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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
第一プロローグ
2/30

プロローグ『勇者スクブス』

 自己紹介、いきます!

 えー、齢にして十四歳。まだ大した魔力もスキルもアビリティもないわけですが……。


 この度、魔界の奥に引きこもりいじける魔王を討ち倒すため、勇者になることを決意しました。スクブスです。


 あ、スクブスというのはですね、いわゆるサキュバスです。

 ……あれ? なんで私スクブスなんでしょうね。サキュバスの方が認知度高いって知ってるのに。そもそもなぜ己の別名とか、その認知度とか知ってるんでしょう。

 まあいいや。

 正直、あの引きこもりの魔王にはついていけません。

 いやぁ、私も悪魔の端くれ。やがては憲兵である両親の後を継いで魔王のために戦う戦士となる予定なのですが……。


 んなもんクソくらえなんですよ。ぶっちゃけ。


 あんなションベンくさいガキのお守りに励む魔族達もわけがわかりませんよね。はい。真面目に。

 魔波まはで家族を失ったからって閉じこもって数百年。

 アホか。

 一般的な魔王っていうのはもっと堂々と胸張って、魔族達にその威厳を知らしめると同時に魔界中の人々を恐れさせる、その恐怖の象徴であるべきなんです。

 なのに姉さんがどうだの弟がああだの。

 たまに夜泣きでおかあさーんおとうさーんうえーんとか言ってるし。

 シスコンブラコンマザコンファザコンオールコンプリート。ファミコンか。スーパーファミリーコンプレックスでスーファミか。

 そんな姿を見せられても健気に魔王に尽くすこの世界の魔族達はどうかしているとしか思えない。

 そのために、私は立ち上がったのだ。

 魔王を討ち取り、自らが魔王になると。

 知識として、魔王を倒す存在は勇者と呼ばれることを知っていたため、私は勇者になることを決意したのである。

 だがそれはあくまで決意。公言はしない。

 だって、そんなこと言ったらあっという間に殺されちゃいますもの。テロそのものなんですよこれ。

 今はまだ、魔力も幼体そのもの。いずれ成体になるけれど、それまでただ手をこまねいている必要もあるまい。

 だから私は、修行の旅に出る。

 強くなるついでに、外の世界で仲間集めもしたいし。

 仲間。これが意外と集まらない。

 なぜなら私の周りにいる魔族達は皆、魔王に絶対の忠誠を誓っているからだ。不気味なくらいに。

 不思議だなぁ。あんな魔王のどこに敬う要素があるのやら。そんなことを思ってしまいますね。

 まあそんなわけで私は、魔族の仲間を諦め、まだ見ぬ世界に飛び出したのです。

 あ、ちなみに親には「いずれ憲兵になるのだから、今のうちから鍛えておきたい」と言ってあります。もちろん憲兵なんかにはならないけど?

