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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第二章
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第二章 5『名前』

 わけもわからぬまま、だがしかし、断る事もできないまま、俺はネーマーの少女に連れられて夜道を歩いていた。

 辺りには……死んでしまった人たちの、その死体が。

 あまりにも普通な街並みに、瓦礫すらも元通りになった街並みに、それはあまりにも不釣合いで異様だった。

 ネーマーの少女は、それらに目を向けないように必死になっている気がした。


 ……うん? どうしてこうなった?


 考えれば考えるほど泥沼に嵌る。

 背後には、しっかりと赤と白がついてきている。


「あー、久々にちゃんとしたベッドで寝れそうですよ」

「あ、なに、僕と寝るぷげらっぱ!」


 ……し、しっかりと?


「な、仲が良いんですネー!」


 ややヤケクソ気味に話題を振るネーマーの少女。こっちはこっちでどうした。

 いや、それを言ったら、突然の申し出に乗っかる俺もどうなんだって話だ。些かどころではない疲れで、思考力や判断力が鈍っているのかもしれない。

 とはいえ、


「……生きてて、良かった」

「…………? 何か?」

「ああいや、なんでも」


 思わず口に出してしまった言葉を否定する。


 これは、今のこの子には──関係のない事だ。


 ーーーーーーーーーーーー


 宿はいかがなさいますか、などと言われ、咄嗟に反応できる者は挙手してほしい。そして俺と代わってほしい。

 時と場合によっては──そう聞かれるのが当然な状況であればそれも容易かもしれない。が、しかし、この場合はそうではない。

 ……まあ確かに、いきなり見知らぬ人に頭下げられたら混乱するか? 俺が謝っているのは、俺の記憶の中で死んだ少女に対して……だし。今のこの少女が知らなくても仕方ない。

 ──が、星が瞬く夜空の下。少し前まで、人生で何度経験できるかわからない、そんな命のやり取りをしていた場で、突然、宿はいかがなさいますか、などと問われどう返すことができよう。

 否、返すことはできた。ただし、


「お、おおお、おう、おう?」


 とまあ、かなりしどろもどろに、言葉にならない言葉をぶつけるしかなかったわけだが。

 それに対し、少女も幾らか落ち着きを取り戻したのか、己の意味不明発言にその頬を──顔を赤く染めた。


「あっ、いやそうじゃなくてえっとえーっと……」


「とりあえず宿提供してくれるってんなら、ありがたく受け取りません? 正直、眠たくて眠たくて仕方がないんですけど」

「しょうがないなぁ。ほら、僕の胸で寝るとぐぼぉ!」


「……………………」


 別に、宿を借りること自体は良いんだけど……今さっきまで酷い有様だった街で、呑気に宿なんて……。


「どう……するの?」


 ネーマーの少女の目は、まるで全てを否定するように──街の現状から、目を逸らすようであった。

 人の心の機微には疎いはずの俺が、どうしてそれに気づけたのか。もしかしたら、ただの俺の思い込みだったのか。

 どちらにせよ、俺はすでに開いた口を閉じることはできなかった。


「──お願い、します」


 ーーーーーーーーーーーー


 思い返してみれば、この少女は街の案内人だったなー……なんて、今さらながらに思い出す。だとしても、いきなりの宿いかが発言はどうなんでしょう。

 未だ疲労の内にある俺──後ろの二人はどうだか知らないが。とにかく俺は凄く疲れている。肉体的な疲労だけでなく、精神的にも。

 俺には今日の夜を過ごせるアテなんて無かったから、その申し出自体はありがたいんだ。だけど──


「……街は、確かに元通りだけど」


 破壊活動が行われたはずの自分の街で、少女がどんな気持ちでいるのかが不安で仕方ない。

 たぶん、今この子は混乱しているんだ、と少し前を歩くネーマーの少女に目を向ける。

 暗くてあまり頼りにならない目に集中力を預け、少女が着る衣服を見てみると……やはり、相当に汚れている。

 土に、焦げ跡に──血。

 目の前で、どれだけの死を見て来たのだろうか?


