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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
第一プロローグ
3/30

プロローグ『引きこもり魔王』

 辺りに散らばるゲームの山。

 これらは魔界のあちこちから集められた電子ゲーム。

 何がどう電子なのかは知らないが、とりあえず魔力をぶち込めば動くようで。

 それは僕にとって、凄く都合が良い暇潰しの道具だった。


 僕は魔王。既に数百年と生きた、元人間の少年、現魔族。


 ただの少年だった僕は、ある日、唐突に家族を失った。

 いや、家族だけじゃない。

 僕が住んでいた村の住人、ほぼ全てが死んだ。

 村を襲った、『魔波まは』と呼ばれる魔素の暴走による天災で。

 魔素とはこの世界を形作る、いわば元素のようなモノで、魔力はここから生まれる。

 本来魔法とは、その魔素に働きかけることで発動しているのだ。

 まあ最近では、詠唱式魔法やら陣式魔法やら、様々な魔法が生まれているようだけど……それらだって基本は変わらない。

 話が逸れた。

 そんな魔素の暴走。それはつまり、世界の崩壊に他ならない。

 村の周囲は荒れ果て、魔波をその身に浴びた人間はぐずぐずの死体になった。

 そしてあろうことか、その身が魔族に変化した。

 僕の家族も例外ではなく、ぐずぐずの死体になった後、ゾンビのように突然起き上がりその体型をまったくの別物、異質な存在へと変えてしまった。

 そしてお父さんやお母さん、姉ちゃんや弟は僕を見てこう言った。


 ──ニンゲン、クウ。


 まだ人間の形を保っていた僕は、逃げた。

 家族であるはずの四人から、逃げたのだ。

 いつしか彼らはその身を朽ち果てさせ、物言わぬ魔素へと還元されていった。

 それを僕は、内に何か異物が生まれる感覚に苛まれながら、ただ泣き叫び、見ているしかなかった。

 そして僕は、少年の形を保ったまま魔族になった。

 他の人達とは違う変化の仕方に戸惑ったが、これがどういうことなのかはすぐに理解できた。

 なぜなら、元は村人であった、ゾンビのような魔族達が一斉にひれ伏し、こう言ったからだ。


 ──ワレラガマオウヨ。


 僕は魔王。

 人間の中で唯一、魔波に耐え、己の力に変えた特異な存在。

 家族は失い、その身は不老不死に悩まされる。

 そんな日々を送って数百年。

 すでに生きるのには飽きた。ゆえの暇潰し。

 そんな暇潰しの中で、時折思い出す。

 僕の家族を。村を。

 明るく、青かった空を。


「魔王様ッ!」


 部屋の扉が開け放たれ、ゲームに勤しむ僕の背中に声を掛ける者。彼は僕の側近のキマイラ。

 長寿ではあるが、いずれは死ぬ。

 誰も不老不死である僕の隣には立つことはできない。誰かと仲良くなろうものなら僕が傷付く。

 ゆえに、側近であろうと滅多に近付けさせないようにしているのだけど。


「…………なに?」


 その言いつけを破って部屋に踏み入れたということは、それなりに急ぎの要件なのだろう。

 不機嫌になりながらも理解し、問うた。


「はっ、まずはご無礼をお許しいただくべく──」

「そういうの良いから、早く」

「申し訳ございません。──では本題を。どうやら、この世界──魔界に、勇者として覚醒した者がおるようでして」

「勇者……? それって、ゲームとかでよく魔王の敵になる人? それがどうしたの」

「勇者であれば、その目的は当然魔王様。しからば、まだ未熟な今の内に刈り取るのが賢明かと」

「…………それって、その勇者を殺すってこと?」

「左様で」


 勇者……勇者か。

 この数百年。勇者なんて現れたことなかったな。

 こんな大事なイベント。見過ごす訳にはいかないけれど……。


「殺さなくて良いよ。ちゃんとここまで来てもらおう」


 ゲーム好きな僕にとって、これほどまでに都合の良い暇潰しはない。

 たまには、楽しませてもらいたいものだ。

 キマイラは何か言いたげだったが、僕が軽く睨むとその居住まいを正し、礼をしたまま部屋をあとにした。

 ……さて、勇者か。どんな奴だろう。

 ゲームみたいな、まるで聖人のようにクールな勇者?

 それとも、漫画とかでよくあるコメディ要素多めのボケボケ勇者?

