115話
晩御飯が終わったら、もう早速建築に入る。
前国王がなんかやるなら、できるだけ早く生徒を避難させちゃいたいからね。
とは言っても、殆ど社長がやってくれるので楽なもんである。
そして私はひたすら機織りしています。
男女がそれぞれ何人居るのか、とか、今あるものはあるのか、何が足りないのか、とか、そういう詳しい事は分からないことが多いから、とりあえず布を作るだけ作っておこう、という事で。
縫う作業まで同時にやろうとしなければその分効率がいいからね。
糸魚川先輩にはメイドさん人形を派遣してあるので、何かあったら呼んでね、という事にしてある。
先輩、メイドさん人形も大層お気に召されたらしくてだな……むにむに抱きしめられるメイドさん人形がわたわたもぞもぞしていて、なんというか……うん、ちょっと加虐心をくすぐられる可愛さだった。
ある程度建築できたら皆さんはさっさと寝て、明日以降に備える。
いつ糸魚川先輩の所に異変があるかも分からないからね、できるだけ不寝番も交えて、何か連絡があったらすぐに駆けつけられるようにしておくことになっている。
……ということで、本日の不寝番、私です。
ひたすら布をがったがった織りつつ連絡が来ないか待つ係。
……暗い。寒い。でも負けないだって皮下脂肪あるもん。
そのまま徹夜して連絡も無く、無事布も凄まじい量織れたし私は元気です。
さあ元気に朝ごはんの準備だ眠い!
朝ごはんはパンです。ベーコンエッグも作ったら幸せになれた。ベーコンはカリカリジューシー、卵は半熟とろん。調味料はベーコンの塩気で補えるから醤油VSソースの争いも起こらない……否、この部、全員塩派だった。元々争いは起こらないんでした。
朝ごはん食べつつ、これからの予定を話し合う事にした。
……できれば昨日の夜のうちに話しておくべきだったね。気が逸ったね。
「俺達が今するべきことは3つだな。1つ目は海中王国の教室集め。2つ目は生徒の避難。3つ目は糸魚川先輩の補佐および前国王の起こす事件の処理、っていう事になるのか」
「1つ目の教室集めは、人の目がある分回収しにくいかもしれません。でもここから分かることがあります。エイツォールと海中王国は少なくとも規制できないような国交が無いということです」
あ、そうか。いっぱい人が行ったり来たりするような国交があったら、教室が宝石になるっていう事が分かっていて然るべきだもんね。
成程、確かにあそこの国にそこらへんの旅人がふらっと立ち寄る、とか、無理だわ。
「2つ目の生徒の避難の為にはまずこっちで住居を作っておいた方がいいでしょうね。拾った教室を使うのも十分アリですが、移動しなくてもいい人達ならどうせ俺のスキルですぐ作れるんですし、建築した方がいいと思います」
そうね。そろそろ全ての教室も集まる頃だし、移動しなくてもいい人達なら教室よりは石壁住居の方が何かと過ごしやすいかもしれないね。
ほら、教室だとさ、数に限りがあるから、大部屋で毎日修学旅行か何かの様にみんなで寝る事になるじゃない。それって割とストレス……あ。
「……ところで、さ。つかぬ事を聞くけど、君達って毎日同じ部屋で寝てるじゃない」
「そうだけど、どしたの?」
針生、不思議そうにしている君が一番寝相的な意味で他の人にストレス与えてるんじゃないか?私のお腹を枕にしてきたことは忘れんぞ。
「それ、ストレスにならない?大丈夫?」
暫く場が沈黙して、皆さん何やら考え込んでいる模様。
「……結構、今更だよねえ、それ。僕も気にしてなかったけどさ?」
「個室にするなら教室の数は足りるよ?」
1年1~9組で。
「いや、何かあった時の事を考えたら一緒の方がいい」
「俺、今更一人で寝るとかちょっと心細いんですよね」
「モンスターが壁ドンしてきたりするからねー。あはははは、あの猪が窓ガラスに当たってぶっ倒れた時が傑作だったよね」
……なにそれ知らない。なにそれ怖い。
「まあ、今の所俺達は特に不自由していないから大丈夫だ。何かと便利な事も多いしな」
そうか。それならまあいいか。
「装備の手入れとかはまとめてやっちゃった方がいいしさ」
「あとは寝る前話したりするから……あ」
あ、そうなんだ。
……あれ、なんか針生が『しまった』みたいな顔して固まった。
……あれ、皆さん固まってらっしゃる。
なんだ、何の話してるんだお前らは。気になる、気になるぞ!
