114話
「ほら、何とか言ってみなさいよ、ど変態野郎共」
目の前の糸魚川先輩は……化学部の、3年生である。勿論、引退済み。受験勉強あるからね。
……それが、また、なんで、こんなとこで女王様やってるんだ、っていう。
「……糸魚川先輩、こいつがメイド服着てるのは俺達の趣味とかじゃないです」
「鈴本、五月蠅い。私はこのメイドさん状態の舞戸を見て一度もいかがわしい妄想した事の無い奴からしか文句は受け付けないわ」
「じゃあ僕から文句言います。こいつは職業が『メイド長』なんです」
「成程、羽ヶ崎、アンタホモなわけね。納得したわ」
「何に納得したんですか。違いますやめてください気持ち悪い」
「じゃあEDなのね」
「違います!」
「まあ、アンタが悟り開いてようがなんだろうが、どうでもいいわ。こんなに可愛い私の舞戸を見て血に飢えた魑魅魍魎共と同じぐらい女に飢えた男子高校生共がいかがわしい妄想しないわけが無いわ。ああ汚らわしい。よって文句は受け付けない!」
……先輩は会って1分で全員の精神的HPをごりごりと削って下さった。
あの社長すら一言もしゃべらない。遠い目をしている。
……先輩、お元気そうで何よりです。
「久しぶり、舞戸。大丈夫?このど変態共に変な事されてない?」
先輩は玉座を降りてきて私にタックルかましながら抱き付いた。
……あれ、肋骨折れない。
「……先輩、私がメイド服着てるのはですね、私の自由意志によるものでして、決して皆の趣味とか妄想とか魑魅魍魎とかが関係しているわけじゃないんです」
「大丈夫よ、分かってるから。舞戸は自分が嫌なことはちゃんと嫌だって言って男の急所蹴るぐらいできる子だもの。さっきまでのは冗談よ」
……その冗談で大いに皆さん被弾したんですが、先輩。
「それにしても可愛いわ!流石、私の可愛い後輩だわ!ロングスカートの所が良いわね。最近のメイド喫茶に居るようなメイドはメイドじゃないわ。あれはあれでいいけど、やっぱりクラシカルなスタイルこそが至高だわ。……そうね、絵師を呼びましょう。この世界、カメラ無いみたいなのよね。私の肖像画とかどうでもいいから舞戸を描かせましょう」
「……先輩」
「冗談よ。ああ、おろおろするのも可愛いわ!」
糸魚川先輩は……こんなお方である。終始こんなかんじのお方である。
去年の冬あたりからなにやら私に構い始めて、春になった頃にはもうこうなっていた。
そして私達は悟ったのである。ああ、この人に何か言っても駄目だな、と……。
「とりあえず場所を変えましょうか。ここじゃあ落ち着かないものね。……『影武者』」
そして先輩は……玉座に、先輩をもう一人出現させた。
出現した偽先輩は玉座にゆったりと腰かけて、にっこり笑いかけてくれる。お、おお。
「これで大丈夫だわ。さ、行きましょう」
そして先輩は、玉座の後ろにあったタペストリーを捲ると、その奥の階段へ私達を誘った。
……うん、なんというか、どこから突っ込んでいいのか分からない、それがこの糸魚川先輩なのである。
階段を下りて行った先に、記念館がありました。
全員唖然。室内に建物……。
これも先輩のスキルによるものなんだけど、まあそれは後述するとして。
記念館のふかふかのソファに座って、茶道部の人達にお茶を出してもらいつつ……あ、ここに居る人も後述するとして、まあ、とりあえず先輩と情報共有を行う事1時間程度。
糸魚川先輩が何やってこうなっちゃったか、なんとなく分かった。
まず、糸魚川先輩は、校内推薦で受験さっさと決めちゃって暇になっちゃって旅行したりして、と、かなり高校三年生にあるまじきことをやってたらしい。
そして、あの日はその旅行のお土産を持って、兼部先であった茶道部へお茶をたかりに向かった。
そして、その状態でこの世界に落ちてきてしまった、と。
で、その先が、王城の中庭。
茶道部が活動しているのは記念館だったから、王城の中庭にそのまんま記念館ごと移ってきちゃって、全員、畳の上に散らばってたというドッグタグを装備して、それから武器も見つけて、それぞれ装備するか、という所で……乗り込んできたこの国の兵士に全員捕らえられてしまったらしい。
……で、異世界における美形補正が、ここで働いてしまって。
つまり、この国の兵士にとってみれば、いきなり城の中庭に超絶美少女たちが降臨したという事になる。
それは、パニくるよ。
そして、なんつーか、色々とタイミングと人選最悪な事に、この国の元々の王、というのがやって来まして、だな。……その権限をもってして、先輩達、つまり美少女達に暴行を働こうとしたらしいんだよね。
そこで、先輩は凄かった。
何が何だか、全く理解もできていない、自分たちがスキルなんていうもんを持ってるなんて知らない、そんな状態なのに、只、自分の後輩を守らなければ、という一心で矢面に立ち……。
……自分のドッグタグに『革命家』と刻まれていた、ただそれだけの理由で、近づいてきた王の急所を蹴り上げ、倒れた所でしっかりヘッドロックかけつつ、「今日から私が王よ!分かったら全員跪きなさい!」と。やったらしいんだ。
……はい。そして先輩の現在の職業は、『女王』である。
多分。この世界に来た全生徒の中で、最も早い転職だったものと思われるね。
その後、糸魚川先輩は、先輩のスキルの1つである『女王命令』によって跪いた兵隊と王を跪かせたまま放置して、記念館の中を探って武装した。
武器は、茶道部のお茶の道具をしまっておく押入れに入ってたらしい。
掃除ボックスも押入れも大して変わらないって事だね、きっと。
……で、まあ、そこから先輩の女王生活が始まってしまった。
後輩を守るためにやっちゃった事とは言え、やっちゃった事は革命である。
それでも異世界補正なんだか、先輩が凄すぎるんだか、「割とすんなり色々上手くいっちゃったわ」、との事。
そんなこんなで、先輩は女王1日目には、この国で異世界人を奴隷として扱っているという情報を得て、『異国人は全員女王へ納めよ』というお触れを出して、保護することにしたんだそうだ。
確かに、それができるならそれが一番効率いいよね。
そして、女王2日目にはスキルを使いこなし、『王城操作』で城の裏に巨大な空間を作って、そこに記念館を丸ごと移しちゃったらしい。
そして、この国では人権ナッシングらしい生徒たちを集めては、玉座の後ろからしか行けないこの空間に連れてきて保護していた、ということらしい。
よって、ここには既に茶道部だけじゃなくて、部室棟に居た部、体育館、小体育館に居た部、グラウンドに居た部も確認できる範囲では全員集合済み。は、はやい!
