108話
痛い描写がまたあります。ご注意ください。
とりあえず、ケトラミさんを木の下から出すわけにはいかないから、巻き込む前に私は『転移』した。
すると、さっきまで私が居た所に向かってガラス蜘蛛が糸みたいなものを吐き出したのが見えた。あっぶね!
『中々すばしっこいじゃあないの?でもそれも何時までもつかしらねーえ?』
……また来る!
慌てて『転移』してまた逃げる。けど、逃げた先で今度は強酸っぽいのが飛んできたんで、また『転移』。
どう考えても、さっきまでとは段違いにガラス蜘蛛のスピードが上がってる。
しかも、もうほんとに皆さんの攻撃を無視して、私だけ狙ってきてる!
……うん!これはいいことだ!超効率的じゃん!皆さんは攻撃に集中できるし、私はただ逃げてればいい。
何やらガラス蜘蛛は私に用がある……らしいんだけど……ぐわーっ!何も考えねえぞ私は!逃げる!逃げるぞ!
しかし、まあ案の定というか、ひたすら『転移』を繰り返してたらMPが切れた。
そして、MP回復アイテムは全て羽ヶ崎君に渡しちゃってるのである。
……ええい!奥の手だ!というか、アイテムあってもどうせ使ってる余裕なんてないんだよっ!効率はあんまりよくないがまあしょうがあるまい!
まずはメイドさん人形達と『共有』。そして、メイドさん人形達が持っているMPを分けてもらう。
メイドさん人形達は実験室の中にあるミント抽出液を使ってMP補充すればいいし、これで私は半永久的に『転移』し続けられる!
『……ちょっとお、アンタ何時までもつのよお……』
ガラス蜘蛛もだんだん嫌になってきたらしい。ふははははは!どうだ!参ったか!
戦闘力こそ皆無に近いものの!ただこうやって逃げまくるだけなら!おそらく私、部内一、いや、下手したら本当にこの世界でトップクラスなのですよ!
そして私がひたすら逃げまくってる間に皆さんは攻撃をひたすら続けて、遂にガラス蜘蛛の脚をもう一本破壊することに成功したらしい。凄まじい音と共に脚に罅が走り、一気に脚一本が粉々に砕ける。
『あああああ!もーお鬱陶しい!なんなのよっ、もうっ!』
脚が6本になってるにもかかわらず、ガラス蜘蛛の方はそんなに気にしてないみたいに見える。
『ちょっと貸してって言ってるだけじゃないのよっ!』
「借りて何するつもりだよ!」
『いいから大人しく借りられなさい!アンタには勿体ないわっ!』
何が!?と思うより前に、押し殺した呻き声が聞こえた。
勿論私が逃げそこなったら色々アウトな気がするので『転移』は続けながら様子を確認すると、酸で鎧ごと足を溶かされている鳥海を見つけた。
あの水飴みたいに粘る酸はとてもじゃないけど、羽ヶ崎君の水魔法で流すのは無理がある。
……うん、罠だな。間違いなく。
でも行くしかないじゃないか。強酸で体を溶かされる痛みは私が一番よく知ってると思うよ。
鳥海の隣に『転移』して、酸をはたいて『お掃除』して、それから『転移』……するはずだったんだけども。
……うん、この間1秒ちょっと位だったはずなんだけど、やっぱりしくった。
『お掃除』が終わって二度目の『転移』をしようとした時にはもう糸が全身に絡みついていて、『転移』が発動しなかった。
どうもこの糸、『転移』とかを封じる何かでもついてるらしい。
そのままガラス蜘蛛の眼前に吊り下げられて気分は蓑虫でございます。多分この糸、『お掃除』すれば消えるんだろうけども、残念なことに両手が胴体に縛り付けられてるんでハタキではたけないんだな、これが。ははははは。
……うん、反省はしていない。あそこで鳥海『お掃除』しに行かなかったら脚どころじゃなくて溶けてただろうし。
そして何というか、まあ、切るなら鳥海より私だろう、とも思うし。
『やあっと捕まえたわあ。んもう、手間かけさせちゃってえ』
「多分私食べても美味しくないよ」
薄い塩味はするだろうけど多分水っぽくて美味しくないと思う。
というか、人肉は水っぽい豚肉であるという結論は遥か昔から出てるっていうのに、その人肉を、しかも熟成も何もさせないで食ったって美味いわけが無い!
