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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第一章
5/30

第一章 1『ゆきむら くろね』

 ────ピピピピッ


 どこか聞き慣れたような、しかし少しだけ違和感のあるそんな音が、微睡みから覚めかける俺の耳を打つ。

 目を閉じたまま聞いていると、それが愛用の目覚まし時計の音ではなく鳥の鳴き声だと理解する。

 あまりにもデジタルの目覚まし時計と音が似通っているため一瞬わからなかったが、不規則なリズムのその音を聞くと、なるほど、鳥の鳴き声だと言われれば納得してしまう。

 そこまで脳で処理して、頬をくすぐる何かに気を逸らされる。

 これはなんだろう。風に揺られているのか、頬に当たったり当たらなかったりでくすぐったい。

 そもそも自分は今どこにいるのだろうか。

 寝転がっているようなのだが、アパートの布団ではなく、どこか草原にでも横たわっているような感覚が後頭部や背中にある。

 気になって目を覚ますと、まず視界に入って来たのは青、碧、蒼。どこまでも透き通る、青い空。見慣れた空とは一線を画すその青さに思わず息を飲む。

 青と白、その二つだけが広がる空に、オーロラのような美しさを見る。

 感動するのも程々に身を起こし、周囲を確認する。自分が寝ていたのはやはり、草原だったのだと確信する。頬を撫でていたのも草だ。


「外、か……それも多分、外国のどこか……かな?」


 思考が麻痺しているのか、脳があっさりと受け入れた。

 堅い地面で寝ていたためか、身体の節々が痛い。

 目覚ましも兼ねてストレッチをしながら、ここがどこかを考える。

 周囲には何もない。延々と続く草原。遠方に生い茂る森、その反対側を見れば、辺りに広がる草が人間の身長の倍ほどに伸びた、草原の森とでも呼べるモノがあった。


「あそこに入ったら、迷って出てこられなくなりそうだな……」


 かと言って、反対側の森は、それはそれで威圧感がありあまり近づきたくない。

 他には何か無いかと見回していると、街と思しき、建物がたくさん並んだ地が見えた。遠すぎて見にくいが……二.五の視力が告げている。アレは街である、と。


「あそこに行けば何かわかるかなー……っと」


 そうして楽観的に状況を捉えていたために、反応が一瞬遅れた。


「…………ん?」


 何か、上空から黒い点が降ってくる。

 なんだ……アレ。

 それは段々と大きくなり、その姿を鮮明にする。

 ──ハァ!?


 俺目掛けて降ってくるそれを避けるため走り、十分な距離を取ったところで振り返る。


 ────ズゥンッ!!


 草原の下にある土を捲り上げ土煙を上げるソレ。

 黒い体毛に覆われた、俺の倍はゆうにありそうな巨体は未だ倒れている。どれくらいの高さから落ちて来たのかはわからないが、あの巨体だ。負ったダメージは相当なモノだろう。

 …………逃げた方が、良い気がする。

 一瞬だが自慢の目が捉えたその姿。間違ってなければ──ただでさえ獰猛で危険なあれが、これほどの巨体になっているということだ。

 だというのに俺は、まるで影に足を取られたかのように動けなくなっていた。

 動け。動け動け動け逃げろ逃げろ!

 自らに必死に訴えても結果は変わらない。

 結局、その巨体が起き上がるまで俺は、ただ突っ立っていたのだ。


 そして、ソレが砂煙の中から姿を現す。


 真っ黒な体毛に覆われた巨体。

 耳は凛と立ち、音を鳴らす足には鋭く光る爪。

 よだれを垂らす口から覗く牙は怪しく光を反射していた。


 ソレは狼。


 人間よりも大きな姿となった、狼だった。

 なぜそんなものが空から降って来たのか。

 サッパリわからん。

 だけど一つだけわかることがある。


 ──このままじゃ、俺、死ぬ。


 我に返った俺は走り出した。

 ひたすら、遠くへ。遠くへ。

 だがこの何もない草原で、どこへ逃げられようというのか。


「せめて、せめてあの背の高い草むらに──」


 俺の視線の先には、俺の身長の倍ほどはあろうかという草むらがあった。

 だが遠い。途轍もなく遠い。まず俺の体力が保たない。

 もう長らくずっとスポーツからは遠ざかっていた。そのため筋力が衰えていなくても、体力は無に等しいのだ。

 すぐに息切れはやってきた。

 振り返れば、逃げる俺を追うように狼が動き出すところだった。マズいマズいマズい。

 俺は走る。狼も走る。

 既に呼吸は枯れている。喉からヒューヒューと音が鳴る。


「ガッ──、かはっ!」


 足元の何かにつまずく。石?