 それともそれとも、負け犬的雰囲気をまといながらやる時はやる、そんな勇者?

 想像がとどまるところを知らない。

 数百年に一度のイベントだろう。心踊らずにいられるか。

 僕はまた、ゲームを始めた。


 珍しく、鼻歌交じりに。


 ーーーーーーーーーーーー


 一年が経った。勇者はまだ来ない。


 一年なんて、数百年に比べたら……と思っていたのだけど、すっかり興が削がれてしまった。

 すでに足元には数十のゲームが散らばっている。これらはこの一年だけでクリアしたタイトルだ。


 ────コンコン


 部屋の扉をノックされる。おそらくキマイラだろう。

 そういえば、キマイラの顔を見たのは一年前のあの日が最後か。

 それからは以前のように言いつけを守り、ノックをして要件を伝えるにとどまっている。

 今日はなんだろう。


『魔王様、アレが届いております』


 くぐもった声が扉の向こうから聞こえる。

 アレ? アレってなんだったかな……。


『まだ未プレイのジャンルのゲームでございます』


 ああ! アレか!


「扉開けて良いよ、持って来てくれ!」


 逸る気持ちを抑えられない。

 プレイしたことのないジャンルに対するワクワクが止まらない。

 キマイラがもったいぶるように、ゆっくりと扉を開ける。

 普段ならイラっとするのだけど、今日はそんなことはなかった。


「こちらでございます」


 箱に詰められたたくさんのゲーム。

 それらのパッケージは全て、何人かの女の子がポーズを取っているようなイラストだった。

 どんなゲームなんだろう。


 ──ギャルゲーやエロゲーってジャンルは。


 ーーーーーーーーーーーー


 それからまた二年経った。


「魔王様ッ!」


 キマイラが珍しく慌てるように、僕の部屋の扉を開け放った。

 それを背中で受けながら、低い声で「……なに?」とだけ問う。

 目は画面に向かい続けている。


「勇者が仲間を連れて、城に攻め込んで来ました──ッ」


 勇者? 勇者ってなんだっけ。

 …………ああ、たしか三年前、僕を倒すために覚醒したとか冒険してるとか言ってた奴か。

 なんだ、今頃来たのか。

 もう興味なんてすっかり無いのに。


「……キマイラ達でやっつけちゃって」

「──御意」


 そしてキマイラは部屋を出て行った。

 勇者、ね。

 そんなもの、今の僕にはどうだっていい。

 そんなことより──


「はあ、エロい女の子に××××とか△△△△とかされたいなあ……」


 桃色の妄想が、止まらない。

 このエロゲーってジャンルのゲーム。ヤバい。

 名前の通りエロいシーンとか多々あるのはもちろんなんだけど……それだけじゃない。


 泣ける。


 ストーリーがものごっつヤバい。何度涙を流したことか。

 この数百年。涙なんて家族のことを想う以外で流したことはなかったのに、やられてしまった。その魅力に。

 そんな良ストーリーにエロシーンまであるんだから破壊力がパねえっす。誰だエロゲー開発した人。崇めたい。僕魔王だけど。

 この二年でありとあらゆるエロゲーをクリアして来た。徹底的にやり込み、隠しルートなんかも暴いて全CGゲットは当たり前。

 そんな生活に身を置いていたから、当然脳内も桃色に満たされるわけで。


「どうせなら勇者も女の子だったらなあ……そしたらやる気出しちゃうのに。主に下半身の、だけど。ぐひひ」


 そしてまた、僕はエロゲーに没頭する。



「ま、魔王様ッ! 大変で──ひぃ!?」


 良いところだったのに、キマイラが部屋に入って来た。だから睨みつけた。そしたら縮み上がった。

 はあ……。


「で、なに」

「──あ、はい! 申し訳ありません……! 憲兵達が、勇者一行にやられてしまい──」

「……………………」


 改めて、勇者に興味が湧いた。


「──どういうこと?」

「それが……勇者、途轍もない力を持っていて……魔族がことごとく討ち倒され……その姿はまるで鬼神。そのくせ勇者は涙を流すモノだから、憲兵達は勇者を『矛盾なる慈悲』と呼び、戦意を喪失──」