『やだあ!食べやしないわよう、アタシがそういうヤバンな生き物に見えるう?』
うん、すごく見える。
『アタシはアンタの体に用があんのよ』
……。
『分かるわよお?魔力が段違いだもの。きっとさぞかし……使い勝手がいいんでしょうねえ?』
あ、危惧してた方向じゃなかったけど十分やばそうだった。
『貸してもらうわよ?』
ガラス蜘蛛は言うや否や、針のようなものを私の首あたりに刺すと……そこから何かが侵入してきた。
形のあるものでは無いから性質が悪い。ぞわりとしたのも一瞬で、一瞬後にはぞわりともできなくなっていた。
……説明しよう。首から下が動きません。説明終了。
『……あらあ?変ねえ……ちょっと想像してたのと違ったわあ?』
ガラス蜘蛛さん、何やらご不満のようだけども私の知ったこっちゃないので早いとこ元に戻していただきたい。
「……多分ね、私さ、魔力とやらがあっても、外に出てこないタイプらしいんだよね。うん。だからご期待には添えないと思うよ」
『ま、それでもアレが認めてるだけの事はあるわあ……この魔力、ちゃあんとアタシが使ってあげるから安心してね?』
安心できねえ!……アレ、っていうのは多分、ケトラミさんの事だろう。
ケトラミさんが私の意識の端っこで舌打ちしたのが聞こえた。
『それにしてもいいわあ、女のコの体って』
ガラス蜘蛛のうっとりした声が聞こえるや否や……腕が勝手に動いた。
自分の意思で如何様にもできない手は私の顔を触り、つついて、つまんで伸ばした。
「やめなはえ」
『すべすべしてて柔らかくって。やっぱりアンタにしといて正解だわあ。男なんかの体使ったって楽しくないもの!』
そ、そうかね。そこは意見の相違だなあ。私は正直な所男になりたいよ、っていうのは置いておいて、とりあえず私のほっぺを伸ばすのは止めなさい!
「……舞戸はあれ、何やってんだ……?」
「もしかして首から下が操られてるんじゃないの、あれ」
そして下の方、地上では鈴本と羽ヶ崎君がそういう会話をしていた。名推理だ!
「そう!なんか首から下が自分の意思で動かない!」
「それ、お前自力でなんとかできそうか?」
うーん……なんだろ、半分は物理的な何かだと思うんだ。首になんか刺されたし。
でも、もう半分は……多分、非・物理的な何かだよね。だったらなんとかレジストできる可能性がある。
「がんばってみるけど、駄目だったら、ええと……まあ、うん、頼んだ」
駄目だったら、まあ、その時はすっぱり諦めるよ。私は。
……凄く、渋い顔された。
『それじゃあまずは、邪魔なの全部やっつけてもらおうかしらん?』
地上に降ろされたなあと思ったら、私の体を縛っていた糸が全部解けて、体が勝手に動き始めた。
おお、変な感じ。
足が地面を蹴って、まっすぐ一番近くに居た鳥海に向かう。
そして、戸惑いからか動かない鳥海に私の拳が向かう!
……まあ、なんというか、これが私でよかったよね。ホントに。
思い出されるのはあれだ、鈴本が峯原さんに『人形化』されたときのアレ。
鈴本は強いし味方だしで、皆さん大層苦労したそうで。
……しかし、まあ、私である。
つまり、補正無しの、最弱の、私である。
対する相手、鳥海。補正がガッツリ掛かっている上に、鎧である。兜である。
私の拳は避けもしない鳥海の兜を100%の力で思い切り殴りつけ……。
……手の骨が砕けた。
『はあああああ!?なんでよ!?なんでアンタこんな弱いのよおおおおお!』
そんなの、私が聞きたい!はっはっはっは!今思った!私!弱くて良かったっ!
殴られた方の鳥海も、あっさり私を取り押さえてくれた。うん、グッジョブ!
『ありえない!ありえないわよ!なんでアンタ、こんなに魔力はあるのに弱いのっ!?』
ガラス蜘蛛が慌てふためいてるけど、後の祭りって奴よ。
君が私なんていう駒としてどうしようもないのを動かしている間にも君への攻撃は進んでいる!このままいけば足が5本になるのも遅くないね!