「空に在るのは満天の星空──さあ勇者。この星々に見守られながら愛を語ろうではないかッ!」

「だんだんキャラブレて来てんのが気に入らないです。おととい来やがれ」


 ……少しだけ、心が和んだかも、しれない。

 あくまで、和んだ『かも、しれない』。


 ーーーーーーーーーーーー


 少女が宿と言うそこには誰もいなかった。

 不気味なまでに静まり返ったその宿。ロビーとでも言うべき場所には人影が見当たらない。

 ついさっきまで、誰かがいたような雰囲気を感じさせるのに、人が、いない。


「──死んじゃったんですよ。たぶん」


 赤い少女が、その惨状にそう結論づける。


「私の吐息で直せるのは無生物のみ。死んじゃった人は助けられません。これもたぶん、その名残です」

「……そう、か」


 もしかしたら、迫る脅威に気付けず、この宿の中で命を落としたのかもしれない。

 死体が無いから、肉片も残らず消滅するような、悪質な死に方か。もしかしたら、ここではない外で死んだのかもしれない。

 どちらにせよ……この宿の主人は、もう──


「──ふぅ」


「ん??」


 俺、赤い少女、その声が重なる。

 と、同時に入り口近くの床がパカッと開き、


「イャァアアアアアアアア!!!!」

「うぉおおおおおおおお!?!?」


 包帯を顔にグルグル巻きにした、ミイラのような何かが、足元の床を押し上げ這い上がってきた。

 それに対し俺は赤い少女と共に女の子のような悲鳴を上げ、それに驚いたのかミイラ男が釣られ声を上げた。

 そんな俺たちをよそに、ネーマーの少女は「 ── ……!」と、俺には理解できない言葉、セイレーン語でミイラ男に何か声をかけていた。


「? …── ─?」

「……  っ! ────!」


 目の前で、何やら感動の再会的な場面が展開されているのだが、その話す内容がわからないのでいまいち泣けない。

 ……っと、そんなのは良いんだ。

 この人、誰?


「この宿のマスター、らしいですね」

「え、生きてたの」


 さっきと言っていることが違う赤い少女に視線を向ける。


「……そのよう、ですね」


 うっわー、凄え気まずそう。

 冷や汗ダラダラ流しながら目を背ける赤い少女が、どこか嗜虐心を煽る。

 どうやらそれは俺だけではなかったようで。


「あらー? 勇者、見誤っちゃった? ちゃった? 生きてる人勝手に死んでる扱いですかー?」


 うわウゼエ。

 白髪が、見てるこちらもウザイと感じるようなテンプレート煽り文句を口にする「ふん」「ゴギュルォア!!」……と、あっさり吹っ飛ばされてしまった。ちょうど宿の入り口から。内装を壊さずして懲らしめるとは、この少女、なかなかやりおる。


「それで……どうにも、感動の再会、って感じだけど、実際どうなの?」


 そんな俺の問いに、赤と立ち直った白は目を合わせ、口を開いた。


「──おじさん、無事だったの!?」

「ん? おお、ライブか。どうし──おぉ?」


 ……どうやら、翻訳してくれるようで。


「どうした、急に抱きついてきて」

「だって、だってぇ……死んじゃったかと、思って」


「や、やけに迫真の演技を……」


「ははっ、なんだ、そんなことか。良いんだよもっと抱きついてきて、それで安心するんなら。ほら、おいで」

「おじさん……ホントに、良かった……」

「うん。おじさんは無事だから。だからほれ、もっと近ぅ寄れ近ぅ寄れ」


 …………うん?


「おじさんが無事で、ホントに……」

「ああ! おじさんは無事だ! だから、抱きついて来て──抱きつかせてぇ!! 勇者ァ!!」


「もう翻訳とかしてないよなそれ!? なに悪ふざけしてんのッ? え、バカなのお前!?」

「クロネさんの言うとおりですよこの薄汚いド変態。まだクロネさんの頭に居座る魔獣キツネの方が可愛らしいです」

「勇者だって! 勇者だってぇ! 悪ノリしてたじゃないかぁ!」


 え? 何を?


