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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第二章
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第二章10『衝突』

 死んだ。死んだ。死んでしまった。

 あんなに死にたいと思っていたのに。

 あんなに死にたくないと思っていたのに。

 死んだ。死んだ。死んでしまった。


 身体の先から徐々に体温が消え、感覚も消え、存在も消えて行く。


 怖い怖い怖い。なくなっていく。

 自分でなくなっていく。

 身体の穴という穴から体液が零れ落ちる。

 生も、零れ落ちる。

 ぐずぐずに零れていく。

 脳が溶ける。焼ける。形を残さず。

 ただただ、自分の死をデジタルに受け止め、0と1で再構成されていく自分から目を逸らして。

 また死んでいく。また生き返る。




 セーブデータは──どこから?


 ーーーーーーーーーーーー


「……マスター?」


 溢れ出る熱気に──怒気に気圧されながら、しかしその姿から目を逸らすことはできず、問う。

 あなたは本当に、あの温厚なマスターか、と。


「……ラグ、と言ったか。あの子は……ライブは、草原に行ったのだな?」

「ああ。そこまで転移させたのは確かだよ。そこから先は知らないけど」

「……そうか」


 呟くと、包帯に覆われたまま表情を隠す顔は宿の扉に向いた、


「すまない。街の見苦しいところをお見せしてしまって。そのお詫びと言ってはなんだが、この宿を好きに使っていい」

「え? ちょ、何を言って……」

「どうせ、そろそろこの宿も手放すつもりだった。それが少し早まるだけのこと。気にすることはない」

「気にするって! ……何をするつもりで?」


 俺がなおも食い下がると、沈黙を続けるマスター。

 単純に考えれば、ライブを追いかける。ただそれだけだろう。

 だが、マスターの放つ怒気からは何かそれで終わらない雰囲気がする。

 このまま行かせてはダメだ。そんな気がする。


「──クロネくん。頼むから、関わらないでくれ」


「え、な、なん──」

「────」


 マスターは外へ飛び出して行った。


 ──拒絶。


 ただそれだけを、残し。


 ただそれだけを、残し。


 ーーーーーーーーーーーー


「……あーあ、行っちゃった」

「なんか、めちゃくちゃ怒ってましたね。どこに沸点あったんでしょう」

「俺に聞かれても……な」


 なんだか、たった二日で様々なことが起こりすぎて頭が追いつかない。

 っていうか、まだ二日目なのか。

 俺が記憶を失って、目が覚めてから。

 俺はどうして記憶を失くして、どうしてあの草原にいたのか。その理由はわからない。

 確か一度、わからないなら考えない、とか言った気がするが……今の俺はそんな考えを捨てている。ここに至って、余裕が出たからだろうか?


 俺はなぜここにいて、こうしているのか。


 その答えと理由が知りたい。


「ま、この宿使って良いって言ってたし、遠慮なく使わせてもらおうよ」


 気楽に言い、ソファに腰掛けるラグ。その能天気さはどこから来るのだろうか。

 元はと言えば、コイツがライブを逃がしたのに。


「ラグ、どうしてライブさんを逃がしたんですか?」


 どうやらベリーも同じことを思っていたようで。

 それに対し、口を開かず呑気に紅茶を飲むラグ。

 沈黙が支配する。


「…………」


「…………」


「がちょーん」


「!?」


 誰だ今変な声出したの。ラグか?

 いや、ラグは今の声を聞いて紅茶を吹き出している。となると……。


「げほっ、げほっ……え、ちょ、勇者? 何やってんの?」

「勇者って呼ぶかベリーって呼ぶか、どっちかに統一してください」

「あ、じゃあベリーたんで……じゃなくて! なに、今の変な声」

「…………」


 ラグも俺も、ベリーを見る。

 見る。

 すると、ベリーは顔を赤くしもじもじし始めて──




「──そ、そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」




「グハァッ!!」


 俺とラグが同時に吐血した。


「え、ちょ、二人とも!?」

「なんだこの生き物……視覚からの精神攻撃だなんて……」

「だ、大丈夫かいクロネくん……。今までずっとベリーたんを見てきたけど、この凄まじい破壊力は衰えるところを知らないね……」

「ラグ、お前とは良い酒が飲めそうだな……ベリーのことに関してだけだけど」

「遠回しにそれ以外では反りが合わないと言われてる!?」


 当たり前だろ。お前嫌味な奴だし。

 何より恋敵らしいし。

 ただまあ、共にこの赤い少女の可愛さを語らうのは良いかもしれない、ってだけで。


「はぁ……まあ、おかげで多少はこの重苦しい雰囲気もどうにかなったか」

「……ああ、そういうこと。クロネくん察しが良いねえ。気を配れるベリーたんは優しいねえ。相変わらず」

「う、うるさいですね……」


 口を拭いつつ、弛緩した空気の中で。


「……さて、それじゃ、ここまでしてくれたわけだし……話さないと嘘だよねえ」


 ラグが、話し始めた。


 ーーーーーーーーーーーー


「──とまあ、こんなわけで」


「……オチにそうつければ許されると思ってません?」


 逃げる。優しい。

 そんな言葉を頻繁に使われたラグ目線の語りに、正直ウンザリしてしまった。

 なんだこの優男。


「どこのラノベの主人公だよ……それも古く廃れた超絶イケメン系」


 いや、少年漫画だろうか? 少女漫画?