「はっはっは、ガラス蜘蛛さん、見る目が無かったねえ!そうとも!理由は知らんが私は最弱!最弱なのだあああ!」
「……舞戸さん、もしかしてあの蜘蛛と喋ってたりする?」
あ、そうか。パスが繋がってるのは私だけだからガラス蜘蛛さんの台詞は鳥海に聞こえてないのか。
「あ、うん。ねえ、なんか首のあたり、なんか刺さってたりする?」
因みにこの会話の最中もガラス蜘蛛さんが私の手足を動かして必死に鳥海の拘束から逃げようとしてるんだけど、如何せんハードウェアが私だ。残念だったな!
「んー……いやー、特にないけど、なんか刺さったん?」
「ねえ、ガラス蜘蛛さん、私に何刺したん?」
『むっかつく!アンタたちホントにむっかつく!』
ああ、悲しいかな、会話のドッジボール。全然話が通じない。
というか、そもそも私はこのガラス蜘蛛と対話するためにわざわざケトラミさんにパスを通してもらったのだ。話さねばなるまい。会話はちゃんとキャッチボールするものだ。
「ちょっと聞くけどさ、ガラス蜘蛛さんも魔王に一部を分けられた子孫なんでしょ?」
聞くと、ぴたり、と私の体が止まった。奇妙な感覚だな、これ。
『……うふふふふふ、そうよ。そうだったわあ。アタシは魔王様からお力を分けて頂いた者の子孫。その力はアタシの中にだってあるの。……最初っからこうすればよかったわ』
ガラス蜘蛛の声の調子が変わったと思ったら、私の右手から水流が放たれた。
っつっても、所詮魔法だ。
私たちは全員『魔法無効』装備なんだから、こんなもんを気にする必要は全く無い……はずなんだけど、鳥海はそれを避けた。
そして私(inガラス蜘蛛)の拘束は解けて、自由に動けるようになってしまう。
『んん?やっぱりアンタ変ねえ。魔法使っても魔力の多さが全然感じられないんだけど?……まあ、アタシよりはマシよね』
……何てことだ。
私が……魔法を、コンロの強火以外の魔法を、使う日が来るとは。
つまり、魔法はハードウェアじゃなくてソフトウェアに依存するもの、って事になるのか。変な所で色々分かるなあ。
しかし、これはやばい。
魔法を延々とぶっ放すだけだったら、身体能力はあんまり関係ない。
私のMPを使われてる感覚は無いから、MPはガラス蜘蛛持ちなんだろうけど、ということは、どのぐらいあるのか分からない。
一応、私のMP使い出されたら困るのでメイドさん人形達との回線は一回切ったけど。
『ほらほらあ!どんどん行くわよおっ!』
「魔法だけど魔法じゃない何かが行くから避けて!」
私の手からまた水流が放たれる。
「うわっ!」
そして水流の方はというと、地面を大きく穿ち、近くに居た針生を巻き込んだ。
……成程。分かった。
これ、魔法だけど、魔法じゃない。
羽ヶ崎君の水魔法みたいに、完璧に制御された魔法だったらこんな大ざっぱで力任せなことにならない。それに、針生に効くわけがないし。
これは、魔法で……水を、呼んでいるだけだ。水自体は魔法じゃないから、『魔法無効』が効かない。
「この水魔法じゃない!避けて!」
私としては必死にレジストしてるんだけど、体は意思とは無関係に動くし、全然とっかかりが掴めない。
そうしている間にも、私の手からは水流が発射されまくるし、ガラス蜘蛛の方は酸吐いてるし。
これじゃあアレだ。さっきのに逆戻りだ。
酸が溶けた水が溜まって、酸のプールになる。
……埒があかんね。
ガラス蜘蛛の方も動くし、あたりは酸のプールだし、どう見ても手に負えてない。
「舞戸!」
水流を避けながら鈴本が渋い顔をしていた。
「さっきの、やるぞ」
「うん」
多分、角三君や鳥海よりも鈴本の方がいいな、これは。刀の鋭さは私も良く知る所だよ。
私が頷いたのが見えたのか、羽ヶ崎君が杖を構え、真っ向から水流に向かう。
羽ヶ崎君の氷魔法は力強く伝播して水流を丸ごと凍らせ、私の右腕までを凍り付かせた。
『なっ』
今がチャンスだ!
「よし!殺せ!」
『なんで!?』
その瞬間、ほんの、ほんの少しだけ、左腕が止まった。
その隙を見逃すわけが無い。
凍った水流を足場にして跳躍してきた鈴本は、その刀ですぱり、と。
私の首を刎ねた。
よし。
……嫌な役やらせてすまんね、どうも。