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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第二章
24/30

第二章 4『交錯』

「──こら、この、死ねッ!」

「ちょ、わぷ、タンマタンマ死んじゃう!」

「ああそうですか良かったですね! あなたにとって死ねるってのはとっても嬉しいでしょう!?」

「結局死ねない身からしたらただ苦しいだけの地獄なんだけど!」


 ──何をしてるんだコイツらは。


 寝起きからいきなり仲良さげな喧嘩を見せられて不機嫌な俺は、ボサボサと跳ねる頭を撫でながらあくびする。

 いつものように、目覚まし時計が俺の目を覚ましたのではない。目覚まし時計の代わりとなったのは、


「ええ知ってます。だからこそこうして──ッ!」

「ちょ、とりあえずこのっ、水に顔押し付けるのやめて!? やめ、や──やめろや!!」

「きゃー、クソロリコン魔王がキレましたー」

「せめてもう少し恐がってくんない!? 棒読み過ぎて泣いちゃう!」


 ……鳥の鳴き声でもなく、コイツらの痴話喧嘩。

 朝っぱらからこんなのを見せられ聞かされれば、ブスッともなろうが。


「はい、クロネさん」

「あ、ああ。ありがとう」


 テーブルに腰掛ける俺の前に、一杯の紅茶が出される。別に何か詳しい知識があるわけでもないので、それが高いのか安いのか、どんな茶葉を使っているのかなんてわからない。ただ、その名の通り紅い、としか。

 俺に紅茶を淹れてくれたのは、ブラウンの髪を肩で切り揃えた、それなりに可愛い女の子。それなりだなんて言ってごめんなさい。でも今の俺にとって最も可愛いさいかわなのは赤い少女なので。

 そんでもって、実はこの子、


「昨日は……っていうか、今日もだけど、ありがとう」

「別に。これもわたしの仕事だから。気にされる方が困るのよ」


 あの、ネーマーの少女である。


「恐がられたかったら死んでみてください。あなたが死ぬのを見たら割と本気でビビりますから」

「よぉーし僕頑張って死んじゃうからね! 見ててよ!?」

「はいはい。期待しないで見てますから、早くその桶に顔突っ込んでください。せーのっ」

「がぼがぼがぼがぼ」


 相変わらずアホなことを続ける赤と白の二人を視界に収めつつ、思わず呟いてしまう。


「……仲良いな、アイツら」


 ーーーーーーーーーーーー


 時は遡り昨夜。





「──不老不死ってやつです」


 少女が告げたのは、どこか真実味に欠ける一言。だがそこには、本人の確固たる確信があり。


「そーそ。僕ら死ねないの。しかも歳も取らない。驚くなよ? これでも僕ら、お前より何年も生きてる」

「ち、余計な口を挟まないでくださいよクソミソカス。元はと言えば、私の不老不死はあなたのせいなんですから」


 さらには、白髪もそれを肯定する。

 ここではズレた知識しか持たない俺にとって、それを信じるか信じないかはまだ決められない。

 ただ、今まで経験してきたことを思うと、割とあったりするのかもしれない──だなんて、半分信じかけている自分もいた。

 そして、知らずの内に次の言葉を期待していた俺に投げかけられたのは、別段なんでもない言葉だった。


「んま、それだけなんですけど」

「は?」

「ん?」


 てっきり、それにまつわる過去や因縁なんかを語り出すもんだと思っていたから拍子抜けてしまった。


「ああ、この街を直したのと不老不死に関しては関係ありませんよ?」

「いや、関係ないってことないでしょ勇者」

「…………?」

「いやいやいや! そんな『なに言ってんのお前』みたいな態度取らなくても! ……こほん。えー、クロネくん」

「は、はぁ」


 なぜかわからないが、これから白髪の講義が始まるようだ。

 それを赤い少女は「アホらし」と言い捨ててそっぽを向く。


「この街を……まあ、死んだ人以外全部元通りにできたのは僕のおかげなんだよ」

「…………」

「あの勇者の吐息には、一人の人間が内包できない量の魔力が込められている。ではその魔力はどこから来るのか──そこで僕の力さ」


 魔力だのなんだのと言われても、正直パッと来ないのだが。


「勇者の不老不死ってのは、僕が与えた力で、どんな状況に陥っても死ぬことがない……なんていうとんでもない力であるわけだけど。さすがに肉片も残さず死なれちゃちとキツいかなーって」