「もういいよ……」


 とにかく勇者は、途轍もなく強いらしい。

 だけど妙だな……多分、今感じている、魔族のものでも人間のものでも無い魔力を放つ、こいつが勇者だと思うのだが……そこまで魔力が高いようには感じないんだけど。

 何か特異な部分があるのかな。たしかにこの魔力、何か不気味さを感じるし。

 まるで、光と闇の魔力を無理やり混ぜちゃった──みたいな。


「とにかく、無理はしないでいいよ。どうせここまで来ても僕が倒しちゃうし。やられそうになったらどうにかして逃げて」

「そんなことはできません! 魔王様を置いて逃げるなど──」

「命令だ。無駄に命散らすなよ」

「……、──わかりました」


 キマイラは部屋の外へ出て行った。

 多分、ただの勘だけど、キマイラとはもう会えない。

 キマイラの目は、既に覚悟を決めてしまっていた。

 ……また一人、僕の側から消える。

 それがわかっていても僕は、重い腰を上げることは、しなかった。


 ーーーーーーーーーーーー


 今、キマイラの魔力が消え、その存在は魔素へと還元された。

 つまり、この部屋に勇者が辿り着いたということ。

 僕は久方ぶりにゲームの電源を切り、立ち上がる。


 ──少し、怒っちゃったかな。


 我ながら理不尽だとは思う。

 だけど、怒りというのはいつだって理不尽に振るわれるものじゃないか。

 つまり、この理不尽に湧き上がる怒りこそ、正しい。


 扉が開け放たれた。


 そこにいたのは三人の男。

 一人は爽やかイケメン。さぞ華やかな道を歩んで来たのだろう。その表情は凛々しい。

 一人は無骨で屈強そうなデカい男。頑強な壁として役立ってきたのだろう。身体のあちこちには傷が目立つ。

 一人はローブで身を包み、得体の知れない雰囲気を放つ、頬に傷のある男。腰に下げられた刀は少しだけ抜かれ、それを見ると刃が逆について──待て、お前はここにいちゃいけない気がする。


「……誰が、勇者だ?」


「──多分、私のことです」


 そんな三人に遅れ、部屋に入ってきた最後の一人は女だった。

 腰あたりまで伸びた怪しくなびく紅い髪。まるで血のような真紅に染まるソレに思わず見惚れ、次にその肢体に目を奪われる。

 すらりと伸びた腕と脚。キュッと締まったソレに合わせるように慎ましやかな胸。

 そして、さほど高くない背に似合う、幼さを残した顔。瞳はどこまでも見通せそうな緋色で、全体的に焔を思わせるその存在を見て、思わず叫んだ。


「──ロリ最ッ高ォ!」


「は、うぇえ!?」


 ガッツポーズをしながら叫ぶ僕に同意といった感じで頷く、勇者一行の男三人。なんだ、お前ら下心丸出しじゃないか。

 やべえ、ヤバいよ。このロリ欲しい。

 …………。

 っと、思わず叫んでしまったが、よく見たら──


「ロリなのはもちろんだが……お前、魔族じゃんか」


「…………それが何か?」


 勇者の眼つきが鋭くなる。

 どうやら魔族の分際で、魔王である僕に楯突くつもりらしい。

 知らないのだろう。きっと。

 僕の持つスキル──《魔王》の、その力を。

 僕はそれを発動するために──詠唱を始めた。


「──我は王。そなたらは隷属すべし」


 ふっ──これで勇者は僕のモノ……。


「…………なんですかねこの魔王。突然恥ずかしいセリフ言い出しましたけど」

「あ、あれ? なんで効いてない!?」


 《魔王》──魔族を支配するスキル。

 それはどんな魔族でも例外はなく、僕に従うはず──なの、だが。

 ええい、ならば!


「──其の眼は真実を見通す」


 これで──


「さあ、勇者よ。僕とともに余生を過ごしましょう」

「何言ってるか全然わかんないんですけど。蹴って良いですか?」

「ぐへぇあ!」


 許可する間もなく蹴られた。

 お、おかしい。今のは魔王スキルの一つ、美顔効果を発動させる詠唱。今のスキルを食らった者が僕を見れば、その溢れ出る魅力に皆惚れるはずなのに──


「…………まさか」


 効かない、のか?

 どんな魔王のスキルも?


「ほへぇ、この勇者の力、初めて役に立ちましたよ」


 感心したように言う勇者。その言葉に、戦慄する。

 勇者の力……? 魔王の力全てを跳ね除ける、そんなデタラメな力があるというのか……?