……この国は、先輩が女王になっても尚、異国人の人権ナッシングな風潮が収まらないんだそうだ。だから、『異国人を保護します』なんていうお触れは出せなかった、と。
だから勿論、抵抗も存分にあった。そりゃ、全員スキル持ちの補正ありだからね、兵隊が負ける事も往々にしてあったとか。
そういう時には先輩自ら出向いて行って説明して、洗脳された振りをさせて、王城に連れ帰っては保護、と。
そして、利用価値のある異国人を女王が1人で囲ってしまうともなれば、民衆からの反発も強く、先輩が女王やってられなくなったら、生徒の保護ができなくなる。
だから、先輩は民衆のご機嫌取りも兼ねて、この国をかなり真面目に改革していったらしい。
お陰様で今は支持率も高い、とかなんとか……駄目だ、私の理解の範疇超えてる!
「それで、異国人が黒髪黒目で判別されてるって事も分かったから、見た目を変えられる人たちには外に出てもらって、食料の調達や、元の世界に戻る方法の模索もしてもらってたんだけど……やっぱり上手くいかなくてね」
そこまで言って、先輩は一息ついてお茶を飲む。
「元の世界に帰る方法なら俺達の方でもう目処がついてるんです」
ここで後は鈴本と社長に説明を任せて、皆でお茶とお茶菓子を楽しんだ。お茶が美味い。
「……そう。じゃあ、今すぐにでも、この国から皆を連れ出してあげて。私が女王をやっている今、ここに居れば衣食住に困りはしないけど、不自由な生活である事に変わりは無いわ。私も後始末が終わったらこの国を出るから」
「後始末、ですか」
「ええ。それがどんな理由であれ、私は今この国の女王なんだから、無責任に放り出していくわけにはいかないわ。ノブレス・オブリージュよ」
高貴さは義務を強制する、っていうことか。うん、先輩らしくていいと思う。
「私が居なくなったら間違いなくこの国は大混乱だしね。……これから何かひと悶着ありそうだし、それを乗り越えて、この国を任せても大丈夫な人を見つけて、この国を返すことにする」
……今、何と?
「なんか、ね。前国王がやってるらしいのよ。でも、前国王って、ど素人の私からしても悪政だったのよね。だから、前国王をしっかり始末してからじゃないと、あまりにも無責任じゃない」
……また、ひと悶着ありそうだなあ……。何かが、何かが引っかかるぞ……。
とりあえず、糸魚川先輩が保護した生徒たちを全員どうにかしないといけない。
目下の所は、前国王の私物とか売ってお金にして、それで食べてたらしいけど、これからはそうもいかないから……ああ、食料収集からスタートですね、分かります。
それから、住むところだね。
今までは先輩のスキルで空間を仕切る壁を作ったりして、それで住んでたらしいけど……記念館以外、まともに住める建物が無いんだよね。体育館に住むってのはちょっとどうかと思うし。
それから、体育館とかの回収だ。
この町に点在する建物は、移動できるっていう事が発覚しなかった為、そのままになってる。
なので、こっちも回収しないといけないね。でも、体育館みたいにでっかい建物が急に町から消えたらそれもどうなの、っていうのもあるしなあ……。
……でも、生徒がおそらく全員集まってる、っていうのはでかいね。
一番集めにくいのは人だと思うから。
やっぱり、先輩は先輩だった。
とりあえず、一旦私たちは帰ることにした。
帰って、2F南あたりの、モンスターが大人しいエリアにでも吹奏楽部の人達用のお家みたいなのをまた建設して、そこに移住、ってことになるかなあ。
……あああああ、となると……また私はミシンだな。
一旦1F南西に戻ってケトラミとグライダを回収して、2F南に『転移』。
そしたら晩御飯の支度からだなあ。
今日はお魚フライにでもしようかなあ。グライダがお魚いっぱい獲ってくれてたし……。
そして一方、ケトラミさんはお肉を沢山獲ってくれていた。
……競争になったらしいんだ、あまりに暇すぎて。
暇を持て余したユニークモンスター達の遊びはちょっと規模が違うね。
うん、なんか……食料問題、この子たちに任せておいたら解決しそうな気がする。
少なくとも、タンパク質に関しては。