「……この話はここまでにしましょう。次は3つ目ですね」
あ、流された!ああああああ!気になる!なにこれ気になる!何の話してるんだ気になる!
「3つ目ですが、糸魚川先輩は俺達より戦闘力が低いのは確かでしょう。というか、多分あのエリアに居る人たちは最強が茶道部なんじゃないでしょうか。部室棟や体育館はそれぞれが1つの教室扱いみたいですから、そこに居た人達は全員同時スタート扱いで、その分人数が多くなって補正が低くなっているはずです」
茶道部が最強かあ。うん。問題ない。
……そういや茶道部の人の武器の中に玉串があったっていってたな。という事は巫女さんが居るのかな。うふふ。
「その上で武力を持ってこられたら面倒なことになります」
「え、だったら体育館とかに居た人に守ってもらえばいいんじゃないのかなあ?」
加鳥のいう事も尤もっぽいんだけど、穴があるんだなあ。
「体育館とかに居た人達って、戦闘経験がほぼ0のはずなんだよ」
そんな人たちが、対人戦でパニクらないはずがない。
モンスターの死体相手だって結構クるもんがあるってのに。生きてる、しかも人間、となったらさあ……きついよ、多分。
圧倒的な力の差でもあればさ、余裕ぶっこいて全部峰打ち、とかできるけど、そうでもなけりゃ、殺さないと殺されるんだから。
……ああ、そういえば、それ、こっちにも言える事なんだ。
私は殆どこの世界に来てから殺生してない。
それは皆さんが全部やってくれてるからで……皆さん、大丈夫……な、訳が無いんだけど、けど、うん。何も言わないし、私にそういう意識をさせないようにしてるって事は、そういう事なんだろう。
割り切る。私は割り切るぞ。
「ですから、体育館組は全員避難、という事になります。戦力にするとしても、おそらく三枝君達や穂村達、それから演劇部の人達という事になるでしょうね」
そこら辺は戦闘経験まみれなはずだからね。……対人戦は0だろうけど。
「でも、とりあえずは俺達だけで何とかできるように考えておいた方がいいでしょう。少人数の方が小回りが利きますから」
そうね。あんまり大規模な話になっちゃうと、私たちの手に負えないっていう問題が出てくる。
自由が利かなくなるのは致命的だ。それは避けたい。
「という事で、俺達がこれからする事は限られてきます。1つ目の教室の回収ですが、それは後回しです。どうせ混乱の元になるなら、やりようは幾らでもあります。2つ目に生徒の避難の為の住居づくりですね。これは多分、午前中いっぱい木工・金工係が頑張れば、あとは舞戸さんが頑張れば済む話なので大したことではありません」
酷い。
「そして、3つ目ですが……情報収集すれば、動きようがあります。ですから、暇になったらデイチェモールの……そうですね、歌川さんにでも話を聞きに行きましょう」
……何故、そこに?
「いくら海中都市に人があまり訪れないからと言って、王侯貴族レベルの国交が0な訳がありません。ですから、相良達に協力してもらって、情報を得ましょう。もしかしたら何か分かるかもしれませんし、何もやらないよりはマシですから」
あ、うん、そう言えば、歌川さんが社交してるっていう話は聞いたなあ。
うん、そうかあ。よし、分かった。私、寝れないな?
……ということで、皆さんがそれぞれ建築作業に入ったり、食料の収集に出かけたりしている間、私は一旦仮眠をとるつもりが、そんな暇も無く、歌川さんのドレスを縫う事になった。
情報収集するという事になれば、間違いなく彼女のお力を借りることになるからね。
それにほら、前約束してるから。
美人さんに着せるドレスを作るためなら、多少眠くても頑張れるよ、私は。私の職人魂が燃えているよ!