「(クロネさん)」

「…………?」


「そんな時、普段から蓄えられた魔力がほぼ暴走という形で弾け飛ぶのさ! 見えないところに、日々少しずーつ少しずーつ溜められた魔力を魔素に強く働きかけさせ、一度崩れた姿を再構築──まあ、繋ぐわけだよ。バラバラになったビーズを糸に通すように」


 未だ白髪の、『ドキッ! 僕らの青ぞ──夜空教室』が続く中、赤い少女が小声で俺に話しかけてきた。


「んでまあ、はっきり言って勇者の魔力ってのも凄いわけで、普段から少しずつ蓄えていても、復活するのに十分すぎる魔力が存在しちゃうんだ。で、それを弾け飛ばしちゃったら……復活に使わなかった分の魔力が余る」


「(ちょっとあっち見てみてください)」

「(あっち……? ──っ!)」


 そこにいたのは、はっきりと脳裏に焼き付いていた顔だった。

 何度か恋しく思い、だが、どこかで、この騒ぎの中じゃ生きてはいないだろう──なんて、勝手に見限っていた。

 その存在は、今確かに俺の目の前で、生きていた。

 ──ネーマーの少女が。


「(あれ、誰だかわかります? 結構前から視線を感じてたんですけど……なんとなく、クロネさんを見ているような)」


「その魔力をもう一度溜められれば効率は良かったんだろうけど……生憎とそんな準備はしていなかった。当然じゃないか? 最初から、余るなんてわかっていたら別だけど……勇者の力を見誤った、僕の落ち度だと言われれば、それまでなんだけどね」


「(あの子……は)」


 知っている。あの子が誰か。

 名前を知っているわけではない。あの子の好きなものを知っているわけでもない。

 それでも、その存在は知っている。


「っと、話を戻すけど……で、余った魔力はどうしようか。と考えた勇者は、それを、自分が死ぬほどの戦闘を行ったその地の修繕に当てようと工夫したんだね。簡単に言えば、通常持ち合わせた魔力じゃ行えないような大規模修繕魔法を──全てを元通りにする方法に、その魔力を当てた。つまり、つまりね? この魔法を使用するには僕が与えた不老不死の力ってやつが必要なのよ。わかった?」


 でもあの子は俺のことを知らない。……たぶん。

 あの子と出会ったのは記憶も定かな夢の中──いや、おそらくは現実だったのだろうが、これまでの考察を鑑みるに、他人には夢と笑われるような記憶だ。

 そう、あの子と出会ったのは夢の中。

 俺のことを知っているあの子は、俺を命懸けで守って、その上で俺を殺したあの子は──いない。

 だから答えた。


「いいや、わからない」


「…………そうですか」

「はぁ!? 今めちゃくちゃ丁寧に説明したよ僕! 無知なの? そういうキャラなの!?」


 赤い少女は特に疑問には思わず、白髪の少年は何か喚いていた。何をおかしなことを言っているのだろうかこの白髪は?

 というか、あまりにも馴染んでいたから疑問に思わなかったが、そもそもコイツ誰?