 まあなんだっていいや。


 ライブは自分の意思で逃げた。

 ラグにどれだけ言葉で追い詰められても、最終的には、自分の意思で。

 それが本当にあの子の意思だったのか? と問われれば、断言する事はできない。できないが……話を聞く限りでは、そうらしい。


「私は、そうなるようにラグが誘導したようにしか聞こえませんでしたけどね」

「あっはっは……ベリーたんなかなかキツいこと言うね。否定し切れない僕もどうかと思うけど」

「とりあえず、ライブは安全なんだろ? なら大丈夫か……」


 先ほど感じた焦りはなんだったのか。

 マスターを行かせてはいけないだなんて、なぜ思ったのか。

 ……駄目だ、わかんねえや。


「んもっふ! それじゃ、あとはマスターが宿に戻ってくるまでの間、言いつけ通り好きに使わせてもらいましょうか……ん?」


 ソファにダイブしながら表情を緩めるベリーに、俺とラグの口がだらしなく開く。そんな過程を経て、ベリーの視線が宿の外に向けられる。


「外が……騒がしいな」


 やけにカッコつけながら言うラグは無視。

 だが確かに、外が騒がしい。


 そしてその騒がしさがついに、宿の扉を叩いた。


「オムバスは、オムバスはいるか!!」


 バンッ、と開け放たれた先にいたのは、先ほどオムバスと一緒にいた街の住人たちだった。


「え、なに、まさか数時間もしないうちにとんぼ返り?」

「あ。お前魔獣の影に隠れてた……」

「うっせえよ! そこだけ思い出すな!」


 そこだけも何も、それだけだった気がしなくもないが。


「魔獣は……いないか。おい、お前」

「なんだよ、急に強気になりやがって……」

「お前一人なんかどうでもなりそうだったからな」

「ブッ飛ばすぞ」


 実はテーブルの上で丸まっているのがその魔獣だって教えてやろうか、コイツ。


「オムバスは……あの金髪の奴は、ここに来たか?」

「は? ……いや、来てねえけど」

「そうか……なら良い。ところでラースさんの姿が見えねえが」


 なんなんだ一体。いきなり来て質問しっ放し。こっちの疑問も解消させろよ。


「マスターなら、ライブ追っかけて出て行っ──」

「あ、ちょ、クロネさん」


 あ、やべ。

 コイツら、ライブを殺すだなんだと言ってた奴らだ。

 迂闊に口を滑らしちゃ……!


「なんだと……?」


 ほら、聞き咎められた──!


「おい、今なんてった」

「い、いや、俺は何も……」

「ライブを……『悪魔』を追っかけてラースさんが出て行っただと……? それはつまり、ライブが逃げたってことか!?」


 クソッ……失敗した!

 やべえぞ、どうする。状況は最悪すぎる。

 男に胸ぐらを掴まれる。


「答えろ……ライブはどこに逃げた?」

「言う、わけ……ねえだ、ろ」

「良いから答えろ!! こうして時間を浪費してる暇なんてねえんだ!!」


 やけに焦りを口にする様子に、さっきまで俺を小馬鹿にしていたような余裕は見られない。


「……どういうことですか?」


 ソファから身を起こし、静かに問うベリーに、その男は、


「オムバスとラースさんだけは……あの人たちだけは、怒ってる時に引き合わせちゃ駄目なんだ」


 震えながら、噛み合わない歯をカチカチと鳴らしながら、そう答えた。


「『悪魔』が逃げたってのを知ったんだ。だからオムバスは追いかけた……そしてその二人を追うようにラースさんが出てったってんなら……簡単に想像がつくことだ。おい、お前ら。早く答えろ。この街まで跡形もなくなっちまう!」