……突然だが、歌川さんは美人さんである。
ぱつり、と切りそろえられた濡れ羽色の髪、象牙色というべき肌、涼やかな目元。そしてすらりとした体躯!正にアジアンビューティーなスレンダー美人さんなのである。
そうともなれば、やっぱり、こう、針が進むじゃない。ご飯3杯いけるじゃない。
何色が似合うかなー、やっぱりちょっとコントラストの強い色の方がいいね。シックなワインレッドとかいいかね。形はふわっと系じゃなくて、すとん系だね。チャイナとかも似合いそうだね。やっぱり目指す位置はキュートよりセクシーだね!でも高校生だからね、あんまりいやらしくならないようにしないとね。うーん、難しい。でも楽しい!
……とやっていった結果、凄く針が進んで凄く早くできた。
……よし!寝よう!
2時間ぐらい寝たらマシになったので、お昼ご飯を仕込みながら、また縫い物。今度は体育館組の分だね。
下着って幾つあったっていいし、むしろ足りなかったら一番困るもんな、と自分にいい訳しつつ、女の子用の下着類を延々と縫い続けた。
……いや、楽なんだ、ぱんつ。裁断ももはやここまで来ると工業化になってきてだな、布を10枚ぐらい重ねて、それを『お掃除』で型抜きするようにして裁断。端の始末とかして、紐付けたら紐パンである。
縫う距離短いから1つあたりが早くできるし、個数できるとなんか満足感があっていいよね、っていう。
……因みに、私の趣味と時間効率の関係で、全部白である。異論は認める。希望があったら『染色』するからさ。うん。
「ただいま」
「お帰りなさいませー」
女の子用の下着類が大体40人前2日分ずつできたかなー、という頃に、食料調達班と建築班が帰ってきた。
ちょっとお昼ご飯の時間が遅くなっちゃったけど、まあ食べよう。
お昼はうどんです。たーんとお食べー。
お昼ご飯食べたら、私は出来上がったドレスと説明係の社長と一緒に、デイチェモールのジョージさんの所へ。
「先輩先輩せんぱーい!いらっしゃいませ!頂いたベーコン美味しかったです!」
ここに来ると花村さんが飛び出してくるのはもう仕様なのかな。うん。いいけども。
「おう、いらっしゃい。お、来たな。そうだ、貰ったベーコン、美味かったぞ。殆ど花村に食われたけどな!」
ジョージさんも相変わらずお元気そうで何よりです。
「歌川さんいます?」
「ああ、奥に居るよ。……お、それ持ってきたのか」
ジョージさん、ドレスに目が行く模様。ふふふ、自信作でやんす。
「では届けてきますよっと」
店の奥の食堂みたいな所に行くと、歌川さんがラフな格好でくつろいでいらっしゃった。
「あら、舞戸さん。どうしたの?……あ、もしかして?」
「ご明察。お届け物です」
ドレスを手渡すと、早速歌川さんは、似合うかしら?と、あててみせてくれる。うん。サイズもばっちりみたいだね。
「わざわざありがとうね。大事に着るわ。……ところで、柘植君が居るって事は、何かあったの?」
うん、社長、すっかりトラブルメーカーというか、トラブルセンサー扱いされてるね。社長が来たらトラブル、みたいな。
「はい。少し社交関係の情報が必要になりました」
そこで社長が歌川さんに今までのあらすじっちゅーもんを話し、そして、どのような情報が必要かを事細かに説明したところ、歌川さんはふむ、と1つ頷いた。
「分かったわ。全然分からないという事がね」
……うん、まあ、私も分からなかったから、何も言えない。
「何故ですか、かなり仔細に説明しましたが」
「細かすぎるのよ!……そうよ。もうあなたが出ればいいじゃない、社交界」
歌川さんがびしり、と人差し指を社長に突きつけると、社長は唖然、としてから、こういった。
「それが可能ならその方が合理的ですね」
……神殿の悪夢、再びか?