 だけどまあ半分は本当のことだし。

 こうして私、悪魔スクブスの冒険は始まったのです。


 ーーーーーーーーーーーー


 計算外です。

 なんつーか。


 冒険に出て四日目。すでに万事休すって感じでどすぇ。

 この世界では普通に働く以外にお金を稼ぐ方法で、魔族の派生系であるモンスターを倒す、というものがあります。

 だけどこれは大抵危険なので、魔界人はほとんどこの手法を用いません。……まあ、中には凄い腕っ節の人が狩りを生業にしているとかあるそうですが。

 しかしそこは私も悪魔の端くれ。まだまだ魔力は幼体のそれとはいえ、いわゆる劣化版であるモンスターにも後れを取りません。

 だから、その、計算外というのはですね……。


「きゅいぃ!」


 とか言ってたら出てきましたモンスター。

 可愛らしく尖った耳に、先っぽがハートの形をした細くてキュート尻尾。背中には黒くて小さな羽が二対存在するけど、小さすぎてそれじゃ飛べなさそう。

 そんな『可愛らしい』外見をしたモンスター──デビルラビーは、まるでウサギに悪魔をプラスしたような外見を持つモンスター。

 こんな弱っちいモンスターでも倒せばそれなりのお金が手に入るのですが……。


「か、可愛すぎる……!」

「きゅ、きゅい?」


 ──そう。

 可愛すぎて、殺せない。

 だって悪魔なんですもん。私。そりゃあモンスターにだって愛着湧きますよ。


「はーいよちよち、良い子良い子〜。こっちおいでー?」

「きゅ、きゅぅ……」


 私が両手を広げておいでおいで〜とすると、デビルラビーはなぜか後退り、私から離れて行きます。なぜでしょう。

 ……ああ、剣が悪いんでしょうかね? 親に渡されたおどろおどろしいこの剣は、確かにモンスターにとって恐ろしいモノに映るのでしょう。

 腰帯から剣を外し後方に起き、再度デビルラビーに向き直る。


「はーい、恐い剣は無くなりましたよ〜。おいでおい──あら?」


 デビルラビーは遥か遠く、草原の彼方へと消えて行きました。

 後に残されたのは、恥ずかしい格好で固まる私と、おどろおどろしい剣のみ。


「……はあ、結局倒せないどころか、愛でることさえ叶いませんでしたよ……」


 ……まあ、そう。こんな感じで毎度毎度出てくるモンスターの相手をしていたら、一匹も倒せず、お金が手に入らない、なんて状況に陥ってしまったわけです。

 幸い私は悪魔。何も食べなくても、空気中にある魔素を取り込めば死にはしません。……死なないのだけど。


「流石に、お腹減ったってゆーか……」


 ────ぐぎゅぅううう


 なんて、女の子には御法度な鳴き声を腹の虫が漏らします。

 せめてお金さえあれば、どうとでもなるのですが……。

 いっそのこと、街を探した方が早いんでしょうかねえ……。

 なんて、途方に暮れていた時。


「──力が欲しいか」


「へ? うぉえあっ!?」


 背後から声がしたと思ったら、そこには何やらローブを着た怪しげなおじさまがいらっしゃいました。なんだこいつ。

 いかにもな杖を片手に、いかにもな雰囲気を放つおじさん。


「見れば、悪魔ゆえにモンスターを殺せなくて難儀している様子。我が力を授ければ、苦労は消えるが──どうする?」

「あー、宗教勧誘とかそういうのいらないんで。さいなら」

「ほぁあああ!? ま、待て娘よ。なぜそうにべもなく……」

「怪しいからですけど何か」


 ジト目をおじさんに向ける。

 いやまあ、悪魔っていう存在である私の方が、一般的な魔界人からしたらとっても怪しくて危ない人なんですけどね。


「た、確かにそうかもしれぬが、これは雰囲気作りのためにだな?」

「それ言っちゃって良いんですかあなた……」


 なんか、とっても緩そうな人でした。


「なに、構わん。我の目的はただ一つ。──勇者となるべき存在に、力を与えることだけだからな。それ以外のことは基本どうだって良いのだよ」

「はあ、そりゃまた大雑把な性格で──ん?」


 ここで初めて、私の興味がこのおじさんに向く。

 今、勇者って……。


「ふっ、気になるかね? 娘よ」

「イラっとするんで、殺されたくなきゃ手短かに」


 私はあのおどろおどろしい剣をおじさんの首筋に押し当てた。


「は、はいぃ! えと、その、はい。我、わ、僕には、その、勇者になる存在というのがわかる力がありまして、で、その力で、あなた様が勇者になると、知って、それ、それでその、勇者としての力を授けに、来た、次第で」


 最初の威厳はどこへやら。すっかりへっぴり腰になり、ダラダラと冷や汗を流していた。


 つまりはこの男、定番の賢者様といったところなのでしょうね。


「で、では──儀式を」

「本当に大丈夫なんですよね?」

「え、ええ。見ればあなた様は、魔力に対して極度の耐性があるようで。勇者の力を得ても、特に弊害は無くすんなりと同化すると思われます」


 幾分か落ち着いた口調で語るおじさん。

 そして、儀式が始まる。


 私の足元に展開された魔法陣は、陣式魔法と呼ばれるモノで、主に使い捨ての札のようなモノ。魔法陣にはびっしりと魔法言語が敷き詰められ、魔力を注ぐことで魔力回路を織り成していく。