 いや、それより──

 俺の頭、後頭部に何か、生温かい粘液が落ちた。

 ボト、ボトり、と。


 見上げれはそこにはすでに、巨大な狼がいて。


 俺は、頭からパックリと食われた。


 ーーーーーーーーーーーー


 ────ピピピピッ


 ええい、やかましい。

 目覚まし時計はどこだ……あれ、無い。

 というか、ここは布団の上じゃ──ない。

 手に触れるのはカサカサとしたモノ。

 目を開けて最初に目に入ったのは、強烈な既視感のある青い空。


「い、ててて……」


 硬い地面に寝ていたからか身体のあちこちが痛い。立ち上がりストレッチをする。


「なんだったんだ……今の」


 目前に迫る鋭い牙。鼻をつく異臭。

 あれほど感覚がリアルな夢など、あるのだろうか。

 だが、夢でないとしたら、今俺が生きている意味がわからない。

 ふと空を見上げる。が、そこには何もない。


「……あれが正夢になるかもだし、とりあえずこの場を離れるか」


 未だ麻痺する思考は、ここがどこなのかを、深く考えようとしなかった。



 遠方に見えた街に向かって歩き始め、一時間が経った頃。ようやく辿り着いた人気のある場所で俺は崩れ落ちた。

 なんとなく、安心してしまったのだ、

 人通りも疎らな石畳みの通りに足を踏み入れる。

 瞬間──ヴゥン──と、身体に何かが触れる感覚がした。

 なんだろう? とは思うものと、気のせいだと思うことにした。

 とにもかくにも、まずは腹ごしらえ。実はさっきから腹が鳴って仕方が無い。

 ……と、思ったのだが。


「──ポケットの中にはビスケットすらありません」


 見覚えのある私服に身を包んでいた俺。そのポケットをくまなく探したが、財布はおろか何一つ入ってはいない。

 これは酷い。ここが外国だったとして、せめてお金さえあればどこかで換金できるかもしれないのに。

 そんな途方に暮れてた俺に、一人の少女が声をかけた。


「 ──、…… 。  ?」


 やべえ、何を言ってるのかサッパリわかんねえ。

 どこの国の言葉だろうか? 理解が追いつかん。

 それを身振り手振りで伝えると、少女は困った顔をして人差し指を口に当てた。何かを考えているらしい。

 やがて、おずおずと、鞄の中から何かを取り出した。


「ペンと……メモ帳?」


 少女はそこに何かを書き込んで俺に見せた。


『よめますか?』


 乱雑で拙くはあったが、それは紛れもなく俺が読める文字で。

 俺は大きく頷くと、少女はまた次の文を書き、俺に見せた。


『どこから?』


 どこから来たのか……って聞いてるのかね。

 ふむ、どこから、か……。

 ──あれ?

 俺、どこから来たんだ?

 そもそも俺、なんでここにいる?

 やべえ、思い出せねえ。

 かろうじて覚えているのは、雪村黒音っていう名前と、自分がアパートってところで暮らしてたこと。その他諸々の、生活に必要な知識。

 俺はこれらを、どこで身につけた?

 悩んでいると、少女が紙とペンを差し出して来た。

 それを受け取るも、俺は自分がどこにいたのか、どうしてこんなところにいるのか、まったく理解していない。

 結果、『わからない』としか書けなかった。

 それを見た少女は表情を曇らせると、『なまえは?』と聞いて来た。


『雪村 黒音』


 それを見た少女の顔はまたも曇る。


『よめません』


 ああ、なるほど。これじゃダメか……。

 俺は『ゆきむら くろね』と書き直す。


「──ゆきむら……くろね」


 少女はようやっと、意味を持った言葉を発した。

 そしてあろうことか、


「クロネさん、だね。ようこそ、アウビーへ」


 普通に、喋った。

 え? どういうこと?


「な、なんで喋れて……」

「ああ、俺ネーマーなんだよ」

「…………ネーマー?」


 少女はしばしきょとんとした後、首を傾げ、


「ネーマーはネーマーだけど……名前からいろんな情報を読み取り、修得する。そんな才能を持った人のことだぞ?」


 へえ……。そんな力があるんだ──ってはぁ!?


 待てよ。そんな力あるって普通じゃない。普通じゃないったら普通じゃない。

 じゃあなんだ。この女の子が普通じゃないのか、それとも世界がおかしいのか。

 そもそもここはどこだ。俺はどこから来て──


 そこまで考えたところで、頭にズキッとした痛みが走った。


「──つ」

「だ、大丈夫?」


 突然頭を押さえたことで心配させてしまったらしい。

 大丈夫、と告げ、少しだけ考える。

 ネーマー、という力が本当にあるとして、その能力は名前からいろんな情報を読み取り修得する──だっけ。

 つまり、俺の名前から、俺の話す言葉を読み取り修得した、と?

 ……なんだそれ、化け物か。


「今、とんでもねえ、とか考えた?」

「え、いや、そんなことは……」


 思いました。


「不思議な人だなあ。この世界でネーマーの存在は希少。だからこそその知名度は高いはずなんだけど……」

「それよりも俺は、その顔に似合わない喋り方の方が気になる」


 さっきからこの子は女の子のクセに妙な言葉遣いをする。まるで男みたいに。


「ああ、これは仕方ないんだよ。俺はあんたから言葉を読み取ったからさ。あんたが一番慣れてる言葉遣いになっちゃうっていうか。いやー、参ったね。こんな言葉、初めて聞いたから融通が効かなくて」

「はあ……じゃあせめて『俺』じゃなくて『わたし』にしてくんねえかな……。声はまったく違うけどなんか混乱するから」

「わたし? ……へえ、自分を指す言葉のことか。ふうん。確かに、俺女だし、こっちの方が良いかも」


 今『俺』って言ったけどな。


「慣れるまでは自然に俺って言っちゃうかもなー。ま、そん時は我慢してね」

「そりゃあ、俺は他の言葉なんてまったく知らねえからどうすることもできねえし。我慢するさ」


 さて、大分話が逸れた。

 それを少女も察知したのか、話を変える。


「ようこそ、アウビーへ……って言ったっけ。それで、あんたはどこから来たのか自分じゃわかってないんだっけ? とりあえずどうしたい?」

「アウビーってのはここの名前?」

「そう」


 アウビーか……大して大きな街でもなさそうだが、何があるんだろうか。


 ──ぐぎゅぅうううううううう


 ……………………。

 ま、何を考えるよりも腹ごしらえ、ですね。


「じゃあ、飯食いたい」



すみません。本編に入るにあたり、またタイトルを変更させていただきました。


『引きこもり魔王と勇者スクブスと虐められた黒猫』

『魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜』


今後はこれで固定……の、つもりです。行き当たりばったりで申し訳ございません。

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