第二章 6『動乱』
んでまあ、結局話を取り付けてもらい、このミイラ男がマスターとなる宿に泊めさせてもらうこととなった。
金はどうなるんだろうと思っていたが、その話をする前に俺は疲れて眠ってしまった。アッサリと、グッスリと──
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「──で、アイツらいつから騒いでんのライブ」
「さぁ……わたしが宿に来た時にはもうあんなんだったわよ」
「はぁ……」
宿に来た時には、ってことは、ライブはどこか別の場所で寝泊まりしてるのかな。
ミイラ男と仲良さげだったから、てっきりこの宿の看板娘なもんだと思ってたけど。
そういえば、ライブの口調、以前のものとは違っている。前はもろ俺の口調に影響されたような男口調だったのに、今では随分と女の子らしい。というか、女の子そのもの。
まあ、考えたってわからないっつーか。こっちの方が違和感なくて済むけど。
「──ふぅ。あ、クロネさん起きたんですか」
「…………大分前から、アンタらの仲睦まじいやり取りを見せつけられてたよ」
俺が起きたのは……大体三十分前、だろうか? それらしき時計はあるし、文字盤も読めるのだが、それが俺の中にある知識と照らし合わせることができるものなのかは判断できない。
だがまあ、感覚的には三十分で間違ってないだろう。
「およよ、クロネくん妬いちゃってる?」
水に顔を浸けて動かなくなっていた白髪が急に顔を上げそんなことを言って来た。紅茶吹いた。
「ブッポァ!!」
「うわ、きちゃない。……クロネさん、先日のくしゃみもそうですけど、私狙ってわざとやってません?」
「ゲホッ、ゲホッ……んなわけないでしょ」
「そんなことよりきちゃないってカワウィーネー勇者!!」
なんか白髪のウザさ増してないだろうか。気のせい? いや、確かに赤い少女──ベリーのこと、気にし過ぎだとは思うけど……。
「……あ、そうだ。なあ白髪」
「ん? はいはい?」
「お前の名前ってなんなんだ? いつまでも白髪って呼んでたんじゃめんどくさいし……」
「やっぱ僕の髪って白髪なのか……」
「ああっ! お前めんどくさい! 落ち込むタイミングなんなの!?」
「さてと、それで、僕の名前だっけ? フハハハハ!! 魔王の名を聞こうとは身の程知らずめ。だが今はその無知に免じて、我が心の余裕をもって名乗り上げようではないか」
「ああ、ウゼエ……超ウゼエ……」
落ち込んだり高らかに恥ずかしいこと叫んだりと……コイツ見ていると自分が恥ずかしくなる。
「我は魔王。かつては魔界を蹂躙跋扈し、闇という影を落とし存在。その名を聞く者は賢者にして愚者、愚者にして賢者と後世に名を残すだろう──」
「どっちなんやねん」
「では名乗ろうか。我が名は──ラグ!!」
「…………あ、ごめん。なんだって?」
「ラグだよラグ!! ラ、グ!」
「なんか……思ったより魔王っぽくないな」
「当たり前だろうがッ!? 僕だって元は人間で──あ、いや、なんでもない」
「なんなんだよ、昨日のベリーといい今のお前といい」
めちゃくちゃ気になるじゃねえか。
「そんなことは良いんですよ。今さら魔王の名前を知ったところで、私の中ではド変態魔王に変わりはないんですから。……にしても、本当に魔王っぽくないですね?」
「あれっ!? 勇者も僕の名前知らなかったの……」
あ、魔王っぽくないって言われてることは良いんだ?
「──ップ」
「え?」
俺とベリーと白──ラグの声が重なる。
今の吹き出るような笑いは俺たち三人とは別のところから洩れた。とすれば、その出処は。
「…………」
気まずげに、口に手を当て逸らした顔を真っ赤にするライブだった。
「あ、いや、これは……」
「なんか、意外と普通に笑うんだなー」
「え?」
「ですよね。なんかもう少し仏頂面提げてるもんだと」
「仏頂面って……」
「ま、女の子は笑ってる方が可愛いって言うし。ほら、勇者も笑顔の方が似合うっていうか?」
ちょっとお前黙っといてくんないかなー。
まあ、誰かもわからない俺たちに宿を提供するくらいだし……悪い子じゃないってのは、俺の記憶に刻み込まれている。
ただまあ、結構悲惨なことがあった後だし、それが隠れていただけなのかも。
ライブは下を向いてしまい、そのまま耳の辺りを赤くする。
──そんな、ほのぼのとした一場面を過ごしていた頃だった。
「 ── ッ!!」
突如、顔をミイラのようにしたおっさん──この宿のマスターさんが、入り口の扉をバンッと音を立てて飛び込んで来た。
「 、…… ──?」
「……、──…… 。 ……!」
「……なんて?」.