「だから! どういうことなんだよ!? つか、息苦しいから放せ、このっ」

「ちくしょう! 魔人といい、どうしてこの街ばかり……! 子どもまで奪われて、次は俺自身かよ……ちくしょおおおお!」


 終いには錯乱する男に、俺とベリー、そしてラグは圧倒されるだけだった。

 一体、なんだってんだよ……誰か、教えてくれ──


 ーーーーーーーーーーーー


「うわあ……でっかい森ね」


 仰ぎ見上げる先には黒々とした大木。

 それらは連なり、遠く、青を塗りたくったような粗末な空を隠す。

 奥を見れば暗い道。時間帯的にはまだ昼前のはずなのだが、すでに夜更けのような暗さを見せている。

 確か、ラースに聞いたことがあったか。


「『暗森林』……その名の通り、真っ暗」


 ──アォーン……


「……遠吠え?」


 そういえば、昨夜も遠吠えを聞いた。

 図書館前の広場に向かう途中。あちこちから次々と上がる遠吠えに、いらない恐怖心を煽られたのを思い出す。


「……ううん。もう、アウビーのことは忘れなきゃ」


 自分が忘れなくてはならない街の名を口にして、その決意を新たにする。








「──忘れさせねぇよ」


「──ッ!?」


 迫る気配に気付き、一歩遅れて強烈な蹴りを背中に浴びる。

 息が肺から絞り出される。声にならない声。


「まさか、オレの故郷に来るたぁ……良い趣味してんじゃねぇか。ここをてめぇの墓場にするのだけぁゴメンだ」


 張り詰める空気。感じる野生の気配とその声から、ライブに蹴りを入れたのが誰かを知る。


「オムバス……さん……!」

「逃げられると思ったか? ハッ、見くびるなよ。確かにお前は、アビリティだのスキルだのの数が尋常じゃねぇが……それぁ全部盗品だ。てめぇのモンじゃねぇ。そんな付け焼き刃をいくら持ち合わせてたって──」


 風を切る音。それから、次の攻撃がどこから来るのか予測する。


「──オレからぁ逃げらんねぇ」


 真上からの垂直かかと落とし。それを間一髪で避ける。


「あうっ!」

「ちっ、そのすばっしっこさは誰から盗んだんだぁ? この『悪魔』ッ!!」


 避けてしまった避けてしまった避けてしまった避けてしまった避けてしまった避けてしまった!!

 わたしはオムバスさんを、敵だと認識してしまった!

 わたしが守るべき、街の住人なのに……脅威だと判じてしまった!!


 逃げるライブの思考を占めるのは、そんな声。

 曲がりなりにも上手くやっていけていたはずのオムバスとの隔絶。それを自分が認めてしまったという自分への嫌悪。

 あらゆるスキルを駆使し、常時発動されているアビリティでカバーする。


 オムバスから漂う野生の気配は《獣魂》の証。おそらく追いつくために発動したのだろう。

 だが今は、爪や牙は元通り、輝く金髪も元の長さになっている。それはつまり、スキルを解いたということ。

 どういうことだろうか。ライブを殺すのなら、スキルを発動したままの方が確実だろうに。


 だが、スキルを発動していない状態でも脅威は驚異。

 オムバスの並外れた身体能力は、確実にライブの体力と精神力を削っていった。


「この、まま、じゃ……!」

「ラァァッ!!」


 体制が崩れた一瞬を突かれて鳩尾に拳がめり込む。せり上がる嘔吐感。身体をくの字に折りながら地面スレスレを飛んで行き、大木の幹に背を打ち付けられ停止する。


「か、は……ァ」


 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。気持ち悪い痛い痛いやだ嫌だ泣きたくない痛いもう嫌なんでなんでこんなことするの痛い気持ち悪いなんで嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 いつだって拒絶だらけだった。

 生まれながらにして親の拒絶を受けたことを、ライブは知っている。知る機会があったことを呪った。

 それから先もただひたすらに拒絶、拒絶、拒絶。

 味方であるはずの人間からも拒絶され、敵であるモンスターからは当然の拒絶を貰い、だがしかし、ネーマーとしての力が死さえも拒絶した。

 少女を受け入れたのは、じごくだけだった。


 でもそれももうすぐでお終い。

 やがて、生すらも少女を拒絶するのだろう。


 一体何が少女を受け入れてくれたのか。


 それを、薄れる意識の中で思い、やがて一つに辿り着く。


「おじ……さん──」


 意識が、無へと沈んで行く──











 ーーーーーーーーーーーー


「オムバス」


「……ああ、やっぱり来たかよ……来ると思ってたぜ。どうせ、ライブを逃がしたのはアンタなんだろ?」


「……オムバス」


「言ったよなぁ。『悪魔』を庇うんなら、アンタをブッ飛ばす……いや、殺すって」


「──オムバスッ!!」


「顔の傷はもう良いのか? ──手加減はしてやれねぇぞ」





 『憤怒』と『野生』が、ぶつかる。



29話だと中途半端だと思って、休日じゃないけどもう1話だけ更新……30話です。

はい、30話ですよ。多分今までで一番長続きしてます。なんとなくで書き始めたのに。いろいろ穴だらけな気がしますね。


だからってわけじゃありませんが……感想乞食というか、ご指摘が欲しい今日この頃。30話目でした。イッエーイ☆

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