 そして、魔力が十分に注がれたところでおじさんが口を開く。


「──その身に宿れ」


 短い一言。だけどそれは引き金となり、展開された魔法陣に施された全ての術式が発動される。

 そして、私の中に何か異物が入り込む感覚。


「ん……、く……っ!」


 それは数秒で終わり、圧倒的な虚脱感に襲われる。

 いつしか魔法陣は消え、後に残ったのは膝から崩れ落ちる私とおじさんだけでした。


「これで、あなた様には勇者としての力が宿りました。時間がないため詳しくは説明できませぬ。が、あなた様であればきっとすぐに使いこなせるでしょう」


 言いながらおじさんの姿がスーッと消えて行く。


「え、ちょ、おじさん?」

「我は役目を終えた……次は娘よ、そなたの番だ」


 なぜかまた、最初のような厳かな口調で私に告げる。


「今はまだ未熟で、到底魔王には辿り着けまい。だがいずれ、その身に宿る大いなる力で魔王を討ち倒すのだ。それが、勇者としての──そな──」


 そして、おじさんの姿は消えた。

 後に残されたのはやはり、私と、おどろおどろしい剣だけだった。


 ーーーーーーーーーーーー


 それからの私は、あんなに可愛く思っていたモンスターをあっさり殺せるようになりました。

 なんというか、以前までは感じていた愛らしさというものを、まったく感じられなくなったと言いますか。

 むしろ毛嫌いするようになりました。

 モンスターを見ていると胃がムカムカしてきて、殺したい、殺さなきゃ、と思うようになり。

 逃げ惑うモンスター達を殺し、自らは笑顔を浮かべる始末。

 これが勇者としての力だというのなら、この力を恨む。

 やっぱり、ロクな力じゃなかった。


「──契約の魔よ」


 陣式魔法により魔法陣を展開。

 キーワードを口にし、組み込まれた術式が発動。魔法陣の中心に、一つの影が浮かび上がる。

 その影が、口を開く。


「──どーも、魔族商店で〜す。本日は何をお買い求めで?」

「一週間分の食料と水」

「お客さん、毎度毎度それしかご注文なさいませんよねえ。いや、構わないのですが」

「あまりお金を使いたくないんですよ。それに旅の途中ですし、余計なモノは持って歩けませんし」

「ははあ、なるほど。中々の倹約家ですねえ。かしこまりました。少々お待ちください」


 ──魔族商店。

 魔族御用達の魔法陣型商店だ。基本何でもござれの超特価であるため、様々な悪魔に愛用されている。

 召喚式魔法陣にしては珍しく、特別大した契約もない。ただ、お金を払えば良いだけだ。

 これが以前、お金さえあればなんとかなるのに、と言っていた理由である。


「はい、こちらいつもの一週間セット。代金は三○一八ゼルでございま〜す」


 私は料金を払い、魔法陣を閉じる。


「毎度あり〜……」


 ふう。

 一週間分。これが私が持ち歩ける最大の量。

 頑張ればもう少しいけそうなんですが……まだまだ旅が続くことを考えると、あまり無理はしない方が良さそうでしたので。


「っこらせっと」


 私はまた、あてのない冒険を始めました。


 ──一体、いつまで続くんだろう?


