おきに帰ってきてもらえればいい訳なんだから、そんな、戦力を割くようなアホなこと、すべきじゃないと思うんだよ。
思ったんだよ。
でも、ここで皆さんが考えたことって、少し深刻さが違ったらしい。
いや、私に深刻さが足りなかったのか。
つまり、皆さんは皆さん自身の『死』を念頭に置いていたらしいのだ。
もし遺跡に行って全滅した場合、漏れなく私が死ぬので、私が死なないように誰かを残していくことについて考えていたようで。
皆さんの話の流れを見る限り、そこら辺も既に話し合い済みなんだろう。
誰を置いていくかだけ、決められなかったらしい。
そりゃそうだ。どう考えてもできる限りの戦力は欲しいんだから。
やばいです。私、深刻さが足りてなかった。
ずっと安全な室内に居たせいで日和ってる。皆さんはマジで、命のやり取りをしているというのに、私だけこれだよ!
……正確には、死ぬとか、考えていなかったわけじゃないんだよ。けど、実感が無かったのは確かだ。
皆さん、MP回復手段ができてからは多分、外で傷とか治してから帰ってきてたし、死と隣り合わせだなんて、微塵も感じさせないようにわざわざ振舞ってくれていたんだろうなあと、今実感しております。
私、どう考えても只の足手纏いです。本当にありがとうございました。
「いや、一人でのんびり皆さんの帰りを待ってるよ。それがメイドの仕事だから」
非常に会議が紛糾していたので言うと、何というか、非常に申し訳なさげな空気になってしまった。
やっぱり、皆さんとしても、戦力を割くことのアホさ加減は分かっていたらしい。
けど、私以外の人の立場だと、そうは言いづらかったんだろう。
結果的に私に言わせた、とか感じているのかもしれないけどそんなことは無いから是非気にしないでほしい。
「お前、それでいいのか?」
「いいともー!」
「俺達死んだら、お前も死ぬんだぞ」
「メイド冥利に尽きるね」
「本当に、大丈夫か」
「大丈夫だ、問題ない」
あと数回似たような押し問答を繰り広げた結果、私の長期間お留守番が確定しました。
色々と精神的に辛いが頑張ろう……。
まずは私の戦力、プラスとは言わないから、せめてマイナス脱却してゼロにしようぜ……。
足手纏いは精神的にくるなあと再確認した日でした。