 赤い少女のことを勇者って言ったり、赤い少女に魔王って呼ばれたりしているけど……まさか本当に魔王なわけないだろうし。

 いや、魔獣も魔人もいることを知った今となっては、その存在を疑うわけではない。ない、が、今目の前にいる白髪の人物が魔王だと言われてもにわかには信じ難い。

 っつーか、こんなのが魔王だなんて嫌だ。そう、俺の男の子な部分が訴えている。


「ふむぅ、まあ、クロネさんの知り合いってわけじゃないなら……私の気のせいだったんですかね。よく考えてみれば、クロネさんって知り合いいるんですか?」

「知り合い……か。わかんねー」

「ですよね」


「いいか? もう一度説明するぞ?」


 赤い少女は俺の返答を予想していたかのように即座に切り返し、次の行動を取った。


「あのぉー!! そこにいる人ぉー!」


「……で、魔力が弾け──ねえ、僕の話聞いてる?」


 遠くから、修復された建物の影に隠れながらこちらを伺うようにしていたネーマーの少女に声をかけた。


「あ、思わず日本語で声かけちまいました……」

「頼むから! 僕を! 無視らないでぇ!」


 もう一度、赤い少女がネーマーの少女に呼びかけようと息を吸い込んだ時、


「……え? わたし……?」


 細く、届くかどうかギリギリの小さな声が聞こえて来た。

 俺が、理解できる言葉で。


 ーーーーーーーーーーーー


 虚空より現れた少女の吐息。それ一つで全てが元通りになっていくのを見て、不覚にも見惚れてしまった。


 なんと幻想的で、儚くて、美しいのか──


 瓦礫も、血がこびりついた石畳みも、穴の穿たれた広場も。

 全て、全て、少女の記憶のままに。


「ほぅ……──」


 知れず、少女自身も吐息を洩らす。──が、その吐息に、全てを元通りにする力はない。ただ感嘆の意を示すのみだ。

 では、元通りにするなどという時の流れに喧嘩を売るような事をして示したあの赤い女の子は、一体何者なのか。


「…………あ」


 しかし、それほどの光景を目にしても、やはり少女の目は黒髪の少年に向けられる。

 少年もまた、今の光景に呆然としているようだが……彼を含めた、あの場にいる三人はいったい、何なのだろうか。今回の魔人騒ぎに、まさか無関係とは言わないだろう。

 何か、情報は得られないか──そう考え、しかしどうすれば良いかわからないまま時間が過ぎた。


 そんな折に、あちらから声が聞こえて来た。


「あのぉー!! そこにいる人ぉー!」


 それはセイレーン語ではなかった。他の国の知っている言葉でもない。本当に、ただの一度も聞いた事がない言葉。

 だというのに、その言葉を、その意味を理解する事ができてしまい、

 さらには、


「……え? わたし……?」


 ──その言葉を、話す自分という、理解の追いつかない状況に、ただただ混乱を深めるだけだった。


 ーーーーーーーーーーーー


 恐る恐る、といった形で俺たちの元へやって来る──のが、たぶん、赤い少女が描いた理想。

 しかしそうはならなかった。

 実際には、ネーマーの少女は依然として建物の影に隠れながらこちらを伺っている。


「…………なにやってるんですかね?」

「出て来づらいんでしょ、どう考えても。……まあ、俺たちどう見ても怪しいし。下手すれば、今回の魔人も俺たちの仕業だと思われてるかも」

「え、ちょ、僕ついさっき来たばかりなんだけど」

「魔王がなにヘタレてんですか。むしろ私は真っ先にあなたの仕業を疑ったんですけど」

「心外な。僕は滅多なことじゃなければ外に侵攻しようなんて考えないぞ。そも、部屋から出たくない」

「…………」


 他愛もない会話。俺たちにとってはそうだったのだが、ネーマーの少女にはどう映ったのか。離れていては言葉も届きはしない。もしかしたら、怯えさせる要因となったかも。


「…………」


 その中で俺は考える。

 確か……あの子は、赤い少女が言うところの『ニホンゴ』を話すことはできなかったはずだ。あくまで、俺の記憶の中では、だが。

 俺の名前を知り、そこから俺の話す言語を会得。ゆえに俺との会話が成り立った。それが俺に存在する記憶だ。

 あれが夢だった、今こうして見ている世界とは違うものだ、と仮定すると……。


「あの子は、俺と出会ってないはず……なんだけど」


 だとすれば、あの子はなぜ、ニホンゴを理解することができ、なおかつそれを遣うことができるのか?

 やはりあの夢の世界は続いていているのか?

 ……いや、だとしたら、あの絶対的な死が説明できない。

 ああっ、クソ。結局わかんないままかよ。

 とにかく、あの子に俺の言葉は通じる。

 ……ならば、少しコミュニケーションを取ろうか。

 一つ、謝りたい事もあるし。


 俺は、未だガミガミとうるさい二人を放ってネーマーの少女の元へと歩みを進める。


 自然、少女は身を強張らせ、近づいて来る俺に畏怖の視線を向ける。

 ──一度、この子に命を救われ、奪われた身としては少々心苦しいか。

 そして、お互いの声が張り上げなくても聞こえる距離まで来て、


「ええっと……言葉は通じるんだよな。……俺は雪村 黒音」


 まずは、自己紹介から始めた。


 とある確認のために。


「…………くろ、ね」


 またやり直すために。


「あなたは、やっぱり……ユキムラ、クロネ……」


 謝るために。


「──ゴメン。いきなりで悪いけど……ゴメン」


 唐突な謝罪に、少女は何を思っただろう。

 困惑か、憎悪か、怒りか。

 困惑であったなら、

 憎悪であったなら、

 怒りであったなら、

 予想し得る全てを受け入れるつもりで、謝罪した。


 だから、次に少女が発した言葉に些かどころではない意表を突かれた。










「た、旅人の皆さん──クロネさんっ、宿は……いかが、なさいますかッ!?」







「はい?」



一週間ぶりです。今後は休日の投稿が基本。それ以外は余裕があったら……ってスタイルにします。

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