 ーーーーーーーーーーーー


 冒険を始めて二ヶ月が経とうという頃。

 初めて街に辿り着きました。

 うっわー、こんな遠かったんですねえ……前に街を探した方が良いかもなんて思ってた自分に言ってやりたいです。次の街まで二ヶ月かかるぞ、と。

 さて、それじゃあ久々にまともなご飯でも食べましょうか……。

 そう思い街に入るその瞬間、


 ────ヴゥン


「ん?」


 身体の表面を何かがなぞるような感覚に疑問。

 何かされたのかな……と思うものの、身体に特に影響は見られませんね。

 まあ気のせいでしょう。久々の街で浮き足立ってるのかもしれませんし。


「……ん?」


 と思ったら今度は住人達のひそひそ声が目立ち始めた。

 なーんだろうなあ……私がよそ者だから?


「──あれ、魔族よね?」

「──街に入ってきてるけど……」


 …………ああ。そういえば私、魔族の悪魔スクブスでした。


 そりゃあ魔界人の皆様からしたら、よそ者もよそ者。しかもおっそろしいよそ者ですよね。

 だがしかし、現在の私は勇者の力なんてもんを持っちまってるわけでして。

 どっちかってーと聖人に近いと思うんですけどねえ……。

 まあ見た目が悪魔だから、恐がるのも当然か。

 そんな私に声をかけてくる人がいた。


「──えっと」


 あー、見るからに優しそうなイッケメーン。

 だけど、悪魔である私が告げている。


「この街に来たばかりでよくわからないだろう? 何かあったらオレに聞いてくれよ。なんでもするからさ」


 ──この男は、裏があると。


 ーーーーーーーーーーーー


 なんだか仲間になりました。

 詳しい経緯を話すとそれはそれは長ーい物語になるのでできれば話したくないんですけど……めんどくさいし?

 とりあえずその男が仲間になったんです。はい。


 それからの旅は順調で、程よく仲間も集まり、様々な事件も解決し有名人に。私達勇者一行のニセモノが出てくるまでになりました。

 うーむ、順調過ぎて逆に怖いですね。これも勇者の力でしょうか? 違うような気もしますけど。

 まあなんだかんだで急展開。


 時は三年後に移ります。


 私は十七歳。見事に成体になり、魔力も膨大なものになりました。スキルだってアビリティだって途轍もないものばかりです。

 そしてそれは仲間達も同様。多分魔界最強です。

 さあ、いざ魔王城へ──


 それはつまり、私の故郷に行くということで。


 はい、まあ、大変でしたよ。

 親や見知った人を殺さなくちゃいけなくて。

 でも、倒す度に勇者としての私の喜びは増していって。

 そんな複雑な心境でも負けないほどに強くなった自分と魔族達との差に、言い知れぬ虚無感を感じて。

 その虚無感が大きくなればなるほど、魔王を倒すという気持ちは強くなりました。

 だって、倒さないと、ここまで殺して来たモンスターや魔族達に合わせる顔がない。

 私のわがままで殺したんです。だから、最後までわがまま貫き通すくらいしないと。


 そしてついに、魔王が引きこもるその部屋の前に辿り着きました。


「スクブス……貴様ァ……!」


 魔王の側近であるキマイラが、忌々しげに私の名前を呼ぶ。

 そんなキマイラを、私は、一閃。

 その存在が消滅し、魔力の根源である魔素になっていく。

 その様を眺めて、私は、私は──


 仲間に、「大丈夫でござるか? スクブス殿」と聞かれました。

 多分、私が涙を流していたからでしょうね。


 あと一歩。あと一歩で全てが終わる。

 勇者としての、悪魔としての、全ての苦しみから解放される。


 私は扉を開き、魔王と剣を──































 ──交えることなく負けました。




 仲間はあっさり殺され。

 私は羞恥に身悶え、成す術なく負けました。

 その身に宿っていた勇者の力も役に立たず、さらには呪いまでかけられて。

 それは、私に永遠の苦しみを与えるモノでした。


 私はもう、何もできない。


 せめて、魔王の手が届かないところへ──




 そして私は、異世界へと消えて行きました。




 私の名前はスクブス。魔族の悪魔でありながら勇者。


 その元勇者は、


 今も異世界を転々と廻り、


 やがて出会う。


 黒髪黒眼の、まるで黒猫のような彼と。

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