「……どうも、面倒なことになりそうです」
おっさんとライブが何を話しているのかを聞こうとベリーに話を振るが、赤い少女は心底からめんどくさそうに眉を寄せるだけだった。
仕方ないので白髪のラグに聞こうと思ったが、
「…………」
彼はいつの間にやら気絶していた。
ベリーとラグのスキンシップが、もはや目に見えない域に達しつつあった──
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「で、一体何が?」
「く、クロネさんたちは裏口から外へ……! ……ごめんなさい。もうこの宿には泊めてあげられなさそうなの」
何があったのかを聞いているのに、それに対しここから逃げろと申す。何をそんなに慌てているのか実感が持てないが、余程切羽詰まっているのだろう。
さて……と。
ここで俺が取るべき行動は?
「……裏口から逃げるってのは、少々トラウマがあるんで」
ちょい戸惑いつつも、裏口だけは嫌だという子どもみたいなわがままで、正面の入り口から外に出た。
「あ……っ!」
背後から、ライブの制止の声がかかるが、俺が扉を開ける方が早い。
その先で目にした光景は──
「殺せェええええ──ッ!!」
──数十人という人間それぞれが得物を持ち、鬼気迫る表情で襲いかかって来るという、また新たなトラウマが植え付けられそうな光景だった。
「なぁ!?」
咄嗟のことで対処が間に合わない。
気づけば俺はへたり込んでおり、すぐに立つことなど不可能。あとちょっとで、数々の武器が俺を滅多刺しにする。そんな時に、
「ガルルルゥゥッ!」
俺を防ぐ何かが間に割って入った。
俺の髪と同じで、どこまでも黒い体毛。それは実は魔力で、任意により様々な姿に変えることを偶然知った。
今取っている姿は純粋なオオカミ。大きさはさほどではないが、魔力の一部を盾のように変え俺を守っている。
「グルゥ……」
「キツネ!」
そういえば今日は朝起きてから一度もキツネの姿を見なかった。一体どこにいたのか。
「な……オイ! コイツ、少し小さいが魔獣じゃねえか!?」
「は、離れろ!! 噛みつかれたら全てがお終いだ!」
「クソぉ!! あの悪魔、魔獣までこの街に……!」
そんな声が遠くから聞こえてくる。
いや、俺を守るキツネのその奥から、か。
「魔獣……か」
最初は俺も恐かったものだが、こうして守られている現状としてはそんな感情は微塵も湧いてこない。
むしろ頼もしさすらある。
──ふと、違和感。
「あ、れ……?」
なんだろうか、この違和感は。
唐突に訪れた、頭の隅に何かが引っかかる感覚。
その原因は? キツネのことを考えていたから、キツネか?
いや、何か違う気がする。確証は無いけど、もっとこう、ハッキリとした違いが──
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扉を慌ただしく開け放ったのは宿のマスターだった。
……いやぁ、何度見ても慣れませんね。おっかないですよミイラ。
そんなマスターは「ライブっ!! ライブは無事か!?」と大人のくせにみっともなく喚きたてながら転がり込んで来た。
その顔は包帯に包まれながら、焦燥が滲んでいるのがわかる。
「お、おじさん? 何があったの?」
ライブさんが戸惑い気味に尋ねる。
するとマスターは一瞬だけ逡巡し、答えた。
答えにならない答えを。
「街のみんなが……お前を、襲いに来るッ! 早く逃げろ!」
「……なんて?」
アホ面提げてマヌケな質問をするクロネさんに、私はどう答えるべきか迷ってしまった。
彼らはセイレーン語で話しているから、クロネさんには聞き取れないのだろう。それを理解しているから悩んでしまった。
どう伝えるべきか。
確か、ライブさんはネーマーだったか。……だとすれば、何があったのか、想像に難くない。
「……どうも、面倒なことになりそうです」
めんどくせー、という言葉は、口の中だけに留めた。
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ライブさんの言葉に従わず、正面の入り口から出て行くクロネさんを黙って見送る。
癪なことだが、クロネさんには魔獣……キツネがいる。そう簡単にやられはしまい。
だから私は、裏口に足を運ぶ。
「ちょ、ちょっと……!」
「? なんですか?」
私が今まさに、その扉から出ようとしたその瞬間、ライブさんに呼び止められた。
「く、クロネさんを置いてって良いの……!?」
「……言ってることがわかりかねます。どういう意味で?」
「だ、だって……正面から出たら」
「あなたを殺す、または追い出すつもりの街の人たちが、その凶刃が、クロネさんを襲うでしょうね。マスターのあの様子だと、もうそこまで来ていると考えた方が良さそうですし」
私が一気にまくし立てると、ライブさんは目を見開き、
「そこまでわかってて、なんで──」
「クロネさんなら大丈夫ですよ。忌々しいことこの上ないですけど……キツネがいますから。それより、あなたは自分の心配をした方が良いんじゃないですか? どうせ、この裏口の扉を開けた先にも──」
ガチャ、と音を立てて扉が開いた。
その先は細く狭い、さらには暗いという路地裏そのものな道があり、そして、
「殺せェええええ──ッ!!」
「あら? ……はぁ、どうやら、私がとばっちりを食らったようで」
それ一つで多くの人を惨殺できそうな武器をゴロゴロ担いだ男たちが、狭い路地にひしめき合っていた。
──まったく、休む暇もない。