「んじゃ、サクッとやっちゃいましょうか。どうやら大したことなさそうだし」


 そして勇者は何か魔法を放った。

 ふん、魔法なんか僕に効かない。魔王スキルに、魔法無効化があるから──


 ちゅどーん


 痛かった。

 痛い、痛い痛い痛い熱い熱い焼ける死ぬ痛い。

 なんで、魔法無効化も効かないなんて。

 勝てっこない。

 そんな、それじゃあこのロリ勇者を手に入れられないじゃないか。

 そんな、そんな──


「ロリと××××とか△△△△するのが夢だったのにぃー!」


 ────────。


 空間が停止した。

 あー、やっべ。思わず妄想垂れ流しちゃったよ。

 まあこれくらい男の子なら当たり前だし。

 でもマズいなあ。勇者は女の子。それもロリ。キレて僕を殺しかねないなあ。

 ああ、終わりか。終わりなのか。

 不老不死であることは保険にならない。

 この勇者なら、そんなモノさえ打ち破りかねない。

 数百年の命も、終わりか。

 お父さん、お母さん。姉ちゃん、弟。

 今行く──かもしれない、な。


 なんて、全てを諦め掛けていた時。


「──な」


 な?


「な、ななな、なな、ななななななななななななな何をッ! 何を言って! なぁ〜〜〜〜!」


 …………んん?

 何か様子がおかしい。

 …………もしかして。


「…………○○○○」

「ひぃっ!」


 怖気立ったように身を抱く勇者。


「△△△を×××して■■■■すると──」

「いやぁああああああああ!」


 確信した。

 この勇者。見たところ悪魔スクブス──サキュバスのようだが。

 この手の話が苦手なんだな?

 まったく、淫魔のクセして意外な弱点を持っている。

 だがこれは好都合。

 ここからは僕のターンだッ!


 そこから先は何が何やらだった。


 僕が淫語を叫びまくり、その度に勇者が震え、顔を真っ赤に染め、羞恥に立っていられなくなる。

 それを呆れ顔で見ている男三人。

 これが、RPGなどでよくある勇者vs魔王だと、誰が思うのだろうか。


 ──さて、そろそろ良いか。


 僕は口を閉じ、呆れ果て油断していた男三人を魔法で殺した。


「な──ッ!」


 勇者の顔が一瞬で青ざめる。

 次いで、早口に詠唱を唱える。


「──全ては無に帰せ──怨嗟の乖離よ」


 その詠唱を引き金に、見えないように展開していた魔法陣に組み込まれた術式が発動。その効果は、魔法陣内にいるスキル、アビリティ全ての無効化。

 おそらく勇者の力というのは、アビリティの一種であろう。

 ならば、それを無効化させてしまえば良いだけのこと。

 半永久型付加アビリティだったのだろう。あっさりと勇者をまとっていた忌々しい壁は取り払われた。

 そして僕は、二つの呪いをかける。


 ──一つは僕から逃れられないように。


 ──一つは世界に諦めがつくように。


「──永久とわに眠れ──千里を共に」


 そして、あっさりと、勇者vs魔王の戦いは幕を閉じた。

 魔王の勝ちで。


「ふぅ……つっかれた。さーて、勇者をいただいちゃおうかなー」


 未だ呆然と我を失っている勇者の元へ近づき、どう性的に食べてやろうか考えていたら──


 その身体が、淡く透け始めた。


「は?」


 そしてそのまま勇者の身体は──消えた。


 慌てて僕は、勇者にかけた呪いの一つ──絶対監視を発動させる。これはどこにいても僕にその姿を視認されるというもの。


 ──そこに広がっていたのは、見たことのない世界だった。


 そう、まるで異世界とでも言うべき。


「……は、はは。異世界に行くとか、デタラメじゃないか、勇者」


 いくら僕でも、異世界に行く手段は持ち合わせていない。

 だが、こうして視ることはできる。


「ふは、あはは……いいさ。待っててやる。どこに逃げても勇者、お前のことは僕が視ているぞ。逃げられない、永遠を彷徨え──」


 そうして僕は、また引きこもりを始めた。

 あれだけ騒がしかった城はすっかり静かになり、僕がプレイするゲームの音だけが鳴り響く。


 こうして、魔王ぼく勇者スクブスの数百年が幕を開けた。

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