「あのスタイルの良さそうなライブって子と勇者じゃ、体型も歳もあの子の方が勝ってるのにそれを演じるダナンチョフルッ!!」

「失礼。手と足と、ついでに抑えきれない感情の蓋を滑らせてしまいました」

「それ転んでると思うのは俺の気のせいか……?」


 感動の再会を踏みにじるような一幕を終えたところで、俺の肩を叩く手があった。


「 ──、─ ─? ……、 ─… ──。………──… ──」

「お、おぉ? なんて?」


 話しかけてきたのはミイラを顔に巻きまくった、俺よりやや背の高い男。白髪が、途中まではちゃんと翻訳していたのだと信じるならば、ネーマーの少女のことを名前で呼んでいた人物。つまりはそれなりに少女と親しい間柄であると見ていいだろう。

 ……いいよな? このミイラを見ていると途端に不安になってきた。


「『あなたが旅人か? であれば、迎え入れよう。些か騒がしい事態が起きた直後で何かと無礼を働くだろうけど、お手柔らかに』──と」

「めちゃくちゃ礼儀正しい! 見た目こんな恐いのに!」


「おじさんは別に恐くないわよ。……偏見に囚われないで」


 翻訳する赤い少女に、大した思索もなくツッコんだだけなのだが、思わぬところから横槍が放たれた。

 ネーマーの少女──名はライブ? だったか。


「あー、えっと……ごめん。いや、人は見かけによらないってのは、この赤いのと白いのを見て痛感してるんだけど……それでもちょっと、外見による補正はやっぱり入っちゃうっていうか」


 後ろの方で「誰だ赤いの」「誰だ白いの」とそれぞれ俺を睨んでくるが、反応したら謝らなきゃいけなさそうで面倒だ。


「ってか、アンタは……なんだっけな、ニホン語ってやつ、話せんの?」

「……うん。なんでかは知らないけど……いつの間にか、話せてた」

「なんじゃそら」


 俺は、少女がネーマーだということを知っている。

 だから、あの場で──広場で俺の名前を名乗った時から、俺の話す言葉を習得したのだと考えれば何も不思議はないのだが、あの時、ライブはすでにニホン語を話していた。

 事実、赤い少女のニホン語での呼びかけにニホン語で応じていた。それはつまり、俺の名前を聞く前からニホン語を話せていたことに他ならず。


「あ、でも……そこの赤い人の名前は、わたし聞いたのよ。だから……もしかしたら、その時、かも? わたし、ネーマーだから」

「誰が赤いのですか、誰が。私には名前がちゃんとあるんですよ。今日だって名乗って──って、あれ? もしかしてあなた、あの時の?」

「え……気付いてなかったの……!?」


 何やら、俺の知らないところでの話が展開されている。

 なんだなんだ、何があったんだこの二人の間に。


「あ、あ~……なるほど。あの時の。あなたネーマーだったんですねぇ。それで私が話す日本語を──ってあれ、いや、それだとしたらおかしいんですけど……」

「ん? どしたの」


 俺としてはまあ、大筋納得はいったつもりだが。

 この二人は今日、おそらく魔人の脅威に晒される中で助け助けられる関係で出会ったのではないだろうか。その際に、どうにかして名前を知る機会があって、その時にネーマーとしての力で赤い少女の遣うニホン語を習得したんじゃないの。


「いや……私が本名名乗ったなら、それで合ってるんでしょうけど──あ、いや、なんでもないです」

「なにそれすごい気になる」


 なに今の、ポソリと呟いた超気になる発言は。本名がどうのこうのと言った気がしたのだが。


「え? あなたの名前って、ベリーなんじゃ……」

「へ? あ、ああ、はい。そうですよ。ベリー、ベリーです。あなたに名乗ったのはベリー、その名です!」


 ……………………。


「──教えてやりませーんとか言っといて、やけにあっさり名乗りやがった」

「────あ」


 少女としては特にこだわっていた部分でもないのだろう。

 だが俺としては、割とアレに本気でイラっときたので『やってやらぁ!』的な気概で名前を聞こうとしていた。その機会がなかなか訪れず『まあ後で良いか』と思うまでそう時間はかからなかったのだが。


「だからこそ今のあっさーりとした名乗りは心底拍子抜けなわけっすけど」

「ああっ、私としたことが……!」


 ……あれ、案外落ち込んでいるっぽい。


「あ、あれ、ベリーなのよね? 間違ってないのよね、ベリーさん? ねえ、ベリー?」

「そうやってわざとらしく連呼するのやめてください! なんか妙にいたたまれないんです!!」


 シュール。ただ名前を確認しているだけのライブと、それに若干の被害妄想携え悲鳴を上げるベリー。シュール。


「……んぁれ? 確か勇者の名前って──」


「少し黙ってろ引きこもりスーファミ」


 白髪がノックアウト。もう立ち上がることはできなさそうだ!


「 ─……」


 ミイラのおっさんが、途方に暮れたようにポツリと何かを呟いた。




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